酒と涙と男とイチゴ
【ご意見無用の独り舞台】
ブログ
NO,166
定植 2008/9/11(木)
またまた、更新をサボってしまいました。ちょとだけ、ブログに浮気したりして、ご勘弁を。
今日、株冷3型の定植をした。例年どおり土耕9a6000本。天気予報では午後から雨のとのことでしたので、早起きして頑張りました。ちょうど雨がぽつりぽつり降り始めたとき終わり、ホッとしている。
だが、土耕は天気には気を使います。その点、高設は天気は関係なく植え付けが出来るので気分的には楽です。
今年は、新たな作型として、今日出庫した二千本程の株冷苗をそのまま苗床に広げ、二番果の花芽を確認して定植すると云う新たな技術に取り組もうと思っている。
まだまだ、評価は二分するものだが、あまおうを楽しみながら色々とチャレンジしていきたい。
NO,165
新春 2008/1/8(火)
2008年も忙しい年の初めです。お正月は元日だけで2日から我が家はフル稼働です。おやじの独り言も長い間サボってしまいました。
今年も、イチゴにどっぷりと浸かった一年になりますが、愚直にただただ真面目にイチゴ栽培に取り組んでいきたいと思っています。
本年も安全安心の美味しいイチゴを皆様にお届けいたします。
NO,164
彼岸 2007/9/20(木)
本日はお彼岸だが、今日も真夏日。
いつもなら、過ごしやすい気温になっているのだが、天気予報を見ると真夏の天気図。
暑さ寒さも彼岸までは温暖化が進む中では昔の諺になっているかの様です。
今日は9月1日に冷蔵庫に入れた、私の部会では5型と言ってますが、株令の一番最後の作型を9a定植しました。今日までに24a植え、あと12aを25日すぎに、残りの7aを10月5日までに定植します。今日植えた分から高設ですので天気に関係なく定植出来ますので気分的には非常に楽です。今のところ順調に定植出来ているので、株が出来過ぎないようにコントロ−ルできるかが、栽培上の鍵ではないかと思う。
NO,163
メリハリ 2007/9/10(月)
今日、早期作型の定植をした。8月18日に冷蔵庫に入庫していた苗が、花芽検鏡で分化期になっていた。
定植はイチゴ農家にとって一番気を使う大切な作業です。今日から10月5日まで五つのハウスで五つの作型を順次植え付けていきます。
本年度のイチゴ作りのテ−マは作型の特徴をいかしたメリハリのある栽培です。
さあ、今年もイチゴ作りに頑張るぞ!!!!。
NO,162
地上 2007/8/29(水)
先日、JAにじ本所でイチゴ部会の役員会があった。
いつも時間ぎりぎりに行くので、今日は余裕を持っていこうと15分前に着いた。早く着いたのは良いが何か手持ちぶたさ。
近くにあった地上(家の光協会から出ている農業青年向けの雑誌)と言う月刊誌をペラペラとめくっていると、なんと私のHPが紹介されたペ−ジが有るではないか。
そういえば昨年、地上の編集者から載せますので良いですかとのメ−ルが着ていた。すっかり忘れていた。それも半年前の3月号。載せたら雑誌を送りますよとの事だったが。
何はともあれ、時間に余裕が有ると云うことは良いことです。早く着いて地上を手にとつていなければ知らないままに終わっていた事でした。 地上
NO,161
起工式 2007/8/17(金)
酷く暑い日が続いています。
夏は暑いに決まっていますが、最近は夕立もこず、地面も何か煮えたぎっているかのようです。
今日は過去ログにも書いていますが、私の念願だった圃場整備事業の起工式がありました。ここまで、ようやく来たという感じです。
集落の小世話もしているが、それはそれは色々な事がありました。勉強になることばかりです。
差し障りがありますので詳しくは書きません。
この事業は経営体育成圃場整備と言う様に圃場整備が目的ではありません。経営体の育成が目的です。圃場整備は手段にすぎません。
今、地域の仲間で水田農業の営農組織を作るために、色々検討をしていますが、なかなか難しい。克服する課題が多々あります。しかし、地域の水田農業を維持発展させていくための新たなシステム作りがもう待った無しです。
起工式
NO,160
苗作り 2007/6/22(金)
雨がシトシトと降っています。
19年度苗作りで忙しい毎日です。
今年の苗数は、昨年定植の秋ランナ−の出が悪く、親株を揃えることが出来ず、今年は親株からの受けポットが一万二千。栽培株の春ランナ−からのさし苗が2万。合計3万二千です。
普及センタ−、JAから炭ソ病対策の予備苗で3割程多めに苗を作る様にと指導があっているが、それはちょっと無理なので、あと二千程6月末までに作ろうと思っている。
イチゴ農家にとって一番頭の痛い炭ソ病をいかに克服するかが、最大の課題だが、1に予防2に予防34無くて5に予防。これしかありません。発症したらそれまで。恐ろしい病気です。
ただ、お断りしておきますが、この炭ソ病。植物だけに出る病気で人間にはうつりません。動物界にある炭疽病とは全然別物ですから御安心を。(^_^)
NO,159
嘘の様なほんとの話。2007/6/12(火)
今、年金が大問題になっているが、今日、体験したお話。
私は、税金の納付は所得税、消費税、住民税とも口座振替にしている。
家族の住民税は今まで窓口で納付していたが、忙しさにかまけてついつい忘れたりしてしまうので先月口座振替の事務手続きをしていた。
が、市役所から窓口での納付書が送られてきた。
『もしもし。市民生活課ですか?中野と申しますが。』
『はい。市民生活課○○でございます。』
声の感じから新人君らしい。
『実は、家族の住民税を口座振替でお願いしていたのですが、納付書が送られてきたので、ちょっと調べてもらえんですか。』
キ−ボ−ドを叩く音。
『確かに口座振替になっています。』
『それでは、この納付書は処分して良いですね。』
『ちょっと、待ってください。上司と変わりますから。』
おいおいこれくらいの事で変わるのかよ。と思いながら又いきさつを話した。
『ところで、コンピュタ−に入っている受付日はいつになっていますか?』
『はい。6月20日です。』
え。 えエ〜〜〜。
『今日は、6月12日ですよ。それは、今話題の社会保険庁と同じミスじゃないですか。』
と、ちょこっとイヤミを云う私。
『すみません。本庁に連絡をとり、折り返し電話します。』
と、電話を切った。
まぁ。単純ミスだが日付の間違いはあってはならない。コンピュタ−に打ち込んではいても、コンピュタ−は6月20日にならなければ認識しない。コンピュタ−時代の盲点です。
ところで、一言。民間に比べて恵まれた職場環境にあるのだから、もうちょっとしっかり仕事しろよなとイヤミの追加です。
NO,158
あと少し。 2007/5/5(土)
長い間、更新出来なかった。独り言も言う暇がなかった。
今年は2月の高単価の時にピ−クが重なり少しだけニコッとした。
5月に入ればいつ収穫を切り上げるか、イチゴの品質と相談しながらとなるのだが、目標達成までは頑張ろうと思う。
実はイチゴで頑張った自分に毎年終了後に何かご褒美をと云うことが恒例になっている。それは、パソコンのソフトであったり、部品であったり、ちょっと高価なお酒であったり。
だが、本年度は栽培面積が増え相当頑張らないと面積をこなしきらないと思い、早々にご褒美の先取りをしてしまった。ニコンのD200と言うデジ1眼カメラで大枚をはたいた。
もうご褒美を貰っているので其れなりの結果を出さないといけないのである。
私のようなボ−ッとしている性格は追い込まなければ力が発揮できない。そう、これもイチゴの為の必要な投資である。
だが、奥さんは値段を知らない。
カメラを見て。
「良いカメラね。高かったろ。いくらした。?」
「いやぁ。初心者用だからたいしたことないよ。孫の可愛い笑顔撮るのに此くらいのカメラはいるばい。」
それ以上は聞かない。さすが私の奥さん。
夫の喜びは妻の喜び
夫の幸せは妻の幸せ
その逆も当然あるかな。?
