思ふ




平成15年8月1日(金)  合唱
スリランカの人口はおよそ2000万人です。
そんなスリランカで人気のスポーツと言ったらクリケットというスポーツです。
でも実際はサッカー人口の方が多いです。
でもスリランカの国技はバレーボールです。
 
うーん、ややこしい。みずたにです、こんにちは。
 
スリランカにはスリーウィルっていう三輪車のタクシーがあるんですよ。
今日はそのスリーウィルに乗ったときの話をします。
今日、僕がオフィスから恐怖の館「プシュパ館」まで帰るときにこのスリーウィルを利用しました。
だって、このクソ暑い中ぎゅうぎゅうのバスを乗り換えて帰りたくもない。
 
もう俺様は日本人だぞ、と言わんばかりに金にモノを言わせて約3キロの道のりをこのスリーウィルで帰ることにしました。
 
「○○まで行きたいんだけど、いくら?」
 
ドライバー「300ルピー」(1ルピー=約1円。覚えやすいね!)
 
「高いよ。もうちょっと安くして。」
 
ドライバー「ダメダメ。うちには子供が3人もいるんだ。今日食べるものもない。」
 
「150にしてよ。」
 
ドライバー「それは無理だなぁ」
 
「頼むよ。俺もボランティアで来てるからそんなにお金持ってないんだ。」
 
ドライバー「ボランティアなら助けてくれよ。」
 
「・・・・。じゃあ乗らない。」
 
ドライバー「わかったよ。乗れよ。特別だぜ。」
 
値段交渉をして300ルピーを150ルピーに値切りました。
走りながらドライバーが話しかけてきました。
 
ドライバー「お前中国人か?」
 
「いや、日本人だよ。」
 
ドライバー「俺はタミル人さ。(スリランカにはシンハラ族とタミル族という民族がいる)今からインドの歌を歌ってやるから、お前も日本の歌を歌ってくれよ。」
 
「いいよ。聞かせてよ。」
 
ドライバー「○★<゛#п♪〜」
 
 
うまいのか下手なのかもわかんねぇ・・・。
しかもすごいノリノリなんだけど・・・。
 
ドライバー「今度はお前の番だぜ。」
 
なぜかたまたま思いついた「ズルイ女」を歌いだす僕。
するとドライバーノリノリでニコニコしながら僕の顔を見る。
 
ちゃんと前向いて運転してくれ・・・。
 
ここで事故って死んだら、ほんとにバイバイありがとーさーよおならー、だろ。
僕が歌い終わるとドライバーは「もう一曲、もう一曲!」と言い出す始末。
 
しょうがねぇなぁ。
 
じゃあ、お嫁サンバ。
 
しかしあれだな。実際海外に来てみないとほんとに記憶に残る日本の歌ってのはわかんないもんだね。日本の歌歌ってと言われて出てくる曲がこの2曲だもんな・・・。
 
ヤケクソになって大声で歌いながらスリーウィルは大都会コロンボの町を爆走する。
そうこうしていると目的地に到着。
するとドライバー、
 
「お前歌を聞かせてくれたから、お金はいいよ。」
 
は?
 
商売そんなんでいいのかよ・・・。あの必死の値段交渉は何だったんだ・・・。
どうも「ズルイ女」の最初のフレーズが気に入ったみたいで教えてあげると、それを口ずさみながら帰っていきました。
 
ンバァイ ンバァイ アリガチョー サオナラ♪〜
 
はい、さよなら。
平成15年8月2日(土)  皆無
僕は日本に居る時はあまり胃腸が丈夫な方ではなかったんですよ。
思い返すとよくお腹の調子が悪くなってた。
何に僕の胃腸は弱かったかというと温度差に弱かった。
熱いラーメンなどを食べた後に、アイスクリームとか冷たいものを食べたときとかよくお腹がドコーン!ピシャーン!となってた。
うん、この効果音も分かりづらいけども。
んで、僕はスリランカに来て今だ一度もお腹を壊していない。
ほとんどの日本人は現地食など毎日食べていると、大概辛い香辛料や水などでお腹を壊すらしいけど、僕はどうやら香辛料には強いらしい。
 
問題の温度差なんだけど、スリランカはカレーを手で食べる。
つまり手で食べるということはご飯は常温、手で持てるくらいの温度なので非常に胃腸にやさしいのである。
そういうわけで、僕がお腹を壊す原因の温度、はどうやら問題ないのである。
 
そんなどうでもいい僕の胃腸論。
みずたにです、こんにちは。
 
いやー、実は今日から4日間、大都会コロンボを離れて、ケゴールという山奥のド田舎にホームステイしなきゃなんないんですよ。
ほら、実際自分の任地に派遣されたら、コロンボみたいな恵まれた環境で生活できないわけですよ。
シャワー室だってあるかどうかわからない。
帰ったらプシュパさんの「なんちゃって天ぷら」もないわけですよ。
全部自炊です。
まずはそれに慣れていただこうと電気もガスもシャワーもない生活を体験していただこうという事務所の粋な計らいなんですね。
 
そういうわけで今日からケゴールへ売られることになりました。
僕の頭の中にはドナドナが流れます。
 
山道をこれでもかっ!ってくらいに行くとそこはとてつもなく山奥でした。
途中まで事務所の車、そこからステイ先の兄さんのバイク、そしてそれ以上はバイクで行けないので、急な坂を歩いて山の頂上に到着。
 
