Column

コラム Z 通常学級での授業と、軽度な発達障害の実践についての提案



1    教師はプロデユーサーであり、優秀な俳優でなければならない・計画的で、楽しい授業を!
1.子どもの現在の様子をしっかり観察する
 一番大切な事は、現在の子どもの様子をしっかりと観察し、観察した記録を検討して、指導の参考にする。
(1)もっと伸ばしたあげたい良い所はどこか。得意な面を伸ばすには、どのような方法が良いのか。
(2)これから身につけなければならない、発達課題は何かを探り、小集団参加の中で身につけて、大きな集団に参加できるように、ライフサイクルを考えて、短期と長期の見通しを持って取り組む。
2.将来を見すえた計画的な保育・教育を
(1)今だけを見ていては、子どもの持つ良い面を引き出すことはできません。過去の記録から、学ぶ事が多くあります。
(2)体全体の発達はどうなのか【体の統合機能に問題はないか。手指の発達はどうなのか。お箸の持ち方や、鉛筆の持ち方は、きちんと正しく持てているか。走る、跳ぶ、一度に複数の運動ができるか・・縄跳びの時、縄を回しながら跳ぶの二つの動作ができるか、跳び箱をうまく跳べるか等】
(3)脳を健全に発達させるために、生活リズムの確立。バランスの取れた食生活で、脳の働きを保障する良質な蛋白質【神経伝達物質、ド―パミンの素になるDHA】を多く含む青背の魚類を摂取する。特に大切なのは、午前中の学習の脳の活動を支える朝食は、絶対に抜かないように家庭との連絡を重視する。
(4)10年後には、このような人に育てたいという目標を持って、今現在の子どもの様子を細かく、全面的に把握して教育を考える。それぞれの子どもの、特徴に応じた個別指導を考える。今、その中の、どの部分の発達を自分は担っているのか。
3・保護者と共感し、医師や療育関係との連携を大切にする
(1)今までの子育ての努力と、苦労に対して、心から感情的にも共感する。「今までの努力があったから、現在の所まで発達したのですね。」と、保護者を安定させる事が、子どもの安定につながります。
(2)家庭と学校と医療の役割分担をし、一緒に取り組める事を見極めて、相互理解と協力関係を築く事が大切です。
(3)教師も保護者も医師も、発想を転換して、原則を大事にしながらも、子どもに対しては臨機応変な対応をする。医療的な治療や、援助を躊躇しない。
(4)子どもの前では、担任の教師や保護者の批判はしない。子どもが教師や保護者を信頼しなくなるので、特に思春期の子どもは、その傾向が強い。
(5)ペアレントトレーニング【親訓練】などで、保護者や教師は、子どもに対する接し方やほめ方、指示の出し方などを学び、その子に合った内容を創造する。
4.全校【園】体制で取り組み、民主的な教職員集団や学級集団を
(1)軽度な発達障害を持つ児童・生徒を通常学級で一緒に教育する場合には、学級集団の中で、いじめや、しかと、上下関係がないこと。つまり、一人一人の発言の自由が保障されていること。身の安全が保たれているか。自分の良い所を認めてもらっているか。困難な問題の時に、サポートしてもらえるか。子どもの居場所がない学級では、どのような方法を取り入れても、効果はあまり期待できない。つまり、発達障害児と学級集団の良好な関係が、子どもの発達や学力保障ができる基本、鍵である。
(2)特別支援学級(障害児学級)、通級学級などでの小集団や、通常学級集団で自信とセルフエステイーム(自尊感情)を身につける。学年集団や学校全体での適切な取り組みが、社会の一員として自立していく為には、とても重要な課題になります。
(3)担任だけに対応を丸投げすると、担任は孤立して精神的にも身体的にも孤立してしまいます。私自身、30年以上前に重度の自閉性障害児をはじめて担任した時、自閉性障害についての知識も無く、相談する場所もない為に、どのように教育したら良いか分からず、ストレスから体を壊して病欠で休職した苦い経験があります。学校長や教頭やコーデイネ―ターや養護教諭・障担等が組織的に、教職員全体で学級担任を援助する体制がある場合には、学校全体での実践の効果は着実に上がります。そのような取り組みができている学校は、何か問題が起きても全員で解決できる力を持っています。
5.担任やT・Tの教師の指導上の配慮と、特別支援教育支援員の活動内容の創造
◎担任だけでは、さまざまな問題には対応しきれないので、特別支援教育支援員と、全教職員の協力が鍵になります。教科の指導だけでは子どもは自立できないので、子どもの生活リズムの確立をはかることも必要です。家庭との連携が、重要事項です。また、教師自身と支援員の認識と実践力を高める事が最も大切です。
(1)専門性とは、ある個別のプログラムを習熟すること【ある方法だけに子どもをあてはめる】ではありません。教師自身が、子どもの特性に応じた、その子に相応しい方法などを「ケースバイケース」で作り出せる力量を持つ事ではないでしょうか。
(2)指導上、叱ったり、注意したりしますが『あなたが嫌いだから、叱るのではないよ。好きだからなんだよ。』ということを、きちんと分かりやすく伝えて、子どもとの信頼関係の絆を強くしておく事がとても大切です。
(3)頭ごなしには叱らない【教師・支援員は子どもの困り感、不安感を理解して共感してあげる。】
@攻撃的な行動は、止めさせる。「してはいけない事は、してはいけない」ことを理解させる。本人に危険、周りの子に危険、むやみに物を破壊しない等の禁止のルールを教室の壁などに明示しておく。
