あーちゃんの憂鬱。

あーちゃんが闘っている"ペルテス病"の事
 
ペルテス病とは大腿骨頭に阻血性壊死(血流が途絶えて
組織が死んでしまう事)が起こる原因不明の疾患です。
幸いな事に、ほとんどが完治すると言われていますが、
完治するまでには2〜6年かかるとも言われています。
 
その治療法は様々ですが、あーちゃんは、補装具での治療を、自ら選択しました。
現在、約2年間の補装具での治療期間を終え、経過観察の日々を送っています。
1      ペルテス病…病って何よ。
それは、2002年の4月の事でした、年中に進級し、年少の頃から大好きだった先生のクラスになって…喜んでいた矢先に、あーちゃんの走り方が少しおかしいのに気が付きました、ツースッテプを踏んでいるみたいに…、膝でも打ったのかな?でも何度、聞いてみても、痛みを訴える事はなかった。本当に、念の為…受診する事を決めた。そして…主治医から「残念ながら、ペルテス病です。」と告げられた。残念ながらって何よ〜。病って何よ〜、だってここは整形外科でしょ〜って…。この日から、あーちゃんとペルテス病との長い長い闘いが始まりました。
2      補装具での治療。
主治医からは、補装具での治療を勧められた、それがどんな物なのか、どうなってしまうのかさえわからない…。あーちゃんに付き添ってレントゲン室に入っていた私を捜して、ぶーちゃんが泣き叫んでいた、何とかなだめている内に、あーちゃんは別室に連れて行かれ…ぶーちゃんが落ち着いて、私が部屋に入った時には、パンツを脱いでフル○ンで、足に残った石膏を落としてもらっている、あーちゃんがいた。「一体…何をされたのぉ〜」って、叫び出したい気分でした。
3      絶対安静。
補装具はオーダーメイドになるので、出来上がるまでには、最低でも1ヶ月はかかると言われた、それまでは、極力、足を使わないように…外出時には車椅子を使用するようにとの事でした。当然、幼稚園も欠席しなければならない…まだ、年中さんになって、たった4日間しか登園していないのに…。動いちゃいけないって…当時4歳のあーちゃんには、あまりに酷な話だと思いました。
 
4      父親として…。
父親としての貴方のショックは、母親の私以上のものだったようでした。私が電話口で…言いよどんでいると「はっきりと言ってくれ。」と、大きな声を上げました。その時は主人も、そして私も"ペルテス病"に対して、ほとんど無知に近い状態でした、でも…治療期間が数年に渡る事、その間、補装具を付けての生活をする事、補装具が出来るまでは、車椅子での生活になる事などを聞いて…貴方は叫びにも似た声を上げました「俺の片肺じゃ、足りないって言うのか?」
5      それでも私をかばってくれた。
私との電話が終わった後で…やりきれない思いを、自分の母へ電話した貴方。でも「何度、原因不明なんだって説明しても、親が悪い、以前、怪我をしたのをほって置いたせいだって言われた…もう何を言っても無駄なので、電話を切ってしまった。」と話し、その後…職場の誰もいない倉庫の中で、腰が抜けるほど号泣した事を話してくれました。そんな思いをしていたにも関わらず、貴方は私を責めるような事は一言も口にしませんでした。それどころか「君はやっぱり母親だね。気が付いてくれて、ありがとう。」と言ってくれました。
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最終更新日:2007/8/21

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