まさに捨てられた感満載。
 
あのー・・・持たされた携帯の電波も入らないんですけど・・・。
 
もう何かあったらどうやって連絡取るんだ!なんて甘っちょろいこと言ってらんない。
とにかく自力でこの4日間を生きぬかなきゃ。。。
 
あのねー、皆さん。
水とか電気とか火って、あって当たり前だと思ってるじゃないですか。
玄関のドアって、あって当たり前だと思ってるじゃないですか。
テレビ?ラジオ?
ないない。
 
夜は日没と共にベッドに入ります。
就寝時間、8時。
 
ね、寝れねー。。。。
かと言って他にすることないし・・・。
 
やることと言ったら蚊と格闘するくらい。
蚊を殺すタイミングがスリランカに来てめちゃくちゃうまくなったからね。
「蚊秒殺検定」とかあったら受けたいくらい。
 
やることないから今日殺した蚊の数を日記に記すことにしました。
「6匹」。
何やってんだ・・・俺は・・・。
 
それに今日、ステイ先の兄さんが「水浴びに行こう」というので、お風呂代わりでもある水浴びに行ったんですよ。
裏に井戸でもあるのかなぁなんて思ってた。
 
違ったね。
水を浴びる川まで行くのに、
 
山を一個下りました。
しかも歩いて。
ってことは、当然帰りも歩いて山を登るんですよ。
 
帰ってきたら行く前より汗だくなんですけど・・・。
 
やっとの思いで家に到着すると、兄さんが僕のくるぶしの辺りを指差して言いました。
 
「クーレッラ、クーレッラ。」
 
ん?何ですか?クーレッラって??。
 
僕が、兄さんの指差すくるぶしを見ると、そこには僕の血をこれでもかと吸い尽くした、ヒルが引っ付いてました。しかも2匹。大きさは玉子の黄身ぐらいの大きさ。
もうパンパンになってる。
 
どわ〜〜〜!!!
何とかしてくれ!何とかしてくれ!
足を思いっきり振ったって取れやしない。
ヒルの吸引力ってばすごいのね。
急遽ケゴールの山奥で僕の緊急オペが開始されました。
 
手術名「右足首ヒル火炎除去術」。
 
兄さんがマッチでその2匹の六本木ヒルズを炙ります。
すると見る見るうちに小さくなり、ポロっと僕の足首からはがれた。
 
ヒルが取れた僕の足首からは出血が止まらない。
バンドエードなんてハイソなものもない。
すると、近所に住む10歳くらいの村の子供が、兄さんの指示で何やら山から薬草のようなものを持ってきて、僕の足首に貼ってくれた。
 
僕が「イストゥーティ(ありがとう)。」と言うと、
照れくさそうに、首を横に振り、ニコッと笑った。
 
これが僕とケゴールの子供の、最初の出会いでした。
 
平成15年8月3日(日)  結婚
ケゴールの山奥でやることがなくて、草をちぎっては捨て、ちぎっては捨てています。
みずたにです、こんにちは。
 
いやもう暇なのね。
昼間はほら、近所の子供たちも学校行ってますから、僕の相手をしてくれない。
仕方がないから散歩でもしたんですよ。
 
道に迷いました。
 
いや慣れない土地で散歩とかしちゃいけない。
さすがに崖とかで行き止まりになった時はノロシをあげようと思ったもんな。
でもノロシの意味なんてスリランカ人が知るはずもないことに気づいてやめたけど。
そうこうしていると、ステイ先の兄ちゃんが
 
「今日、町内会があるからお前も来い。」と言うではありませんか。
 
暇なので行きましたよ。
山を下ること10分。
村の集会場みたいなところに連れて行かれ、何をするかと思ったら皆から町内会費を集めていました。
 
へー、途上国にしてはなかなか珍しい光景でしたよ。
町内会費を集めてそれをきちんと管理してるんですからね。
ちょっと感心していました。
 
それにしても、こんなド田舎に外人が来たもんだから村の人の視線がすごいわけですよ。
まるで動物園のパンダを見るような目でジーーーーーーーーーーーーーーーっと見つめてくる。
向かいのおばあちゃんなんか目から光線が出てました。
んで、こっちが目を合わすとニコッ!と微笑む。
 
若い女性もニコッ!
おばちゃんも、おじちゃんもニコッ!
子供もニコッ!
調子に乗って3歳くらいのお子に僕がとびきりのニコッ!をすると、そのお子は
 
号泣しました。
 
やっぱりね、スリランカの田舎の人の感覚からするとね。
日本人が昔アメリカ人を「でかくて目が青い」くらいのイメージしかなかった時と一緒ですからね。
びっくりするんですよ、特に子供は。
大人も何話していいかわからないから、微笑むだけで話しかけてこないしね。
まさか僕がシンハラ語を話せるとも思っていない。
 
そんな時、ステイ先のお兄ちゃんがその村の村長らしき人に「彼はシンハラ語が喋れるよ。」と言うと、村人の目の色が変わった。
もうそれからは質問攻めですよ。
 
「名前は何だ?」
「いくつだ?」
「結婚しているのか?」
「宗教は何だ?」
「何でここへ来たのだ?」
「給料はいくらもらっているんだ?」
 
取調べ??
給料とか初対面で聞いちゃう?普通。
 
すると村長が言いました。
 
村長「黒い肌は気になるかい?」
 
「いや、別に気にならないよ。」
 
村長「ならいい娘がいる。私が許可するから結婚してここに住みなさい。」
 
い、いきなり結婚話ですか?!
 