Aなぜそのような行動をとったのか、子どもを静かな部屋に入れて、クールダウンさせましょう。教師や支援員は、お互いに冷静になった時に本人に理由をたずねます。その場で相応しい行動を練習させて、できたら誉める事で、良い行動を強化します。
B何回も失敗すると思いますが、相応しい行動ができるまで、あきらめないで、根気強く、『良い点を具体的に、ほめます』。時間はかなりかかりますが、必ずできるようになります。
(4)表現力の育成【自分の意思を何らかの方法で表現でき、他人の話を聞き取って、理解できるように】
幼児期からの本の読み語り等で、描写や表現力、イメージ力の能力を開発する。担任以外に、養護教師や体育、音楽、美術、英語等の専門教科から見て、子どもの長所をどう伸ばしてやるかの課題がとても大切です。専科教師の専門性の利点を生かして、担任と協力して、実践を進めてほしいと思います。
(5)授業で配慮する事
@座席の位置の配慮…選択的注意が難しい・耳からの情報の取りこみが不得意の場合には、なるべく前の席。多動のある子は、廊下側の前のほうに。アスペルガ―の子は、音に過敏なので、本人が一番ここが良いという席に等、その子の特性に応じた配慮が必要です。多動があるから等の理由で、一番後ろの窓側の席などに座らせますと、注意が教師の話に集中できず、学力が低下してしまいます。
A宿題の配慮…LDやAD/HDの人は、集中時間が短い事、小さな文字に弱い事などを配慮します。漢字の書き取りの宿題は、他の子よりも少なくする配慮も必要な子が多いです。
B授業と理解…同時に複数の理解は困難なので、話し言葉での説明⇒板書での説明⇒板書を書写、と分けた授業を組む。重要な個所は、目だって集中しやすいように、アンダーラインや、色チョークで囲む等
C教科の特徴と、障害の特性を考えた授業形態をとる。視覚優位か聴覚優か、両方に対応できて、楽しくて、子どもたちが乗れる授業を展開しましょう。
 
◎教師自身が、その授業が楽しかったという感想を抱ける授業でない限り、子どもたちは乗って来ません。そのような授業をは、何時もはなかなかできませんが、できれば、1日に1回、それが無理ならば、せめて1週間に1回を目標に頑張ってみませんか。それがプロの教師として、義務ではないでしょうか。
この項目の内容は、「AD/HD・LD・ASの発達と教育、接し方…第二部・実践編」の西田のレジュメの一部です。学校関係の学習会の研修に使っています。
更新日時:
H20年10月15日(水)

2    軽度発達障害や、特性のある子どもも活躍できる通常学級の経営と、授業の形態についいて工夫してみましょう
T 子どもたちが生き生きと活動できる学級をめざして
◎望ましい学級とは
1.民主的な学級作りと運営で、子ども達が安心して心を開き、発言の自由が保障されている学級集団が第1に必要です。お互いの特性・個性・違いを認め合い、助け合える学級集団があれば、軽度な発達障害を持つ子どもたちも、安心して集団の中で学習や生活ができます。
2.担任の教師は、子どもからの兆発や、困難な問題行動があった場合には、柔軟に対応しつつ指導をつらぬく事が大切です。
3.子どもたちが、今何をしなければならないのか理解できるように、学級の規則や、指導内容を分かりやすく、簡潔な言葉や文字や絵などで教室に提示し、壁などに貼っておく。
×望ましくない学級とは
1.学級での規律などが、異常に厳格過ぎて、子どもが自分の気持ちを出せない学級経営。担任の気持ちが絶対視されていて、担任が王様になっている学級。
2.教師に見えない所等で、特定の子ども,または集団によって、おとなしい子の気持ちが抑圧されている状態の学級。 
3.学級の規律が乱れてしまって、騒がしくて集中できない状態。担任の教師の指導が行き届かないで、特定の子どもが勝手気ままにしているのを止められない状態の学級。オープンスペース(他の学級とのしきりがない教室)の学級は、電車の中の騒音状態で授業をしている状態なので、もっとも相応しくない。アメリカなどでは、オープン教室は、なくす方向へ向かっています。
U 授業内容を工夫して取り組もう
★同一の内容や学習形態は、10分〜15分程度だと集中を続けられる。私は、授業を大きく3つに区切って授業をしてきました。子どもに合わせて,柔軟に変化させながら。
1.授業の初めの子どもが疲れていない活動時に、大切な内容は学習できるように。
2.大切な内容は、少し目先を変えて、手指や体を動かして、内容を深めて体で覚えるような活動。 
3.最後の15分は、まとめ・質問・宿題の提示の時間と、書写の苦手な子や、時間がかかる子のためにゆっくり書写できる時間を確保する。
V 授業の指導課程は3種類の活動を整理して、テンポと楽しさがある指導が大切
★教師はプロデュサーであると同時に、黒板を背にした、優秀な俳優・演技者でなければならない。
★『聞く・見る・書く』の3種類の活動を、児童・生徒に一度にさせない。1回には,1つの活動を。特に、アスペルガ―や高機能自閉などの広汎性発達障害の場合、思考課程がワンチャンネルなので、一度には一つの内容を。同時に複数の支持は絶対に出さない。
