スピリチュアル・ブック・ガイド
SPIRITUAL BOOKS
 
四国はスローなアイランド。
遍路道、山の道、
海の道、獣道、ひとりたび
 
 分け入っても
  分け入っても
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投稿エッセイ スロートーク茶屋BBS あとがき

夢見る力』から生まれたページ
スピリチュアル・ブック・ガイド・コーナーです。
出会ったことにより、わたしを少しずつメタモルフォーゼ(変化)してくれた「わたしのガイド・ブック」ですから、趣向が偏っているかもしれません。
ひとりになって、落ち着いて読む本は魂を
暖めてくれますね。
それは、もしかしたら絵本かもしれないし、文学かもしれないし、哲学書かもしれないし、
科学書かもしれないし、画集や写真集かも
しれません。ひょっとして日記かもしれないし、石に書かれた文字かもしれません。
ここにとりあげる本は、私にとっては音楽のようなものです。  mind harp
  ここの砂は
  みんな水晶でできている
  中で小さな火が
  燃えている   
            宮沢賢治


スピリチュアル・ブック・ガイド
 心の旅の道すがら、出会ったスピリチュアルな本についてご紹介します。スピリチュアルというジャンルは最近注目されていますが、わたしにとってのスピリチュアルですから、一般と少し違うかもしれませんが、ご容赦ください。シンプル、ナチュラル、スローな観点から選んでみました。ゆっくり、深く、のびやかに
読むと楽しい本です。

 6    「求めない」加島祥造
更新日時:
2007.11.06 Tue.
 
 「求めない」  加島祥造 著
 
         (小学館)
 
 
 
最近、タオイズムが静かなブームですね。加島祥造さんの「求めない」がベストセラーだそうです。
「求めない」で始まる詩集 です。
「求めない――すると、本当に必要なものが見えてくる」「求めない・・・すると自由になる」。
 
加島さんは詩人、アメリカ文学者であり墨彩画家です。「何かが欲しい、手に入れたい、誰かのようになりたい、誰かにこうしてもらいたい」――人は誰でも求めます。まったく求めないでいることは難しいけれど、信州の自然になかでくらす83歳の加島さんは「ほんの3分でいい、求めないでごらん。不思議なことが起こるから」と語りかけます。
 
わたしたちはいつも何かを求めて生きています。それは至極、当然のことで食料を求め、配偶者を求め、健康を求め、安らぎを求め、才能を求め、幸運を求めます。
ただ、求めすぎて大切なものまで失いがちです。
 心のスロー・ダウン、クール・ダウンをするためにも、たまには「求めない」を心の中でつぶやいてみるといいかもしれません。求めすぎて大切なものを失うよりも、求めないことによって得ているものを確かめるゆとりのこころが必要なのかも知れません。
 
今あるものを見つめ、その深みにやすらぐこと。
 
ただ、いま、ここにいて、わたしでいること。
 
この本はそんなこころのゆとりをあたえてくれます。
 
  「求めない・・・ するといま、じゅうぶん
    持っていることに気づく」

 7    「科学を捨て神秘へと向かう理性」 ジョン・ホーガン著
更新日時:
2007.11.06 Tue.
「科学を捨て神秘へと向かう理性」ジョン・ホーガン著 (徳間書店)
 
 
 
科学ジャーナリストジョン・ホーガンの「科学を捨て、神秘へと向かう理性」を読んでいました。アメリカ版「理性のゆらぎ」のような本で、アメリカ、ヨーロッパ、南米などをフィールド調査的に縦横に走査しつつ、ニューエイジ精神科学やシャーマニズムにふれつつ、神秘体験をキーワードに現代科学の行方を問う、といった話題性豊かな論評とインタビュー集。果たして、科学は「神秘へと向かう」ことで救済されるのだろうか・・。確かにケン・ウィルバー(トランス・パーソナル心理学者)やスタニスラフ・グロフ(臨床・精神医学者)とのインタビューは示唆に富んだもので、なかなか正統派の科学・医学・心理学の世界からはたどりつけそうにない境地を示しているのは確かです。
 
しかし、これは「超越的」であってかつ「日常的なものなのか?と疑問が残ります。もちろん周知のとおり、昨今のスピリチュアル・ブームの思想的裏づけはこれらのニュー・エイジ思想家や臨床家、大脳生理学者、セラピストたちの膨大な研究成果を背景としていることは明らかなのですが、日本ではそうした世界観や思想性とはまったく異質な次元で「スピリチュアル」が広まってしまった面もあると思われます。
 
占いやヒーリングやスピリチュアル・カウンセリングなどのポップ・カルチャーやファッションとしてのスピリチュアルとこれらの思想的スピリチュアルは果たして、テーマを共有しているのか否か?という問題です。
 もっと、身近にわかりやすく言えば「神秘と日常は、共存しうるかどうか」ということ。
 