「いや・・・、日本に彼女が居るので・・・。」
 
村長「そんなモンは、日本で結婚すりゃええ。ここでもう1人結婚すりゃええじゃろ。」
 
おいおい、いい加減だな。
 
村長「おい!あいつを呼んで来い!」
 
「いやっ!ちょ、ちょっと待って村長さん!」
 
どうやら、村長はそのお薦めの彼女を僕と会わせたいらしい。
急遽呼ばれた彼女がその集会場にやってきました。
 
41歳バツ1。
2人の子持ち。
やや小太り。
 
急に呼ばれた彼女は、どうやら呼びに来た村人から「村長がお金持ちの日本人を紹介してくれるそうだぞ。」と言われて来たのでしょう。
2人の子供を抱えて、満面の笑顔で登場しました。
 
村長「どうじゃ。美しいじゃろう。」
 
・・・・・・・。
 
あのさ・・・、言いたいことは山ほどあるんだけどさ。
200歩譲ってもありえない。ありえないよ・・・。
一体村長は僕の人生をどうしたいとお思いですか?
すると、村長は彼女に、
 
村長「どうじゃ、彼と結婚すればお金もあるし、日本に行けるぞ。」
 
彼女、それを聞いて
 
キタ――――――――――――――――――――!!!
 
みたいな顔してたもんな。
勘弁してください。
こうして村人と仲良くなり、しまいには日本の歌を歌わされ、2日目の夜は更けていきました。
どうでもいいけど昼間紹介された娘?さんのお子がとても懐いて離れないんですけど・・・。
平成15年8月4日(月)  手拭
あまりにも暇すぎて、木の実を採っては食べ、採っては食べています。
みずたにです、こんにちは。
 
あのですね、ここケゴールの山奥に来てまだ一度もしてないことがあるんですよ。
大都会コロンボではお気軽に出来てたアレが未だにここではできないでいるんですよ。
 
ウンウン。
 
まぁ汚い話なんですけど、要するに「トイレの大」をずっと我慢しているんです。
スリランカってトイレットペーパーとか使わないんですよ。
だからトイレに行ってウンウンをした時は手で水洗いしなきゃいけないんです。
 
 
未だその勇気が出ません。
 
いや、何度も試みようと思ったんですよ。
でも我慢できるモンならコロンボに戻るまで我慢したいわけ。
だって、仮にも僕は日本人ですよ。
ミスタートイレットペーパーの異名を持つ僕としてはいくらなんでも手でお尻は拭けないんです。
せめて葉っぱでお願いしたい、くらいの気持です。
 
ところがケゴール入りして今日で3日目。
いよいよ僕の大腸も悲鳴をあげ始めたのですよ。
僕の大腸の中でここ3日間がっつり食べたカレーが「出せ出せ」とストライキを始めました。
僕の門番はジュラルミンの盾を振りかざしながら必死に抵抗を続けているんです。
現場からは「これ以上は持ちません!なんとかしてください!」と伝令が来るのですが、プライドという名の室井さんは「青島!確保だ!」と言ってくれないんです。
事件は完全にケゴールで起きてます。
 
そんな僕に追い討ちをかけるように、お兄さんが今日も夕食のカレーをたっぷり皿に盛っちゃったりします。
 
無理、もう無理。
でもとにかく今日一日乗り切れば明日はコロンボに帰れる。
寝よう、とにかく寝て全身の生理現象を一旦ストップさせるんだ。
僕はそう言い聞かせて眠りに就きました。
 
出っ張った下腹を押さえながら、明日が出産予定日の妊婦のようにそれはもうドキドキで眠りました。
 
明日の朝、目覚めてちょっと出てたらどうしよう・・・・。
とりあえず、彼に「おはよう。朝早くからご苦労様。」って挨拶しとくか。
 
 
平成15年8月5日(火)  爆弾
朝起きて僕のオゾンホールは大惨事には至っておりませんでした。
いける!いけるぞ!と今日一日コロンボに着くまでなんとかもたせられるんじゃないかという淡い期待に自信の笑みが漏れました。
みずたにです、こんにちは。
 
僕がコロンボへ帰る日。
いや正確にはコロンボのトイレへ帰る日。
村中の人たちが集まって僕を見送ってくれました。
 
村長「これを持っておいき。」
 
バナナ10本くれました。
 
危険です、危険。
今バナナなんか食べたらえらいことになりますから。
スリランカって確かに南国の島ですから、フルーツ類は格段においしい。
ドリアン、パイナップル、マンゴー、バナナ、ジャックフルーツ、ランブータンなどなど。
でも今はダメ。
今はダメなのです。
入り口が許しても出口が許さないの。
 
そんなバナナを袋に入れて、ステイ先のお兄ちゃんのバイクにまたがります。
街まで送ってもらうのです。
バイクにまたがり山道をクネクネ行くこと30分。
街まであと少しのところで、お兄ちゃんは言いました。
「朝食食べていこう。」
 
無理無理。
どうしたって、優雅に朝食なんて食べられない。
さっきからバナナの重みを手に感じるだけで、青春が飛び出しそうなんですもの。
バイクがデコボコ道を走る度に、意識が遠のいて行くんですもの。
 
早く!一刻も早くコロンボに帰らねば。
 
「いや、朝食はいいから先を急ぎましょう。」
 
お兄ちゃん「そっか。じゃあ行くか。」
 
そう言うと一旦止めたバイクに再びエンジンをかけるお兄ちゃん。
ところが中々エンジンがかからない。
 
プスンプスンプスン・・・。
 
お兄ちゃん「あーーー、ガス欠だわ。」
 
神様ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
 
そんなことってあるかよ!
何でガソリン入れとかないの!!
こんな田んぼのど真ん中でどうすんのさ!
バイクにガスが無くても、僕の大腸にはガスが満タンなんだよぉう!!!
な、なんとかしてよ!!!
 
