第2コラム


 6   床屋(おわり)
更新日時:
H18年12月1日(金)
熱いタオルが顔から取り除かれ、運命のときがやって来た。
だが、突然、振動も、音も、ニオイも、そして、痛みも、すべてが、消えたのである。
絶妙な圧力と刃先の角度、運刃のスピード
左手の繊細かつ正確、迅速な動きが組み合わされて、髭は深く毛根まで刈り取られ、しかも皮膚は一細胞層も剃られていない。
という感じなのだ。
それは、50年の修練の成せる技か。
いつも、散髪の後に感じる不快なひりひり感が、、、ない!
人を疑って、混乱していた自分がはずかしくなった。
 
だが、その反省の中で引っかかることが出てきた。
何で、最後の瞬間に、においがしなくなったんだろう?
シュウシュウが聞こえなくなったの、なんで?
 
あれから、もう随分床屋に行っていないんだが。
それを考えるとどうも。
 
 

 7   床屋(つづき)
更新日時:
H18年9月29日(金)
そんな事より、まず、この明らかにやばい状況から逃げ出す方法を考えなくてはいけないのに、、、。
老理髪師の呼吸に伴ってシュウシュウと音がする。そのとき、あの赤っぽいよだれのしずくがプルプルして、生臭さが強まるのである。
それが分かった。
そんな事より、、、、目をつぶって精神を集中し、対策をかんがえよう。
今ここで、携帯がなったとする。たとえば。
「もしもし、お休み中すみません。タマちゃんまたお爪がのびちゃって、、、。来週だったらうかがえますが、いつがよろしいかしら」
そしたら、こういう。
「えーっ。それはいけませんね。私もすぐ病院にもどりますので、至急連れて来てください。一刻の猶予も、できませんから。ぷちっ」
「床屋さん、すみませんが、突然の、おまけに、具合まで悪い、急患で、私はすぐに急いで戻らなくてはなりません。さよならー」
これは上出来。きめた。
つったって、待ってるときに限って、携帯なんか掛かってこないものなのだ。そのかわり、恐怖の剃刀の時は、確実に近づいてくる。そして、B級ホラー映画のおきまりのあの映像が私の脳みそを占領する。目をあけると妄想のなかのそのものの剃刀が既に握られているその手が、こきざみにふるえている。老理髪師の二の腕にぐるぐるとガーゼの包帯が巻かれている。左手にも。首にも。
なんで?
(またつづく)
 
 
 

 8   愛は盲目
更新日時:
H18年5月30日(火)
夕暮れの桜の花吹雪。
冬の壮絶な最期か。
かけらになって空中にさ迷う冬のなごりは、花びらと共に大地に吸い込まれていく。
 
「いやあ、こんなことがあるんですねえ」
私を突然現実世界に引き戻す声にふりむくと、それは、しろちゃんのおとうさん。
もどってきた私に対して、おとうさんは、すっかりいっちゃってる目をしています。
 
「前からここに住んでる野良ちゃん、しろちゃんの兄弟だったんです。」
「はあ。(きめつけちゃってるし)」
「鳴き声もおんなじなんですよ」
「へえ。(そりゃそうでしょ。ねこだもん。)」
「色もそっくり同じ」
「ふーん。(ネコは3色しかないっつうの。)」
「ここで餌やってるおばさんがね、そのこのこと、しろちゃん、て呼んでるんだって」
「ひゃー。(降参)」
 
6500万年前、地球を支配していた恐竜を突如一掃した直径20キロメートルの巨大隕石。
その後の哺乳類の繁栄をもたらしたその岩の塊の出現のテーマは、もしかしたら、
いや、きっと
「愛」
それは今、ここで、完成されたのかも。
 
6500万年後のたそがれの桜吹雪のもとで、おとうさんは駐車場の向こうの闇の中をじっと眺めている。
顔中にっかにかにして。
 

 9   ビンボウその3-床屋
更新日時:
H18年9月24日(日)
私の行きつけの床屋は、場外馬券売り場のあるB級歓楽街の端にある。
調髪料1500円。
その日、受付の若い店員に1番のいすを指定された。永い間かよっているが、10脚以上あるいすの1番ははじめてである。店の中でうろうろしていると、あちらですと店員の指さす方向には、薄暗い隅のほうにほかのいすよりも古そうないすが確かにあった。他の場所も開いてんじゃないかといぶかしげにそちらのほうにふらふら歩いていくと、突然腕をがっしとつかまれた。いたい。
「いらっしゃいませえ」
しわがれた声が下のほうから聞こえてきた。
推定年齢75歳、いす以上に古そうな理髪師が私の横にぴったりと寄り添い、見上げるそのどんよりとした茶色の目と目が合った。やばいかも、と思った時、既に私はいすに座っていて、首の周りにぐりぐりと布を巻きつけられていた。
いたいよ。
一語一語に力をこめるのでやたらつばが飛ぶ。
「バリカン、使いますかっ」
「もみ上げはこのくらいでいいですかっっ」
「整髪料はなんにしますかかっっ」
「・・・かかかっっっ、ぺぺぺっ」
空気がだんだん生臭くなってくる。だんだん首が動かせなくなる。
かろうじて視界の端に、口角に泡をためて何か言っている老人が見える。
その泡は、確かに、赤っぽい。
なんで?
(つづく)
 
 
 
 

 10   似たもの夫婦
更新日時:
H18年1月21日(土)
サクラは8歳のメスのヨーキー。
今日は健康診断で来院。
いつものように、さりげなく、身体検査。
私:「今日はお父さんはいらっしゃらないんですか」
サクラ母:「今日はお母さんだけのサクラちゃん。ね、サクラ。」
一通りの身体検査も終わって、
私:「異常ありません。いつも歯がきれいですね。」
正確には、異常に、歯がきれい。
サクラ母:「毎日必ず5分、歯磨きしてるのよ。えらいでしょ。ね、サクラ。」
私:「何か特別なものを使ったりしてますか」
サクラ母:「お父さんの歯ブラシで。うふふ。」
私:「はあ」
サクラ母:「わかりゃしないわよ。ほほほ。ね。サクラ。」
私:「、、、、、」
さすがお父さんの歯ブラシ。このピカピカは、普通の歯ブラシなら、例えていえば、少なくとも毎日10分の、、、。と言いかけて止めたのは、次のような架空の情景が脳裡をかすめたからである。
私:「きょうはお母さんはいらっしゃらないんですか」
サクラ父:「今日はお父さんだけのサクラちゃん。な、サクラ。」
私:「いつも歯がきれいですね。」
サクラ父:「毎日必ず5分、歯磨きしてますです。すごいでしょ。な、サクラ。」
私:「何か特別なものを使ったりしてますか」
サクラ父:「わっはっは。それは、わたしとサクラの二人だけのひみつ。な。サクラ。
とくにお母さんには、、、」
 
 



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