以前ブームとなった「理性のゆらぎ」はインドで神秘に出会って、ゆらぐ魂を扱ったベスト・セラーではありましたが、サイババ・ブームとともにあいまいなまま流れ去ったようです。
わたしは、日常は神秘なものととらえていますから、神秘的世界を日常の外に求めることはないと思っているのですが・・・多くの人にとって神秘と日常は大きくへだたった世界なのかもしれません。
 
本当に神秘なるものとは真昼の光の中にさらされても、やはり神秘なのだと思っています。
本書の原題は「理性的な神秘主義」ですが、考えさせられますね。

 8    パパラギ
更新日時:
2007.11.06 Tue.
「私たちは大切にしよう。ひとりの人間が、他の人たちよりずっとたくさんの物を
持つとか、ひとりがうんとたくさん持っていて、他の人びとは無一物、というようなことを私たち は許さない。そのならわしを大切にしよう。そうすれば私たちは、隣の兄弟が不幸を嘆いてい るのに、それでも幸せでほがらかにしていられるあのパパラギのような心にならずにすむ。・・ 」
 
「時間というのは、ぬれた手の中の蛇のようなものだと思う。しっかりつかもうとすればするほど、すべり出てしまう。自分で、かえって遠ざけてしまう。パパラギはいつも、伸ばした手で 時間のあとを追っかけて行き、時間に日なたぼっこのひまさえ与えない。時間はいつでも、 パパラギにくっついていなければならない。何か歌ったりしゃべったりしなければならない。
だが、時間は静かで平和を好み、安息を愛し、むしろの上にのびのびと横になるのが好き だ。パパラギは時間がどういうものかを知らず、理解もしていない。それゆえ彼らの野蛮な 風習によって、時間を虐待している。」
 
 これは25年前くらいによく読まれた「パパラギ」の一節です。わたしが、学生時代に話題になった本です。先住民文化から、学ぶという風潮が学生運動の残照のなかから芽生え、やがて環境危機とエコな発想が世界に広がりつつあった頃です。100年前サモアのツイアビという酋長が、ヨーロッパの西洋文明に出会って、語った言葉がまとめられています。
 パパラギとは、白人、西洋人を指す言葉です。当時は、ツイアビ酋長とは、西洋人で「ガリバー旅行記」のようなものではないか、という噂でした。
 にもかかわらず、この本は西洋世界、日本でも一種のバイブルのように読まれスローライフとエコと先住民文化への理解の手引書という役割を果てしているのも確かです。
 
ただ、面白いのは、現在パパラギは南の島のペンションやダイビング・スクール、オーガニック・ショップのキーワードとして普及に一役買っていたり、現在もエコ・ロハスの本として80数刷を数えるほど読まれていることです。もし、西洋人が書いたものであったとしても、わたしたちが陥っている世界観の問題を訴えるものがあるからでしょう。
 また、自然とともに生きるとは、どういうことかがわかりやすく書かれているからかもしれません。サモアには時計がないのです。ツイアビは、パパラギは丸い機械で自分たちを縛っている、と語ります。たまには、「丸い機械」をはずして日の出、日没を眺めてみるのもいいかもしれません。
 
果たして、フィクションなのかツイアビは実在の酋長なのか、確かめる機会はわたしにはありませんでした。ご存知の方はお知らせください。
本書はカルロス・カスタネダの『呪術師シリーズ』とともによく読まれ続けています。
今日は、船の汽笛のように「ボー」と過ごしていました。
何かしていてわたし・・・というものでもなく、なにもしていなくてもわたし・・でいいと思います。

 9    『夢見る力』  おおえまさのり
更新日時:
2007.11.06 Tue.
 