お兄ちゃん「ちょっとガソリンスタンドまで走って行って来るから、待ってて。」
 
「何分くらい?」
 
お兄ちゃん「15分くらいかな。」
 
「と、とにかく早くね。ほ・・、ほらあんまり遅れると迎えに来てくれてる職員さんに悪いから・・・。」
 
そんな僕の必死のアドバイスもなんのその、トボトボと歩き出すお兄ちゃん。
 
あ〜、スリランカってのんびりしてて平和だぁ。
 
ってそんな流暢なこと言ってらんない!
は!走って!お兄ちゃん!!!
 
そんな僕の思いを他所にテクテクとのんびり景色を見ながら歩くお兄ちゃん。
お兄ちゃんが出て行ってから15分ほど経ちましたが、一向に帰ってくる気配がない。
 
もう暑さと腹痛でぐったりな僕の横を、物乞いの老婆が通り過ぎました。
何やら手を差し出して「恵んでくだせぇ。」と言っているようです。
か、金はやるっ。
か、紙をくれっ!!
 
僕が何度目かのビッグウェーブを耐え切った時、お兄ちゃんがペットボトルにガソリンを入れて帰ってきました。
 
タバコを吹かしながら
 
おいおい、引火したらどうするよ。
ここで今大爆発を起こしたら僕の内臓からはどえらい量のアレが飛び散るじゃあないですか。
ウン○フェスティバルが開催されてしまうじゃないですか。
 
まぁいいや。とにかく早く出発しましょう、兄さん。
 
そういうわけで、いざ出発。
集合場所に到着後、大都会コロンボに向けて事務所の車が走る。
僕の背中には冷や汗が走る。
一刻を争う事態ですぞ、ドライバーさん、もっと飛ばして!
 
心の叫びが通じたのかコロンボに到着するや否や自宅のトイレで無事出産。
 
今回の地方ホームステイの思い出?
トイレのことばっか考えててあんまり覚えてないって。
 
平成15年8月6日(水)  洗濯
あまりにも暑いので日本製のお洒落スニーカーからスリランカ製のサンダルにしました。
こうして徐々にスリラン化していくのですね・・・、みずたにですこんにちは。
 
いやしかしこうも暑いと毎日事務所に行くのも大仕事ですよ。
前にも言いましたけど、スリランカに来ていきなりは仕事先に赴任はしないんですよ。
まず最初の1ヶ月はスリランカに身体を慣れさせるために、事務所で語学訓練を受けながらホームステイ生活を続けるわけです。
 
しかし今日はそんな語学訓練もお休み。
家でのんびりしようと思っていたらプシュパさんが言いました。
 
「マサさん、洗濯しなさい。」
 
ああ、そうだなぁ。そういえば洗濯物がだいぶ溜まってきたな。
毎日汗だくになるTシャツやパンツを日曜日に洗っておくか。
スリランカに洗濯機なんてハイソなものはよっぽど上流階級の家にしかない。
プシュパさんちは中流階級だけども、洗濯機はなかったんですね。
ですから当然手洗いです。
 
シャワー室でたらいに水をため、粉洗剤を入れます。
スリランカの粉洗剤ってば全然水に溶けない。
水に入れても底に粉が溜まってますもの。
これ完全に洗濯したんだ、っていう気持の問題だな・・・。
 
しかし毎日排気ガス溢れる大都会コロンボを歩き回っているせいで洗濯物を水でバシャバシャやっただけで水は真っ黒になるんですな。
その黒さったら想像を絶する黒さですぜ、日本の皆さん。
 
そして次に洗った洗濯物をプシュパさんちの屋上に干すんですね。
屋上の端から端にロープをぶら下げまして、そこに一つ一つ洗濯バサミで留めていく。
あー、やっと大量のTシャツやパンツを一枚一枚手洗いしてビシッ!と干したし、気分いいなーなんて思いながら自分の部屋に戻りました。
 
スコールが降りました。
 
こんなもんだ。
人生なんてこんなもんだ。
 
おまけに強風でTシャツが何枚か飛んでいきました。
ロープもはずれたしね。
 
もちろんその日は乾きませんでしたよ。
その日中に洗濯物が乾くと予想していた僕は調子に乗って全ての衣類を洗濯したもんだから、次の日に履いていくパンツがなかったのですよ。
 
勿論次の日はノーパンで語学訓練を受けましたよ。
まぁ新たに「今日僕はパンツを履いていません。」っていうシンハラ語を覚えたのでOKですが。
 
平成15年8月7日(木)  貧相
どうも、ノーパンです、こんにちは。
 
いやノーパンって結構楽でいいやね。
ここで今日は皆さんにスリランカの衣装について説明しようと思うんですね。
スリランカの男性はですね。
サロマというスカートのようなものを履くんですよ。
まぁ上は裸の時が多いわけですけども、下層階級の人たちは主に普段着に、上流階級の人たちはくつろいだりする時に着たりします。
要するに筒型になっている布を腰の辺りでねじって止めて履く簡単な履物なんですが、下はノーパンでございます。
この履き心地に慣れてしまうと楽でしょうがないわけなんですが、一方女性はというとインドの衣装なんかでよく見られるサリーってやつでして、あれも一枚の布を器用に巻いていくスタイルの民族衣装です。
僕はサリーを着た事も脱がした事もないので、着付けの仕方は知りません。
 
