2005/9/7

こみーさんの旅


2005年7月26日、その日「若干スリラン化」おっふぉ会に参加してくれたこみーさんが、言いました。
 
「Sirのメッセージをビデオに撮って、ジョールソンに会って来ますよ。」
 
 
最初「この人、本気なんかな?」と思っていた僕だったが、この愛の使者、戦士こみーは本当にスリランカに行き、我が妻のジョールソンに会ってきて、彼からきちんとメッセージをもらって帰ってきた。
これはそんなこみーさんからの現地報告を忠実に再現した、ジョールソン探索記ドキュメンタリーである・・・・。
(以下僕の突っ込みは青で掲載)
 
 
平成17年8月8日(月) 4次会(おっふぉ会メンバーではこの企画を4次会と呼ぶ)
 
おっふぉ会の4次会に行くためバスでコロンボからキャンディへ。Sirのメールの指示通りにジョールソンの家を探したんですよ。周りの人にカタコトのシンハラ語でたずねながら。家は見つかりました(すげーなあの説明で)
 
けど、ジョールソンいませんでした。家ではジョールソンの兄弟(らしい)とその友人がアラック飲んでました、昼間から。(まあ大体想像できます。いつもそうですから。)
ジョールソンに会いたいと説明したら「今はハンターナ(地名)にいる」とのこと。(そこはジョールソンの奥さんの実家です。)
 
「行きたいか?」
 
「行きたいけど、近いのか?」
 
「近い。」(嘘です。めちゃ山登ります)
 
「じゃあ行く。」などと会話。
 
「バスで行くのは難しいから3輪で行こう。」おいおい、近くなさそうだぞ。
その辺にいた知り合いの3輪を捕まえ、「今から兄貴の家に行くんだけど、安くしてくれよ。」みたいな事をドライバーに話したようです。いいところあるじゃん。そしてなぜか弟2人とその友人(野次馬です)と4人で出発。
案内は1人で十分なんですけど。3輪に大人4人...。
弟が道中しきりに「もしまだ宿を手配してないならいい宿があるから紹介するよ。」と誘う。
(そんなに親切ならお前のうちに泊めたれよ・・・。)
ああ、後で宿から紹介料をもらうパターンね。
「知り合いの経営する宿に泊まる予定だよ。」とかわしておく。
 
「いいところあるじゃん」を撤回します。つきましたよジョールソンの家に、50分位3輪に乗って。
山奥でした。
ようやく会えましたよ、ジョールソンに。
実はジョールソンは怪我をしていてこの日は仕事してませんでした。ジョールソンの家族とも会い、紅茶をいただきながらお話し。ジョールソンってば表情をあまりかえないタイプのようで(ジョールソンは人見知りなのです。)、自分の説明が伝わったかよくわかりませんでした、みんなごめんなさい。
 
でもってSirからのメッセージを見せて、Sirとみんなへのメッセージをもらいました。
そこには薄暗い部屋の椅子に腰掛け、涙ぐみながらメッセージを送る、ジョールソンがいました。
しかし・・・ジョールソン・・・
 
 
捕虜みたいだな・・・。
 
俺は捕虜救出指令本部か・・・。
 
 
ジョールソンメッセージ訳:
 
「Sir、お元気ですか?私は毎日、Sirが日本へ行ってから、Sirのことばかり考えています。今日、Sirの友達が日本から来て、母の実家に来て、ハンターナまで来てくれました。Sirのビデオも見ました。皆元気そうで良かったです(たぶんジョールソンはおっふぉ会のメンバーをJICAのメンバーと思っている)。
私はジフリーと一緒に空港まで行きましたね。あれから毎日Sirのことを考えています。私には何も要りません。Sirがまたスリランカに来てくれるだけでいいです。それから、私は今怪我をしています。仕事を3日くらい休みました。でも元気です。早くSirがスリランカにまた来てくれるのを楽しみにしています。元気でいてください。」
「明日の朝、あなたの泊まっている宿に行きます。」とジョールソンが言うので、朝の9時で約束。
「でも足は大丈夫なのか?」と聞くと
「大丈夫。」家族や兄弟のいない所で言いたいことでもあるのかと思い、今日のところは解散。そして事件は帰り道で起きました。誰か会議室の連中にそう言ってやってください。自分(+男3人)の乗っている3輪がバスと接触。
明らかにバスのドライバーのミスなんですが、もめにもめて1時間山の中で待たされました(ああ、僕の代わりに事件に遭遇してくださるなんて・・・)
 
しかも関係ない人が騒ぎに加わって話しだすのでもう大変。
途中葬式の列が通ってそのときだけみんな黙ってましたけどね。
結局警察へレターを書いて終わり。
その後の帰り道兄弟がドライバーと話してます。さっきは「まけてね」って言ってたけど今度は「いくらくらいもらっておくか」を相談しているようです。
自分に聞こえても意味がわからないだろうとたかをくくっているようですが、大体の意味はわかります。
事故った3輪の修理代が手に入るかどうかわからないのでお金が欲しくなったようです。ドライバーは消極的ですが、兄弟は多めにもらっておけよと言ってます。
 
