両親と妹と4人暮らしの青年グレゴール・ザムザは、小さな商社に勤めるセールスマンだが、ある朝目が覚めると一匹の「毒虫」に変わってしまっている。「変身」してしまったグレゴールに家族は驚くし、欠勤を咎めに来た職場の上司は「変身」を見て恐れ逃げ帰ってしまう。世間の目を気にして、家族はグレゴールを一室に押し込んでおくが、グレゴールは一家の唯一の働き手だったため、一家はたちまち経済的に困窮する。そこですでに退職していた老父が守衛の仕事についたり、母親と妹が内職をはじめたり、部屋を間借り人を置いたりしてやりくりする。耄碌しかけていた父親が仕事を始めて活力を取り戻し、変わり果てた息子を圧迫する権威的な存在に変貌する。妹は、グレゴールが変身してからもおそるおそる食べ物を持ってきたりして面倒をみるのだが、兄を自分の独占的な支配下に置こうとしてくる。妹と母親が自分の部屋から家具を片付けようとするのに驚いたグレゴールは、心ならずも母親を失神させ、妹を怒らせてしまう。このとき帰宅した父親が怒ってグレゴールに林檎を投げつけ、グレゴールは背中にひどい傷を負ってしまう。間借り人に妹がバイオリン を聞かせている最中に現れたグレゴールに怒った妹は、兄を指差して「これを処分しろ」と言い放つ。林檎の傷がもとですでに衰弱しつつあったグレゴールは、この妹の言葉が最後の呼び水のようになって、その直後に自分の部屋で静かに息を引き取る。三人になった家族は平安を取り戻し、両親は、この妹もそろそろ嫁がせねばと考える。…カフカの「変身」のあらすじである。
定年退職は"変身"である。グレゴールが変身しようと意図したものでないのと同じである。定年退職は社会的に定められた行為であり、それなりに覚悟もし準備もしているつもりだが、当人にとってはそれはある日突然やってくるという感じである。グレゴールの変身は、グレゴールだけにとどまらず、家族や職場の人々の変身になっていく。グレゴールが死んで家族が平安を取り戻すというのは、残酷だが現実であろう。父親の定年退職は父親の変身のみならず、家族の一人ひとりの変身でもある。父親が家族のお荷物になって、邪魔者扱いされるようになるのは、家族の変身である。グレゴールの死は、これも一種の変身だろうが、その変身は家族に安堵を与えるし、それによってグレゴールの父母は娘の嫁入りという新しいことを夢見るようになる。
老人は、口には出して言われないが、家族の中に「みっともない」「汚い」「鈍い」などと思われ「役立たず」「穀つぶし」「金食い虫」などと思われ、早く死んでくれなどと思われて終末期を迎えることになる。残酷ではあるが、これも真実であろう。
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