スピリチュアル・ブック・ガイド
SPIRITUAL BOOKS
 
四国はスローなアイランド。
遍路道、山の道、
海の道、獣道、ひとりたび
 
 分け入っても
  分け入っても
  青い山    
             山頭火
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投稿エッセイ スロートーク茶屋BBS あとがき

夢見る力』から生まれたページ
スピリチュアル・ブック・ガイド・コーナーです。
出会ったことにより、わたしを少しずつメタモルフォーゼ(変化)してくれた「わたしのガイド・ブック」ですから、趣向が偏っているかもしれません。
ひとりになって、落ち着いて読む本は魂を
暖めてくれますね。
それは、もしかしたら絵本かもしれないし、文学かもしれないし、哲学書かもしれないし、
科学書かもしれないし、画集や写真集かも
しれません。ひょっとして日記かもしれないし、石に書かれた文字かもしれません。
ここにとりあげる本は、私にとっては音楽のようなものです。  mind harp
  ここの砂は
  みんな水晶でできている
  中で小さな火が
  燃えている   
            宮沢賢治


スピリチュアル・ブック・ガイド
 心の旅の道すがら、出会ったスピリチュアルな本についてご紹介します。スピリチュアルというジャンルは最近注目されていますが、わたしにとってのスピリチュアルですから、一般と少し違うかもしれませんが、ご容赦ください。シンプル、ナチュラル、スローな観点から選んでみました。ゆっくり、深く、のびやかに
読むと楽しい本です。

 1    『暗黒神話』  諸星大二郎
更新日時:
2007.11.28 Wed.
 
 
 
 
 
 
「暗黒神話」 諸星大二郎 著 (集英社文庫)
 
 
木枯らしが吹き始めましたね。読んで字のごとく、紅葉がだんだん枯れて、落ち葉になってゆきます。
街路を歩いていると、コタツが恋しい季節です。そろそろダウン・ジャケットも必要になるかな。
今日は、神話的思考について考えています。現代ほど神話的思考を必要としている時代はありません。
 
レヴィ・ストロースが「悲しき熱帯」で描いて見せたように過去を現在として体験するブリコラージュを試みてみたいものです。高校生の頃に近所の散髪屋さんで発見した漫画「暗黒神話」には、最近のエヴァ
ンゲリオン」にもその影響が見られます。徹底したフィールド調査、古史古伝、遺跡調査、神話の掘り起こし、日本各地をつなぐ伝承の足跡調査などを背景に生まれたこの作品は、手塚治賞を受賞しています。
 
主人公、武少年は古代遺跡めぐりの好きな少年ですが遺跡めぐりをしているうちに不思議な老人、竹内に出会い、神話の渦の中に徐々に巻き込まれてゆきます。父親、母親の秘密、出生の秘密を求めて
 
出雲へ、諏訪へ、九州へ・・・・そして内面では神話がやがて形をとり始め、古事記・日本書記神話の裏側の世界へ・・・。「神々とは、崇拝されてきた存在ではない。恐れられ、忌避されてきた荒れすさぶ神、暴風神、破壊をもたらすもの、たたり神なんじゃ。」という竹内老人の言葉が印象的です。
 
そして、大国主・・・オオナムチと出雲大社、諏訪大社の秘密の世界へ導かれる。・・ヤマトタケル、ヒミコ、菊池一族の陰謀など・・・壮大で神話的な宇宙を予感させてくれる一書です。
 
続編でもある「孔子暗黒伝」は中国の古伝、インド神話につながり、ふたたび暗黒神話に回帰するというデュアル・ストーリーです。
 
わたしの高校時代? これも古代に属しますね。

 2    『林住期』  五木寛之 著
更新日時:
2007.11.15 Thu.
『林住期』 五木寛之著(幻灯社)
 
 
 
 
 
 
 
五木寛之さんの「林住期」を読んでいます。なかなか渋くていいテーマです。
人生50歳から黄金期・・というポジティブな志向が気に入りました。最近、歳のせいか「社会の常識はわたし個人の非常識」と思うことが多く、中年反抗期みたいです。およそ世間の人がネガティブに捉えがちな現象をひっくりかえしてさかさまに見てやろうという半ば「偏屈」な傾向がでできました。
世の中の暗さや冷え切った部分がわたしにとっては、どうしてもなじめないのです。もっと割り切って若者のように「世の中そんなものさ。」と思えたらいいのですが、迷い多き中年ですね。
団塊世代の大量定年時期を迎えた影響もあってか、この「林住期」はベストセラーになりました。700万人という団塊世代、そして65歳以上の世代を合わせると4000万という高齢化社会です。
五木さんは50歳からの25年間を「成熟とジャンプの時期」と見ているようです。
 