1.板書に注目させて、理解をうながす。【視覚が優位な子の理解を深める・・広汎性発達障害の人に多い】注意を集中させる一つの有力な機器は、画面がすぐに変わらないで、子どもたちの思考のスピードに合わせられるOHPがよい。軽度な発達障害の児童・生徒には、ビデオ等は子どもの理解力をうわまわったスピードなので、理解する前に画面が変わってしまい、学習内容についていけない。
2.話し言葉での説明で、理解をうながす。【聴覚が優位な子の理解を深める・・トム・クルーズが該当します】
3.まとめでは、質問と、板書を書写【書写に時間が必要なLD等の子の理解を深める】
◎・・人間が情報や知識を取り入れる場合に、大きく分けると二つの傾向があり、たいがいの人が、このどちらかに該当します。
1.聴覚【耳】から情報や知識を取り入れるのが得意な人
2・視覚【目】から情報や知識を取り入れるのが得意な人・・・私は視覚優位です
★体験することで、情報や知識を取り入れるのが得意な人もいます。
W AD/HD・LD・ASの指導のまとめと工夫【一人一人に合わせて、柔軟な対応を!】
1。聞く事などに困難がある場合
◎『原則 1回には一つの内容で、複数ある時は優先順位をつける』
(1)座席の位置は、多動のない人の場合は前列の真中に。ただし、ASの人で音に過敏な場合には、本人がもっとも聞きやすいという席で。多動のある人の場合は、前列廊下側2列目で、横に仲の良いサポーターを。本人に近づいて、目を会わせて、具体的な内容で指示します。
(2)言葉だけでなく、動作や文字や絵や写真等の視覚の情報も与えてあげます。
(3)忘れても思い出せるように、メモをとる事や録音する事などを、習慣化させる。
(4)聴力に異常がないが、言葉を正確に認知できない場合には、聴機能専門医に相談する
2.話す事に困難がある場合
◎『原則 相手の話を最後まで、ゆっくりと、ゆとりを持って聞いてやる』
(1)デリケートな人やプライドの高い人も多いので、発表などで失敗しても笑ったりしない。
(2)言葉を思い出しやすくする為に、手がかりになる文字や言葉でヒントを出してやる。
(3)話す内容の順序やパターンを、絵や文字で示してやることも、時には必要です。
(4)歌詞の写る子ども用のカラオケなどで繰り返し歌うことで、楽しみながら発音の矯正もでき、文章の流れや、パターンや日本語のリズムを習得させる。
3.読むことに困難がある場合
◎『原則 読字障害、書字表出障害など、地と図(背景から自分に必要な情報だけを読み取る力)の関係の障害に配慮した指導を』
(1)間違いやすい文字に印(蛍光ペン等でラインをひく)をつけて、注目させる。
(2)下敷きなどに1行見える穴をあけて、他の行に注意がそれないようにする。
(3)図鑑、学習まんが、絵と説明がある本、挿絵などを使って、内容を理解できるようにする。イメージ力を育てる工夫をする。
(4)子どもがよく理解できる読み方(音読がよいのか、黙読がよいのか)は、どちらがより理解できるのか把握して指導する。
(5)LDなどの視覚から情報を取り入れるのに弱さがある子には、専門医療機関で視機能の監査してもらい、異常がある場合には特殊なめがねをかけたり、練習問題等で治療訓練をする。
(6)漢字など筆順が覚えられない、漢字が書けない場合には、パソコンを利用することで、作文や板書を書写することも可能になる。作文などは、話し言葉で言ってから、文に表現させる。
4.計算することなどに困難がある場合
◎『原則 うっかりミスを防ぐ。逆の考え方が弱い面を考慮した取り組みをする』
(1)1対1の数と量をきちんと把握させる。5までの数の合成、分解を確実に出切るようにする。絵入りのカードや具体物を使って楽しく練習させ、日常生活に応用させる。
(2)足し算、掛け算は得意でも、引き算、割り算は逆の考え方なので苦労するので、スモールステップで、初めはやさしい分かりやすい問題で、達成感、満足感を身につけさせる。
(3)計算の解きかたや、応用問題の立式の手順を教える。衝動性や多動性のあることも考慮して、一度に沢山の問題を出さない。繰り上がり(繰り下がり)の数を書きこめる小さい枠を作る。
(4)罫線をうまく使って、計算時に位取りを間違えないようにマス目を色分けする。また、うっかりミスを無くすために、もう一度見なおすことを週間づけるために、見なおしたらチェックする蘭、□をつけておく。
更新日時:
H19年8月28日(火)

3    保護者のみなさまへ すこやかな子ども育てる・障害についての理解を進めるために
★障害児学級について
 この小学校の障害児学級は昭和49年(1974年)に設けられ、今何度○○年目の障害児学級です。現在は4学級で、○名の子どもたちが元気に勉強に、運動にはげんでいます。障害は、全面発達を保障する教育や、家庭での取り組みや、地域社会での協力で、軽減したり克服していくことが出来ます。
 私たちの学校の障害児学級(特別支援学級と名称が変更されました)には、知的な障害を持った子ども、ある特定の教科等に弱さのあるLDの子ども、対人関係をうまく結べないAD/HDの子ども、自閉性障害の子ども、病弱の子ども、肢体障害のある子どもなどの学級があります。人と話をしたり、物事を考えて判断したり、行動するときなどに、目に見えない部分でも、障害のためにうまく出来ないことがあります。
★誰でも起こりうること
 皆さんは、障害について考えられたことがあるでしょうか。ふだん何気なく過ごしている私たちのまわりにも、意外なほど障害のある人は多くいるのです。人間の体は、非常に精密な仕組みを持っています。
