あーちゃんの憂鬱。

あーちゃんが闘っている"ペルテス病"の事
 
ペルテス病とは大腿骨頭に阻血性壊死(血流が途絶えて
組織が死んでしまう事)が起こる原因不明の疾患です。
幸いな事に、ほとんどが完治すると言われていますが、
完治するまでには2〜6年かかるとも言われています。
 
その治療法は様々ですが、あーちゃんは、補装具での治療を、自ら選択しました。
現在、約2年間の補装具での治療期間を終え、経過観察の日々を送っています。
21      周囲との闘い。
あーちゃんが、補装具を付けて、車椅子に乗って出掛けると、必ずと言っていい程、周囲の好奇の視線にさらされました。上から下まで…下から上まで、見まくる人達も、一人や二人ではありませんでした。それでも、この子を連れて、ドンドン外に出ようと思いました、何も悪い事をしている訳じゃないのだから…。
 
実はそんな他人の視線よりも、血の繋がった人の言葉の方が胸に突き刺さりました。
補装具を付けた孫の姿を不憫に思ったのでしょう、私の父は言いました。「そんなもの付けていたって、すぐに治る訳でもあるまし…、そんなもののせいでかえって、大怪我でもしたら、お前らの責任だぞ。こんなに動きたい盛りの子供を縛り付けるような事をして、可哀想じゃないか…将来、少しぐらいビッコになったって構わないじゃないか、それよりも、今自由にさせてやったら、良いじゃないか。」あまりに刹那的な言葉でした。
我が子に、補装具を喜んで付ける親が、何処にいるというのでしょうか?主人は…今の自分の身体では、あーちゃんの将来を見届ける事が出来ないかも知れないと言う不安を抱えながら、考えに考えて、補装具での治療を決めたに違いないんです…。いや、私達夫婦の気持ちは、もうどうでも良いのです。
当時わずか15キロの身体に、2キロはあろうかと言う補装具を付けて…、周囲の好奇の目にさらされながら、いろんな事を我慢して…それでも明るく、毎日幼稚園に通っているあーちゃんの前でも、同じ言葉が言う事が出来るのでしょうか?私は、怒りを超えて、とても哀しい気持ちになっていました。
 
 
22      ごんたさん、たまさん夫妻との出会い。
そろそろ夏休み…と言う頃になって、主人が不調を訴え始めました、一番、恐れていた癌の再発でした。検査・治療の為に入院したのは、奇しくも昨年と同じ…7月23日、あーちゃんの夏休み…最初の日でした。
落ち込んでいた私に、あーちゃんが奇跡のような出会いを、連れて来てくれました、それが、ごんたさん・たまさん夫妻との出会いでした。娘さんが同じ"ペルテス病"と闘っているのですが、とても前向きで、行動力のある夫妻でした。通常、障害手帳を所持している人にしか、交付されない駐車禁止除外車としての扱いも…、わざわざ私の住んでいる地域の警察署長宛に、丁寧な手紙を送って下さり、警察署管轄内と言う条件付ながら、特別に駐車禁止除外車の交付を受ける事が出来るように、ご尽力を頂きました。その事を、入院中の主人に話すと、彼も涙を流していました、そんな人の心の暖かさが、きっと主人の回復への原動力にもなると、私は一心に信じました。
実は、その時、警察署へ送って下さった手紙のコピーを、私はいつも持ち歩いています、親として…人間として…本当の意味で前向きに生きるとは何かを、見失いそうになった時、私はその手紙をいまでも読み返しています。ごんたさん、たまさん…ありがとうございました、そしてこれからもよろしくお願いします。
 
*ペルテス病
ペルテス病は、幸いにして、ほとんどが完治すると言う事を理由に、身障者とは認められていません。しかし、2〜6年と長期に渡る治療期間は、事実上、身障者と変わらない生活を強いられているのが現状です。
 
 
ごんたさん・たまさん夫妻は、全国のペルテス病の子供達と保護者、またペルテス病のOBらを会員とした"ペルテス会"を設立しました。全国のペルテス病の子供達と保護者の為に、そして将来"ペルテス病"と診断されるかも知れない子供達の為にと、関係各方面に、積極的な働きかけを行っています。
 
*ペルテス会のHP
http://www.perthes-net.com/index.html
 
 
 
23      運動会の練習。
2学期が始まると、幼稚園では、すぐに運動会の練習が始まりました。もともと内弁慶なあーちゃんは、年少さんの頃…玉入れもお遊戯もつっ立っているだけで、唯一…自分で走らなければ、どうにもならない"かけっこ"だけは、何とか走ったと言うような子でした。そのあーちゃんに、今度は補装具が付いているのです、当然…参加できる競技は限られてきます。それでも担任の先生は、出来るだけ競技に参加出来るようにと、懸命に動いて下さいました。ところがあーちゃんは、年少の時と同じ状態…。園側からクレームが来ました"何にも出来ない装具を付けた子を、無理やり引っ張り出したと思われる"とか"他のお友達がやる気を失くす"等の理由で、全見学を勧められてしまったのです。
24      大好きな先生の為に。
「このままでは全見学になってしまいます、どうしても、一つでも良いから競技に参加させて上げたいのです。お母さん、協力して下さい。」担任の先生から言われました。園とあーちゃんの間に立って、苦しんでいる姿が、痛いくらいに伝わって来ました。
家に帰ってから、あーちゃんと話をしました。「どうしてやらないの?」「だって恥ずかしいから。」「どうして、恥ずかしいの?」「だって、失敗したら…。」「失敗〜!失敗って言うのは、やった人だけに与えられる、権利なんだよ。やってみて初めて、それが失敗かどうかわかるんだよ。やってもいないあーちゃんには、失敗する事も出来ないよ。やってごらん、思いっ切り失敗して来てごらん…1歩ずつでも良いから前に出てごらん。」「1歩ずつで良いのぉ〜。」と私を不安げに見つめるあーちゃん。その不安な顔に私は、もう一言駄目押しをしました。「あーちゃんがやってくれないと、先生を困らせる事になるんだよ。大好きな人を悲しませるような事をするのは、男じゃないぞ!」ほんの少しだけ、あーちゃんの心の奥に眠っていた…負けず嫌いな気持ちに火が付いたようでした。
 
25      運動会当日。
その日を境に、少しずつ練習に参加し始めたあーちゃん。当日は入場行進・親子競技の他に、クラス全員でやるお遊戯にも参加する事が出来るまでにこぎつけました。
そして…いよいよ、お遊戯〜あーちゃんは、補装具の付いた足で、座って立ち上がると言う、最後の決めのポーズを皆と同じように、カッコよく決めてくれました。その瞬間…涙がとめどなく溢れました。そして退場門で出迎えて、一回り成長したあーちゃんを、思いっ切り抱き締めました、良く頑張ったね、あーちゃん、感動をありがとう!
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最終更新日:2007/8/21

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