民法上の「使用者」と労働基準法上の「労働者」の相互関係への着目
(海野)
弁護士の古川景一氏の論文『労働者概念を巡る日本法の沿革と立法課題』(季刊労働法219号)によると、改定後の民法にある「使用人」について、2003年6月6日の衆議院法務委員会での法務省民事局長の答弁は、「使用人」とは「実態として債務者に対して労務を提供して生活を営んでいる者」とし、保護範囲は「賃金、給料、報酬、委託料あるいは外注費等々の名称にかかわらず」「労務提供の対価」であるとしている、とのことである。
この答弁を前提に、古川氏の同論文は「現在の日本の労働法制の中で、純然たる民事法であり強行法規である先取特権制度においては、その適用対象者は、労務を提供しその対価を得て生活している者とされており、指揮監督(命令)・使用従属関係・人的従属性は一切必要とされていない」としている。
この指摘は、倒産・不払い発生時の、労働者性を巡るたたかい、労働債権として認めさせるたたかい、賃金支払確保法適用のたたかい等に、肯定的影響を及ぼし得るものである。
同時に、賃金支払確保法(賃金の支払の確保等に関する法律)第2条2は、以下のように、賃金支払確保法が適用されるのが「労働基準法上の労働者」であることを定めている。
○ 賃金支払確保法第2条 この法律において「賃金」とは、労働基準法第11条に規定する賃金をいう。
○ 賃金支払確保法第2条2 この法律において「労働者」とは、労働基準法第9条に規定する労働者(同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者及び家事使用人を除く。)をいう。
古川氏の同論文が説明しているように「労働基準法上の労働者」には、指揮監督(命令)・使用従属関係・人的従属性が必要とされているのだとすれば、民法上の「使用者」と労働基準法上の「労働者」との間には、矛盾が生じる。
実体として見ると、この矛盾が、労働債権問題での「労働基準法上の労働者」解釈に影響を及ぼしていると、言い得るのかもしれないし、実践的には、影響が及ぶよう運動化するということだろう。
(以下は、2003年6月6日衆議院法務委員会会議録からの抜粋である──海野)
○保坂(展)委員 確かに広がりつつあるんですが、広がりつつある部分が、広がったところと、まだ、よく見て、個々具体的にというか、裁判所任せというか、そういう部分で、それぞれ違った決められ方がされたりしているようでございます。
内容に入っていきたいと思いますけれども、今まさに民事局長がおっしゃったこの労働債権の問題について、今回、商法の方に実はシフトをさせて広げたという問題について、私のもとにも、中小の工務店をやっておられる方とかあるいは労働組合からも、大変関心が強い、極めて強い。しかも、建設関係はもとよりですが、非正規雇用と言われるさまざまな形態の雇用が生まれてきて、そういったところからも関心が寄せられています。倒産が多いですから、この不況の中で働いている皆さんが、倒産や経営危機に陥ったときに、賃金が出ない、あるいは労働の対価としての、これは契約形態を問わず、実態として出てこないというのは、大変なピンチに立たされるわけです。
そういう意味で、これまで、労働債権の先取特権は非常に不十分であって、実態として、労働債権として認めてもらうにも大変苦労しておられる。例えば一人親方、手間請ということで、労働力として現場に入る、そして仕事をしている、しかし屋号があったりしまして、個人事業主としての申告をしていたりするという場合もございますけれども、こういった場合には、今回の法改正によって、労働債権として認められる方向に動いたと見てよろしいんでしょうか。
○房村政府参考人 現在の民法の先取特権の保護の対象になるのは、雇用契約に基づく給料債権に限るというのが解釈でございましたので、おっしゃるような手間請従事者については、その保護を及ぼすということは解釈上無理だったわけでございます。
ただ、今回の改正によりまして、その契約の形式ではなく、実態として債務者に対して労務を提供して生活を営んでいる者であるかどうか、こういう実態に着目した判断が可能となり、かつ、保護の範囲も、そういう雇用関係から生じた債権全般に及ぶということになりましたので、もちろん個別的な事案によることではございますが、保護の対象になり得るようにという改正でございます。