ですから、何らかの原因で、たったひとつの部分の働きがうまくいかなくなっただけでも、障害としてあらわれてしまうことがあるのです。それは決して特別なことではなく、高齢者になれば誰でも、体に何らかの不具合(老眼になるとか、腰が曲がるとか)が起こりますように、人間なら誰にでも起こりうることなのです。
★かけがえのない命
 現在では、さまざまな医療や機器の発達や、生活を支えてくれる盲導犬や施設の改善やボランテイアの人の活動などで、多くの障害者の方は以前と比べると、生活の障害がかなり減ってきました。視力が弱ければ眼鏡をかけ、足が弱ければ電動車椅子、耳に聞こえが弱ければ補聴器をつければ補えます。また、パソコンの普及で、障害者と健常者とのコミュニケーションの手段として使われ、お互いの交流、理解に役立つ時代になってきました。でも、まだまだ、これらの技術をもってしても、解決できないことが沢山あるのです。地域の皆さんや保護者の皆さんや、子どもたち皆さんの理解と、お力をおかしいただきたい事も沢山あるのです。
 誰もが、障害のない生活を望んでおり、本人や家族のせいで障害を受けたわけではありません。たとえ障害があったとしても、人間としての尊さ、かけがいのない命には何ら変わりはないのです。お互いを尊敬しあい、助け合って、暮しやすい、より良い世の中にしていくことこそが、限りある命をも大切にしていくことになるのではないでしょうか。
★一人一人の子どもの特性と成長を大切にする教育
 最近、新聞やテレビなどでも、広汎性発達障害(自閉症、高機能自閉症、アスペルガ−症候群)や、知的障害、LD(学習障害)、肢体障害、視覚障害、聴覚障害の人の事などが取り上げられるようになりました。また、街では肢体障害者の方や、高齢者の方々などが、電動車椅子で外出されているのに最近よく出会うようになったとおもいます。その結果、皆さんがたの理解もずいぶんと深まり、作業所等のボランテイア活動に参加しくださる方も増えています。
 2007年からは知的には障害のない軽度な発達障害の子どもたちについて、全国の小中学校教育では、支援の教育をはじめることが義務化されました。その中で今まであまり知られていなかった障害等、特にAD/HD(注意欠陥/多動性障害)については、まだ十分に理解されていません。  
AD/HDの障害は、一般的には知的な障害はありません。しかし、注意の集中や、行動をうまくコントロールできにくかったり、授業中に多動傾向などがありますと、親の子育てが悪いからだなどと誤解されて、母親が責められる事が起こったりします。知的には障害がないけれど、学習や生活に困難を抱えている人について、どのように援助していったら良いのかがこれからの大きな課題になっています。
 障害のある無しに関わらず、より良く暮したいと願う気持ちはみんな同じです。
障害のある人は、脳のほんの一部などに何らかの原因で、発達のスピードが大変ゆっくりになったり、また発達の仕方がアンバランスになる場合があります。発達という点では障害のない人も、ある人も同じ発達の道を歩みます。ただ、たどりつく早さが、人によって違ってくるだけなのです。
 同じ100メートル走るのでも、何もないコースを走るのと、ハードル(ハンデイキャップ)を越えながら走るのとでは、ゴールにたどり着く時間が変わってくるのと似ています。ですから、実際の年齢が12才であったとしても、知識や技能を獲得する発達は、まだそこまでたどりついいていないこともあるのです。
 障害児学級では、こうした子どもたちの発達段階を踏まえて、日課に余裕を持たせながら、学習活動や生活活動や指導を行っています。また、同じ内容で学習できる教科については交流学級(通常学級)で、みんなと一緒に学習しています。それ以外の教科については、それぞれの子どもたちの発達に合わせた学習をしています。その結果、どの子も明るくなり、自分に自信を持って、生き生きと、学習や運動に励んでいます。
★すこやかな子どもを育てる交流学習
 最近は子どもたちが置かれている環境が悪化し、自分さえよければという社会の風潮があります。本校では、障害児学級や養護学校(特別支援学校)、校区の知的障害者作業所と肢体障害者作業所との交流をすることで、心豊かな人間関係をはぐくむ教育を目指しています。
 1年生に入学してまもなくの新入生歓迎会に始まり、6年生を送る会までのさまざまな行事や学習会を通して、交流の機会を出来るだけ多く持ち、自然に触れ合えるようにしております。
 5・6年生の通常学級では、障害についての社会的なとらえ方も含め、作業所のお母さん方の子育ての体験や、保護者や家族の思いをお聞きする授業などもしております。
 日常的な学習交流や、障害児学級の子どもたちと共に遊んだりする中で、時にはトラブルが起こるかもしれません。その時には、お互いに相手をよく理解し合えるように指導しています。こうしたことを通して、障害のことをより深く理解して、共に協力して歩んでいけるようにと、日々願って教育をしています。
 学校長をはじめ全部の職員が、全ての子どもの発達を願い、全力で指導しています。子どもたちの、より良い成長と発達のために、子どもたちはもちろん、保護者のみなさまや地域の方々のご理解と、ご協力を心からお願いいたします。
【ご質問やご意見がございましたら、障害児学級担任の西田までお寄せください。】
 