この二つの民族衣装なんですが、ちょっと太っている人が着たりすると似合うように出来てる。
昔の日本でいう着物みたいなもんで、その国の人の体型に似合うように作られているわけです。特に、スリランカの人って結構太っている人が多いんですね。
お腹がどっぷり出ちゃってる方が非常に多い。
特に男女共にちょっと小太りなのが、モテるんですよ。
 
「お金持ってそう。」
 
だからだそうです。
 
だから僕みたいに180cm64sで、日本だったらモデル界の最先端をぐいぐい引っ張っちゃうようなモデル体型なんかでもですね、
スリランカじゃ、
 
きっと貧乏で食べるものも食べられないんだ。
 
と思われてしまいます。
 
ほんと失礼。
 
まぁそんな体型の僕が上半身裸で下にサロマなんかを履いて近所をウロウロしていると、近所の方々がほんと不思議な顔で見てくるんですよ。
 
彼は日本人なのに何故貧乏なんだろう・・・・、と。
 
いつかスリランカの道端で物乞いをしてやろうと思います。
 
平成15年8月8日(金)  混入
今日もカレー、みずたにですこんにちは。
 
突然ですが、ひとつスリランカの自慢していいですか?
あ、いいですか?
ありがとうございます。
 
あのね、スリランカってほら南国の島じゃないですか。
海あり山あり怠惰ありの南国の島じゃないですか。
そんなここスリランカで僕がめちゃくちゃはまっている食べ物がですね。
ヨーグルトなんですよ。
 
スリランカってたぶん日本のヨーグルトより甘くておいしいの。
僕が好きなのは小さなカップに入ったヨーグルトなんですけども、今日もウキウキでヨーグルトを買ってきたのですね。
一個12ルピーくらい(約12円)で買えちゃう。
やっぱ暑い日はヨーグルトに限るなぁなんつってヨーグルトのフタをパカッと開けたんですよ。
 
バッタが入ってました。
 
ええ、バッタです、教授。
あの広い大草原をパタパタと飛び回り、時には農作物に多大な影響を与えるということもある、あのバッタです。
 
そのバッタ君が白くてソフトなヨーグルトに身体を半分沈めながら、哀愁漂う背中を丸出しにしてどっぷりと浸かっていたのですよ。
僕は一瞬考えました。
 
俺、ヨーグルトを買ったんだけっけ?バッタを買ったんだっけ?
 
いや、違う。
確かにヨーグルトを買ったはず。
僕はすぐさまそれを買った近くのスーパーにバッタ入りヨーグルトを持って行きました。
日本ならもう一大事です。
製造会社はすぐさまお客様のところに担当者が謝りに来て、代わりの商品を1年分とか置いていき、「どうかこのことは穏便に。」という展開になるはずの、社運を左右するような一大事である。
 
僕はその問題のヨーグルトをスーパーの店員に見せて、
「ちょっと!バッタが入ってるじゃん!」と怒りをぶつけたのです。
すると店員は一言、
 
「かわいそうに・・・。」
 
え?それだけ?
しかも僕がかわいそうなのか、バッタがかわいそうなのか、微妙なリアクション・・・。
 
 
しかもその店員は続けて何とおっしゃったと思います?
 
「ちゃんと中身見て買わなきゃだめだよ。」
 
ああ、そういえば、時々ヨーグルトを買っている現地人がフタを勝手に開けて中身を確認していたっけ。。。
あれって中にバッタとか入ってないか確かめてたのね・・・。
 
そっか、中身を確認しなかった僕が悪かったんだ・・・。
渋々、そのヨーグルトを持って家に帰りました。
バッタヨーグルトを食べるわけにもいかず、がっくりと肩を落とし、そして途方に暮れたのでした。
 
なんか違うような気がする夏の午後・・・。
 
平成15年8月11日(月)  挨拶
ステイ先の家の前の道路に、いつも牛がウロウロしているんですが、そんな彼に名前をつけました。
 
「アルカイダ」。
 
道路の至る所で牛ふんテロを巻き起こしてるからです。
今日も踏んじゃいました、みずたにです、こんにちは。
 
「ねぇ、プシュパさん。明日でホームステイが最終日です。明日から任地キャンディに行きます。1ヶ月間ありがとうございました。」
 
プシュパさん「あら、早いわねぇ。キャンディに行っても時々遊びに来るのよ。」
 
僕「はい。ありがとうございます。プシュパさんもキャンディに来たら連絡してください。」
 
プシュパさん「キャンディには行かない。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 
そんなわけで明日からいよいよ、本格的に任地に赴任し、お仕事が始まります。
皆さんお忘れになったかもしれませんが、僕はスリランカに何しに来たかというと、お子達にサッカーを教えに来たんですね。
その僕の赴任地はスリランカのおへその部分にあたる、キャンディという街なのですよ。
明日からはその名のとおり、キャンディでの甘い生活をお届けしようと思います。
おやすみなさい。
 
