記録とエッセー

私的な石仏と散居村の記録
石仏と砺波散居村
平成20年5月31日 土曜日      栴檀山別所
栴檀山別所に鬼カ城別名安川城・浅谷城というところがあり、そこには鉄にまつわる伝承があり、数年前に福光町あけぼの会会誌「ねんりん」に発表したことがある。案外好評だったのでもう一度調べなおしている。図書館と資料館に出向く
平成20年5月30日 金曜日      射水市下村阿弥陀寺
石仏の会の平井氏から電話があり、富山県考古学研究誌『大境』の最新号で、考古学者の敬愛する久々氏が阿弥陀寺の石仏が十一面観音だという論文を発表されているという。石仏研究の大家京田良志氏は、聖観音説を唱えられ、私は虚空蔵菩薩としているが、久々氏は十一面観音説をうったえられている。聖観音ではないのは周知の事実と思われるが、わたしは石動山信仰に関わりがあり、虚空蔵と主張している。久々説にも説得があるが、中世時には、白山信仰を運んだのは、石動山の衆徒ではなかったかと思っている。
 富山市の名鉄ホテルで、業界の会議があり出席する。
平成20年5月29日 木曜日      出町高齢者学級
河合耳鼻科医院の院長さんが学級長を務める出町高齢者学級に、講師として「砺波地方の石仏」について話す。70名ぐらいの参加を得た。我が本も数冊売れた。夜瑞泉寺資料整理を行なっている高橋氏が来宅。寺宝の聖徳太子絵伝について、話す。中世に作成された貴重なもので、文化財指定にならないかとの相談である。
平成20年5月28日 水曜日      写真家風間氏が来宅
写真家の風間氏が、福光美術館の帰りに寄られた。祝賀会などを話題になる。
平成20年5月27日 火曜日      FMとなみ番組審議委員会
午前十一時に北日本新聞砺波支社で、FMとなみの番組新議員会が開催され、出席する。早朝の番組について語られ、誇りと自信のもてる地域人を育てるという観点で議論される。
平成20年5月26日 月曜日      昨日の余韻
たくさんのお酒を呑み、やや二日酔いである。心地よい余韻にしたっている。午後から出町の高齢者学級の学級長の河合耳鼻科の先生が、打合せに来られた。砺波の石仏について話をするつもりである。
平成20年5月25日 日曜日      「とやまの石仏たち」の出版記念会
当日の私のあいさつ文を記録のために掲載し、皆さんへのご挨拶としておきたい
 
とやまの石仏たち」出版祝賀会挨拶
 
今日は、過分な祝賀会を開いていただきありがとうございます。
今年は還暦を迎えまして、60歳になります。石仏と知り合ってもう30年にもなります。砺波市に1350体、南砺市に1700体、小矢部市に1800体、砺波地方で約5000体の石仏があります。また県内では1万体以上の石仏が安置されています。これらの特徴は幕末期に造立されたということが、非常に関心を持ちました。
 
幕末期は、非常に高揚した時期でありまして、獅子舞・草相撲・ばんもち・チョンガリ・寺院の報恩講など庶民がイキイキと活気のあった時期と思っています。石仏の造立をその碑文から見ますと「若連中」と刻まれ、若い人々によって造立され維持されてきたのです。
 
それが明治期になりますとますます活気が出てきます。特に聖徳太子像と、法蔵菩薩にはとりわけ関心を持ち調査してきました。考えて見ますとこれは、真宗の庶民への土着に大いに関わりがあることがわかりました。
今回、図らずもこのような素晴らしい本が出版できましたのも皆さん方のおかげだと、感謝しています。
またこの出版に関しましても、飛鳥先生のご指導とご配慮により発刊できたものです。先生に連れられ桂書房に出かけたのが、かれこれ3年前になるかと思います。桂書房代表の勝山氏から、飛鳥先生のご紹介ならば、喜んで当社がお受けしますと言っていただきました。
 
当初、聖徳太子と法蔵菩薩に絞り本にする予定でしたが、勝山代表から石仏とは何か、また富山県の石仏の在りようから、聖徳太子と法蔵菩薩を論じてはという提言があり再度書き直して、桂書房に原稿を提出しましたら、今度は写真が多いから、全頁カラーにしてはどうかと打診があり、写真の取り直しがありました。三度目に持ち込みますと、本の体裁をイラストレターの金子健治さんにブックデザインを担当していただいてはということになり、発刊まで多くの時間が掛かりました。編集作業にはもう、うんざりでした。本そのものでは写真家の風間耕司氏、挿絵は原田典子さんに大変お世話になりました。
 
