イチローはバッターボックスに入ってから、一度バットの先を目の前に持ってきたところで、相手ピッチャーとのタイミングを測るそうです。そのタイミングがずれると一球目はバットを振らないんだそうです。そのタイミングだけで、一球目を振らないと決めてしまえる辺り、ただ者じゃあねえな奴は。
そういうわけで、僕もPCを開けた時に一行目を書くかどうか決めることにしました。
みずたにです、こんにちは。
タイミングなんててめえのさじ加減
あのね、ここ最近キャンディは雨が多くて、コロンボにこもってるんですよ。
だから大した事件もなく平穏無事な日々が続いているんですよ。
読者には残念なお知らせですけどね。
んで、いつまで続くか分からないこの平穏無事な日々なんですけどもね。
平穏無事だと日記に書くこともショボくなるじゃないですか。
今日料理に使おうと思ったサラダ油に虫が浮かんでたって大した内容じゃないわけですよ。
炒めたけど。
買い物に行ったら野良犬が足にしがみついてきて腰振ってたって、僕にとっては別に大した内容じゃないわけですよ。
感じたけど。
だからね、今日は僕の幼少の頃の事件でも書こうと思うんですけども。
そんなリクエストを頂いたものですから。
今日だけは若干スリラン化じゃなくて、若干幼少化でお願いしますね。
あのですね、子供の頃誰しも苦手なものってあったじゃないですか。
食べ物が苦手なのは子供によくある現象。
他にも鉄棒が苦手とか、かけっこが苦手。
隣の席の竹内しんごくんがいつも掃除の時に雑巾投げてくるから苦手、とか色々あったわけじゃないですか。
国語の堀江先生はチョークのコントロールが悪くて、いつも山本君のところじゃなくて隣の僕のところに間違って飛んでくるから苦手とかあるじゃないですか。
ま、色々あるんですけど、僕が苦手だったのはですね。
幼稚園の先生が苦手だったんですよ。
僕ね、幼稚園に1年、保育園に1年行ったんですよ。
でもカラー違うじゃないですか、幼稚園と保育園。
実際管轄も文部省と厚生省ですから方針も目的もちょっと違うわけですよ。
んで、これは幼稚園の時の話なんですけど、うちキリスト教の幼稚園だったんですよ。
だからね、幼稚園はなんか「厳しかった」ってイメージしかないんですよね。
先生もなんか厳しかった。
でね、僕この幼稚園が嫌で嫌で。
いつも早くお母さんむかえに来てくれないかなぁって思って過ごしていたんですよ。
お母さん大好きでしたから。
ちなみに、うちの母ちゃんは19で婚約して20で結婚して僕を産んだので、この時は24,5歳だったはずです。
未だに24,5歳の女性がいると甘えたくなるのはこの当時のトラウマがあるからなんです。
え?
そんでね、お母さんの話はどうでもいいんですけど、とにかく幼稚園が嫌いだった。
若干4歳にして社会のしがらみに嫌気がさしていたんです。
俺はこのまま大人になって社会の歯車として一生を過ごすのか。
毎日ペコペコ頭下げて大人たちの機嫌を伺い、会社という名のレストランで使い捨てという定食を一生注文し続けるのかと。
そう思っておったわけです。
シーソーに乗りながらそう思っておったわけです。
もうその背中からは哀愁が漂うくらいの4歳児だったわけです。
砂場を見ればプラスチックの容器で砂遊びをしている同年代のお子達。
グランドではドラエモンの絵描き歌を歌いながら木の枝でドラエモンを描くお子達。
先生と鬼ごっこして転んで膝すりむいて泣いてるお子達。
そんなお子達をフンッと鼻で笑い、俺は自由に生きるんだ。
こんなコンクリートジャングルに埋もれるような人生はまっぴらだぜ!
