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 [6]   冬の上高地 〜スノーシュウハイキング〜 by S.Hayasi
北アルプスの表玄関上高地、槍・穂高を目指した人は何回かこの地を訪れたはずである。またここから明神池や徳沢園などへのハイキングの人達も数多くいるのである。しかしその多くは春から秋にかけてである。
」ケショウヤナギが梓川の風を銀色に染める。「」森や川は登山者と観光客の熱気に溢れている。「」真っ青な空にカツラの葉が黄色く染まり梓川の風にさらさらと鳴っている。そして「」・・・・・?
 
「冬の上高地」は冬山を目指す登山者達の限られた世界だと思っていた。今回その真冬の上高地へスノーシュウハイキングが出来ると言うのである。前後の見境も無く「参加させてください」とお願いした。年が明けた1月初めの事である。
 
2月25日9時30分、今回我々のガイドをしてくださる日野山荘の児玉さんを先頭に総勢8人釜トンネルの入り口に到着、天気もこれ以上はないという好天、快晴無風である。誰も明るく目を輝かせ「さあ行くぞ」の気持である。今日はスキー靴の代わりに、登山靴にスパッツを身につけスノーシュウをかついで約20分暗いトンネルの中をひたすら登る。トンネルの中がこんなにきつい登りだとは予想もしていなかった。(いつもはバスでスーだもんね)
 
「カツン、カツン」というストックの音と、時折「キャー」という叫び声があがる。誰かが凍りついた路面で滑っているのである。暗い冷たい空気の中のアルバイトである。トンネルを抜けると眩しい銀世界、我々はバス道路を大正池ホテルへと歩き始めた。
最後のカーブを曲がった時前で歓声が上がった。「ヤッタ!!」「素敵!!」「きれい!!」の大合唱である。大正池の向こうに西穂、間ノ岳、奥穂、吊尾根、前穂、明神など穂高連峰が、頭をめぐらせると右に焼岳、左に霞沢岳、六百山が冬のやわらかい午前の日を浴びて我々を迎えてくれたのである。そして大正池をしたがえ一人噴煙を上げている焼岳も穂高に劣らない素晴らしい観景であったことを付け加えて起きたい。冬の焼岳は夏の姿とは違いどっしりとして端正な印象であった。
 
池のほとりでスノーシュウを付ける。春あれほど群れていた岩魚は一匹も姿を見せず池は静まり返っていた。ただ冷たく済んだ水が穏やかに流れていた。我々はここからコメツガや潅木の間を縫って誰も歩いていない雪原を田代池へ向かった。最後尾を歩いていた私は前の人の足跡の上ばかり歩いていたので、時折抜けられそうなコースを見つけては回り道をして自分の足跡を雪原に記し悦にいっていたのである。
 
コメツガの森は静かだった。何もいないように見えたが良く見るとウサギ、リス、シカ、キツネなどの足跡が。児玉さんがそれらを一つ一つ親切に教えてくださる。森の命を感じる時である。田代橋のたもとの東屋で昼食と決めた。その支度の早さに驚かされる。アッという間に三つのガスバーナーに火がつきスープとコーヒーが瞬く間に出来上がる。さすが山の会である。もちろんその前にザックから出されたビールで「カンパーイ」。皆あまりしゃべらず周りの山の景色を楽しみながら、ニコニコと心豊かに静かに食事を楽しんだ。柔らかい冬の日差しを浴びながら梓川のほとりで穂高や焼岳に囲まれ、ビールを飲みながら昼食をとれるなんて本当にシアワセ!!!
 
午後はここから梓川に沿って河童橋へ。記念撮影を済ますと川のほとりでしばし鴨と戯れ、帰りは梓川の右岸をウエストン碑へ向かう。6月の開山祭で賑わうところである。昼食をとった田代橋の東屋を向こう岸に見て、ここから先は夏道の無い雪原を大正池の下まで焼岳や霞沢岳を見ながらの散歩である。今日は午後2時を過ぎても風が出ない。本当に穏やかなハイキング日和である。この頃になると皆スノーシュウにもなれ、足取りも軽く歩いているように見えた。しかし私はこの頃から股関節が痛くなり始めていたのである。スノーシュウを付け長時間足を開いて歩いていたせいかもしれない。しかし大正池はもう近い。悟られないように最後尾を黙って歩いていた。
 
午後4時いよいよ今日の楽しかったハイキングも終りに近づいた。大正池のほとりで「さあここで山の景色ともお別れです」と言う児玉さんの声に、皆思い思いに穂高や、焼岳、霞沢岳に別れの挨拶をしつつ静かな一時を過ごしたのである。今日一日天気も良く、山も森も川も皆気持ちよく我々を迎え、見送ってくれた事に感謝しつつ別れを惜しみながら釜トンネルに歩みを進めた。
 
その夜の「ビールと大吟醸」の美味しさは格別であり、夜の更けるも忘れて今日一日の楽しかった出来事を語り明かした。こうして私のこの冬最大のイベントが無事終わったのである。
 
次は「夏の雪倉」「秋の仙人池」です。乞うご期待!!!
update:
2002/03/10



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