NO,157
限定解除 2007/1/16(火)
1月も早いもので半ば。イチゴも今のところ順調に事が進んでいる。
あまおうに変わり4年目、試行錯誤の連続だったが、今年度、やっと光がさして来たみたいだ。
今まで一番果と二番果の間隔が開きすぎるのが悩みの種だったが、今年は、三番果も顔を出し早いものは開花している。
JAと普及センターとの三者でこれまで苦労してきたが、ある程度あまおう栽培のめどが尽き一安心だ。これからの課題は、いかに草勢を維持していくかにかかるだろう。
昨日運転免許の更新に警察署に行って来た。やっとメガネ限定の運転免許から解放された。14歳でメガネをかけ、16歳で軽免許を取り、それからメガネが運転するときの必要条件となり、41年間免許証には眼鏡の文字が入っていたが、今回真っ白になった。
検眼表の一番うえの0.1がやっと見えるぐらいの視力だったが、老眼が進むにつれ近眼の症状が徐々に回復し5年前の免許更新の時は0.5位と云われ、今回はパスした。老眼が進んでいる証なのだが、まだ、新聞を読んだり、パソコンのモニターを見るのに老眼鏡はいらない。
それにしても、免許証のメガネ限定と云う束縛から解き放されたことは何より嬉しい。
今年は、正月から縁起がよい。
宝くじでも買ってみるか ア。
NO,156
大晦日 2006/12/31(日)
今年も後わずか。イチゴにどっぷりと浸かった一年であった。
我が家のイチゴ経営も本年は面積を拡大し目の回る忙しさとはこの事かと思い知らされた。43aになったが、この面積が何とも中途半端で、家族労働だけでは大変、年中雇用入れるのには少なすぎると、我が家のイチゴ経営の問題点も明らかになり、今後の経営の有り様を点検する必要がある。
歳も還暦まで片手で余る年齢になると一段と時の流れが速くなった。子供の頃は一日が長かったものだ。
この事を学問にした人がいたと、だいぶ前のテレビで放送してた。ジャネ−の法則と言うそうだ。
目から鱗とはこの事で面白い。
ジャネ−の法則
NO,155
七・五・三 2006/11/12(日)
先日、岡山の孫娘の七・五・三のお祝いに行って来た。
早いもので、もう三歳になった。お盆に一家で帰郷した以来で、3ヶ月ぶりだが、すっかりお姉さんらしくなっていた。
だが、第一次反抗期らしく言葉の端々に『やだ』『いやだ』が出てくる。自立心が芽生えた証だが、妙に可愛く感じられた。
我が子の三歳頃も当然反抗期があったが、「一丁前に反抗しやがってこの野郎」としか思わなかった。
それから三十年。孫はすべてに可愛く思われる。これは爺馬鹿、婆馬鹿そのものだろう。
NO,154
水稲収穫 2006/9/29(金)
我が家は昨日から明日まで三日間水稲の収穫。しかし、作柄は最悪である。
今日の日本農業新聞にも載っていたが、九州は著しい不良で佐賀県が一番ひどい。
日照不足と先日の台風13号の影響で不作である。収穫の秋を楽しみに仕事をしているのにがっかりである。
イチゴの定植も順調に進んでいるが、残り10aを10月初めに植えようと思っている。あまおうは一番果と二番果の間隔が開きやすく、1月後半から2月にかけて収穫の谷間がでるので、その隙間を埋めるため、遅めの定植である。
お米では気落ちしたが、イチゴは笑顔で収穫の日を迎えたい。
NO,153
ハウス建設 2006/7/21(金)
色々な農機具の中で丈夫で長持ちとのイメージがあるのが、モーターである。イチゴを始めた平成元年から育苗或いはハウスの潅水用と井戸水を汲み上げてきたモーターが壊れてしまった。18年間ほとんど毎日働いてきたが、とうとう回転が遅くなってきて役目が果たせなくなった。長い間ご苦労さんでした。
ところで今1260uのハウスの増設をしている。現在ハウスが二場所に分かれていて、その一場所にまだ土地の余裕があり、そこに増築を考えていたが、そこが来年度圃場整備が計画されているので、市役所からストップがかかり、泣く泣く別の場所に建設となった。ハウスが3カ所と云うことで作業性の上で不便このうえないが仕方ない。
さて最近数名の方から、イチゴを始めたいとのお尋ねが有るので、ハウス建設の初期投資がどのくらい必要か掲載しますので参考にしてください。
装備内容
31.8mm パイプハウス 7m×3×60m 1260u
高設栽培設備
暖房機
谷換気自動開閉設備
光合成促進設備
電照設備
潅水設備
他
で1140万円強です。この中でハウスの建設はメーカーに任せていますが、高設栽培の組立、潅水設備の工事は自分でしますので、それも業者に任せると、まだアップします。
ただ、これは県と市の補助事業を利用しますので、それがなく自己資金だけなら2割ぐらいは安くなると思います。
頑張って値切ればの話。(*^_^*)
補助事業となると寄って集ってとなるもんな。・・・・・・・(-_-)
◎
NO,152
痛飲 2006/7/8(土)
先日6日、20代前半に活動していた4HクラブのOB会を開いた。各地域の代表からなる県連の仲間で、2年ぶりのの楽しいひとときを過ごした。
今回18名の参加であったが、昔と変わらず、皆んな相変わらず酒は強かった。
色々話をしたが地域農業のリーダーとして、頑張っている姿をうかがい、私も負けて入られないとの思いを強くした、飲んだくれの一泊2日であった。 ◎
NO,151
ゴール間近
2006/5/4(木)
イチゴにどっぷりと浸かった3ヶ月をおくり、その間 おやじの独り言をサボってしまった。それなのにカウンターだけは回り続け、申し訳ない気持ちで一杯です。
イチゴも終盤に入り収穫もあと二週間程で終わろうと思っている。昨年の11月から7ヶ月間の長きにわたり、それぞれのイチゴ農家はよく頑張りました。
17年産は、炭酸ガス発生装置の導入でその効果に期待していたが、違わずその草勢には目を見張るものがあった。まだ最終的な比較計算はこれからだが、「あまおう」には必需品だと思われる。
今年、12aのハウスの増築をするが、当然このハウスにも導入しようと思っている。
5月に入ると18年産の苗作りに入るが、まだ収穫しているなかで次年度の苗作りと重なるのが、イチゴ作りの大変さなのです。
だが頑張るぞ!!。(^o^)
そう頑張ろう〜〜・・・・・。(*^_^*)
NO,150
久留米市食料・農業・農村基本計画 2006/2/6(月)
♪♪手をつなぎ ほほよせて
くり返す愛のくらし♪♪
昨夜、車のラジオから加藤登紀子の唄が聞こえ何となく心に残ったので、市役所での会議の帰りCDを買ってきた。
今日の会議は過去ログにも書いているが、久留米市の農業の10年後はどうあるべきか!を考える。久留米市食料・農業・農村政策審議会に出席してきた。
田主丸町の農業者を代表してとの事で、会議には欠席することなく毎回参加している。
前回で各項目の審議が終わり、今日はそれを基にした素案が出来上がったので検討した。
私はこれまで現場の農業者として努めて泥臭い意見を云ったつもりだ。評論家的な言動、或いは鳥瞰図的な発想は、今回私の中から排除した。
この後2月15日からパブリック・コメント(市民意見募集)を行い、あと数回会議を行い7月に市長に答申する。
しかし、毎回の会議で時間が足らず(意見の出過ぎで)進行に悪戦苦闘の九州大大学院の横川先生。お疲れさまです。(^_^) 久
留
米
市
農
政
部
NO,149
平成18年 2006/1/11(水)
平成18年も1月の中旬。時の流れは五十代になって一段と早くなったようだ。
イチゴの出荷も12月の寒波で若干遅れ気味だが、まあまあ順調です。今年はあまおうも三年目、勝負の年だが、部会員全員あまおうと切り替えて良かったと思える一年になったらと思っている。
ところで我が家には柴犬とは別にハウスの番犬として雌の雑種の犬がいる。この犬は平成16年6月に母犬と一緒に現れイチゴハウスの前で行き倒れ寸前のところを保護し餌を与えたが、母犬だけ姿を消し子供が置き去りにされた。可哀想にと思いそれから飼っているが、これが子供を産んでしまった。雄と接触しないように金網で囲っていたがそれをよじ登って外に飛び出した。
あぁアァ〜〜〜。
誰か子犬を貰って!!
もちろん無料(タダ)よ!!