そして自分の泊まる宿に到着。いくらか聞いたら急にみんな黙ってうつむきました。
ドライバーが小さな声で「キヤンネネ(言えないよ)」と言った後、また小声で金額を言いました。
明らかに高額だけど、ドライバーの態度と3輪の修理代を考えて言い値を払っておきました。
アマユルイ(甘い)。
平成17年8月9日(火)  5次会ならず
 
 
今日はヌワラエリヤに移動する日。
ジョールソンが宿に来るはずだったけど、約束の時間を1時間過ぎても来ないのであきらめてヌワラエリヤに移動(すいませんでした。僕の教育不足です)。
今日が私バスのストライキの日だったからかそれとも足の具合が悪かったからか。
2人っきりの5次会のはずが。消化不良気味です。
平成17年8月14日(日) 今度こそ5次会ヌワラエリヤからキャンディへ移動。今度こそ5次会をと思い、最初に行った家へ。(ジョールソンの家自体はどこにあるのかわからないから。)
またも弟に会い、弟の知り合い(サッカーのユニフォームを着て首にコルセットみたいなのつけてました。Sir知ってる?)(それは多分僕があげたユニフォームを着ているのかと思います。)の案内で3輪でジョールソンの家へ。
ジョールソン発見。
なぜこの前来なかったのか聞くと、「怪我していたから」だって...。
「自分かSirに何か言いたいことがあれば言って」と言ったらジョールソン言い訳を言い始めました(まぁそれが言いたかったんだと思います)
 
特に話したいことは無かったようです。
もっと話しをしたかったけど今日は他の用事があり、時間が無いので解散。
5次会もなんだか消化不良気味に終わってしまいました。
 
でもジョールソンからしたら突然のことでびっくりしたのでは??
慣れるまで少し時間がかかる奴なので、勘弁してやってください。
でもメッセージはきちんと僕に伝わりました。
 
このおかげで、もう一度来年にスリランカに行くことを決意した次第です。
こみーさん、ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後に、若干スリラン化をご愛読くださった皆さんへ
 
短い間でしたが、たくさんのメールや書き込みをありがとうございました。
初めての人だらけのスリランカに加えて、初めてのサイトで知り合ったお友達には大変励まされ、また楽しく活動を終えることができました。
ここで出会った方々とは、また違った形で続いていけたら管理人としてはとてもうれしく思います。
だってスリランカをリアルタイムで僕と共に感じ、日本にいながら皆でスリラン化した仲じゃあありませんか。
どうかお気軽にご連絡ください。
 
さて、この「若干スリラン化」ですが、今後どうするかということで管理人の僕としては大変悩みました。
当初、全面閉鎖という方向で考えていましたが、ありがたいことに「サイトを続けて欲しい」というメールをたくさんいただきました。
でもね。
 
日本にいたらスリランカのネタないですから!
 
それはあっちに残してきた他のスリランカ隊員に任せるとしてですね。
とりあえず、このサイトはこのまま残しておくことにしました。
これは、今後何年後かにスリランカを訪れる人たちにとっても一つの記録として役に立つかもしれないということ(立つかな?)。
そして何よりここにはジョールソンやスミッツ、子供たちや他サイトの管理人さんたち、そして皆さんとの想い出がたくさん詰まった場所だから。
 
だから日本で僕が何か壁にぶち当たった時、このサイトを覗いて懐かしんで、そして奮起しようと思います。
 
「ああ、俺は牛に追いかけられながら子供たちとボールを追いかけたんだ」と。
 
「仕事に追われるくらいなんてことない。」と。
 
 
また、サイトとは別にここで「若干スリラン化」ファンの方には朗報です。
わたくし、この「若干スリラン化」を本にするつもりです。
まだ具体的な日にちや形は決まっておりませんが、実はこの2年間、サイトとは別に「ランカ速報」(全44巻)というのも発行してきました。
また、日記とは別に赴任当初からのネタも自分のネタ帳にメモってあり、これらを全て集約した形で、サイトよりも約70%くらい増量で発行するつもりです。
部数や金額はまだ未定ですが、いつの日か「若干スリラン化」を店頭で見かける日が来ると思いますが、興味がございましたら、購入していただけるとうれしくて初版をビリビリに破いてしまうくらい舞い上がります。
ちなみに売り上げ金はサッカー用具に変えて個人的にスリランカの子供たちに持って行きたいと考えています。
 
それから日本に帰って来てからの僕の新しいサイトですが、実はすでに完成しております。
でもスリランカのことは一切書いてありません。
まったく別物として運営してます。
「スリランカ」が好きなのであって、「僕の文章」が好きなのではない、と言う方には大変つまらないモノになっておりますのでご理解ください。
これについては、「思ふ」に書いてありますのでご参照ください。
 
 
最後に、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、「我」の下のほうの「エンピツ」マークをクリックすると隠しコンテンツで僕の詩集が出てきたと思います。
恥ずかしかったので、公表してませんでしたが、そちらに足を運んでいただいた方にも合わせて御礼申し上げます。(そちらはすでに削除済み)
 
それでは「若干スリラン化」を残すにあたって、多少すっきりさせるために、コンテンツをいくつか削除しましたが、ご理解の程、よろしくお願いいたします。
(掲示板はあと1週間ほど残しておきます)
 
 
皆さん、ほんとうにありがとうございました。
 
 
2005年9月2日             若干スリラン化管理人  みずたに
 


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