気づいたこと、気になること
人間は死ぬまで何かを表現していく生き物である、というのが私の持論のようになっている。私は生きている限り、いつも何かを見たり聞いたりして、何かを感じ、考えている。そしてそれをしゃべったり、顔の表情に表したりしている。意識しなくても顔にでてしまうという現れ方である。それを表現といわずに表出というらしいが、言い方はどうでも、私たちは生きている限り何かを表現、表出している生き物である。それを言葉にするのが話したり、書いたりすることで、絵や彫塑にするとか、身振り手振りにするとか、衣服とか持ち物、身の回りのモノにするとか、多くの表現の仕方がある。車の運転の仕方にもその人、運転手の人柄がでてしまうように、人間は何をやってもその人柄、性質、性格というモノがでてしまう。あらゆる表現、表出にはその人の人柄、個性というモノがでてしまう。私が気づいたことは、だれもが気づいていることとは限らないし、私が気になることは私だけが気になることとは限らない。でも私がソレを書くのは、私自身の確かめにはなると思う。

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 平成20年1月20日 日曜日    ある手紙
 
 最近、高齢者社会だとかで、いろいろそれらしい番組が放映されるが、ああいうのは老いた側の発言のようでいて、どうもそうではないような気がする。
 
以下に公開(・・・というほどの大きなことではないが)するのは、親しい友人に当てたはがきで、年寄りの実感そのものである。なにかのご参考にしていただきたい。
 
 お変わりありませんか…という手紙の定型が虚しいものの思えてきています。というのは私たちのような年齢になって変わりがない筈がないではないかと思ってしまうからでしょう。私は数年前に前立腺がんがあるといわれ手術レーザーで焼いてもらい、その後薬を飲み続けていましたが、二日前に血尿がでて膀胱に炎症が出来たといわれ薬が増えました。今朝も排尿のときの痛みが激しく、不安でしたが、どうやらその後は痛みが和らいで、今、小休止というところです。場所が場所だけにあからさまには言えないのも苦痛です。手術も恥ずかしい限りの恰好をさせられますし、麻酔も嫌です。老いと衰えと、これは抗えない自然のことでしょうが、そういう事実を受け入れるのはなかなか難しいものです。老いてきて老いの気持ちが分るというものなのでしょうが、世の中には自分より若い人のほうが多いものですから、老いた自分の気持ちが分ってもらえずちょっとした孤独感、孤立感を感じることもしばしばです。若い人は「がんばって!」と言って励ましてくれるのですが、当人としては「頑張りよう」がないなあと、失礼ながら悲観的にもなりがちです。…とこんな陰気なはがきご迷惑でしょうが、これは、私の甘えだと自己分析しています。失礼しました。これが小生の近況です。
 
 
 

 平成20年1月12日 土曜日    定年退職のもつ意味
(1)カフカの『変身』を読んで
両親と妹と4人暮らしの青年グレゴール・ザムザは、小さな商社に勤めるセールスマンだが、ある朝目が覚めると一匹の「毒虫」に変わってしまっている。「変身」してしまったグレゴールに家族は驚くし、欠勤を咎めに来た職場の上司は「変身」を見て恐れ逃げ帰ってしまう。世間の目を気にして、家族はグレゴールを一室に押し込めておく。グレゴールは一家の唯一の働き手だったため、一家はたちまち経済的に困窮する。そこですでに退職していた老父が守衛の仕事についたり、母親と妹が内職をはじめたり、部屋を片付け間借り人を置いたりしてやりくりする。耄碌しかけていた父親は仕事を始めて活力を取り戻し、変わり果てた息子を圧迫する権威的な存在に変貌する。妹は、グレゴールが変身してからもおそるおそる食べ物を持ってきたりして面倒をみてくれるのだが、やがてグレゴールを自分より下位のものとして支配するようになる。他には見られたくない奇怪な生き物になった兄の面倒を自分の慈悲の心の現われだと密かに思ったりする。やがて彼女は間借り人に好意をもち二人きりでいるときに、現れたグレゴールを怒って、兄を指差して「これを処分しろ」と言い放つ。すでにわが身の変身を嘆き絶望して衰弱しつつあったグレゴールは、この妹の言葉に決定的なものを感じて自分の部屋に引きこもり一人で息を引き取る。グレゴールのいなくなった家族は平安を取り戻し、両親は、この妹もそろそろ嫁がせねばと考える。…カフカの「変身」のあらすじである。
 