さて、石仏研究は、自然の中にある風化している石の仏に魅力を感じ、写真を撮影したりして自分自身の癒しの空間に満足しているというのが、石仏を触れ合うきっかけかと思われます。私もまた昭和50年頃から、闇雲に石仏の写真を撮っていました。これはちょうど1970年ごろで、70年安保の時期です。学生運動や連合赤軍に象徴されるような時代です。闇雲に撮っていた石仏の写真ですが、それが研究になったわけです。
 
石仏研究は若い在野の学問です。綺麗だなと思う感性から入り、それを古文書で紐解く歴史学や、実証の考古学、古老の話を聞く民俗学、石仏の分布や地図を駆使する地理学などいろんな学問の方がたとの交流ができる楽しく勉強のできる学問だと思っています。心の入った研究ができると思っています。
本日散居村ミュージアムの交流館の狭い会場ですが、いろんな分野の方が参加され、大いに交流ができるのではないかと思っています。
 
このように石仏と楽しく交流し研究できたのも家族のおかげであると感謝しています。特に妻である伸子には、家業をより石仏を優先してきたことにお詫びしたいと思っています。今後ともまたよろしくお願いいたします。
またこれを契機に、ますます石仏と接していきたいと思っています。
 
 
 
平成20年5月24日 土曜日      リンクに新しいHPをアップした
ALWAYSのブログ
富山県丹保建設のブログです。
富山県で古民家再生、注文住宅の施工を行っている丹保建設です。
出会った人々や、ボランティアと活動の話など、日々の出来事を書いてある。
 
富山ふるさと文庫 桂書房
我が「とやまの石仏たち」を出版していただいた桂書房の著書印刷をしている菅野印刷が作成してくれたHP
 
さるさる日記 - めぐり逢うことばたち
三島霜川など地元作家について詳しく論述されている。意外な富山県の文学者などが発見できる。宮沢賢治の資料も豊富
 
のぞいて見て下さい。
 
明日は、散居村ミュージアムで我が「とやまの石仏たち」の本の出版祝賀会が開かれる。
平成20年5月23日 金曜日      砺波の地名について
先日、日の出屋製菓社長の川合氏から電話があり、今長野のほうに居るが、名刺を出したら「砺波」の地名が珍しく、その由来を聞かれたので教えてくれという。適当に答えていたら、その日長野から直接我家に来られ、詳しく話をしてくれと頼まれた。簡単には答えられず、資料を整理して後ほど渡すと言っておいた。今日、おおよそ整理がついたので、営業担当小泉氏に渡す。
 