平成15年8月12日(火)  出発
Tシャツを絞ったら汗が滴ります。
汗も滴るいい男、みずたにです、こんにちは。
 
要8×4(エイトフォー)。
 
今日はいよいよ任地キャンディ入りです。
朝、プシュパさんたちにお別れを言おうと居間に行くと置手紙がしてありました。
 
 
「今日私たちは旅行に出かけて来るので、カギを閉めて出て行ってください。
         まささんへ    愛を込めて   プシュパ」
 
寝起きに50過ぎのおばちゃんに愛を込められました。
ってか旅行かよ!
き、聞いてねーよ・・。
 
別れって辛い・・・・。
 
そんなわけで1ヶ月もお世話になったステイ先の家族には特に見送りもされず、元気にキャンディに向けて出発しました。
 
今日はキャンディからわざわざ僕の上司になるジャヤスンダラ部長とウィーラシンハさんがお迎えに来てくれることになっています。
 
スリランカ外務省のお偉いさんのなんとかって人との会談が終わった後、表に迎えに来てくれてるキャンディ市役所のオンボロワゴンに乗り込んでいざ任地キャンディに出発です。
ここコロンボから車で3時間です。
 
迎えに来てくれていたジャヤスンダラ部長はゴリラにそっくりな大柄な人。
一方ヘッドコーチであるウィーラシンハはキツネにそっくりな小柄な人。
 
なんて対称的な2人なんでしょう。
 
するとタヌキ部長が第一声にこう言いました。
 
「マサ。日本のボールペンをくれ。」
 
い、いきなりかよ・・。
僕は胸に刺さっていた日本のボールペンを一つタヌキ部長に差し出すと、きつねコーチも「俺にもくれ。」と。
 
ここでボールペンくらい、と思い貴重な日本製のボールペンを2本も差し出したのが間違いでした。
スリランカにもボールペンくらいはそこら辺で売っています。
ところがやっぱり質がガクンと落ちるんです。
 
新品なのにインクが出ないとか、中の液がボタボタ垂れてくるとか先っぽからいきなりボキッと折れたりとか。
 
スリランカ人が日本の高性能なボールペンを欲しがる訳が分かりましたよ。
しかし、いきなりボールペンが欲しいとか言うかなぁ、初対面で。
 
後は他に「サッカーボールはいくつ持ってきたんだ」とか、
「給料はいくらもらうんだ」とか、
「お前のサッカースパイクはいくらでどこのメーカーのだ」とか質問がせこいんです。
 
僕の上司なんだからもうちょっと堂々としてくださいよ。
 
キャンディまでの3時間ずっと質問攻め。
むしろこれからの新しい僕の職場なんだからこっちが聞きたいこと山ほどあるんだけどなぁ。
一応僕の頭の中には、キャンディに行ったらまず家を掃除して、家具の買出し。
職場に挨拶に行って、自分の活動場所である市内のグランドの視察等々、色々と準備を考えてました。
日本での引越しのように購入家具をほいって業者に運んでもらうわけにもいかない。
つたないシンハラ語で値段交渉をし、ある程度の家具なら歩いて自力で運ばなければいけない。
初めての店や地名や道だって地図を見ながら覚えなくてはグランドに行けないからその予習もしなくちゃ。(ちなみにスリランカには地図という習慣はあまりないため、知っている人に聞かなくてはならない)
 
おまけに僕は極度の方向音痴ときたもんだ。
 
道がまだ舗装されてなくて山の多いキャンディの町なんかわかるはずもない。
そんなことを考えていると、タヌキ部長が言った。
 
「明日から仕事な。」
 
まだ住むとこも見てないのに?!
 
さすがスリランカ人、相手の都合なんて考えちゃいない。
 
3時間後、これから2年間住む自宅に到着しました。
その大豪邸の話はまた明日。
 
平成15年8月13日(水)  新居
シンハラ語でね、「白い」って「スドゥイ」って言うんですよ。
んで、スリランカ人って色黒なわけですよ。
彼らからすると僕達日本人って黄色人種ではなくて、「白人」と呼ばれるんですね。
町を歩いていると「スドゥ!スドゥ!」とからかい半分で言って来るんです。
同じように、友達とかも「白い弟」とか「黒いお兄ちゃん」なんて呼び方をする。
丁度僕ら日本人が、「おい、ちびっこ。」とか「おい、のっぽ。」とかいう感じに似てるんですよ。
 
しかし僕らからしたら全員「黒い」んですが、現地では「白い弟」とか存在する。
 
だから僕にスリランカ人の恋人ができたら、彼女からこう呼ばれるでしょうね。
 
「白い恋人」。
 
スリランカでこの洒落を使えないのが非常に悔しい。
あ、改めまして、銘菓です、こんにちは。
 
 
そういうわけで、やってきましたよ、新居。
 
もう気分はこれから始まる1人暮らしにウキウキです。
家のデザインはどうしようかなぁ、家具はどんなのを買おうかなぁ、庭にイスなんか置いちゃってさ、天気のいい日は読書とかして日々のお子たちとの疲れを癒す。
 
いやぁ夢は膨らむばかりです。
 
そんな思いで連れてこられた僕のマイホーム。
 
車庫にはガラクタが山積み。
風呂場は全面カビ地獄。
蹴破ったら開きそうなドア。
狭い庭の花壇の花を食い散らかすどこぞの牛。
ぽつーんと置かれた固いベッド。
部屋の隅に置かれている背もたれのないイス。
引き出しの開かない机。
台所はない。
洗面所の蛇口は壊れてて出ない。
シャワーは頭が取れて、ただ高いところにあるだけの蛇口。
窓には鉄格子がはめられ、壁にはツルがびっしりはびこっている。
はがれかけているペンキ。
おまけに付いている電球は一個もつかない。
 
 
牢獄?
 
