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柴犬 |
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マンションの玄関に向かって歩くとき
ガラスの扉に
ヒョコヒョコと歩く「もも」の姿が映る
毎朝、同じ事の繰り返しだけど
本当に愛らしい
「もも」だけかと思っていたら
すれ違った柴犬が
同じ歩き方をしていて
思わず立ち止まってしまった
最近我が家の近くでは
柴犬が密かなブームで
若い子が5頭
ハハより年上の方々と
暮らしているのだが
その子とは初対面
飼い主さんに
挨拶をして頭をなでさせてもらう
柴犬しか飼ったことのない
おじいちゃま
「歩く姿が好きなんだ」
「そうですよね」
そんな世間話でスタートした日は
気分がいい
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新聞 |
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昨日の新聞に
我が身にも起こるであろう
出会いと別れについて
私よりほんの少し年上の女性が
投稿していた。
10年以上共に暮らす愛犬が
年を重ね、寝たきりになった後の
日常が綴られている。
老犬介護のため
仕事も辞め
側ですごす日々。
いつか訪れる別れのために
悔いのないよう介護をするセンパイに
エールを送りたい。
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「ころ」 |
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小学校4年生の時
鍵っ子だったハハが寂しくないようにと
全身真っ黒なミックス犬の「ころ」が
段ボールに入れられて
我が家にやってきた。
最初は玄関で眠っていた「ころ」が
ハハの布団で眠るようになるまで
たいして時間はかからず
いつもいつも一緒。
妹のようなトモダチのような
大切な存在だった。
「ころ」が2歳になった夏
朝の散歩をしていたら
腰が抜けたようになり、急に歩けなくなった。
悲しげに泣く「ころ」を
ハハは泣きながらおんぶして帰り
病院に連れていった。
フィラリアという病気で
治療方法はないと獣医さんが
両親に告げているのを聞いても
ハハには意味が分からない。
それほど幼く、犬の病気に無知だった。
一日一日、衰弱していく「ころ」。
まだ飲み込める力があるうちは
ビスケットを温かい牛乳にひたした
食べさせた。
それすらできなくなったとき
獣医さんが夕方やってきて
注射で栄養補給をするようになった。
それから間もなく
苦しいのか、幻を見ているのか
「ころ」は自分の前足を
噛みきってしまう。
「もう楽にさせてやったらどうでしょう」と
獣医さんが両親に告げたのは
その夜だった。
翌日、ハハが学校に行っている間に
「ころ」は旅立った。
父が庭に小さなお墓を作ってくれたが
安楽死という方法を選んだ父を
許すことが出来ず
ずいぶん長い時間
冷たい戦争をした。
母に蒲鉾の板をもらい
黒いマジックで「ころ」のお墓と書いたのは、
仲の良かった父と話さないでいることに
耐えられなくなった時だった。
もう何十年も前の話だけれど
今でも時々夢の中で「ころ」と遊ぶことがある。
ハハはすっかりオトナなのに
「ころ」は幼い姿のまま。
蹴飛ばされて、目が覚めると
横には寝相の悪い「もも」がいる。
犬の病気は飼い主の責任
そんな当たり前のことを教えてくれた「ころ」に
感謝しつつ、
甘えん坊の「もも」の寝顔を
ながめながら、また眠りにつくのだろう。
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不測の事態 |
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クルマの中にいつも載せている箱。
その中には
ペットボトルの水10リットル分。
「もも」の処方食2週間分。
新しい胴輪とリード、ペットシーツ
救急箱にタオルケット
エアマット・・・。
災害に遭ったときの備えです。
何かあったとき、
「もも」と離ればなれで暮らすことが
考えられないから
なんとか凌げるように
最低限のモノを準備しました。
何かあったとき
そのときを想像したくはないけれど
何かあったとき
そのときは「もも」の側にいてやりたい。
何かあっても
「もも」が心細くないように。
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心構え |
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「もも」の脚に腫瘍が見つかって
いろいろな可能性を考えました。
最悪のことばかり考えて眠れなかったり
妙に楽観的になったり
クヨクヨしても仕方ないと思いつつも
最悪の結末を考えては
落ち込む日々。
そんなハハを支えてくれたのが
つまらない話を我慢強く聞いてくれる
会社の同僚であったり
ボランティアで知り合った仲間であったり。
それから忘れてはならないのが
今回治療をしてくださっている
先生方です。
まだ組織検査の結果は出ていませんが
今後、長期の治療が必要なことになっても
「もも」のことを最優先に考えて
乗り切る心構えが
できたような気がします。
東京郊外のブリーダーさんのお宅で
初めて「もも」に出会った日。
7年前の秋の日、
「もも」の母犬から
預かったときから
「もも」は大切な家族だから。
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