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MSCism Diary 2006
特別な宗教観で生きているわけではありません。
ただね、今年はやけに「流れ」とか「導き」を感じてるんですよ。
でも、どこに向かって…?

2006年3月26日(日)
なんとなくスパイラル
 今日は、買い物に行く! 
 朝から決めて昼過ぎにはヨドバシカメラへ…のはずが、いきなり反対方向に向かっちゃって(平日の出勤の癖で、左右逆に曲がってしまっただけです)、結局、久々にBOOK−OFFに行きました。
 古本って、なんとなく苦手。読んだ後の指で目を擦りたくないっていうか…。でも、どうせ一度しか読まないんだし…。
 昨日、日記を書いている最中に偶然見つけたジョン・アービングの本を買おうかなと思って(タイトルが「未亡人の一年」っていうんです)。でも、結局売ってなくて、別の物買って帰ってきました。
 先述の理由もあって、古本屋って行き慣れないこともあって、どこに何があるのかよく判らなくて凄く疲れました。
 同じ本が全然違う箇所に置かれてたり、同じCDが、全然違う値段のコーナーにそれぞれの置かれてたり。
 ま、商品の状態によるのでしょうが…。
 
 結局、S・キングの「骨の袋(上)」(105円)と、小柳ゆきのアルバム「My All…」「Koyanagi the Covers PRODUCT1」を買いました(各500円)。
 「My All…」は買った当時すっかりはまったアルバムで、「捨て曲(聞かなくても良い曲)」が1曲もないと感動した作品です。観に行った Live もアルバムの曲がメインで、ずっと一緒に唄ってました。
 なのに、部屋のCD層のどこかに埋もれてしまって、この際、買いましたよ。
 「MSCZOOM」にもLiveの様子が残ってますが、今聞いても、本当に珠玉。すっかり歌詞とか忘れてしまってるけど、新鮮な感動を再び味わってます。
 
 アービングを求めて、今度は最近ちょくちょく行く書店に。
 でもさ、思えば、アービングの名前があったら、とっくに目に停まってるよね。
 そこにも売ってなかったんですよ。
 そこの書店では「NANA」の14巻と15巻、漫画「上戸彩物語」を買いました。
 「上戸彩物語」は、もしデビューからこれまでのシンデレラ・ストーリーだったら買わなかった。裏表紙を観たら、彼女が「3年B組金八先生」出演から「あずみ」主演までの話と書いてあったので、買っちゃいました。
 最初のページが、鶴本直(上戸彩)が「自分の…女の子の声が嫌なんだっ…」って喉にフォークを刺す、金八先生の1シーンなんですよ。感動。
 で、それを観た「あずみ」のプロデューサーや監督が彼女を抜擢するんだけど、その辺の話は、DVD「あずみ」のメイキングで全部知ってたので、なんか凄く懐かしく読みました。
 読みながら、あぁ、「金八」「あずみ」「あずみメイキング」の話って、その時の感想を全て、オンタイムで日記に残してあったっけなって思ってました。
 今日の日記は、昔懐かしい「なんとなくクリスタル」みたいにあちこちに注釈で日付入れようかと思ったぐらいです。かなり時間がかかりそうなんで諦めましたけど…。
 上戸彩ってさ(あ、漫画の感想ではないです)、本当は今でも「エキストラでTV出演程度でいい」って思ってるんだよ。でも、どんどん大きくなっていく人気に戸惑いながら、ちゃんと周囲の期待や信頼に応えようと一生懸命なんだよね。そこが偉いなって、四十路の男でも感心してしまう。
 で、自分の意思に関係なくどんどん大きくなっていく人気とか位置に戸惑う様子が今でも時々見られるのも興味深くてね。
 
 「NANA」は、Mちゃんから借りたのが13巻までだったので、その続きを。
 どんどん、少女漫画って、こんな話書いていいのか?アニメ化だって深夜枠になるような内容なのに?ってぐらいの展開になってます。
 でさ、昨日の「蝶を潰す」のヒントがヒョッコリと出てたんですよ。
 
「人をうらやむのはもうやめよう
 自分にとって一番大切なものは みんな違うんだから」

2006年3月27日(月)
安楽椅子
 やっぱりね、僕の長年の夢が叶った23日、社長夫婦は伊勢神宮で御守りを買ってくれてました。凄い御利益です。
 話を聞くと、僕の為に買った厄除けの御守りは、他の社員の人の為に買った普通の御守りの倍額したんだって。
 「何日に買って下さいました?」
 「23日」
 「やっぱり! この御守り凄いですよ!」
 「どうして?」
 「いや、20年間ずっと…(い、いかんMSCsimでさえヒ・ミ・ツにしてるのに、叶った夢の中身なんて言いたくない)欲しかった本が見つかったんですよ!」
 ちなみに、頭の中にはレイ・ブラッドベリの「たんぽぽのお酒」という本の名前さえ、一瞬にして準備されてました。
 
 さて、本題。
 ぼくにとって、世界で一番落ち着く場所はアパートの小さなベッドの上です。
 で、2番目に落ち着くのが、TVの正面に置かれた座椅子です。
 部屋には、他にソファー・ベッド(通販にて購入)、一人掛けの椅子(米国人の友人が帰国する際に譲り受けた)もあるのだけど、ソファー・ベッドは(洗濯済みの)洋服に占領され、一人掛けの椅子はリモコンやら雑誌が重なり、部屋にいるうちで一番長くいるのはこの座椅子の上です。
 