ちょ、ちょっと待ってください。
ここで2年暮らすんですか、部長。
仮にも僕が日本で社会人だった頃、3DKのマンションに1人で住み、仕事で疲れた身体を癒す快適空間のあの暮らしをしてきたこの僕が、ここですか?
電気がつかないのは何故ですか?
シャワー室を埋め尽くすカビは何ですか?
車庫のガラクタは新手のいたずらですか?
 
するとタヌキ部長が言いました。
 
「どうだ。いい家だろう。」と自信満々に。
 
暗いよ、部屋も暗いけど2年先も暗いよ。
しかもこんな自信満々に言われると自分は住む家があるだけでも幸せなのかもと思えてきてしまった。
 
「はい。とてもいい部屋です、部長。」
 
馬鹿!俺の馬鹿!
言うんだ!「こんなところには住めない目の前の現実を受け止めるのにしばし時間が欲しい」と言うんだ自分!
 
部長「ベッドもあるし、ここは空気がいいぞ。」
 
僕「はい、ありがとうございます。空気最高です。」
 
空気を褒めてる場合かよ!
部長「じゃ、明日グランドに行ってくれ。俺は帰るから。」
 
僕「はい。それでは。」
 
・・・・・。
 
暗い部屋にぽつーんと残された僕。
 
と、とりあえず、電球買いに行こう・・・。
 
平成15年8月14日(木)  友達
朝、目が覚めると足と手と顔中が蚊に刺され、蕁麻疹のようになっていました。
モスキートーさん達、さぞ昨夜は日本人の栄養満点の血で酒池肉林だったことでしょうね、みずたにです、こんにちは。
 
今日は朝目が覚めて外に出ますと、庭で何やら掃除をしている男がおりました。
僕の住んでいるこの家は僕の配属先であるキャンディ市役所所有の建物。
基本的にキャンディのコミッショナー、つまり市役所で2番目に偉い人の別荘なのであります。
まぁ、別荘などと聞くと日本の方々は立地条件のいい豪邸、なんてのを想像するかもしれませんが、実際は築40年のボロボロの建物で要するにコミッショナーも使いたがらないから僕が入れられたというわけ。
まぁちょっと高台にあって立地条件はいいんですけどね。
だからその市役所所有の建物の周りを掃除するのも市役所職員の庭師。
その庭師が庭に居たのですよ。
 
僕が玄関から表に出て行くと、その男はニコニコとして僕に挨拶をしたのです。
 
「グッドモーニング、Sir。」
 
Sirですよ、Sir。
 
スリランカって昔はイギリスの植民地だったので、目上の人には敬称としてSirをつけるらしくてですね、明らかに僕より年上な彼が、家主である僕にSirと言ったのですよ。
ふむふむ悪い気はせぬぞ、うむ、良きに計らえ。
 
まぁそんなことは言いませんが、まずは1人寂しくキャンディにやってきて孤独な僕はシンハラ語で会話を始めました。
 
彼の名はジョールソン。
タミル人。
38歳。
キャンディ市役所職員。
バツ一。
2人の子持ち。
笑顔が素敵。
 
僕らはすぐに仲良くなりました。
通常、スリランカでは目上の者と目下の者があまり会話するのはよろしくない。
ましてや一緒に紅茶を飲むのも、食事をするのもタブーだ。
何故かと言うと、スリランカでは階級がはっきり分かれているので下の階級のものと親しく付き合うのは自分のステータスを下げることになり、つまりそれは「低能」と見られる。
だからスリランカではこれをしない。
 
僕とジョールソンの関係も通常なら家主と使用人である。
 
ジョールソンが僕の家に入ることは許されないし、やむを得ず入るときは裸足で申し訳なさそうに遠慮がちに入るのである。
会話は全てSirを付け、僕の言った事は絶対で、反対してはならない。
 
ところがジョールソンは僕にとって時にはシンハラ語の先生であり、
スリランカ生活のノウハウを教えてくれる先生であり、
一緒に楽しむ友達である。
 
仲良くならないわけがない。
 
そしてついに僕らは越えてはならない一線を越えてしまったのである。
そうなることはお互いに分かっていた。
彼の目を見たときから僕らはそういう運命に落ちたのだ。
誘ったのは僕だ。
モラルに反しているのは百も承知である。
しかし僕は自分の感情を抑えることが出来なかった。
そばにいたい、ただそれだけだった。
日当たりの悪い、冷えきったこの部屋と心にぬくもりが欲しかったんだと思う。
彼の笑顔に負け、ついに僕は禁断の一言を口にしてしまったのである。
 
「今夜うちでご飯食べていきなよ。」
 
夕食を共にするという家主と使用人の越えてはならない一線を僕らは越えてしまった。
一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにジョールソンは、
「わかりました、Sir。」と答えました。
 
ちなみにその晩、初めてのインスタント味噌汁をすするジョールソンに言われて気が付いたのだが、
僕はどうやら「家で食べていきなよ。」というのを「家を食べていきなよ。」と間違えて言ったらしい。
 
どうやらジョールソンにとっても僕は面白くて興味を惹く存在らしい。
 
おかしいなぁ、俺日本ではそんな「ほっとけないキャラ」じゃなかったんだけどなぁ・・・。
 
そんなわけで庭師ジョールソンとの楽しい晩餐は「チャーハンは日本の料理じゃなくて中華料理なんだけど、日本ではよく食べられる料理だということを説明するのに苦労した」ひと時でした。
 