モ
モ
コ
NO,148
介護 2005/12/20(火)
長い間、おやじの独り言をサボってしまった。
今まで酒の勢いで、あっちの方もこっちの方もこなしてきたが、年を感じさせられる歳の瀬です。
なんのこっちゃあ?(笑い)
イチゴの収穫も11月の10日から始まり順調に来ていたが、最近の冷え込みでガクンと量が減り、クリスマス前の需要期に頭が痛い。
12月に入り忘年会のシーズンで昔からの仲間との幾つかのお約束を喜々としてこなしているが、その中の話題もすっかり変わってしまった。
岡山にいる長男が少年柔道をしていた保護者会の集まりを20年たった今も継続しているが、最初の頃は子供の話題が主だったが、成長し自立した今は子供の話など一言もなく、今年はお互いに抱えた年老いた親の介護の話になった。
高齢化社会のなかで、私たちの年代は老人介護といかに上手くつき合うかが難しい。
しかし、それは又私たちが必ず行く道でもあるし、必ず介護される側にまわるのです。
若い頃は年をとることなど思いもしなかった。いつまでも若いつもりであった。
だが70歳,80歳になる自分を今の私は想像出来るようになった。何か複雑な思いです。
これからは(も)憎まれっ子世にはばかるで頑張るか。
長生きしなきゃぁソンする世の中だもんなぁ。
そんなことを考えた師走でした。
NO,147
視察 2005/10/13(木)
イチゴのマルチ張りで忙しい日々であるが、本日、集落営農法人の優良先進事例の視察に行って来た。
JAにじ管内の農業を考える幹事会(JAにじ,久留米普及センター、久留米市、浮羽市で構成)の行事であるが、私の住む竹野地区が圃場整備事業するにあたり集落営農法人の設立が採択条件であり、その設立の責任者と云うことで声がかかり喜んで参加させていただいた。
福岡県行橋市の営農法人天生田営農組合と大分県日田市の農事法人大肥郷(オオヒゴウ)ふるさと農業振興会の二つの営農組合の組合長さんに話を伺った。
集落営農というのは、集落内で高齢等担い手のいない土地を預かり、荒廃地が出ない様、集落の皆んなで土地を耕作し守っていく事であるが、我が竹野地区で60haものの委託希望が出ている。
今日うかがった二つの営農組合は経常利益を出しておられ、その経営は大変参考になった。二つの営農法人とも米、麦、大豆その他野菜と云う経営であるが、その中身を見てみると、麦、大豆に対する助成金、奨励金が大きなウエートを占めており、それなしには成り立たないと云う日本の農業の問題点も垣間見えた。
今日視察に行き、集落営農を成り立たせて行くには、経営に対する貪欲さが最も必要だと感じてきた。
営
農
法
人
NO,146
定植 2005/9/15(木)
今、イチゴの定植で忙しい。
10日から植え付けを始めたが、8月23日に冷蔵庫に入れていたのが今日出庫したので、高設に植えた。今のところ順調に定植が進んでいる。あとは今日の残りを明日植え、無処理苗を20日頃に植えればちょっとだけホッと出来る。
私が毎月楽しみに購読している農業専門雑誌に農文協の「現代農業」がある。
先日10月号が送付されてきたが、その中の記事に昔懐かしい名前を発見して驚いた。三十数年前四Hクラブの県の役員として一緒に頑張った福岡県嘉穂町の菊農家「豊田武」君が肥料の低コスト栽培で載っていた。彼とは昨年の10月にOB会で菊の話を聞かせていただいて頑張っているな〜と思っていたが、思いもしない「現代農業」で会えて嬉しかった。
昔の仲間が頑張っている姿を目の当たりにしてチョッと刺激を受けたオヤジであります。 HP
NO,145
台風14号 2005/9/7(水)
前ログで今年は台風が少ないと書いたが、その分スロースピードでまるでいたぶるかのように、九州各県に被害を出しながら通り過ぎた。
いちじは台風の進路図を見て直撃かと緊張したが、典型的な雨台風で吹き戻しもあまり強くなく、幸いにもイチゴ苗には被害はなかった。
しかし、まだ九州に接近する台風も後1〜2個有るかもしれないので、油断大敵備えだけは忘れずにしっかりやりたいと思う。
NO,144
株冷 2005/8/17(水)
暦の上では秋になったが、暑い日が続いている。しかし夏はこうでなくちゃ。去年と逆で太平洋高気圧が九州の上に居座り台風の進路を妨害していてくれる。
今日は早期早出し用のイチゴ苗をコンテナに詰め株冷の準備をした。明日(18日)、JAの大型冷蔵庫に入れる。23日間低温暗黒の中で辛いだろうが頑張っていただいてスムーズに花芽分化をしていただきたい。我が家の生活の安定もこれに懸かっている。
昨年は育苗期のタンソ病、定植準備期の天候不順でなかなか計画どうりの作業が出来ず、福岡のイチゴ農家は失意の中の一年であったが、今年はその一つ一つの課題を克服し、特にタンソ病は部会の中で目立った発生はない。
今年の私の新たな技術は炭酸ガス発生装置の導入である。「とよのか」は着色増進と言う観点からハウスの低温管理がなされ、その費用対効果と言う面から西南暖地では導入が遅れていた。
「あまおう」は着色に問題はなく、果重型品種と云う事で、ハウスも高温管理しなければならないので、今年導入に踏み切った。
30万円弱の出費は痛いが、結果それ以上の収量増になれば良いわけで、新しい技術の導入でイチゴに対する気持ちも新たにしたいと思っている。
NO,143
ルーペ 2005/7/29(金)
今朝8時半頃より久しぶりの雨、土耕ハウスが乾き切っていたので、土壌消毒の前の水分補給に丁度よいだろう。先日、エアーインジェクターで心土を破壊しているのですぐにほど良い乾き具合になると思う。
私が何時も肌身離さず、持ち歩いている物にルーペがある。病害虫を発見するのになくてはならない小道具である。減農薬は観察からという事で、若い頃は3.5倍の虫眼鏡で事済んでいたが、今は10倍のルーペを使っている。これだとハダニの卵までハッキリ見えるので重宝している。
実はルーペを持ち歩くのは自分自身で考えたのではなく、20歳の頃、その当時活動していた4Hクラブの普及センターの担当者から「これから農業で生きていこうと思うならルーペは必須だ。その事が農業者としての心構えにつながる。」と云われた事が発端です。本当に良い方とめぐり会ったと思っている。福岡県農業総合試験場の 場長を最後に退職されたが、その後も元気に頑張っていられることと思う。
この様に色々な方との出会いの中で教えを受け今の私の農民人生がある。
NO,142
反省会 2005/7/22(金)
一昨日、イチゴ部会の16年度出荷反省会が行われた。
あまおう二年目と言う事で、期待も大きかったが、失意の中での反省会となった。育苗期のタンソ病、定植準備期の天候不順で適期定植が出来ずに収量減につながった。
イチゴを作り始めて17年。一年として同じような年はなく、その年その年をいかに把握していくかが難しく、毎年一年生になつたつもりでイチゴ作りに取り組んできたが、どこかに甘さがあった。
同じイチゴとはいえ、『とよのか』とは性格を全く異にする『あまおう』、一年生になったつもりではなく、今までの経験をすべてチャラにして一年生としてやり直す心構えが大切だと思う。
17年度、あまおう3年目、今年が福岡イチゴの勝負の年であると思う。生産の難しさにあまおうに見切りをつける生産者も出る中、普及センタ−、JA、生産者が一丸となり、イチゴとしての品質は高ランクを即けられている『あまおう』を名実ともに日本一のイチゴに育て上げたい。
反省会
NO,141
談合 2005/7/11(月)
今の時期、雨が降るのは当たり前なのだが、どうも様子が違う。梅雨に入ればジメジメシトシトと云うイメージがあるが、梅雨になっても最初は雨も降らずに、熱帯の乾季の様な様相を示し、7月に入ったとたん雨季の様な有様です。専門家は否定するが温暖化の影響のような気もする。
最近、新聞テレビをにぎ沸かしているのが、公共工事の談合問題です。日本社会は談合社会と云う指摘もあるが私もそう思う。
三年前に県の50lの補助事業で建設した700uのハウスで経験した。
三社以上の競争入札という事で一番安いところに、決った訳であるが、だがハウス資材を競争相手に迂回した入札をしていた。これって談合ですよね。迂回した分高いものに当たった訳です。メーカーの担当者に詰問したが、黙って語らず、下を向いていた。
なぜ解ったかは、ここでは書きません。来年、また1200u程ハウスの増築を考えていますから、そ云う事がない様に、こちら側も考えていかなければなりません。しかし、なかなか難しい問題です。
当然のことですが、前回入札したメーカーは今回の入札からは外れていただきます。
補助事業ですから、国民の皆様の税金を使っていますので、一円でも安く工事を終え、その恩恵を受けた私たちは頑張って仕事をし、今まで以上に税金を払うと云う形で社会にご恩返しをしていきたいと思っています。
NO,140
腰手ぬぐい 2005/6/8(水)
♪♪きれいでしょ
ヒラヒラと
いい女でしょ♪♪
BY アンルイス
今日午後から晴天の中、私の地区の営農推進委員会を開いた。四役(関係農家代表、JA,行政、普及センター)の皆さんに出席していただいて前ログのアンケート結果について論議していただいた。
内容は白熱した議論の中で二歩前進一歩後退。結果は一歩前進と云うことで、確実に歩みを進めています。
今回は5月に行った集落説明会の開催で各委員の皆さんに大変お骨折りをいただいたので、慰労をかねて、会議の後懇親会をした。
もちろん宴たけなわとなればカラオケ大会だが、普及センターの技師さんが腰手ぬぐいでアンルイスときた。これが上手かった。最近はスマートな普及センターの職員さんが多い中、腰手ぬぐいの似合う人とはなかなか巡り会わないが、決まっていた。
普及センターの存続の云々の論議がどこかであっているとの話も聞こえてくるが、腰手ぬぐいが似合う人が増えればそんな話は立ち消えになると思うがどうだろう。