※これは、私が勤務しておりました小学校で、保護者の皆様に説明してお渡ししていた内容のプリンとを、一部新しく変更してあります。入学式の後に、1年生の保護者全員に、お渡して説明をしました。また、各学年の児童の発達に合わせて指導をして、このプリンとを家庭に持って帰っていただいています。
このプリントの内容は、大阪のある小学校の報告とプリントを参考にさせていただいています。
更新日時:
H19年8月28日(火)

4    私の障害児教育との関わりと実践
★私の中で生きている姉★
★【西田先生、先生は教員を退職した今でも、どうしてそんなに障害児教育に熱心なんですか?】
こういう質問を、保護者の方や先生方からときどきうけます。私は他の人よりも、障害児の教育に熱心だと思ったことはありません。ただ今も障害児教育に関わり続けているのには、個人的な理由があるのです。「どうして熱心なのですか」と理由を聞かれますと、いつも私は2才上だった姉のことが思い出されるのです。姉は私が小学校5年生のときに亡くなりました。
 私が小学校の教師になってから10年目に、突然に思ってもみなかったというよりは、避けて通ってきた、障害児学級の担任を命ぜられ、四苦八苦して実践を始めるまでは、姉の事など思い出しもしなかったし、むしろ思い出したくない、消し去りたい記憶でした。
★私は田舎の農家の7人兄姉の末っ子として生まれました。小さい頃は、引っ込み思案のひ弱な子でした。
兄たちとは10才以上も年が離れていたので、兄弟と言うよりは、まるで親子のような間柄で、精神的な影響は、親よりも兄姉の影響を受けて育ちました。両親は田と畑で忙しく、子どもにかまってやる時間はなかなかなかったようです。ですから私は、相談事はみんな兄や姉にしていました。
しかし、たった一つだけ親や兄姉には、口が裂けても言えない悩みがあったのです。それは、私より2才上の姉の事でした。
★姉は6才の時、日本脳炎にかかってしまいました。その年は、日本が戦争で負ける寸前でしたので、医師もこの病気についての知識もなく、薬を手に入れる事は出来ない状態でした。
38度以上の高熱が1週間続き、医師の手当てで何とか奇跡的に命は助かったけれど、高熱が続いた為に脳をやられ、軽い知的障害児になってしまいました。
★小学校は家から5分ほどの所にあったので、姉は上の姉たちと一緒に小学校へ通っていました。私も小学校へ通うようになり、2年が過ぎました。上の姉が小学校を卒業し、私とすぐ上の知的障害の姉だけが小学校に残りました。その時姉は5年生、私は3年生になっていました。
 今までは,上の姉がかばっていたので、知的障害の姉はいじめられることはありませんでした。姉は、日本脳炎という病気で知的障害になるまでは、兄姉の中で1番頭がよかったのだそうです。ですから,親はとても残念がっていましたし、お爺さんは姉をふびんに思ってか、特別大事にして可愛がっておりました。
★かばってくれる上の姉が小学校にいなくなったので、姉へのからかいといじめが始まったのです。
当然、年下の私が姉をかばってやらなくてはなりません。しかし、ひ弱な年下の私が姉をいじめている、大きな上級生にかかっていっても,勝ち目はありませんでした。
 しかし、いくら負けても、負けても、姉をいじめる子には,かかっていきました。それが、私に出来るたった一つの姉への愛情表現だったのです。結果はいつも,私がいじめられ,泣かされたのですが・・・・・。 家に帰っても、絶対に姉がいじめられた事は言いませんでした。いじめられた事を言えば、お爺さんや父や母が悲しむからです。もし、いじめた子の家にでも、親が文句を言っていけば、次の日もっと姉がいじめられるのが分かっていたからです。
 いじめられる悲しみ、馬鹿にされて遊んでもらえず、姉と2人でぽつんとみんなが遊んでいるのを眺めているのは、とても辛かったです。その頃の学校は、私にとっては行きたくない、嫌な場所でした。
私は、大きくなったら先生になりたい、と思っていました。ですから、私は自分が大きくなったら、絶対に人を馬鹿にしたり、差別しない先生になろうと、小さい頃から思っていました。
 私の母は、教育のない人でしたが、困っている人にはとても優しかったです。ある日、ホームレスの人を馬鹿にしたら、冬の寒い日でしたが、半日家に入れてもらえませんでした。口でがみがみ言うよりも、態度で人を差別しては行けない、という事を教えてくれたように思います。母は92才で亡くなりましたが、私はそんな母が今でも大好きです。だから、好きな母親にはよけいに姉のことで心配させたくありませんでしたので、親にはいじめられていることは、絶対に言いませんでした。自分の小さな胸の中にしまい込んで、耐えていました。
★私が4年生になった頃、6年生の姉は、少女へと心も体も変わる時期になっていました。その頃になると、体のバランスが崩れる事が多く、年に数回てんかん発作が起こるようになりました。
 ある時、学校の授業中にてんかんの発作が起こりました。すると、姉の担任の男の先生が、私の教室にきてみんなの前で大きな声で「西田、おまえの姉ちゃん、てんかんを起こしたから勉強できない。姉ちゃんを家に連れて帰れ。」と言うのです。学級の同級生のびっくりした視線が、私に突き刺さり「とても恥かしい思い」をました。養護の先生のいる保健室で寝かせてくれれば、5分ほどで元に戻るのに・・・・・。授業の途中で、しょんぼりと、姉の手を引いて家まで帰ったことを思い出します。何十年もたった今でも、その時の辛かったことを思い出すと涙が出ます。
