道院長の独り言

H18年3月3日 金曜日
流山支部だより平成8年3月号「うさぎ」より その3
私は感受性が強く、体力的にもピークである高校時代はスポーツや読書で十分に体を鍛え情操を養い、大学に入ってからしっかり勉強することが大切であり、それを当然とする形にもっていくべきだと思っています。
だた勉強が出来るだけの人が人の大切な命や財産を預かる医師や弁護士になったら心が置き去りにされがちになります。
ある拳士の小学校6年の娘さんは道で動物が死んでいるのを見るとほうっておけず、近くの林まで運んで埋めてあげるやさしい心をもっています。
彼女は将来獣医さんになりたいと言っているそうですが、大学に入るにも自分が何が好きで、将来何をやりたいかを心にきめて入ることが、これからは一層大切になってくると思います。
学歴に関係なく、開祖の説かれた半分は他人のことを考えられ、しかも、しゃべれる、書ける、殴り合いもできる(正しいと思うことのために勇気を持って闘える)そんな人がますます必要な時代になるとあらためて思っています。
H18年3月2日 木曜日
流山支部だより平成8年3月号「うさぎ」より その2
欧米の大学も入るのは易しくても卒業するのが難しいので、いきおい勉強しなければなりません。
それにひきかえ、わが国の最近の大学生はこれで大学生かと思われるような常識に欠けた或いは、基礎学力に乏しい人が多くなっています。
今は大学さえ出れば、良い就職先に恵まれるという神話も消えつつあります。
先日ラジオで、東京の渋谷にある店員が女性ばかりというマージャン屋を紹介していましたが、その中の店員の一人は、四年制の私学の学卒者でした。就職試験に落ちたのでここで働いていると言っておりましたが、職業に貴賎はないといいながらも、大卒でマージャン屋の店員とは少々情無い気がしました。
大学の通信教育のスクーリング(面接授業)で講義をする先生は、異口同音に昼間の学生はあまり勉強もしないし、授業中の態度も悪いと言います。それにひきかえ通教生は一般に真面目でよく勉強すると言います。
やはり本当に勉強する気があるかどうかの違いだと思います。
また、一流の大学を出てもオウム事件に関わり大学で得た知識を悪用して、いつの間にか殺人事件を犯してしまったような人間もいます。
何のための大学かと思います。
私の知る人の中には、大学を出ていなくても、考えの深い人、説得力のある話ができる人、人並みすぐれた達意の文を書く人など、すぐれた人がたくさんいます。
もちろん大学生の中にもすぐれた人がいることは否定しませんが、今は大学生だから勉強する、大学を出たから知能レベルが高いとは決していえない時代だと思います。
H18年3月1日 水曜日
流山支部だより平成8年3月号「うさぎ」より その1
春は受験シーズン。皆さんも多かれ少なかれ過去に受験を経験したり、また、これからも経験することでしょう。
とくに日本では大学受験が中心になっていると思います。
なぜなら、良い(レベルの高い)中学、高校に入学することは良い大学に入るための一種のパスポートであり、良い大学を卒業することは、良い就職先に恵まれると一般に思われているからです。
また、現在は高校はほとんど義務教育化されていますし、少し余裕があれば猫も杓子も大学に行けます。
ところが、最近、私は大学に行くことが、そんなに価値があるかどうか疑問に思っています。というのは今の大学生は一般のあまり勉強しません。
たしかに大学に入るまでは、予備校に通ったりして受験勉強に精を出しますが、入ってしまうと燃え尽き症候群になってしまい勉学よりもバイトに重点が置かれバイトで得た金は遊びにつかってしまう学生が多くなっています。
私が子供の頃も、学生アルバイトというのがあって大学生が大学帽をかぶり街頭で小さな袋に入った南京豆を売っていましたが、当時の彼らは文字通り苦学生で得たお金はほとんど学費や本代に充てていたようです。
だから彼らは貧乏であっても世間の人からはエリートとして一種の尊敬の眼で見られていました。もちろん、それなりの遊びもしたでしょうが、よく学びもしたので、大学生として一目置かれたのだと思います。
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Last updated: 2009/1/4