 元々はPCに向かう時に使っていたのですが、ヤマトがいた頃、少しでもスキンシップをという知人からの指示に従って、座椅子に座ってヤマトを抱いていたのでした。
 そのうち、それまで一番のお気に入りだった椅子の上にはヤマトが悪戯しないようにと、次々に小物が積み重なっていき、ヤマトが実家に永住するようになった今でも、少し後ろによりかかって、足をダ〜ンと伸ばしたり、胡座をかいたりするのがとても楽で、部屋で起きている時に一番長くいるのがその座椅子になりました。
 
 その座椅子が、最近壊れてしまいました。
 背中に張られた布が裂けて、金属の横棒があたり、背中を押しつけると痛いのです。
 今日、DIYセンターへ行き、代わりの座椅子を買ってきました。
 最初、脇に肘掛けの着いた物を選んだのですが、それでは、重心移動が案外面倒そうだし、胡座をかけないし、仮眠を取るときに平たくならなくて不便だと気付いて、結局は以前の座椅子を一回り大きくしたような、で、流行遅れの低反発ウレタンの物を購入しました。
 それと、ついでにPCの前にも、小さい奴をかいました。
 日記を書きながら、途中で「う〜む」と文章を考えながら反り返るにはやっぱり便利。
 この二つが、今夜からは僕の安楽椅子(本当の定義は違うんけどね)となります。
 
 安楽といえば、最近事件になっている安楽死・尊厳死。
 あの事件についての感想はここでは書きませんが、ERシリーズを観ていて、僕が病や怪我でそういう状態になった時には、安楽死・尊厳死を選びたいと思うんです。
 延命処置はしないで欲しいです。
 そうだ! もし親が健在のうちに、僕にそういう自体が起きたら、御願いですから、絶対に延命処置を希望するだろう両親に、MSCはソレを決して望んでいないという事を説得して下さいね。
 その時は、早めにゆっくり眠らせて下さい。

2006年3月28日(火)
my wall…
 日曜日、小柳ゆきのアルバム「my all…」に再会してからは、すっかりコブクロもダニエル・パウターもなく小柳ゆき漬けになってしまいました。もう、耳に心地良くて。
 こういう、大好きなアルバムに出逢うと、同じ感性で、感動を共有できる相手を急に欲したりしちゃうんだよね。
 でもさタイトル曲の歌詞で、ひっかかる部分があるんですよ。
 
 例えばあなた 別の人愛しても
 この気持ちは、永遠に変わらないと思う
 (中略)
 気づけなかったけれど ハッキリ今悟った
 あなたが 神の定めた 運命の人♪
 
 ソレって…。その悟りは正しいのか? 神がそういう人を「運命の人」と定めるのなら、神の決め事って。で、この歌の主人公自身の存在意義って…。
 昔も、MISIAの「Everything」の歌詞に同じような違和感を感じた記憶がある。
 自分の生き方、愛し方が正しいとは限らなくても、せめて、自分の人生では、自分が中心でいたいぢゃない?
 
 
 さて、昨日友人から届いた携帯メール
 タイトル「些細なことだけど」
 「昨日の日記(3/26)、一人称の主語が一つもなかった! 日本語ならではですな」
 メール読んで、改めて読み返したら、本当に一人称が全くない! それでもちゃんと成り立ってるってのが面白いです。多分、探せば「MSCism Diary」の中にはそういう文章の日が沢山あります。
 
 vodafoneの「ホットライブ!(ウェブ→ボーダフォンウェブ→ホットライブ!)で、英語・韓国語・中国語と日本語を翻訳・朗読するサービス「携帯翻訳J-server」が始まったのですが、日本語を英語を翻訳する際のラジオボタンに「補填する主語」ってのがあります。
 あぁ、確かに日本語って、主語を引っこ抜いてもニュアンスで通じるものね。日本語大好きです。
 
 で、日記やメールの文章での一人称は「僕」です。中学生の時に書き続けてた日記の時から「僕」でした。
 で、喋る時には「俺」です。子供の頃「ぼく」と言うのを周囲から笑われて、就職してからも「なんで、ぼくって言うの?」と言われたので、なんとか習慣付けました。
 今では普通に「俺」と口から出ますが、何故か文章となると、自然と「僕」になるから不思議です。子供の頃の一人称が「ぼく」だったからか、この方がしっくりきます。
 ちなみに、仕事では「わたし」です。
 
 ってことはさ、今のMSCの一人称が「俺」だと思っている人と「わたし」、「僕」と思っている人とは、それぞれに僕との親近度の距離が違うってことだよね。メールのやりとりをしたり、MSCismを見て下さってる人からすれば「MSC=僕」に違和感はないだろうし、そうでない人からすれば、四十路の日記で「僕」というのは違和感があるかもしれないしね。
 
 そういえば、話す時には、年下には「俺」、年上には「僕」と使い分けてる時があるかも。
 
 あと、夫婦で奥さんが、旦那さんの事を話すときに「○○が」と、名字を呼び捨てにするの、何故か昔っから凄く好きなんですよ。あれって、逆はないんだよね? 面白いけど、もしかして男尊女卑の名残?。
 あぁ、一生、そう呼ばれないかもしれないねぇ。それはちょっと淋しいねぇ。

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