こうきっつあん。お疲れでした。(*^_^*)
NO,139
アンケート 2005/6/02(木)
昨夜からポッリポッリと降り始めた雨が今朝は本降りになっている。荒降りもせず、ここ最近、雨が少なく土が乾ききっていたので恵みの雨です。
営農推進協議会で基盤整備後の水稲栽培をどうするか?のアンケート調査を行ったら130haの圃場整備の受益面積の内80ha弱を新しく出来る営農組合に預けたいとの結果がでた。
ある程度の予想はしていたが、これほどとは。これが私の地区の水田農業の実体なのだろう。もし圃場整備もせず営農組合も出来なかったら全部とは言わないが、相当数の面積が10年20年後には耕作放棄地となり荒れ果てて行く事と懸念される。
この調査結果を得て水田農業の維持だけではなく、緑あふれる美しい私たちの郷土の環境保全、と云う観点からも私たちに課せられた、その責任の重さを痛感している。
NO,138
久留米市食料・農業・農村政策審議会
2005/5/22(日)
イチゴの出荷も19日で終わり今は17年産の苗作りに追われている。昨年は18日までだったので一日だけ長く頑張った。16年産は単価的には良かったが量的には今ひとつで反省点は多かった。
先日、合併後の久留米市役所の本庁と総合支所(旧田主丸町役場)のお二人の農林関係の課長さんが訪問され、久留米市食料・農業・農村政策審議会の委員に田主丸町の農業者を代表して就任してほしいとの要請があった。浅学非才の一農民でしかない自分には少々荷が重いと思ったが、農民人生35年が何かの役に立てばと快諾した。
これは久留米市の食料、農業、農村のあるべき姿を10年を目標として実現しようと云うものだ。
合併三年前の旧久留米市で農業団体が請願し議会で採択され条例化されたもので、大阪以西の市町村では初めてのことと聞いている。
初会議は明後日24日であるが、これからその時その時に公に出来る事柄は、おやじの独り言に書いていきたいと思っている。そして指導助言を掲示板にでも書いていただけたらと思う。
NO,137
集落営農 2005/5/11(水)
イチゴもまだ忙しい日々を送っている。
過去ログにも書いているが、圃場整備後の集落営農の責任者を仰せつかっている。今、毎晩各集落への説明会で忙しい。基盤整備事業はもちろん初めての経験で、ましてはそれに付帯する採択条件の理解はなかなか難しい。生産法人、特定農業団体、等々その言葉の理解から出発した。
近くの書店にも適当な説明書は当然無く、インターネットで調べるわけであるが、関連したサイトは数百あり、かなり参考になり勉強させて貰った。
その中で意外に思ったのが、いままであまり興味も無かった、国会の委員会での質疑応答が一番参考になった事だ。農林水産委員会での農業経営基盤強化促進法(これが今からの農政の主軸)の審議がそのまま話し言葉で書いてあり良く理解できた。
情報収集と云う面でインターネットはなくてはならないものと再確認した今日この頃である。
農林水産委員会
NO,136
福岡沖地震 2005/3/21(月)
グラ〜と来てその次グラグラと来た。一瞬何が起きたかと思った。目眩か?、それとも昨夜の酒が残っていたのか?。地震と認識するまでにタイムラグがあった。
昨日のM6の地震、11時ちょっと前、イチゴの収穫もその日のノルマが終わり、株の手入れをしていた時に、大地が唸りをあげて揺れた。ハウスが激しくきしみ,音を立てて左右に大きく揺れた。慌ててイチゴのベットに手を付いた。
今日まで福岡地方は地震とは縁がないと甘く考えていた。地震に対する備えは何もなかった。
幸いにも家族の負傷も施設の被害もなく安堵したが、地震列島日本に住んでいると云うことを思い知らされた一日だった。
NO,135
俺の話を聞けェ〜〜。 2005/3/03(木)
平成17年も早いもので、今日は桃の節句。時間の流れは年齢と共に早くなっているようです。今年の苺作は昨年の山あり谷ありの様な極端な出荷量の変動はなく、今のところ山谷の少ないダラダラ出荷が続いている。これは苺農家にとっては良いことです。(^-^)
♪♪俺のォ俺のォ俺の話を聞けェ〜〜。
2分だけでもいィい〜〜♪♪
息子が面白い歌があるよとCDを持ってきた。中年(と云っても私よりだいぶ若いが。)のバンドでタイガ アンド ドラゴンと云う曲名だ。歌唱力がピカイチで何か引きつけるものがある。
NO,134
気合いだ〜。 2005/2/19(土)
今日も、また酒飲みでした。
小中学校を同じ時間をすごした仲間、11名と旧交を暖め、美味しい酒を飲んで来ました。この仲間は昔の消防団のOBで、世間のしがらみも、横に置いて、思い切り色々話をしてきました。
しかし、皆、酒が弱くなったな〜。((-_-)
五十の半ばを過ぎた、オヤジたち元気を出そうぜ。
気合いだ〜〜。(^o^)
今宵は、酒こそ我が命のオヤジの願ってもない、一時でした。(*^_^*)
NO,133
333 2005/2/8(火)
nakanoです。
今〜、イチゴのパック詰めで忙しい毎日を送っているとです。
あまおうは多数の規格が有るとです。320g、330g、450gと。またそれぞれに階級があるとです。それはそれは大変なんです。
しかし、楽しみも有るとです。330gのパック詰めをしながらニタァ〜と微笑む事があるとです。
それは、デジタルの計量器が333を指したとき、心の中で思わず大当たり〜と叫んでしまうとです。
こんなホンの小さな楽しみを作ってしまう、55のオヤジって何なのでしょう。(?_?)
nakanoです。
何だ、この文章は。(-_-;)
パクッたな?(>_<)
そうとも、パクッたよ!!。
(*^_^*)
NO,132
未熟 2005/2/6(日)
私のイチゴ作りも平成元年からで17年目を迎えた。とよのかからあまおうに品種が変わり二年目であるが、なかなか上手く行かないことだらけだ。
昨年度は初期成育が良すぎて一番果と二番果の間隔が開きすぎ、減収につながった。今年度は定植時期の悪天候等で一株あたりの玉数が少ない。あまおうは技術的には、これから解決していかなければならない課題が多い。イチゴを10年以上も作っていながら、自分の未熟さをあらためて感じている。
今日、カメラ雑誌を読んだが、その文中に「未熟さは恥ではない。学ぼうとする姿勢が見えないことが恥である」と書いていた。
日々努力、これあるのみか。(*^_^*)
NO,131
平成の大合併 2005/02/04(金)
22時、イチゴの仲間4夫婦で飲んで、今帰り着いた。この仲間とは、何かと理由をつけて飲んでいる。楽しい酒である。
ところで、明日から私の住所への宛てが変わる。市町村合併で浮羽郡から久留米市となる。色々論議があるが、この組み合わせ自体異論はない。ただ今まで慣れ親しんできた呼び名が変わるのが、惜別の情と云うか、寂しいな〜と云う思いが強い。
この合併で農業の生産高は宮崎の都城市についで九州で二番目になるらしい。それが何ね?と云う思いもあるが、それが起爆剤となり農業人が元気になれば合併も良かったとなるかもしれない。是非そうなって欲しい。
NO,130
謹賀新年 2005/01/01(土)
新しい年が明けました。本年も宜しくお願いいたします。
昨年の漢字一文字は災いだったが、今年は皆さん全ての方々が幸の漢字が実感できる一年であって欲しいと思っております。
イチゴは果実の中でも繁栄と平和の象徴と云われています。いつまでもイチゴにとっても良い年であることを願いつつ、今年も、気合いで頑張るぞ〜。(^o^)
NO,129
基盤整備 2004/11/18(木)
私の地域もようやく圃場整備が、各農家から仮同意をもらい、二十数年来の懸案がやっと実現しようとしている。130ha程度の面積だが、後継者不足、農家の高齢化の中で圃場整備の負担金に耐えられないと云うことで、どうしても出来なかった。
普通、土地基盤整備の減歩率は5〜6%だが、それを10%にして農家の負担を無くし、ようやくスタート点にたどり着けた。土地基盤整備の名称は今まで色々あったが今回は「経営体育成基盤整備事業」と言う事で「担い手」に土地の集約を進めようと云う県営の事業である。しかし、まだまだ換地の了承をもらい本同意にこぎづけるまでは予断は許されない。
ただ、基盤整備が完了すれば、それで終わりと言う事でなくて、その後の営農をどうするかが本題で、それがもっとも重要なことである。
各地で耕作放棄地が問題化しているが、最低でも放棄地が出ないようにするのが、地域営農の課題である。
基盤整備の採択条件として営農組合の設立が義務付けられているが、その責任者にと云う事を仰せつかった。24時間イチゴにベッタリと云う日々を過ごしているので、強くお断りしたのであるが、どうしてもと云うことで。
私が今日あるのも地域の皆さんのお陰だし、そのご恩返しと云う事で、これから嫁さん息子たちに迷惑をかけるが、地域農業の今後を農家の仲間たちと一緒に考えていきたいと思っている。
◎
NO,128
フードデザイナー 2004/11/01(月)
先日、あまおうの取材を受けた。わざわざ、東京からお見えになった。
あまおうのページを見られて、取材の依頼がメールであり、それも若い女性と云うことで断る理由がなかった。(^_^)v
食のイベント等をされていてフードデザイナーという肩書きは初めて聞いたが、こちらが色々教えてもらうことが多かった。
まだ、知らないことだらけだが若い女性二人と話が弾みちょこっと若返ったかもしれない。(*^_^*) 写真
NO,127
ビニール張り 2004/10/25(月)
今日の午前、イチゴハウスにビニールを張った。予定より三日遅れたが、無事終わり、ちょっとだけホッとしている。イチゴの作業は色々あるが、ビニール張りだけは、応援を頼まなければ、家族だけでは上手くいかない。イチゴを始めた平成元年から、部会の仲間のTさんと共同で作業をしている。
