心の風景をさぐる旅ははじまった。渇きをいやすのは旅の目的ではない、旅の目的は、
大地の恵みのすべてを享受し、追憶と発見という果実の収穫のあと思索の種をまくことである。
欲望が理性のさげすむものを愛するからといって旅行鞄に禁欲をすべりこませるべきではない。
いったん欲望に負けた魂は強靱となって欲望への免疫力のますことを理性は知っているだろうか。
旅に出て、期待通りの旅ができなくとも嘆くことはない。よろこびと高揚にみちた
旅だけが旅ではあるまい、不足感や自己省察が次の旅をうながすこともあるのだ。
旅が思索をはぐくみ、思索は旅をもとめる。だが、いつの日か思索する力の失われるときがやってくる。
その日まで私たちは旅をすることで自らを表現し、心の風景にたどりつくための旅をつづけるのである。
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