私は1970年(昭和45年)9月から一年間、当時勤務していた
大学から在外研究員として派遣され、ロンドン大学哲学科に在籍
した。
当時40歳だった私は、日本に残してきた妻と子どもたちに宛てて
せっせと手紙を出した。
5歳の息子と2歳の娘にも少しは興味がもてそうな題材をえらんで
挿し絵入りにした。
子どもたちに内容が分かったか分からなかったか、それも分からぬ
ままに、母親が読みながら説明してくれることを期待した。
それより数年前、アメリカに一年間留学したことがあったが、カメラ
を盗まれてしまったので、アメリカ各地を旅行した折りには、カメラ
代わりにスケッチブックを持ち歩いた。想い出のよすがとしては、
それなりの効果もあったので、イギリスへの出発前から、今度は
写真よりも絵の方を主にしようと思っていたのである。
日記代わりにでもなればという気持ちもあった。
もちろん研究目的のイギリス滞在であったから、見聞はごく狭い
範囲にかぎられていて、歴史や文化にくらい行きずりの旅行者の
それを出るものではない。
イギリスでの生活は私にとっては大変楽しいものであった。その後
イギリスを訪れたことはなかったが、73歳の現在となっては、もう
一度滞在の機会に恵まれれば、派手さには欠けるが重々しくて
穏やかなその風物、また一見冷たそうだが底辺の人々の開放を
常に忘れないその社会生活を、じっくりとこの眼で見直したいと
思っている。
手紙は全部で200通を超すが、プライバシーその他の理由で、
約9割を掲載する。
( 2003.3.22 )