スピリチュアル・ブック・ガイド1
 『夢見る力』 おおえまさのり著
            (作品社)2006年
本の帯に「スピリチュアル思想の先駆者が語る、スピリチュアリティの復権!」とあります。
筆者のおおえまさのり氏は現在64歳。スピリチュアル・ブームにさかのぼること30年。ニューヨークで映画作家活動の後に帰日して、『チベットの死者の書』を世に問いました。インドでの体験をつづった『空なるものの愛に捧げる詩』以来
『超死考』『宇宙の見る夢』『スピリットの森から』『ミラレパ』『魂の源境へ』など多数のガイアと霊性の復権を問う著作を出し続けています。
「いのちの祭り」の草創期呼びかけ世話人でもあります。
本書は、ドリーム・タイムを生きるというアポリジンの知恵の世界からはじまり、地球環境や社会の危機に陥っているわれわれが、大地から切り離された思考に陥っていることを鋭く指摘して再びドリーム・タイムを生きることが、平和への道であることを語ります。
スピリチュアル・・・ということがもっぱら個人の中で語られ、ヒーリング・ブームとなっていますがスピリチュアルとは、もともと大地と生命のつながり・・・ガイアへの目覚めであると思うのです。
実は、わたしはおおえさんに学生時代からお世話になり、現在にいたっておりますが淡々と倦むことなく、スピリチュアルの核心を問い続け、大地(ガイア)と目覚めのオルガナイザーとして活動されています。本書の中でおおえ氏は語ります。
『自己の強固な殻が幻想であること(自己の非実体性)を知ること。それは、全体性への埋没ではなく、自己が他によって支えれていること、自己が創造的な関係の産物であることである。
それは、自己のうちに全世界が参入してくるということである。ドリームタイムの豊かな関係性に支えられて人は、己を世界につむぎだすことができる。創造とは、ドリームタイムが形となって咲き出でてくることに他ならない』
魂の根底に誰でも持っている「夢見る力」を呼び覚まし、大地とともに生きるガイド・ブックといえるでしょう。是非、一読をお勧めします。
                  mind harp

 10    『人生は廻る輪のように』 キューブラー・ロス
更新日時:
2007.11.04 Sun.
「人生は廻る輪のように」 キューブラー・ロス著 (角川文庫)
 
 
 
 
エリザベス・キューブラー・ロスは、20世紀に大きな足跡を残した人物であることは確かですが、日本ではそれほど知られていません。スピリチュアル・ブームであるにもかかわらずということでしょう。
そもそも「スピリチュアル」とは、キューブラー・ロスやマザー・テレサの活動をさして言う言葉とわたしは思っていましたが、今の一般で言う「スピリチュアル」とはオーラの泉やアロマ・セラピーなどメンタルなシェイプ・アップといういくらかファッショナブルでミスティックな用語と化しているようです。それほどまでに「スピリチュアル」は多義的で、曖昧模糊としたものなのかもしれませんが、それもOKと思っています。殺伐とした破壊的社会が実現してしまった世紀末、以来「スピリチュアル」はひとつのキーワードとして今も有効な気がします。
 
さて、キューブラー・ロスですが1970年代以降「死ぬ瞬間」以来、医師として患者の死の見取り医療活動・・・ターミナル・ケアの創設フロンティアとして著名なロスの手になる「自伝」が本書です。
しかも死の数年前に書かれ、続く「ライフ・レッスン」は死の前年・・病床で書かれました。
河合隼雄氏と柳田邦夫氏の対談「心の深みへ」のなかでもロスについては多くのページを割いて触れられています。
 
三つ子として生まれたロスは、アイデンティティに深く謎をかかえる少女として育ちます。姉たちと自分がひとり孤立しているように思えてしまい、自分とは?という究極の問いにとりつかれてしまうのです。
そして、長じて医師を目指し、女学生時代に大戦後ナチスへのレジスタンス運動との関わりから(彼女はポーランド系)アウシュビッツ収容所のガス室を見学し、象徴的な体験をします。
 
捕虜たちが寝起きしていたベッドに描かれた夥しい美しい蝶の絵を目にして、衝撃をうけるのです。人間は死に際して、蝶のように彼方に飛び立つ・・という原体験のようなものが彼女の魂に刻みつけられるところは、とても印象深い。
やがて、医師となり患者の死に出会うごとに「生への謎」は「死への謎」へと変化
してゆきます。ロスは、「死を見取る医師」へと導かれてゆきます。数万人の看取りと死への理解がロスをメタモルフォーゼさせてゆく、プロセスは、現代の介護医療、終末期医療のフロンティアならではのド
ラマティックな展開を実地に生きていると感じました。そして、夫との不和、離婚。
 
アメリカに渡り、当時全盛を極めてニューエイジ文化の拠点・・・カリフォルニアでの様々な体験をします。
チャネリング、死者との交流、全体医療とのつながりなどなと火中の栗を拾うかのように現代スピリチュアリズム/ニューエイジ文化の中で翻弄されるロス。詐欺師のチャネラーに命を狙われたり、エイズの子供たちを保護して周辺住民から嫌がらせや脅迫・銃撃を受けたり、ターミナル・ケアのイメージと程遠いほどにロスの人生は波乱に満ちて、ドラマティックです。
 
そして、本書を書き終えたロスは「ライフ・レッスン」で人生のエッセンスを総括して生涯を閉じます。
 
ロスの葬儀では、最後に小箱に収められた蝶を空に解き放したと言われています。
マザー・テレサとともにわたしが尊敬している人のひとりです。


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