(2)退職が自分の世界を変える
定年退職は"変身"である。定年退職の私はグレゴールである。グレゴールが自分からすすんで”変身”したのではなく、なにかsomething greatによって”変身”させられたように、定年退職は社会的に定められた制度というsomething greatによってもたらされたもので、私たちは、それなりに覚悟もし準備もしていたつもりであったが、いざそうなってみると、それはある日突然やってきたという感じであったのだ。カフカの『変身』には、変身してしまったグレゴールの気持ち、心については何も語っていないが、彼には自分は変わったつもりはないのに、周囲の変身、父や母、妹、それに職場の上司などの変身に驚き戸惑っているのだ。グレゴールの変身は、グレゴールだけにとどまらず、家族や職場の人々の変身になっていく。父親の変身、妹の変身が小説には詳しいが、私の定年退職も妻の変身、息子や娘の変身をも引き起こしていたのである。私に対する口のきき方、私の呼び方、やや遠慮したり気を使っていてくれた“やりとり”が違ってきて癇に障ることがいくつも出てきた。そしてそんなとき私は孤独を感じ、ああこれが退職というものだなと言葉には表せない寂しさを感じたものだった。カフカのグレゴールも同じように感じていたのではあるまいか。五ルゴールが死んで家族が平安を取り戻すというのは、残酷だが現実なのだろう。これは、わが家でいえば、父親、つまり私の定年退職は、やがて私が家族の“お荷物”になって、邪魔者扱いされるようになるのかもしれないという警告とも受け取れる。わが家でも面と向かっては言わないが、家族の中に「服装がみっともない」「汚い」「臭い」「役立たず」などと思われ、やがて早く死んでくれなどと思われることも“無きにしも非ず”である。退職後の世界が変わるとはそういうことも含まれるのである。
 

 平成20年1月11日 金曜日    定年退職の意味 2
(3)変身と意識は別もの
私は、退職という事実は受け入れたつもりでいても、自分が変身したという事実には気づかなかった。こういうと変に思う人が少なくなかろうが、私は退職後も、新聞を広げても教育関係の記事に目がいく、それを読むとき自分はまだ“校長の目”で読んでいるのである。テレビを見ていてもラジオを聴いているときもそうで、教育問題とか教育改革の問題に”自分の学校はどうしたらいいか“などと思いつつ見ている。”自分の学校”などないのにである。そんな自分に気がついて、まだ自分は”あの学校、生徒や教職員たち“とは離れていないのだな、と苦笑する。苦笑する程度ならいいが、電話を掛けてみたい衝動とか、でかけていってアドバイスしたい気になって手紙を書き始めることなどある。電話や手紙など現場ではどれほど迷惑するか知っていたつもりなのに、である。「いつでもお出でください」と言った後継校長の別れ際の外交辞令を真に受ける気が動くときがある。こういうことを含めて自分が『変身したという意識が身についていない』ことに気づく。これは私の家族にも同じようなことが言えるのだろう。自分では意識していないさまざまな言動から”その変身“が感じられるものである。それを感じるのはこの自分なのだが、それを自意識過剰と思うこともよかろう。何といおうとそういうことをも含めて、退職後の心の問題と考えられるのである。
 
(4)退職後の自己表現
他の生き物とは違って、人間が生きているということは、何かしら表現をしていることだと思っている。
 退職後は、一日中、これといったものもなく過ごすこともある。だがそれにしても、何かしらの表現をしていることに違いない。何かを読むという行動、何かを書くという行為、ぶらぶら歩くという行動、そこで見たこと、出会ったことを誰かに話すということ、話すために地図を描いたり、絵に描いたりする行為、話し方が下手だと気づいて、言い直したり、聞き手の家内に問うてみたりする、これらはみな私の表現活動である。
 ただ自分はそれらを表現活動などと意識してはいない。そこでぼんやりしている、一日中無為に過ごしている、となる。だがそれにしても私が生きていて”あらわしていること"あるいは"あらわれていること"である。生きているからこそ"それ"が出てきているのだ。
 眠くてうつらうつらしていたなどというときも、居眠りという形で休息していたとなる。休息は一つの態度の表れ、それ自体、そのときの”自然な自己表現”ということもできる。とにかく私は生きている限り、何かをあらわしている。何もあらわしていないとは、生きていないことだ。そこで自分は、何を表していたのか、自分の何があらわれていたのかを確かめることが、自分がどう生きていたのかを確認することになる。それが意識的に生きるということだと思う。私が日記とか手紙を書くとか、周囲の人に自分の思いをしゃべるとか、自分のHPとかブログに何がしのことを書いて更新するとか、そんなことのすべてがそうである。
 