今日は風もなく、絶好のビニール張り日和だった。これから収穫に向かっての仕上げの時期に入るので、気を引き締め、抜かることなくイチゴと向かい合っていかなければならない。(*^_^*)
NO,126
台風 2004/10/21(木)
今年の台風の襲来は、いったい、どうなってるのと云いたい。昨日の23号は各地に多大な被害をもたらした。私の地域は直撃を免れ被害は少なかったが、79年の台風20号以来、最悪の人的被害で、自然を前に無力感を感じるばかりです。
私のイチゴも明日ハウスにビニールを張る予定でしたが、台風で準備が遅れ、来週に延期です。しかし、又24号がウロウロしているのが気がかりですが、この後停滞して衰弱するという予報を信じましょう。
気分転換にPCにコピーしている高橋真梨子を聴いている。私と同年輩で大人の歌を唄う私の好きな歌い手である。
♪♪悪ふざけで 他の人 身を任せた夜に
一晩中 待ち続けた 貴方の姿 目に浮かぶ♪♪
いくら、『ごめんね・・・』と云われても、こんな歌詞では気分転換どころかストレスがたまるよ。(-_-)
NO,125
反省 2004/9/27(月)
『反省だけなら猿でもできる。』数年前の流行語だが、早くも今年のイチゴ作りで、反省の言葉が必要になった。
イチゴ農家にとって、定植はイチゴの一年を占う最重要な作業だ。今まで、定植時期は秋雨前線と重なるので8月いっぱいで定植の準備は終えていた。が、「とよのか」から「あまおう」に品種が変わり、早くからの定植準備は肥料の分解が進みすぎ、甘王は二番花の展開が遅れるので、今年から9月に入って準備を始めた。
しかし、今年は今までにない天候不順で、8月末の台風16号、9月7日の18号と余計なものまで来襲し、計画通り進まなかった。
イチゴで生計を立てているプロ農家としては失格である。たとえ、どんな天候でも、それをクリアーしていくのが、プロの農家である。35年以上の百姓人生だが、まだまだである。
反省また反省。(-_-)
NO,124
初盆 2004/8/8(日)
昨年10月、不慮の事故で亡くなった、友人の初盆のお参りに、昨日、行って来た。
この友人は若い頃、活動していた4Hクラブで知り合い、彼が県連の会長、私が副会長として、いつも行動を共にしていた。
その後は機会有る事に会い、酒を酌み交わしていた。最後に会ったのは、昨年の5月、当時の県の担当者の退職祝いで、昔の仲間20数名で宴を持ったのが最後になった。
彼は黒木町の町会議員をしており二期目に当選したばかりで、熱く町村合併の話をしてくれたのを思い出す。
水稲の収穫でコンバインを移動中、転倒事故で亡くなったとの知らせを聞いたときは、信じられず、聞き直したほどだった。
すぐに、お悔やみに行き線香をあげたが、県連の役員仲間で一緒になった、奥さんが気丈に接してくれたのにも関わらず、不覚にも涙が出た。
昨日、久しぶりにお会いし、悲しみは尽きないと思うが、少しづつでも、その悲しみを乗り越えていられるのがうかがえて良かった。
帰る間際に、奥さんが「私は、彼と一緒になれて、幸せだった。」と云われた。太く短く生きた彼の人生だったが、充実した一生だったと思う。
NO,123
農産物泥棒 2004/7/30(金)
台風10号が、四国九州をうかがっている。夏台風特有の複雑な動きを見せて今後の進路が心配です。
ここ近年、各地で農産物の泥棒被害があいついでいるが、とうとう私の姉が被害にあってしまった。葡萄の巨峰を栽培しているが、28日の早朝にやられたらしい。次回収穫する袋にマークを付けていた巨峰60Kgがやられたそうだ。金額的には6万円程度だが、ここまで持ってくるのに、どれだけ苦労をして手入れをしてきたか。少しは泥棒君には解って欲しいものだ。
姉は30代前半でつれ合いを病で亡くし、それから二人の子供を巨峰栽培で育て上げ、それぞれ結婚し独立させている。それは大変だったと思う。上の子が小学一年で下が保育園だった。
しかし、ほっとする間もなく今度は姑が老人性痴呆になり自宅介護をしながらの、農作業の毎日で気の休まる日がないほどだと思う。だが葡萄栽培の毎日毎日の仕事を生きがいとし、収穫の日を楽しみにしていた。それが、とっぜんの盗難。本当にがっかりしている。二重三重に罪が重い。農作物は農民の人生そのものなのだ。
農作物の泥棒は本当に止めて欲しい。農民の人生を盗られるのと同じなのです。
NO,122
引責昇格 2004/7/28(水)
長いこと、人間をやっているが、今回は驚いた。先の参議院選挙は国民の権利として、一票を投じてきたが、政治家(屋)の言葉のいい加減さに呆れてしまう。
選挙で負けたら幹事長を辞めますと公約していたが、その上の会長職に収まってしまった。
普通、責任を取ると云うと、今の地位から下に下がるのが当たり前だと思うが、その常識が通用しない。
私の持っている辞書には引責辞任の言葉はあるが、引責昇格の文字はない。国の指導者層がこんなていたらくでは国が乱れていくのは仕方のないことかもしれない。
これも、人生色々なのか。結果責任の説明もない。ホントいいかげんにしろよな。
一升、千円の焼酎を飲みながらぼやいているおやじでした。(-_-;)
NO,121
反省会 2004/7/16(金)
九州北部が去年より20日早く梅雨が明けた。去年はだらだらと雨が降り続いたが、今年は晴天と雨がはっきり区別され、梅雨のイメージとかけ離れた、メリハリのあった空模様であった。
一昨日、イチゴ部会の15年度の反省会があった。あまおう元年度として、期待が大きかったが、なかなか思うどうりにはいかず、部会としても大幅な減収であった。過去ログにも書いているが、あまおうの特性にあった技術の習得が今一番の課題である。
NO,120
五十回忌 2004/6/25(金)
昨日、私の祖父の五十回忌の法事をした。
祖父は私が五歳の時七十四歳で亡くなり、それから半世紀も経ってしまった。祖父との思い出はあまり無いが、老衰で床に伏せて、息を引き取るのを、不思議そうに眺めている自分と、死後硬直が始まり人の死の恐ろしさを感じたことを、今でも鮮明に覚えている。
祖父は農家の次男坊として生まれ、当時旧民法下では家督は長男にあり、祖父は結婚をし一家を養っていくために、明治の末から大正にかけて、延べ十数年間に渡り米国に出稼ぎに行った。労働ビザが取れずに最初はメキシコから入ったそうだ。
(これは・・・・・・?まあ良いでしょう。百年も前のことですから。)
今と違い当時の日本は三流、四流扱いで労働条件は劣悪だったと思う。そんな中で衣食を節約して日本の家族に送金したと聞いている。
米国での生活は大変だったろうと思うが、それはそれ、また面白い事も有ったに違いない。
それにひき替え留守を守った祖母は舅姑、兄夫婦の中で気苦労が多かったろうと思う。
祖父が死んだ後、遠くを見るような眼で、まだ幼かった私に祖父の米国での生活の様子を、まるで自分が経験した様な語り口で話してくれた事を昨日のことのように思い出す。
NO,119
あまおう 2004/5/28(金)
半年間続いたあまおうの収穫も終わり、今は16年度の苗作りに励んでいる。とよのかからあまおうに品種も切り替わり大いに期待した、あまおう元年だったが、なかなか厳しい半年間であった。
イチゴに限らず、農作物で完全無欠の品種などないが、期待が大きかった分、生産現場では落胆の色が強い。特に、早期作型の一番果と二番果の間が空きすぎて、二月の収穫量が少なく、その分、三月後半から四月にかけて、二番果三番果が集中して、収穫に四苦八苦した。
12月中旬から収穫の普通作型は、順調に推移したのが救いだったが、今後の課題として早期作型の安定生産への技術確立が次年度に向けての大きなテーマであろうと思う。(-_-;)
NO,118
春一番 2004/2/14(土)
今日は、風が強かった。と云うより荒れ模様だった。ハウス農家はなにより風が怖い。我が家のハウスには換気扇が付いているが、これは強風用。
ハウスを締め切り中の空気を強制的に排出し、ハウス内の空気が薄くなるとビニールがパイプに張り付き、風によるビニールのバタツキが抑えられ、破れにくくなる。しかし、台風のような暴風には意味はない。かえって中の空気が薄いと上から押さえられハウスがペシャンコになる。
換気扇も今日は久しぶりの出番で嬉々(?)として回っていた。
NO,117
ご無沙汰 2004/2/11(水)
最近、おやじの独り言がお留守になっていました。色々思っていることは、多々あるのだけど最近酒の量が増えてきたみたいで、その日の帳簿をPCに打ち込むと、はいそれま〜でよ、状態です。
最近、PCの状態が思わしくなくなって、(二年前にもHDDが壊れた)大枚の出費は痛かったけど、最悪の状態になる前に、新たに買い揃えた。三年前のPCの倍の性能があるが、価格的には安くなっていた。
今回、新たにPCを買って感じたのが、マニアル本が少なくなっている事。私が一番最初に手にしたのがNECのPC9801FSと云う機種でしたが、マニアル本が7〜8冊あったような思いがある。それも分厚い本で、とても、全てを読む気にはならなかった。今度の機種もNECだが二冊になっていた。薄っぺらなやつでした。
性能も凄い勢いで進歩しているが、ソフト面も簡素化という面で充実してきている。
それにひきかえ、他産業に比べて私のイチゴ経営はと思うと???・・・・。(-_-)
NO,116
ボケ防止 2004/1/17(土)
コンピュター関係には早くから興味があり最初のPCを購入してから12年、我流でやってきた。HPを開いて早いもので二年半になる。
昔、二十代の頃、有吉佐和子の『恍惚の人』を読んでから、ボケ(老人性痴呆)の悲しさ、恐ろしさ、そして誰でも明日は我が身と云う現実を感じていた。