ちなみに僕が作ったチャーハンはどうやらお口に合ったらしく好評でしたが、インスタント味噌汁は嫌いみたい。
 
平成15年8月15日(金)  選手
蚊と格闘して夜も寝れねぇ、みずたにです、こんにちは。
 
今日は僕の記念すべきお子達との出会い。
スリランカでの練習初日。
スパイクも磨いたし、新しいボールも日本から持ってきたし、ユニフォームもばっちり!
スポーツバッグを肩からかけて、首にはホイッスルを。
 
う〜んやっぱどんなお洒落な服より僕はサッカーの格好が一番似合うなぁ、なんて自画自賛しながら颯爽と我が町キャンディを行くのです。
 
まずは今日はシンハラ語で挨拶だな。
フレンドリーさを失わず、なおかつ毅然としたコーチらしい態度、そして練習内容はお子達のレベルを診るための紅白戦だな。
頭の中で本日の練習メニューを繰り返す。
 
僕は今日出会うお子達に胸を膨らませ、サンサンと照りつける太陽に感謝しながらキャンディ湖の沿道をトボトボと歩きました。
 
道行く日本人を見て町中のスリランカ人が注目する。
老人は珍しいものを見るかのように、スリランカ男性は話しかけようかしまいか迷ってる。
スリランカ女性は照れくさそうに目配せして「話しかけてオーラ」を出す。
「そこのお姉さん!こんに・・」おっといけねぇいけねぇ、スリランカでは若い男女が話したりすると即恋人→結婚だもんな。
日本の戦時中のように若者はチャラチャラしちゃあいけない。
 
ちなみに日本ではジャージにサンダルという格好はそんなに馬鹿げた格好ではないのだが、どうやらスリランカでは非常にかっこ悪いことが今日判明。
 
小店の店主に散々注意されたもんな。
 
そんなわけでおよそ30分かけてタヌキ部長に教えられたアンピティアグランドに到着した。
まぁグランドっていうか・・・
明らかにこれ
 
牧場ですけど。
 
雑草が膝まで伸び、その草を食べる牛たち。
辺りには牛ふんが散りばめられ、隅のほうに申し訳なさそうに壊れかけたゴールポストがあっち向いて置いてある。
当然ネットは無いからゴールしたらボールは即田んぼ行きだ。
牧場の真ん中には天気がいいから洗濯物が地面に置いて干してある。
 
 
ここでやんの?
 
そう思いながらしばらくグランドでお子たちが来るのを待ってみる。
集合時間は3時。
3時半に6歳くらいの男の子が登場。
初めて見る外国人を怖がって近づいてこない・・・。
5メートルくらいの距離を保ちながらこっちを観察している・・・。
 
僕がにっこり笑って「アーユーボーワン。」(こんにちは)と挨拶をすると、外国人が現地語をしゃべったという驚きと照れで逃げて行った。
 
あ、ちょ、ちょっと待って!
 
選手捕獲作戦失敗。
 
しばらくするとさっきの男の子と同じ歳か少し上の子が2人で登場。
仲良く手をつないで恐る恐る近寄ってくる。
さっきは挨拶してびっくりさせちゃったから今度はバッグからボールを取り出し、彼らの方に転がしてあげた。
するとそのボールを持って走り去る2人。
 
あ、ちょ、ちょっと待って!
 
餌付け作戦失敗。
 
さすがに日本から大事に持ってきたボール、このまま渡すわけにもいかず、追いかけて捕まえる。
するとびっくりしたのか、6歳の子が泣きだした。
 
大声で泣くお子。
何事かと家を飛び出してくる母親。
何事かと集まる近所の人たち。
僕を指差して何やらシンハラ語で野次馬に説明する友達。
状況をうまく説明できない日本人。
勘違いした男性が「何で日本人がここにいるんだ!」とまくし立てる。
益々泣き出すお子。
 
 
誰か助けて・・・
 
「僕は日本から来たんだけど、今日市役所に言われてこのグランドでサッカーを教えに来ました。でも時間が経っても子供たちは来ないし、やっと来たこの子たちにボールを渡したら持っていこうとしたから、それは日本から持ってきた大事なボールだから渡せなくて、一緒にサッカーをするために持ってきたのであって・・それで・・・グランドには牛がいて、もしも飼い主がいたらちょっと牛さんをどかしてほしくて、それよりまずは大人の人たちにゴールポストを運ぶのをてつだってほしいんだけど・・・。」
 
って説明したかったんだけどね、
 
実際は違う。
 
「ワタシハ、ニホンジンデス」
「シヤクショ、ハタラキマス」
「サッカーシマス」
「ボール、ダメダメ」
「ウシ、アッチ」
「ゴールポスト、デキナイ、デキナイ」
 
語学力足りねぇ・・。
 
すると、1人の男性が「ああ、そういえばそんな日本人が今日来るって連絡があったわ。」と住民に説明してくれた。
おお!神の救い!
 
と、思いきや彼は昼間から現地のアルコールであるアラックという飲み物を片手に話してるではないか。しかも顔を真っ赤にしてるもんだから、住民も半信半疑。
 
説得力足りねぇ・・。
 
 
しかし何とか了解を得てお子達を集めてもらうこと数分。
全選手4名(うち一名女の子)。
 
この人たち絶対サッカーを知らないと思う。
 
僕は初めて来た国のサッカー事情に愕然としました。
何が紅白戦だよ。
 
ちなみに自己紹介の最中に女の子は帰っていきました。
 
「お腹が空いた。」と一言言い放って。
 
以上合計3名でスリランカのサッカーを創りまーす!
 
ああ、先が思いやられる・・・。
 


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