 平成20年1月10日 木曜日    定年退職の意味 3
退職後の生き方、落とし穴に落ちるな
 テレビで映画「永遠のマリア・カラス」というのを見た。世界に名声をはせたプリマドンナ、マリア・カラス私に羽懐かしい名前だ。彼女が後年50歳を過ぎて思うように声が出ず、舞台から退いている。一人の演出家が今の彼女の映像を撮って、それに若いときのカラスの声をのせて映画にして復活させようとする。いろいろあったがそれは成功して圧倒的な支持を受けて再デビューしようとする。だが競演するテナーの若者の「自分の声で出演したい」という望みを聞いて、それが自身の願望でもあることに気づくのだった。彼女は完成したフィルムの上映のキャンセルを決意する。映像とか録音とかの技術で作られたマリア・カラスを否定し、今のマリア・カラスとして生きようとするのだ。そこには莫大な損害、ペナルテイがついてくることを承知しながら、あえて自分の今を真っ正直に出して生きたいという決意があったのだ。この物語を見ていて、私は、栄光の過去を懐かしみ求めるな、今は今で”あるがままをあるがままに”生きよ、それが“いい生き方”だしそれ以外はない…という教訓を見た思いであった。マリア・カラスにとって過去の名声への復帰は、魅力的な誘惑だったが深い落とし穴がそこにはある。今の“あるがまま”を隠すな、ごまかすな、今を莞爾として受け止め、受け入れて“そこ”を生きていけ。決断とはこういうことをいうのだ。そんなことを私はこの映画から学んだ。
一公立中学校の校長でしかなかった私など、世界的なプリマドンナ、マリア・カラスとは比べようもないが、それでも過去に自分が実践してきたことに執着し、それを懐かしみ、そこから離れられないでいるものがある。こんな私でも慕ってくれた生徒たちがいた。愛してやまない生徒たち、学校、教職員、地域の人々、そこに生きた日々の思い。それらを抱えて生きている私という人間。そんな瑣末なノスタルジーとは比べようもない大マリア・カラスの過去、あの世界的名声から脱却こそ、彼女にとっては“自由への闘争”だったのだ。その闘争のエネルギーこそ、彼女の第二の人生を歩むエネルギーだと思って、.私はその後のカラスの生き方を想像していた。
そして、私は自分自身の現状を見定め、これからの生き方を真剣に考え、気負わないが確たるものにしていこうと、思いを新たにして行ったのである。

 平成20年1月2日 水曜日    箱根駅伝を見ていて
箱根駅伝を見ていて思ったこと。前回優勝の順天堂大学は5区終盤で小野裕幸選手がゴールまで約500メートル付近で足がもつれ崩れた。彼は何度も起き上がろうとしたが足に力が入らない。いわゆる体がいうことをきかず、手で地面を押して立とうとするのだが尻餅をついたりした。見かねた仲村監督が抱えあげ失格にした。テレビはこの過酷とも思われる状況を見せてしまった。私は、この日の為に準備し練習して鍛え上げたスポーツ選手にしても、オーバーワークを重ねていくと、肉体をこのようにしてしまうのかと、正視できなかった。それでもとにかくその一部始終を見てしまったのだ。そして人の人生も終わるときはこのようなものかと思って何も言えずにいた。人によって見方は違うだろうが、私のように老いたものには、あれは自分の終焉の様子をしっかり見ておけ、どのように強靭な肉体でも末はこうなるのだぞ、覚悟して置けと、いい気になるな、自惚れるなと、神が警告してくれたであると思ったりした。そう自分のことでありながら、自分の意思ではどうにもならないこと、それがああいう姿であると思う。私は、膀胱癌ポリープをレーザーで焼ききってもらったとき、つまり手術のときの自分の体験をそれにダブらせていた。局部麻酔から醒めて、意識は立とうとしているのに、足には力が入らず。立てなかったあのときのことである。やはりああいうことは理由なくおそろしい。怖いし、避けたい気がする。…だが人生の終わりのときは”それ”は避けられないことなのであろう。
 


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