道院長の独り言

H20年6月24日 火曜日
新うさぎ2008年7月号
愛猫 コチャ(小茶)
 
ペット愛好家で天下を二分するのは、犬派と猫派ではないでしょうか?
私の妻と娘は、犬も猫も好きですが、私は明らかに猫派です。
我が家の愛猫コチャは足が一本ありません。毛は鼡色でどう見ても美猫とはいえません。
6年前生まれたばかりの時、家の庭で鳴いていました。妻がミルクを飲ませているうちに、とうとう居着いてしまいました。
ある日、理由は分からぬまま、足に大怪我をしてほとんど歩けなくなっていました。妻が病院に連れて行くと、一週間様子を見て直らなければ切断しなければなりません、と言われました。
結局、切断することになってしまいました。
足が一本なくて、さぞ不便だろうと思いきや、歩く時は足をひきずるようにして歩きますが、走る時は稲妻のように速く、木にも苦もなく登ります。時にはつかまえた鼠や雀や蜥蜴(とかげ)をまるで戦利品のように誇らしく玄関の前に置いておきます。また、空腹の時、家に入りたい時、遊んで欲しい時、甘える時、怒った時など声の大きさやトーンを変え、七色の声ならぬ五色の声で鳴き分けます。
野良猫と喧嘩してもけして後に退かない気の強さを持ち合わせていながら、甘えるときはとことん甘えます。尻尾を引っ張る以外はどこを触ってもされるがままで、手足を思いきり伸ばしてリラックス状態です。
見ているだけで癒しになります。
私はコチャを世界一賢く、可愛い猫だと思っています。
でも、猫は犬と比べるとあまり歩がよくありません。昔から「猫に小判」「猫撫で声」「猫の額」「猫かぶり」「猫かわいがり」「猫舌」「猫背」など、猫についてろくな言葉がありません。
忠犬ハチ公はいても忠猫タマはいません。化けて出るのは大抵猫です。番犬や盲導犬、狩猟犬と人の役に立つのも犬です。
しかし、私は猫が好きです。猫は触ろうとしても嫌なら逃げるだけで噛み付いたりはしません。路上で排泄行為は見せません。体を舐めまわし、いつも清潔さを保っています。(この清潔さには異論もあると思いますが)。
とにかく自由気儘で、人に媚びず、人間にとって羨ましい猫生を過ごしています。これは私の勝手な猫派の言い分ですが、とにかく犬も猫も人間にとって貴重な癒しです。
ただ人間と違う所は、犬や猫を愛玩するとは言っても、敬愛する、尊敬する、信頼する、とは言いません。言葉で知識や技術を修得し、他人とのコミュニケーションを図れるのは人間だけです。
魂魄(理性と本能)が人間には備わっていますが、動物にあるのは魄だけです。
だからこそ、ダーマの分霊として生まれてきた人間であることに私たちは常に意識して生きていきたいものです。
 
※ コチャが6月20日から帰ってきません。家族一同あらためてコチャの存在の大きさを実感しています。
噂を聞いたらご一報下さい。
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Last updated: 2009/1/4