ボケ防止はまだ元気なうちから頭の体操をと、何かの本で読んでから、それではと好きなPCで脳のリハビリを兼ねて始めたのが、このHPである。こんな事を云うと笑われるが、私は本気なのである。
HPを開設した当初は日に数人の方が見えられていたが、ヤーフーに登録されてから徐々に増えだし最近では30〜40名の方が訪れてくれる。有り難い事です。
色々な立場の方が見てくれているが、先日マスコミ関係のラジオ局(岡山県の山陽放送)から、あまおうの話を番組でして欲しいとの依頼がメールで来て、恥ずかしながら本日、電話で出演した。相手の顔が見えないところで、話をすると言う事が、私にとって一番の苦手であるが、緊張した12〜3分であった。
今日は日頃使わない頭の部分まで使ったはずなので、頭の体操には充分なったはずである。(*^_^*)
NO,115
迎春 2004/1/3(土)
新しい年が明けました。本年はイチゴと皆様にとって良い年であります様に。
イチゴ農家は、毎年の事であるが、正月気分も一月一日だけ、二日から収穫が始まりました。イチゴは人間の都合には合わしてはくれません。その日の気温と共にどんどん熟れていきます。まさしく、生き物を飼っているのと同じでその日その日が勝負です。
今年も、気合いを入れて頑張るぞ!!!!。 (^○^)
NO,114
御褒美 2003/12/28(日)
デジカメを買い換えた。
私の中学生時代は、理科好きのラジオ少年だった。鉱石、ゲルマニュームラジオに始まり、真空管の淡い輝きに魅せられた少年時代を送った。
高校生になってからは、父親からカメラを買ってもらい、写真部に入って写真を撮りまくった。モデル撮影会にも幾度となく参加した。写真の腕は上がらなかったけど、暗室作業が好きだった。現像液を自分で調合し自分で撮った写真が少しずつ現像液の中で、浮かび上がってくるのがたまらなく好きだった。
当時、読んでいたカメラ雑誌にドイツのライカカメラが載っていたが、その値段には驚愕したと記憶にある。それは、まったく別世界で手の届かない物であった。
今では歳も五十を過ぎ頑張れば買える様になったけど、すっかり物を手に入れる優先順位が下がっていた。
先日、電気の量販店に行った。デジカメコーナーを見ていたら、ライカレンズと云う説明文が目に留まった。大手電機メーカーのカメラでレンズがライカという。少年時代の思いが蘇り、どうしても欲しくなった。
800万画素の時代に400万画素(これ以上が無い)だが、値段も7万円弱という事でとうとう買ってしまった。
最近は、父の日のプレゼント以外他人様から贈り物を貰う事もなく、ここは一年間頑張ってきた自分自身へのささやかな御褒美として。
\(^O^)/
FZ10
NO,113
祭り(Xマス) 2003/12/23(火)
各地で色々な、イベントがあっているが、私はあまり興味を示す方ではない。
ただ、クリスマスだけは特別です。イチゴを作り始めてから、この時期のイチゴの市況で、その年のイチゴの明暗が分かれる様な気がしている。
今日でクリスマス需要も一段落したが、まぁまぁの値段でこの一週間推移し、出荷場での部会員の表情も明るかった。
今年から、あまおうに全面的に切り替えたが、ケーキに載せる小粒の業務用には大果系のあまおうは品種的にどうかなと思っていたが、それなりに、量も捌き一安心した。
NO,112
美味しいイチゴ 2003/12/17(水)
イチゴは気温に左右される作物であるが、去年と今年は全く逆の気象で、昨年は観測史上11月は最低の気温、今年は最高ということで、いったいどうなったのと云いたいぐらいです。
イチゴは花が咲いてからだいたい毎日の平均気温の積算が500℃前後で着色するが、500℃になるまでの日数が長いほど糖が乗って美味しい。40日以上たてば美味いイチゴが出来るが、今年は10月後半からの高温で味がそれほど乗らないままの、前進集荷でした。
11月はあまおうの特色が出せないまま推移したが、12月になって気温が下がりようやく美味いあまおうに仕上がりました。
やはり、自然にはどうしても勝てないものです。(-_-)
NO,111
視察 2003/12/02(火)
千葉県より我が家のイチゴハウスに見学に見えられた。JAかとりのイチゴ部会の皆さん方で、HPを見て興味を持っていただき、ぜひ会ってお話をしたいと言うことで、見学を引き受けさせていただいた。前もって福岡の平均的なイチゴ農家ですよとの、お断りはいつもの様にしていた。
諸般の事情で県或いはJAを通じての甘王の視察はいまのところ出来ないが、私は先方の情報も仕入れたいと考えているので出来る限りお会いする様にしている。
香取普及センターの平野さん、JAかとりの八代さん引率お疲れでした。また、JAかとりのイチゴ部会の皆さん、これからも色々情報交換をしたいものです。(^-^)
NO,110
爺馬鹿宣言 2003/11/16(日)
孫は理屈抜きで可愛いと云うが、体感してきた。一昨日から一泊でただ孫に会うだけの目的で、岡山に行って来た。
我が子が生まれた時は、確かに嬉しかったが、その喜びより、これから育てていかなければ、と云う責任が重く肩にのしかかったと、覚えている。育てるのは、親の責任。
だが、孫はそんな事は全然関係ない。無条件で生まれて嬉しい。爺様、婆様は気楽なものである。
周りの先輩爺様たちから、孫は本当に可愛いと聞かされていたが、実感した。小さくてまだ壊れそうな赤ちゃんを抱いてきたが、爺馬鹿になるのは間違いなさそうである。(*^_^*) 爺馬鹿の極み。
巨大ファイルよろしければ。
NO,109
孫 2003/11/13(木)
酒こそ我が命のおやじは、酒席もそこそこあるが、最近、携帯電話を宴会中に覗き込んでニヤニヤしている友人が、一人や二人ではない。何か怪しげなサイトを見ているのかと、横目でちらちら見ると、これ見よがしに待ち受け画面を見せる。そう、そこには孫の写真を貼り付けて、うちのが一番可愛いという顔で同意を求める目をしている。
心優しいおやじとしては、期待どうりに、『うあ、あいらしかね、ほんと可愛かばい。』と必ず云う様にしている。そして胸中は、この爺馬鹿がと叫んでいる。(^-^)
ところで、我が家にも初孫が誕生した。岡山にいる長男夫婦に待望の女の赤ちゃんが産まれた。近日中に会いに行くが、メールで送ってきた写真を見ると、これまた滅茶苦茶可愛い。日本一、世界一と言う冠が無意味と思うほど。
これって、やっぱり爺馬鹿かな。\(^O^)/
NO,108
初収穫 2003/11/11(火)
本日、ようやく待望の甘王の初収穫をした。まだ量は僅かだが、新品種で栽培も試行錯誤を繰り返してきたなかでの、初物。感激もひとしおである。
福岡イチゴの再生をかけて、本年度本格登場した甘王であるが、市場の期待も大きく、これから我々生産者も気合いを入れ直し、又初心に返って消費者に安心安全をお届けし、買ってよかった。食べて美味しかった。と、評価していただけるように頑張りたい。
今夜は甘王に焼酎で乾杯です。(*^_^*)
NO,107
視察 2003/10/28(火)
今日、大分県津久見市のイチゴ栽培農家グループ11名の来訪があった。
この、HPを見て興味を持っていただき、来てみたいとの連絡があり快諾していた。ただ、特別な事をしている訳でもなく、福岡の平均的なイチゴ農家ですよとの、お断りは勿論していた。
このHPが縁で今まで色々な人との出会いがあったが、私自身大変勉強になることが多かった。
今日も私と同年輩の人から息子達とあまり変わらない年代の人まで幅広かった。話をしていると、先方の情報も得られ参考になった。
様々な交流の中でイチゴ作りへの熱意を感じ取り、それをまた自分のものにしていくのも、楽しみの一つである。
NO,106
ビニール張り 2003/10/17(金)
イチゴ作りは、各ステージで適期にいかに作業出来るかで、ある程度収量がきまるが、その適期の見極めが難しい。
今日、ハウスにビニール張りをした。他の作業は家族だけで出来るが、ビニール張りだけは、人手がいる。毎年部会の先輩のTさんと共同で行っている。
昨年は、10月後半からの冷え込みで生育が遅れた苦い思いもあり、ここ数日最低気温が10℃前後を記録しているので、平年より3日程早くした。
昨日は、酒もビニール張りに備えて、少しだけ控えた。今日はその分まで、一人宴会だ。 (^ニ^)
NO,105
ナンバー再交付 2003/10/9(木)
今は、イチゴのマルチ張りで忙しい。
花も順調に上がってきているので、楽しみだ。
今日、息子の車をイチゴハウスで何気なく見たら、何かおかしい何か変。有るべきものがない。そう、前部のナンバープレートが無くなっていた。しっかりとビスで固定されているので、落下する訳はなく、盗難にあったのだろう。
それにしても、前の一枚だけ。悪用しようと思えば、前後二枚盗るはず。息子が警察に被害届を出しに行ったが、係の方も首を捻っていたとのこと。だが悪戯ではすまされない。完全な窃盗罪だ。
このまま、乗る訳にも行かないので、陸運局に午後再交付の手続きに行った。
長いこと車に乗っているが、色々な手続きは車のセールスにまかせて、何も知らないので、勉強のつもりで、息子は迷惑そうであったが、一緒について行った。
ナンバーの再交付に提出する手続き書類は簡単に作成できたが、五つの係を複雑に歩き回った。
係の方も親切に応対してくれて、気持ちの良い久留米陸運局でした。
その中で、息子が係の女性の方と何かボソボソと話していた。後で聞いてみると、あなたのお父さんを高校のPTAで見て知っているとの事。
もう10年も前にお世話したPTA活動だったが、当時の関係の方とお会いするとは考えてもいなかった。しかし、失礼であったが私は記憶を無くしていた。会釈をしてその場を離れたが、世間は広い様で狭いとまた思った一日でした。
NO,104
米政策改革大綱 2003/10/2(木)
3週間ほど、おやじの独り言をさぼってしまった。少々スランプ状態だったかな。?
