休息の部屋
休息は心の休息、休憩は疲れた体を休めること。休憩は次へ進むエネルギーの蓄えでもあるが、休息は次も、これからも何もない。ただぼーっとしていられればいい。ただこれが意外にむずかしい。ただぼーっとしていていいのかとか、時間の無駄だ、勿体ないなどという気持ちが起きて、何か意味のあることをやれと自分に発破をかける。無為に過ごすとか、中国の貴人が薫浴といって蘭を置いた部屋でじっとして日を過ごすなどという、達観した心境にはなかなかなれない。要するに貧乏性なのである。一日でなくとも一時間でも半時間でもいい。本当に休息の時間が自分のものになったら、自分はもう少し安楽になれるのではないか。

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奥日光湯元から沼田へ 012
奥日光湯元から沼田へ 012
 9月末、思い立って奥日光から沼田を通って来ました。私としては何年ぶりでしょうか。稲わら干しの親子?の情景に日本を感じたのです。
奥日光湯元から沼田へ 007
奥日光湯元から沼田へ 007
 この景色、こういう情景が原点だと、わけもなく感じたのです。そうです、わけもなく感じたことに意味があるのではないかと、私は今考えています。どこかの絵画展で、好きな絵に出会って、いいなあとか、懐かしいなあとか思っている、それに何故かとか、どうしていいと思うか、懐かしいと感じるのか、などと詮索し始めたら、その素朴な感情が薄れてしまう。それと同じだと思います。
奥日光湯元から沼田へ 018
奥日光湯元から沼田へ 018
 奥日光湯の湖、早朝、一人で湯の湖湖畔を一周してきました。湖のどこからでもビジターセンターの白い建物とサルビアの真っ赤なのが鮮やかに湖面に映って美しかった。ふと気がついて、こういう目印があって、私のような初めて湖畔を歩く者の心の支えになっているのだと思ったことでした。心の支えの象徴的なものと、そんな気がしたのです。、
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