とジャングルジムの中で思っておったわけです。
そんなある暑い日の午後。
いよいよ計画を実行に移すときがきたわけなんです。
幼稚園脱走計画。
当時社宅に住んでいた僕らみずたに家は結構幼稚園から離れていたんです。
車の免許を持っていないうちのお母さんは自転車で毎日僕を送り迎えしておったわけなので、大体道は頭に入っておったんです。
しかしその距離約2km。
幼稚園を脱走して自宅まで帰るには方向感覚を失うとも限らないだだっ広い田んぼを突っ切り、幼稚園児には魅力一杯の用水路と大きな川を越える橋。
これらの難関を突破して、立ち並ぶ同じような社宅のうちの一角から見事うちを見つけ出さねばならんかったわけです。
そんなリスクを背負ってでも、当時僕は幼稚園を脱走したくてたまらなかったわけです。
暑い夏の日だったので下手したら死ぬかもしれません。
それでも午後、外で遊んでいる時間に隙を見てフェンスを乗り越え、脱走したのでした。
真夏の暑い日ざしが照りつける中、向日葵畑を抜けて世紀の大脱走に飛び出したわけです。
今でも当時の鮮明な記憶が蘇ります。
それはそれは暑い日でした。
フェンスを乗り越えて走り抜けようとした向日葵畑。
自分よりも高い向日葵畑に、いきなり突入して方向感覚が分からなくなりました。
いきなりその向日葵畑から抜け出せなくなったわけです。
何度も同じところをグルグル回っているような気もするし、家の方向に向かっているような気もする。
しかし一向に向日葵がなくならない。
そこで思いついたのが、とにかく曲がらない。
一直線に進み、とにかくこの向日葵地獄から脱出することだったんです。
僕の思惑はあたり、しばらくすると向日葵地獄から田んぼへと出ました。
まぁ今度は田んぼ地獄だったんですけど。
田んぼには幸い水が張ってあったのであぜ道を通り、いつも自転車の上からしか見れない大きな川へと走りました。
僕の記憶の中には川を渡れば家は近い。
そんな感覚があったので、その川沿いの土手が見えたときはもうすぐだと思いうれしくなりました。
この地点ですでに汗だくだったでしょう。
用水路の水を見て真剣に飲もうかと思ったのを覚えていますから。
しかしそこはぐっと我慢し、ひたすら走る。
早く家に帰ってお母さんに抱きしめてもらいたい。
冷たいアイスをお母さんと食べたい。
そんなことを考えながら走り続けました。
ようやくいつもの橋を渡り、社宅へと到着しました。
幸いうちは一階だったのですぐさま玄関の前に置いてある僕の自転車、仮面ライダー号をすぐさま発見、ドアノブをひねりました。
すると、お母さんはいませんでした。
今考えるとドアを開けっ放しにしてどっか出かけていたお母さんが素敵なんですけども。
ところが待てども待てどもお母さんは帰ってきません。
僕は喉がカラカラ。
仕方がないので、とりあえず冷凍庫を覗くことにしました。
冷凍庫と言っても4歳の子供ですから。
いかんせん背が小さい。
しょうがないので、小さな椅子を冷蔵庫の前に設置し、その上に乗って背伸びをして、ようやく冷凍庫を覗くことができました。
冷凍庫を覗くとひんやりとした空気が汗だくの僕の頬を撫でます。
うれしくなった僕は手を伸ばしてアイスクリームを探しましたが、アイスクリームがないんです。
この残念さ加減は今でも忘れないわけなんですけども、そこで諦める僕じゃあない。
せっかくここまで苦労して開けた冷凍庫。
何か手に入れて閉めたい。
僕は冷凍庫の横についてる霜がとっても魅力的に見えました。
一歩間違えばカキ氷にも勝るとも劣らないその霜っぷりに4歳児は心奪われたわけです。
いきなりかぶりつきました。
そして、唇が引っ付きました。
いや、痛いのな。
唇瞬間冷凍ですから。
しかもちょっと背伸びしたまま、冷凍庫に顔突っ込んでる。
手足バタバタさせても唇が痛くてはがせないわけですよ。
4歳児大ピンチ
もうね、ワンワン泣いた。
この情けなさ加減と唇の痛さにワンワン泣いたんですよ。
お母さんたすけてぇ〜、も
おはあはんはふへへぇ〜
なわけですよ。
もうだめ。
このまま冷凍庫と一生を共にすることを覚悟しましたよ。
ああ、僕の一生はこれで決まったんだ。
あの時幼稚園なんかで人生を縛られたくないと誓い脱走したのに、今は冷凍庫に縛られてる。
冷凍庫に引っ付いてしまった人間として生きていくのか、喋れる冷凍庫として生きていくのかも迷いました。
将来プロポーズするとき、
「僕と結婚してくれないか、今ならもれなく冷凍庫もついてくるよ。」
とか言うのも覚悟した。
これから一生食べて行くものは全て冷凍食品なわけですよ。
どんなけ熱い人生を送っても
「みずたにくんって、クールね。」
とか言われるだろうなぁ。
まあそれはそれでいいかぁ。
そんな覚悟を決めた時、救世主お母さんが帰ってきたのです。
「あんたなにやっとるの!」
平手で頭一撃!
唇はがれました。
【今日の教訓】
ファーストキスを夢見る少年少女よ、間違っても冷凍庫に恋はするなよ
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