不安定な青年期から安定した壮年期を過ぎて、社会的・家庭的な務めから、解放されて「新たな生きることそのものを探求、創造できるまたとない黄金期だ」。というのです。人生50年と言っていた過去の人生観からするとすべてが丸儲けのオマケ・・ということらしい。オマケならしっかりと自由に使って生ききったほうが、やがてくる死の心構えとしてもいいだろうということ。五木さんは遊び心と自由な生き方、そして人間は孤独であることをしっかり見つめて生きようという『林住期』からの精神的旅立ちを語りかけています。
林住期の学びの意義、養生法、死を見つめること・・など淡々と語り、やがて原体験としての終戦を韓国で迎えた頃の回想へ・・・彼自身の人生の深みから、戦争と戦後を語るところは、圧巻。「人生は思うようにならない。」と心のどこかで諦念を持っていたという五木氏の心情が伝わってきます。
 
 体力衰え、病気を抱えたり、人生に疲れを感じやすいというこの時期をよりポジティブにとらえ、人生の深まりと成熟という観点からわかり易く説かれています。
この本は74歳を迎えた五木さんの林住期の仕上げという印象がありました。

 3    スロー・イズ・ビューティフル 辻信一著
更新日時:
2007.11.07 Wed.
 『スロー・イズ・ビューティフル』 辻信一 著  (平凡社)
 
 
 
 
 
 
 
 
「ナマケモノ倶楽部」を主宰し、スローライフとエコな社会実践をしている人類学者の辻信一さんの「スロー・イズ・ビューティフル」を読んでいます。持続可能な生活、環境、社会を提言する示唆に満ちた本です。そのなかに、こんな一節があります。
 
     今は、それどころじゃない、の今
 
今はそれどころじゃない」と大人が言う。
すると子供が゛「じゃあ、どれどころなの ?」
「こうしてはいられない」と大人。
「じゃあ、ああしたら?」と子供。
僕たち大人は確かによく、「こんなことている場合じゃない」と思い、またそれを口にする。
 
では、どんなことをしている場合なのだろう。
 
 「今はそれどころじゃない」と言われて「そ
れ」は否定される。外される。しまい込まれて、やがて忘れられる。「それどころじゃない」と一度言われた「それ」が、もう一度呼び戻されて『今こそ、それを』となることはほとんどない。                                           
    
              『スロー・イズ・ビューティフル』より
 
わたしたちは、大事な「今」をキーワードとして、「それどころじゃない」と「それを今に置き換え」ます。今、大事・・とは仕事やお金や目下の関心事に関わることが多いのでしょう。けれど「それ」をはずされた「今」はやがて、「からっぽの今」になって加速して、どこかへ走り去ってゆきます。
まるで回送電車のように・・です。子供たちはそんな大人の「からっぽの今」がよく見えているのかもしれません。生活の加速化から・・減速化スローダウンを辻さんは提言します。
 
ちょうどエコな動物ナマケモノに学んで、持続可能で支えあう生活・社会を考えてみては?ということなのでしょう。
 
スロー・ワーク、スロー・ボディ、スロー・フード、スロー・サイエンス、スロー・ラブなどなどゆっく
り進むことをよし、とする考え方です。
わたしたちの社会は準備社会だ、という指摘も興味深い。
いい小学校にはいるための準備としてい幼稚園にはいる。いい幼稚園にはいるためにいい親を組ませる・・といった「将来への準備としての今」をとらえる手法です。当然、いい会社に入るためにはいい大学にはいらなければなりませんから、できるだけいい小・中学校、高校を準備しなくてはいけません。さらには、いい会社に入ったらいい配偶者を得ていい収入を得て、働きづめに働いてできるだけいいころあいに「いい病気」になっていい病院にはいり、いい棺おけに入り、いい墓にはいらなくてはならないということになります。いずれは、いい母胎にいい遺伝子を加工して入ることになるでしょう。
 
当然のことながら、「今を楽しむ」ゆとりなんかありませんから、「今を準備行為と情報集め」で満たすことになります。今とは、楽しい時間のはずなのにやせ細り、やがてからっぽになってしまうということなのでしょう。
 最近、「三丁目の夕日」か゜ヒットして、よく話題になりますが、昭和30年代のように「今を今として」暮らす「それとともにいる」時間をとりもどす必要があるかもしれません。
忙しい、忙しいと言うと「それ」は外されます。「それも大事、今も大事、ゆっくりと進む」のがいいかもしれませんね。

 4    ひらきこもりのすすめ2.0 渡辺浩弐著
更新日時:
2007.11.06 Tue.
「ひらきこもりのすすめ2.0」 
              渡辺浩弐著
           (講談社現代新書)
 