○保坂(展)委員 前回までの雇い人という、今、余りそういう言葉は使いませんけれども、使用人も余り使わないような気が、使われる方も一部いらっしゃいましたけれども、つまり、労働の対価としてどういう範囲があるかというところなんですが、例えば賃金、給料、報酬、委託料あるいは外注費等々の名称にかかわらず、労務提供の対価である債権であれば、それは労働債権と解していいのかどうか。
○房村政府参考人 御指摘のとおり、労務提供の対価としてのものは、名称のいかんにかかわらず、広く入ります。
○保坂(展)委員 民法が制定されたのは明治時代でございます。その明治にさかのぼるまでもなく、ここ20年あるいは10年に限定しても、随分と新しい働き方が出てきたのではないかというふうに思います。
そういう意味で、法律が社会の実勢上の変化を追いかけていくのもなかなか大変だという時代に入ってきていると思いますが、一番端的な事例が、非正規雇用の労働者だというふうに思います。かつて、労働者といえば、企業との間で雇用契約を結んで働く正社員あるいは職員ということを指していましたけれども、最近では、形式上は雇用契約は結ばずに、請負契約、個人事業主だという形で働いていたり、あるいは外注委託契約の体裁をとって働いているタイプの労働者などが非常にふえてきているという状況があります。そういう意味では、労働者の概念、定義というものを社会の実勢を見て拡張していくことが必要なのではないかというふうに思います。
現行法は雇い人の給料と書いているので、非常に狭い意味の狭義の労働者、つまり、雇用契約を結んで給料をもらって働く正社員しか、いわばそのフレームに入ってこないという欠陥があったのではないかということで、そこのところは、やはり、非正規のさまざまなタイプの労働者、例えば今、一人親方のことを言いましたけれども、屋号を持って個人事業主として働いているんだけれども実態は労務提供だというような人たちも含まれてくるんではないかというふうに思いますが、その点はいかがですか。
○房村政府参考人 御指摘のように、現在の民法の雇い人というものは、雇用契約に基づくということに、非常に狭く、限定的に解されていたということから、今回は、使用人あるいは雇用関係という一般的な呼び方をすることによりまして、その実質に着目して、法形式あるいは名称にかかわらず、実質的な雇用関係にあってその労務提供の対価として受ける者である、こういう者を広く保護の対象としたわけでございますので、御指摘のような者も、もちろん具体的事案にはよりますが、入り得るわけでございます。
(これを読むと、房村政府参考人は民法上の「使用人」の解釈として「指揮監督(命令)・使用従属関係・人的従属性は一切必要としない」とまでは言い切っていないのではないか? しかし、確かに、それらが必要だとは言っていないので、実践的には、運動方向としては、「言っていない」ことに着目、注目し、重視していくべきだろう──海野)
(古川氏の同論文に直接関係しているわけではないのですが、気になっている点を、差し支えない範囲で、以下に記述します)
○ 「労基研報告」の通達化、法律化
「労基研報告」の通達化、法律化については、主として次の理由から不安を感じています。
労働債権化の運動の過程で、「労基研報告」を前提にしながらも、労働者性、実体としての労働者との関係で、それを前進、発展させるようななかみ、世界を形成してきていることとの関係で、「労基研報告」の通達化、法律化は手枷足枷として機能しかねない。
「労基研報告」は、総合して判断としながらも、労働者性は一定程度、指揮監督(命令)・使用従属関係等を含んでいるとの構造になっている。
○ 各種の非正規雇用を認める方向への法律の改変
建設産業の重層下請構造をなくし、直接雇用にし、正規雇用の全体化をめざす立場から言えば、各種の非正規雇用を認める方向へ法律を改変し、法律を崩すことはやるべきではないと思います。労働者性の確立の課題でも、この点との整合性に注意すべきだと感じています。
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