今日の夜、普及センターで「米政策改革大綱」をテーマに普通作担当の松尾係長を講師に勉強会を行った。
農村女性アドバイザー、青年農業士、指導農業士、の参加で今後大きく変わる米政策について、かみ砕いての説明にかなり勉強になった。
これからは地域で水田農業のビジョンを作り自らの発想でやりなさいと云うことらしく、聞こえは良いが、農業の現場も知らない、流通の実体も体験したことのない、霞ヶ関のお役人が書いた大綱でまたまた農業現場は混乱する。
正直なところ今回の改革(改悪?)は国の責任逃れの印象を持ちます。食料自給率40%以下と云う先進国中最低の現状の中で、主食の米は国が責任を持つべきだ。食料の安全保障という観点からも国が全責任を持つべきだ。と思う。
しかし、国が大綱を出した以上、米の生産流通は新政策に乗っとり行われる訳だから、これからのJA組織は、かなり厳しい局面を迎えることになるかもしれない。心して取り組まなければなるまい。
勉強会
NO,103
世界柔道 2003/9/14(日)
ここ四日間、大阪で行われている世界柔道のテレビ放送に焼酎を片手に熱中している。今回は、日本選手の活躍の数々に酒も美味い。
特に初日の100k級の井上康生選手のオール一本勝ちの優勝、凄かった。井上選手の試合は彼が学生の時、一度だけ見たことがある。息子が日本武道館であった大学選手権に出た時、応援に行ったが、井上選手の強さがずば抜けていた。高校生の時から全日本に出るほどの逸材で、日本柔道の申し子そのものだ。
今日は、柔ちゃん田村亮子選手も世界大会6連覇の偉業も達成した。凄いことです。
柔道の階級で無差別級があるが、私は他の階級で負けても無差別だけは、勝って欲しいと応援している。
今日は、鈴木選手が見事決勝を一本勝ちし、拍手喝采興奮した。
ただ、放送局に文句がある。今日は、二つの金メダル。当然田村選手の6連覇に重きを置くのも解るが、なぜ世界の大男と戦った鈴木選手のメダル授与式を放映しない。
フジテレビと云うところは何かバランス感覚がもう一つと、思えてならない。プロ野球の王監督の件も含めて、その他諸々。(-_-;)
NO,102
山林 2003/9/8(月)
我が家にも、わずかだが山林がある。私の祖父徳藏が分家して、明治から大正にかけて、米国に出稼ぎに行ったのは、過去ログに書いているが、働いて貯めた金で山林も買っていた。
当時、大正時代は、農民が山を持つのは、一つのステータスだったらしい。
時代の流れの中で、今は山など見向きもしなくなったが、昨日、久しぶりに、山に爺様、家内、息子と三代で登った。二十代の頃父親から隣地との境界線を教えられていたが、それから三十年間山林の周囲を回ったことが無く、私の記憶の中で境界線があやふやになっていたので、高齢(八十)の親父を誘って確認をしてきた。
久しぶりに、山歩きをしたが、爺様が水を得た魚の様に山の斜面を登って行ったのには驚いた。若い頃から、身が軽く檜の枝打ちの時、次の檜の木に移っていくときなど、木を揺さぶり隣の木に飛び移っていた。幼い頃それを目にし父ちゃんは凄いな〜と思ったものです。
親、子、孫と三代で初めて山に登り色々話が出来たのは、何よりの事でした。
NO,101
訃報 2003/9/2(火)
暦の上では秋だが、まだまだ残暑が厳しい毎日。暑い暑いと云いながら毎日を過ごしている。
歳も五十を過ぎれば、色々な出来事があるが、昨日は想像だにしなかった悲しい一日でした。
4Hクラブ、JAパイオニアクラブ、JA青年部と、一緒に頑張ってきた。K君の訃報に驚き、まさかと思い信じれないままに、知り合いに電話をして確認をしたが、新潟県に水稲の研修に行って病に倒れたとの事。信じられなかった。
パイオニアクラブでは三役として一緒に頑張り、私より歳は二つ下であったが、彼の存在感には一目置いていた。酒も好きでその飲みっぷりも豪快そのものであった。多くは語らなかったが、要点はついていた。
トマト、水稲と頑張りその研究熱心さは他の追従を許さなかった。地域のリーダーとして頑張り、また期待されていた。
本人も志半ばで本当に残念だろうと思う。それ以上に御家族のご心中を思うと言葉がない。
ただただ、ご冥福を祈るばかりです。鎌ちゃん今まで有り難う。
合掌
NO,100
農振協 2003/8/28(木)
昨日、JAにじ管内の農業振興協議会(農振協)との意見交換会があった。農振協は普及センター、3町の役場、JAで構成されており、私は指導農業士としての立場で参加させていただいたが、大変有意義な会合であった。
話の中心はやはり農産物の価格低迷のなかで、いかに有利販売していくかに話が集まった。
管内の各作物も一様に元気が無く、右肩下がりの現状をいかに打破していくか、これからも知恵を出し合いたい。
今、私は農協組織の中で営農しているが、私の農民人生を振り返ってみれば、18歳から普及センターの4Hクラブに入り、JAのパイオニアクラブ、農協青年部と活動しその農民魂の根底は「一人は皆のために、皆は一人のために」と云う心持ちが養われてきた。これから先も仲間と一緒に歩きたいし、お互いに農業していて良かったと思える様に頑張りたいと思っている。
イチゴを始める前はミカンを作っていたが、ミカンの価格低迷、また昭和63年に政府が牛肉オレンジの輸入自由化を行い、私は最後の農協ミカン部会の部会長として、部会の解散整理をした苦い思い出がある。
それから後、イチゴを始めた訳であるが、その悔しい思いを今の仕事のバネにしている節もある。
私にとってイチゴ作りは農民人生のリターンマッチでも有るのである。(^_^)
NO,099
定植準備 2003/8/26(火)
冷夏から一変猛暑です。この時期のイチゴ農家は、今、冷蔵庫に入れている株冷苗が9月上旬に出てくるので、土耕栽培は植え付け栽培ベットの準備に余念がありません。
昨夜から、久しぶりに雨が降ったが、我が家はその前日に栽培ベットを作り、そのうえに雨除けのビニールを被せていたので、あわ良くセーフと云うところです。毎年の事ながら定植準備に気を遣います。
その点高設栽培はお天気に関係なく定植出来ますので、精神的にも省力です。まだ、土耕が半分近くあるので、これから徐々に面積を増やしながら高設の割合を増やしていきたい。
NO,098
新聞 2003/8/17(日)
我が家は、九州、山口のローカル紙西日本新聞を購読している。毎日、紙面の隅から隅まで読むのが日課になっている。
インターネットを始めて全国紙の電子版を見ていたが、ダイヤルアップの時は、通信料が気になりじっくり落ち着いて見ることが出来なかった。
ADSLになり、今は見放題。私の食後の夜の楽しみの一つになっている。
全国紙は朝日、毎日、読売、日経。又全国紙ではないが産経。それに、長男夫婦のいる岡山の地元新聞、岡山日々、山陽新聞を毎日チェックしている。もちろん、仕事柄日本農業新聞は欠かせないが。
紙面と違い電子版はリアルタイムの情報が次々と入ってくるので読む楽しみが、又違う。
同じ記事でも各紙考え方、その取り組み方が微妙に違っているので、自分自身の考え方のバランスをとるのにも役に立っている。
NO,097
お盆 2003/8/14(木)
今日も天気が悪い。今年は夏が有った様な、無かった様な。秋雨前線が活発になった。春から秋にと夏が省略された様な気候で今朝は半袖シャツ一枚では寒いくらいだ。
イチゴ苗も豊の香から甘王に切り替えたが、甘王は過湿に弱い。今年の様な曇雨天続きの年は作りにくい。豊の香と比べて細根が少なく、品種の特性からか、あまり水を必要としない。7割ぐらいに控えて良い様だ。
今日は盆の14日。日頃宗教心の薄い私も、お盆だけはご先祖を迎えるために仏壇に手を合わせる。
我が家は農家の次男坊だった祖父が分家して私で三代目、来年はその祖父の五十回忌に当たる。子、孫、曾孫、玄孫が一堂に集まる事だろう。それが何よりの供養になると思っている。
NO,096
高設栽培 2003/8/05.(火)
先日、高設栽培の技術反省会があった。部会員92名の中で15名が高設で頑張っている。
不景気でイチゴも厳しい中、今何故、金かけて高設か?と云う、問いかけが、時々私にある。
イチゴ作りは、それぞれの生産者にとって思い入れがあり土耕あるいは高設で頑張っている。
私は、今のイチゴの状況は、34〜5年前稲作で田植機が入ってきた時の状況に似ていると思っている。
あの時も、地球に這いつくばって行う重労働の稲作を維持していくために、コスト云々、稚苗では収量が上がらない云々を横に置き田植機を導入した。
その事により今があり稲作経営が発展したと思っている。事実そうだと思う。
趣味のイチゴ、老後の楽しみは別として、これからイチゴで生活を維持して行く為には、30a以上の平均耕作面積になると思っている。その為には、一にも二にも省力化であるし、高設栽培は避けて通れない。
ただネックはその価格である、私共が設置しているシステムは10a当たり300〜400万円もかかり助成無しでは負担が大きすぎる。
5t以上獲れて、150万円前後のシステムが待ち望まれるが、なかなか難しいのが現状の様だ。
NO,095
梅雨の戻り? 2003/7/29(火)
あれれ、どうしたの今日のお天気は?