 人はうれしい事や、楽しかった事はすぐに忘れますが、悲しかったことや辛かったことはいつまで経っても忘れられないものです。皆さんも、いじめられたりしたことのある人は、私の気持ちが良く分かると思います。私はその頃から先生に成ろうと考えていたので、「なんていう先生や、ぼくが先生になったら、こんな辛い思いを絶対受け持ちの子にはさせないぞ。」と心に誓って、大きくなりました。
★私が5年生になったとき、姉は中学へ・・・
 同級生のみんなと中学へ行けると思って、姉は喜んでいきました。
ところが、授業の邪魔になる、教えても分からないだろう、ということで(姉は授業中はおとなしく、迷惑をかけるのは、年に数回のてんかんを学校で起こした時だけなのに)、「学校にはよこさないでくれ。」と校長先生から言われてしまいました。その頃は、障害を持った子は、学校によこさなくても良いという、就学免除や就学猶予と言う不当な制度があったのです。
 ところが、姉にはその訳が理解できませんので、いくらいじめられても学校が好きな姉は、友達の後について、とめてもとめても、中学校へ行ってしまうのです。そのたびに、母や兄は中学校へ呼び出されて、迎えに行くことを何回も繰り返して、やっとあきらめて中学校へは行かなくなりました。当時の学校には、障害児学級はありませんでした。障害児学級が学校に置かれるようになったのは、ずっと後のことです。
★在宅になった年の11月の末。私が小学校から帰ってきて、寒いので姉と2人でいろりの火にあたりながら、留守番をしていました。いろりでは、大きな鍋でお湯を沸かしておりました。私がまきを取りに家のそとに出て帰ってくるまでの2〜3分の間に、運悪くてんかん発作を起こして、いろりの火の中に落ちていました。5年生の私が、気を失ってぐったりと重い姉を、必死で助けあげたのですが、下半身に大火傷を負って、1週間後、学校から帰ってきた私が、姉の手を握っているあいだに、しだいに冷たくなっていき、とうとう亡くなりました。
 「もっと早く助けてあげられたら、火傷も軽くすんだのに違いない。姉ちゃんを殺したのは俺だ。」と何度も何度も思い、自分を責めました。しかし、その一方の心のどこかでは「明日から、俺は姉ちゃんのことで、学校では誰からもいじめられないですむ。良かった。」という、みにくい気持ちが浮かんだことも事実です。
★今教師として、ひょんなことから障害児教育に携わってから、「障害を持った姉ちゃんのことで、これからは誰からもからかわれたり、いじめられたりすることが無くなった。良かった。」そんな、人間としてもっともみにくい考えを持った自分を、恥かしく思えるように、私の気持ちが大きく変わりました。 
 気持ちを変えてくれたのは、障害を持った子どもたちや、保護者の方でした。障害を軽減、克服しようと、一生懸命、あきらめないで努力を重ねている親子の姿から、私は人間の生き方など多くのことを学びました。多くのお父さんやお母さん、兄弟、祖父母、そして障害のある本人が、人間の見方や生き方を、身をもって私に示してくださったのです。私の障害児教育への情熱は、幸せ薄く、若くして亡くなった姉への鎮魂歌と、兄姉愛から出たのかもしれません。
★「障害を持った人や、弱い立場の人に優しくして、一緒に歩いて行ってね。」と言いながら、姉は私がこの世から旅立つまで、私の心の中でこれからもずっと一緒に生きて行くのです。
 
※この文章は、子どもたちの中で障害児や、特定の子をいじめたり、偏見をもって接している子がいた時に、子どもたちに訴える、理解を深め、認識をあらためてもらえたらという授業の教材の資料にと、私の体験を書いた文章です。どこかでお役に立てたらと思い、載せておきます。この文章を使っての実践記録を次の3の所に載せておきます。
 
更新日時:
H19年8月28日(火)

5    障害を理解して、共に生きる取り組みを
★障害児に対する理解を深める「私の中で生きている姉」の授業と実践について
・題材 私の中で生きている姉
・目標 障害について考え、その子の願いや障害への理解を深め、自分の問題として考えることができるようにする。
・障害や他の理由で、他の子からいじめにあったりするが、その時、どんなにその子が傷ついているのかを知り、共に助け合って生きていこうとする意欲と態度を育てる。
・指導について【一部のみで、省略】
 小学校も高学年になるにしたがって、精神年齢も個人差が大きくなってくる。9歳の節をこえると、大人に近い考え方ができるようになってきつつある。自分のこともある程度は客観的につかむことができる。しかし、一方では、集団の中での規制が強まり、一人の強い子の存在で、学級集団の判断が左右されることがある。
 中心的な子が始めたささいなことが、やがて大きないじめへと発展することが多いのがこの年代からである。いじめてはいけないと分かっていても、強い子の命令にしたがったり、集団に引きずられてしまい、自分を見失ってしまう場合がある。
 目に見える障害は理解しやすいのだが、軽い知的な障害や、知的にはあまり障害のない軽度な発達障害【LD・AD/HD・アスペルガー等】の場合には、一見障害がどこにあるのか分からない事が多いので、理解させることが困難である。この題材を使って、障害が起こる一つの原因についてふれ、理解を深めさせたい。