 
 
 
 
 
 
渡辺浩弐さんの「ひらきこもりのすすめ2.0」を読みました。ゲーム・ラボGTV代表を務めつつ小説、ライターとしても活躍するITトレンド:ゲーム業界先端の人です。NHKのドラマ「ハゲタカ」を見ながら読んだ本なので、なにかと現在のメディア・レボリューションについて考えさせられました。
 彼によれば「ひきこもりけっこう、むしろひきこもって開き直れ」とのことです。これを「ひらきこもり」と言うらしい。IT企業の先端の人の特殊な考え?というのは誤解で、読んでみるとなかなかスパイスの効いたエッセイです。
100万人とも言われるひきこもりは決して『怠けている消極的人間』ではなく、彼らの中から次世代を担うクリエーターを生む温床だというのです。それを社会復帰させて就職させる一方の発想はナンセンス。彼らが就職すれば、100万人が職を失うだけだ・・・この社会はすでに「労働至上主義」という価値観よりもずっと先を行っている。むしろ、就職しないで生きつつ、新たなメディアの可能性を構築することのほうが時代の急務とのこと。これは、価値の転換ですね。
 
怠け者と勤労者という「江戸時代の価値にしがみついている日本人」という渡辺氏の批判は確かに一理あります。これだけリストラし、合理化し、省力化してしか利益を確保できない企業とは果たして「生産的組織」と言えるのかという発想です。環境破壊や人間の精神破壊をもたらしかねない企業のあり方に疑問をなげかけているとも、言えるでしょう。
 
今の社会、簡単に餓死したりする心配はありません。若者たちは直感的に「生きにくい複雑系社会の本質」を見抜いているのです。大量生産・大量消費・高度成長の時代ははるか過去の遺物なのですから時代に合った価値をひとりひとりが多様に探索しつつ、自由に、クリエイティブに自分の生きる道を切り開いてもいい時代にはっきりと入っていると思います。若い世代に読まれているアジル(俊敏)のコンセプトに富んだ本です。

 5    おかしな人間の夢 ドストエフスキー著
更新日時:
2007.11.06 Tue.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が読みやすく再訳されて、40万部を超えるブームだと言います。やはり、そんな時代なのかな、と思うのです。わたしは、「罪と罰」などの長編を読みきる根気がなく、「地下室の手記」などの比較的短編しか読んだことがありませんが、ドストエフスキーがきわめて現代(今のことです)的な魂の持ち主であることはよく理解できます。絶望と懐疑の中で苦悩する「個の意識」が際立った作家なのでしょう。
 最晩年に書かれた「あるおかしな男の夢」はそんな面が色濃く出でいる作品です。この短編は独白調で始まります。
 
「おれは、小学校で、それから大学で勉強したが、どうだろう。おれは、学問すればするほど自分がおかしな人間であることを、いよいよはっきり知ったのだ。」
 
「結局のところ、おれにとって学問は、深く没頭すればするほど、結局のところ自分がおかしな人間であることを証拠立て、説明するためにのみ存在したようなものだ」
 
まるで、「おれ」とは現代人の魂全体を、学問は現代思想・科学そのものを暗示しているようです。
絶望と懐疑に打ちひしがれた男は、町で出会った助けを求める少女に冷たく、邪険な態度をとりいよいよ、自殺を決意して部屋に帰ります。
 
「おれがズドンと一発やったら、世界もなくなってしまう。少なくともおれにとってはそうなのだ。」
 
男は首尾よく、自殺をとげる前にと破廉恥な夢想にふける。夢想にふけるうちに男は眠りこけてしまいある長い夢を見るのです。この夢が、いわば「明晰夢」の形をとって現れ、一夜のうちに絶望に
打ちひしがれた男の魂を一変させてしまいます。その「夢」は彼の人生そのものを根底から覆してしまうのです。そして、目覚めた後に自分がまったく一変してしまったことに気づきます。
 
「計り知れない狂喜の念に全存在をゆさぶられ、自分は真理を見た、という確信が『今こそ生きるのだ』という衝動」に変化するのを感じる。
 
「おれは見た。だから知っているが、人間は地上に住む能力を失うことなしに美しく幸福なものとなりうるのだ。悪が人間の常態だなんて、おれはいやだ。そんなことは本当にしない。どうしてこれが信ぜずにいられよう、おれは真理を見たのだもの・・おれは見たのだ、しかと見たのだ。そしてその生ける形象(かたち)が永遠におれの魂を満たしたのだ・・・・」
 
この小説はまさに現在のわたしたちが向き合っている孤独な魂のありかたとその救済を最も深いテーマとして扱っているように思われます。
男が見た夢とは?
 
是非、読まれることをお奨めの一冊です。


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