今日、仕事はヒマでした。
同僚でkoalaより年上にあたる人と、おしゃべりしました。
(いけないパートさんたちであります)
この人は同居で、義姉も何人かいらして、いろいろ話が合います。
本日のおしゃべりのテーマ(爆)は『私たちはおせっかい』でした。
今ならまだ、一緒に食事に出かけるとか、
もし出来るんだったら泊まりの旅行でも、
舅(その人にはいらっしゃる)、姑の状態から可能なのだけど、
だんだん可能な時間が減っているけど、そういうそぶりがない、
そんな時、気になって、声をかけた経験が、お互いあるのでした。
そしてkoalaとその人のの義姉一家に共通だったのは
わざわざ自分たちが費用を負担してまで、
そんな親孝行する気がないということでした。
長男がすればいいことで、嫌ならしなければいいということです。
そこでびっくりするところがkoalaとその人の似た所でした。
私たちは、(同居の長男夫婦と旅行や食事に出かけるのとはまた別に、
娘と行くと、また別格に喜ぶものだろう)と考えたわけ。
koalaの場合は、全額koala負担になると思った時点で諦め、
その人の家では、舅さんが全額負担して泊まりの旅行に行きました。
『帰りなんか、名古屋からタクシーで自宅まで2万6千円だったかな、
電車よりら楽だからって乗ってきて、当然の顔で舅に払わせてたので、
旅行の提案したの、後悔したの。おじいちゃんが払いたがってとか、
そういうのならいいのだけど、違ったの。
全額なにもかも舅に払わせて、家へのお土産もなかった。』そうです。
そして結論は『私たちのした事って、善人顔した余計なお世話』
他にもある、同様のおせっかいな感情。
『お誕生日とか、母の日にも音沙汰なしだから、
何も言わないで、自分だけプレゼントするけど、
おばあちゃん可哀相だな、なんてチラッと思う。
そう思う事で、相手を見下ろしてる部分が少しはあるわけで、
やはりそれは傲慢で、失礼で、余計なお世話。
だって多分、私たちの舅・姑は、娘に散財させたくないのよね。』
『別に散財してくれなくてもいいけれど、
安物のスカーフ一枚でも、来るのも面倒だったら宅急便でも、
寒くなったから、なんて送ってくれると喜ぶのになぁなんて、
なんでそんな余計なお世話ばっかり頭に浮かぶのかしらね。
それすらもったいなくて、面倒なのよね、きっと。
親子で満足してるなら、嫁が干渉することじゃないものね。』
純粋に気がつかないんでしょう。
ちょっと親に優しくすると気持ちいいとか、いい思い出になるとか、
お金って、自分たち家族だけのためにつかうもんじゃないよ。とか。
(実家の親が家族の範疇に入ってないとこが悲しいでしょ?)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この世で起こる不都合に見えることも、偶然ではないとすれば、
ちょっとむっとするこれらの事も、
何かの勉強ということになります。
koalaシュウトメちゃん関係では、ガリ勉させていただいたので、
それなりに学力がついているのですが、(爆)
その他の面で、学力不足なのでしょう。
父が末期癌だといわれ、亡くなる経験を通して、
あれこれ親との昔のことを思い出しますが、
koalaはいい娘ではなかったです。
反抗期に、ひどく親を傷つけたと思います。
親の神経は太くて丈夫だと思っていて、
子供などに傷つけられるとは感じてなかったのでしょうね。
昔、本屋さんで、バッグを本の上に載せて、
自分の買う本を選んでいた事があります。
知らない人に怒られてびっくりしました。
無神経な、気の利かないkoalaの一面があらわれてます。
そういえば、もっと恥ずかしいことに、
今みたいにお風呂屋さん慣れしてないときに、
シャワーの角度が悪くて、後ろの人にお湯をかけちゃったこともあります。
その後、何回か逆にかけられたことがあって、
そのたびに、自分がやっちゃったときのことを思い出します。
人のことを、気が利かないわ、と思ったら、
自分も気がつかないでやってないかなと、
ちょっと考えると、ぼろぼろ出てきました・・・。
全部書いたら、すごい日記になりそうなので、このへんで・・??
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