梅雨が明けたと思っていたが、そうじゃ無かったみたい。そう云えば気象庁も梅雨が明けたと思われると云っていた様な。断言しないもの。ズルイよな。
今日の、仕事の予定はハウスに堆肥を入れようと思っていたが、昼前からの降雨で中止。困るよ。またハウスが乾くのを待たねばならない。JAの堆肥センターから軽トラックで直接ハウスに乗り入れるから、雨でぬかるんでいては話にならない。
今年は確かに水稲は不作の年になりそう。平成5年だったか?あの年と同じような気象だ。いくら深水管理と言ってもお天気には勝てない。
太平洋高気圧がギンギンに強くならないとどうしようもない。農民の努力だけでは、たかがしれている。
冬の寒い時は震えが来るくらいに寒く。夏は汗が止まらないとフウフウ云うくらいに暑くならないと、景気も回復しない。そうそう今日、電気製品の量販店にいったが、パソコンコーナーは人だかりだったが、エヤコンの前は閑古鳥だった。
今日は、焼酎のお湯割りだな。(メ-_-)
NO,094
梅雨明け 2003/7/26(土)
平年より、約一週間遅れでやっと梅雨が明けました。梅雨が明けてやはりホットしたと云うことが本音です。空梅雨では困るし、降りすぎても今年の様に被害が相次ぎ、なかなか、うまくいかないものです。
今日は久しぶりに太陽が一日中降り注ぎ、イチゴ苗もこれから充実していくことと思います。
♪♪人の優しさ
恋しい夜は♪♪
今、パソコンをしながら、堀内孝雄を聴いています。演歌からロックまで色々パソコンにコピーして、その日の気分で選曲しています。
この歌(影法師)は長男の結婚式の時に来賓の方から歌っていただき、その後すぐCDを買ってきました。おやじが酒をチビリチビリやりながら聴くには打ってつけです。
今日は、焼酎のロックです。(*^^)v
NO,093
梅雨末期 2003/7/20(日)
梅雨の終わり頃は、大雨が降ると云われていますが、ここ両日の豪雨で福岡を始め九州では被害が相次いで、悲しいニュースがテレビから流れてきています。自然の前には無力感を感じます。
曇雨天続きで、農作物も元気がない。イチゴ苗も葉っぱの厚つみが薄い様に思います。早く太平洋高気圧が強くなっての梅雨明けが待ち望まれます。
今日は、久しぶりに昔の農協青年部の仲間と飲んだ。飲めば又いつもの様に、話が盛り上がり今後の農業の事など話が弾んだ。
後輩に青年代表でJA役員になっている方がいるが、今日久しぶりに同席して、JAの在り方など色々なことを話した。詳しいことは書けないが、大いに期待していますよ。(^ニ^)
今夜は昔の仲間と楽しい一時でした。(-_-)zzz
NO,092
出荷反省会 2003/7/18(金)
昨日、部会の出荷反省会があった。
12年度からここ三年ばかり、福岡イチゴは元気がない。デフレ不況の影響をもろに受け、毎年売り上げが減少している。福岡県が栃木を抑えて売り上げ日本一になった時から比べて、40億円程売り上げが落ちている。
原因は色々考えられるが、その一つに品種更新の遅れが一番響いている様に思われる。各県一品種と云われるぐらいに多様な品種が出そろい、イチゴ品種の戦国時代が云われて久しいのに、とよのかに代わる新品種がなかなか出てこなかったことが痛かった。
東の女峰、西のとよのかと云われて、安住している間に栃木県は女峰から栃乙女に更新し順調に売り上げを伸ばした。とよのかは完全に過去の品種になっていた。
ここで、ようやくあまおうが登場して、昨年度は試験栽培、販売と行い評価も高く、順調すぎるぐらいで、大いに期待が持てそうである。
我が家は31aすべてあまおうに切り替えるが、まだ栽培技術では未知な部分も多く、不安な面も否定出来ないが、イチゴ栽培を初めて15作目の節目の年として、ここは気合いを入れ直してイチゴ栽培に取り組んでいきたい。
NO,091
研修会 2003/7/4(金)
今日は、イチゴ部会の現地検討会。
15年度、二回目の研修会である。
前回、私は所用があって、代わりに息子が参加していたので、新しく赴任してきた普及所のイチゴ係の方と初めてお会いした。
各部会員の圃場を見て回ったが、台風6号、それと、最近の強い風雨でだいぶ苗が痛んでいる。これから抜かることなく病害虫には対応していかなければならない。
平成元年から始めたいちご。今年で15作目である。普及所のイチゴ担当の方も大体5年毎に異動されて、今まで釜堀さん、藤木さん、北島さんと指導をお願いしてきた。
イチゴの栽培技術も確立されていて、毎年そう目新しいものがある訳じゃないが、普及員の方のイチゴを見る角度が一人一人違うので、新しい感覚でイチゴに接することが出来る。
小野さん、これからイチゴ部会を宜しくお願いしますね。中野農園のイチゴも・・・・・・・。(^ニ^)
NO,090
部会は大揺れ 2003/6/28(土)
昨年、稼働したJAにじの総合選果場が揺れている。この施設は三町の柿部会が合併するに当たり集荷の一元化を図るために、計画立案されたもので、当初の話し合いにはイチゴ部会は入っていなかった。(声が掛からなかった。)
しかし、途中で柿部会だけでは負担が大きいと云う理由でイチゴ部会にも参加する様にと要請(圧力?)があったが、五年前にイチゴ部会の合併に伴い、建物は古いままだが新しい選果レーン、自動結束機を導入したばかり、それより何よりイチゴの価格低迷の中での、20数億もかかる総合選果場に加入して、これ以上のコストアップには、耐えられないとの判断から、断っていた。
二分の一の補助事業ではあるが、運用しだいでは、JA経営の大きな足かせになるのではないかと危惧していたが、はたして初年度からつまずいた。あまりにも計画が大きすぎて予定していた柿の数量が集まらないのだ。
今後10年間毎年8000トン集荷して初めて償還出来るのに、7200トンしか集まらない。色々な理由はあったにせよ、天候不順、また高齢化と云う難題を抜きにして青写真を描いたことに問題がある。ズサンと批判されても仕方がない。
先日、イチゴ部会の全員協議会があった。計画の穴を埋めるために、総合選果場に入る様にとの、強い働きかけがあったからだ。
その時の、JA役員の説明に怒りを通り越して馬鹿らしいというか笑ってしまった。
総合選果場に加入してもらうために、選果場経費を今後2年間は今のまま据え置くが、3年後から上げますとの事だそうだ。すさまじい怒号が飛び交ったことは云うまでもない。
イチゴ経営を安定させるために必死の思いでコスト削減に取り組んでいるのに、農協職員出身の役員さん方は何も解っちゃいない。
極端な農協栄えて農民滅ぶの図式だ。
こんな事では、後継者も安心してイチゴ作りに精を出すことは出来ない。ずさんな計画の尻ぬぐいだけはまっぴら御免だ。