 この時間は、いじめられている本人の作文についてもふれるが、本人の作文を中心にすると、辛すぎると思われる。そこで私の小学校での体験を皆に読ませることで、痛みを分からせたいと思っている。ここでは、単に障害者の問題だけでなく、人間を表面だけで判断してはいけないことを分からせたい。
★指導計画・本時案は省略
⇒指導の実際
子どもたちが、私に対して授業の前に持っていた印象【私はこの5年生の担任ではなく、障害児学級の担任】
○怖い先生・・5人、暗い先生・・1人、明るい先生・・0人、面白い先生・・36人
○いじめにあっている軽度知的障害のA君が、自分の作文を読むというので、皆の前で読んでもらい、翌日に学級の子どもたちに感想文を提出してもらい、私が匿名で子どもの感想を読んだ。本人がみんなに、一生懸命訴えたので、みんなびっくりしたようで、真剣に聞いていました。本人はいじめられても、いつもへらへらとわらっていたので、本人の作文を聞くまで、そんな辛いと思っていなかったようでびっくりしていました。
○「5年生になって、A君がいじめられている」と、言いかけたとたんある子に「なに言っているのよ、Aなんか呼びすてしーよ」と言われた。それから私も悪になり、ずるずる皆の言うままにしてきた。注意したいけど、恐くてそんなことは言えなかった。A君は強いと思います。その反対に、なんで私はこんなに弱いんだろうと思います。これからは、ちゃんと言わなければならないことは、言いたいと思います。
・「いじめられた本人も、自分も他の人の悪い事をいわないようにします。直してほしいことや、いやなことを言われた時には、注意して下さい」と言っていますので、と教師から子どもたちに伝えた。その後で、A君の障害児学級での頑張りを話し、LDという障害について具体的に話して質問にも答えた。
○その後、私が「私の中で生きている姉」【前出】のプリントを子どもたちに渡して、読んであげた。
・手記を読んでの子どもの頃の先生についての印象 やんちゃの子・・1人、明るい子・・2人・やさしい子・・0人、気の弱い暗い子・・39人⇒現在の先生の印象は 面白い先生が圧倒的な印象になっている違いは?
・「先生は、どうしてこのように性格が変わったのでしょうか。次の日までに考えてきてください」という言葉で、授業を終えました。
・5年生の両クラスで、A君や他のことについて取り組んでくれたおかげで、ずいぶんと子どもたちの様子が変わった。しかし、表面的には仲良くしている様に見えるが、子どもの認識を変えて、共に歩んでいくようにすることはなかなか難しい。子どもたちは、何回も失敗を重ね、傷つきながら、その体験を土台にして、感情的のも共感して、相手の気持ちを理解していくものです。だから、必ず分かり合えるという確信のもとに、これからも息の長い取り組みを続けていくことが大切です。
○・子どもの日記から
・私もA君をいじめてる時があったけど、あんまりA君の気持ちを考えていませんでした。西田先生の話を聞いて、A君も傷ついていたんだよな―。さけられるってのは、言葉で言われるより、ずっと辛いんだろうな、と思いました。でも、そういう私も、たまにグサッてくることを言われるけど、A君は何年も言われ続けてきたんだなー。
・A君の作文の次に、先生が自分の子どもの頃の話をしてくれました。
 先生の姉が、6才の頃に日本脳炎にかかって、障害児になったそうです。その姉は、中学生の時にいろりに落ちて(てんかん発作で)亡くなったそうです。そして「先生は、子どもの頃は、気弱なくらい子だったのに、今なぜ明るく面白いのか、考えてきてな。」とおっしゃいました。たぶんそれは、姉が学校でいじめられて、かわいそうな思いをし、いま、自分が先生になったので、障害の子や他の子に、嫌な思いをさせないためだと思います。
○参観した先生の感想から
・障害を持っている子、問題を持ったされている子に、何も大きな問題が起らない限り通り過ごし、そして、何かあるとはっと気がついてあわててしまう。もっと早く、その子に手をさしのべてやればよかったと、後悔することがよくあります。それに比べ、真っ向から自分をさらけ出し、子どもたちの心にぐんぐんせまっていかれる先生のご指導、そんな真剣な授業を初めて見ました。先生の真剣な語りかけがあったからこそ、A君の作文も何倍にもなって、受けとめられたと思います。
 はじめ、指導案を見た時は、1時間の授業でしんどいなあ。A君のことと、「私の中で生きている姉」を別々に扱ったらどうかなと思いました。しかし、子どもたちの感想を読み、これで良かったんだなと思いました。
 先生の意図も良くわかりました。 実際「私の中で生きている姉」のご指導が、大変に印象強かったものですから、A君のことがどこかヘいってしまわないかとも思っていました。しかし、子どもたちはきちんとつなげて考えており、A君の作文を受けとめていました。A君が自分で訴える作文を読んだことも、素晴らしく、良かったのでしょう。最後の終わり方ですが、私も無理にきちんとまとめをしたくないほうで、余韻を残した終わり方が良かったです。すぐには「感想は・・・・」と聞いてほしくないので。
○保護者の感想から
 【前略】ところで、今までに読んだ中で、一番感動したのは、先生がなぜ障害児教育に熱心であるのか、そのわけを書かれた文章でした。私も読んでいて、涙が止まりませんでした。強烈に感動しました。
そうだったのか!先生には、このように苦しまれた過去があったのか!
