(3)変身と意識は別もの
私は、退職という事実は受け入れたつもりでいても、自分が変身したという事実には気づかなかった。こういうと変に思う人が少なくなかろうが、私は退職後も、新聞を広げても教育関係の記事に目がいく、それを読むとき自分はまだ“校長の目”で読んでいるのである。テレビを見ていてもラジオを聴いているときもそうで、教育問題とか教育改革の問題に”自分の学校はどうしたらいいか“などと思いつつ見ている。”自分の学校”などないのにである。そんな自分に気がついて、まだ自分は”あの学校、生徒や教職員たち“とは離れていないのだな、と苦笑する。苦笑する程度ならいいが、電話を掛けてみたい衝動とか、でかけていってアドバイスしたい気になって手紙を書き始めることなどある。電話や手紙など現場ではどれほど迷惑するか知っていたつもりなのに、である。「いつでもお出でください」と言った後継校長の別れ際の外交辞令を真に受ける気が動くときがある。こういうことを含めて自分が『変身したという意識が身についていない』ことに気づく。これは私の家族にも同じようなことが言えるのだろう。自分では意識していないさまざまな言動から”その変身“が感じられるものである。それを感じるのはこの自分なのだが、それを自意識過剰と思うこともよかろう。何といおうとそういうことをも含めて、退職後の心の問題と考えられるのである。
(4)退職後の自己表現
他の生き物とは違って、人間が生きているということは、何かしら表現をしていることだと思っている。
退職後は、一日中、これといったものもなく過ごすこともある。だがそれにしても、何かしらの表現をしていることに違いない。何かを読むという行動、何かを書くという行為、ぶらぶら歩くという行動、そこで見たこと、出会ったことを誰かに話すということ、話すために地図を描いたり、絵に描いたりする行為、話し方が下手だと気づいて、言い直したり、聞き手の家内に問うてみたりする、これらはみな私の表現活動である。
ただ自分はそれらを表現活動などと意識してはいない。そこでぼんやりしている、一日中無為に過ごしている、となる。だがそれにしても私が生きていて”あらわしていること"あるいは"あらわれていること"である。生きているからこそ"それ"が出てきているのだ。
眠くてうつらうつらしていたなどというときも、居眠りという形で休息していたとなる。休息は一つの態度の表れ、それ自体、そのときの”自然な自己表現”ということもできる。とにかく私は生きている限り、何かをあらわしている。何もあらわしていないとは、生きていないことだ。そこで自分は、何を表していたのか、自分の何があらわれていたのかを確かめることが、自分がどう生きていたのかを確認することになる。それが意識的に生きるということだと思う。私が日記とか手紙を書くとか、周囲の人に自分の思いをしゃべるとか、自分のHPとかブログに何がしのことを書いて更新するとか、そんなことのすべてがそうである。
|