そして、苦しみだけにとどめておらず、人の心の痛みを分かってあげ、その人たちのために、一生懸命しておられるというのは、本当に美しく、立派だと思います。亡くなられたお姉様への愛が、今も生き続けているのでしょうね。これから先も、ずっと・・・・。
 
○この授業の他にも、全校のそれぞれの学級で、障害やいじめなどの問題について取り組んでもらいました。全校の朝の集会では、肢体障害のBさんについて、取り組んでもらいました。取り組みの中で、子どもたちのさまざまな反応がありました。取り組んだ後には、子どもたちの行動や、障害に対する考え方、見方に大きな変化が見られました。人間に対する見方を深めること、これはなかなか困難な教育課題ですが、障害を持つ子本人の作文や言葉で、直接気持ちを訴えたことが、子どもたちの心を揺さ振ったようです。当初の、障害や障害児に対する理解を深めて、ふさわしい行動ができる子に育てるという課題に、ある程度は近づき始められたのではないかなと思われる。学校全体で取り組んでもらったので、全学年の変容も、日記や作文や行動で見ることができ、障害児学級の担任として心からほっとしています。まだまだ、これからも色々な問題が起ってくるであろうが、この小学校の子どもたちと、保護者と、教師がともに手を携えていくことで、問題を解決していくことができるであろうと考えています。
※この中味は、実践のまとめの文章の5分の一程度しか紙面の関係で載せられませんでしたので、不充分な内容になってしまいましたが、お許し下さい。
更新日時:
H20年5月28日(水)

6    LD(AD/HD・ASも)のイメージ力を育み、絵を描き、文字を書けるように
T 幼児期からの絵本の読み語りと音読で、イメージを豊かにできるようにしましょう
1.保護者や保育士や教師は、子どもたちと共に楽しみながら絵本や本を小学校中学年までは音読してやり、楽しみながら言葉と動作を結びつけ、生活の場で使えるようにする。
2.模倣遊びや手遊び、ごっこ遊びで、日常生活の中で、それらを手がかりにイメージ力の基礎を育てる。イメージする事ができませんと、どの場面を描いたら良いか、どのように自分の思いを絵に描いたら良いのかがわからず、描く事が不得意になります。これらのことを幼稚園や保育所の先生や、小学校の低学年の先生が知らないと、「何度言っても絵を描かない」と叱られる事になります。描かないのではなく、どのように描いたらよいのか分からないで戸惑っている事を理解してあげ、イメージできるように指導してから、絵を描く指導に入ってください。自分の考えや思いを人に伝えたい、絵に描くのが楽しい。保護者と協力して楽しい生活が送れるようにするのが、一番大切です。
U 小学校中学年までには
1.親や教師の絵本の読み語りから、子ども自身の音読へ【イメージ力を豊かに育てる】
2.自分の思いを絵で描けるようにする。絵の表現上の一つの記号が⇒絵文字⇒文字・書写へと発展する。
3.低学年では、日常生活のことや、自分の思いを絵日記で書けるようにすることを、特に大切な指導目標に⇒自己表現を絵や言葉や文字で表現できるようになると【自分の思いを相手に理解させる事ができるので】、問題行動や粗暴行動が減少します。
V 高学年から中学へは
1.軽度な発達障害児などは、特に本の音読を大切にします。イメージ化が不得意な子には、挿絵を手がかりに内容の理解ができるようにします。話し言葉で表現してみてから、感想文や作文にします。
2.自分の思いや感情表現、イメージを、絵で表現できるようにしましょう。
3.文字の書写の不得意な児童・生徒については、パソコンを使用することで、書写する事に抵抗感が少なくできます。中学・高校・大学でそのようにして、学習して才能を開花させている軽度な発達障害の人が増えてきています。
W LD【AD/HDの人の多くに、LDを併発している人がいます】の人に配慮した指導
★小学校2年生の中頃になっても、日記や作文などで、次のような文字の多くが使い分けできない場合には、指導上特別の配慮が必要になる場合があります。
1.似た文字を読み間違えたり、書き間違えたり、いつも逆さ文字を書くなどの場合。『く』と『へ』、『さ』と『ち』、『は』と『ほ』、『の』と『め』、『ぬ』と『ね』と『わ』
2.作文などで、拗音や促音の書き間違いや、聞き間違いをよくする。教えても、なかなか直らない。
3.中学や高校で、英会話などはきちんとできるのだが、次のような文字が読めなかったり、書けなかったりする場合。
『b』と『d』、『p』と『q』、『n』と『h』、『n』と『r』『m』と『w』 十分に配慮した指導が必要です。
更新日時:
H19年8月9日(木)


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