平成20年5月22日 木曜日      井波別院瑞泉寺輪番さん
井波別院瑞泉寺の藤田輪番から電話があり、小杉町の太閤山公民館前に太子像が安置されているが、詳しくはわからないと公民館長から問い合わせがあったという。そこで何か知らないかとのことである。早速太閤山公民館に電話をして、6月には調査に出向く。井波町商工会で石仏マップを作りたいので協力してくれと役員の方から打診があった。喜んで協力を申し出た。
 最近各商工会では、地元にあるありふれたものを文化遺産・観光の目玉にする所が増えてきた。
平成20年5月21日 水曜日      祝賀会、着々と準備が進む
資料館や散居村ミュージアムのお世話で、私の祝賀会が着々と進んでいるようだ。天気が良ければ、外で全員で写真を撮るという。
平成20年5月20日 火曜日      商工会議所へ出向く
NPO法人を立ち上げるために、渡辺専務理事の助言をいただく。やはりNPO法人は営利を目的にしない。政治活動をしない。偏った宗教活動をしないということを再確認した。新しい出発である。
平成20年5月19日 月曜日      井口商工会、教員退職者の会
井口商工会の藤田さんが、井口を知る講座をするので、砂田氏と対談の講座に参加依頼があった。初回目が写真家風間氏と福光美術館長奥野氏であり、快く受けた。
また南砺市と砺波市・小矢部市の教員退職者の会が千光寺に来られるという。その講師依頼があった
平成20年5月18日 日曜日      場家音川元公民館長が来宅
昨日、酔っ払いながら稲垣晴彦氏らと25日の約束をしたが、私書室長が知り合いなので再度問い合わせておいた。
午後場家音川元公民館長が来宅され、石仏調査カードの整理を行なう
平成20年5月17日 土曜日      若鶴酒造の蔵祭り
若鶴酒造の蔵祭りのオープニング・セレモニーで鏡開きに玄の会世話人代表として、参加した。北陸コカ・コーラ社長稲垣晴彦さんや、米原県議も参加され、にぎわった。
 また渡辺商工会議所専務理事や永井砺波観光協会事務局長、出村氏・松村氏など知り合いが多く参加された。稲垣晴彦氏が25日の出版記念会に出るといわれた。恐縮である。
平成20年5月16日 金曜日      昨晩間馬氏、源田氏来宅
出版記念会の準備と段取りの打合せに、間馬氏と源田氏が来宅。祝辞を飛鳥氏と佐伯氏にしてもらい、写真家風間氏、富山新聞元副社長野島氏、高岡の樽谷氏等にスピーチをしてもらうことになる。
平成20年5月15日 木曜日      我が著書の出版記念会
散居村ミュージアム砂田館長や源田資料館主任、間馬氏らが「とやまの石仏たち」の出版記念会を5月25日に開催してくれる。参加者が約80人強になりそうである。
平成20年5月14日 水曜日      千光寺の文化財を守る会
先日千光寺の文化財を守る会総会で、講演した内容を会報に載せるため依頼されていた原稿を、千光寺へ持って行く。また古書籍の調査の日程を打診してきた。
平成20年5月13日 火曜日      いっけの会
散居村ミュージアムで、いっけの会の会議を行い、定款などを検討した。
平成20年5月12日 月曜日      力石と太子石仏
四日市大学高島教授からの依頼で、高岡市南条地区の力石の調査を行なう。少彦名神社と荒見崎の神社の力石を調査。近くの神社や墓地で新しく太子像と、中世石造物の地蔵半跏像を見つけた。
平成20年5月11日 日曜日      砺波市の中心が太田
砺波市の中心ポイントが太田地区にあるということで、市内の上智測量という会社が50周年記念で市の中心ポイントに、記念碑的なものを建てたいという。それを太田農村環境を考えるかで、具体化してほしいと頼まれた。安念幹倫事務局長が来宅し相談する。
平成20年5月10日 土曜日      場家音川元公民館長来宅
富山市婦中町音川の郷土史を作るということで、場家音川元公民館長が来宅され朝来宅。夜瑞泉寺調査員高橋氏と源田氏が来宅
平成20年5月9日 金曜日      市役所商工農林部へ出向く
小幡部長と「いっきの会」設立について助言を聞く。後万華鏡を、老松氏・白江氏・藤沢氏へ持っていく
平成20年5月8日 木曜日      油田中村の旧家橋本家の当主来宅
宮大工藤井助之丞の一番弟子であった今堀が、精魂込めたアズマダチの民家が橋本家である。ここで、都会からの人を民泊させようと計画しているのが「いっきの会」であるが、その相談に来宅
平成20年5月7日 水曜日      珠洲市西山氏より
珠洲市の民俗学者西山氏より学兄著『珠洲散策のーと』が送られてきた。観光ボランティア「きらり珠洲」の会長もなさっておられる。砺波にも必要と思われ、大いに参考になる。
平成20年5月6日 火曜日      富山縣護国神社遺芳館研究員
富山縣護国神社遺芳館研究員西川氏が、十七年ぶりくらいに、拙宅に来られた。叔父博清のことなど話す。
平成20年5月5日 月曜日      砺波郷土資料館のボランティア
土蔵の会では、資料館の説明ボランティアを行なっているが、今日は私の当番で出かける。その後散居村ミュージアムに出向き、館長と話す。
平成20年5月4日 日曜日      万華鏡の配達
午前10時ごろより、妻と万華鏡の配達を行なう。苗加・鷹栖・南砺市安居と回る。途中サカタニ農園で生垣の木などを見る。
平成20年5月3日 土曜日      昨夕風間氏来宅
昨夕風間氏が万華鏡を持ってこられる。本日の午後より音川の元公民館長場家氏が筍を持参してくださる
平成20年5月2日 金曜日      午前中、庄川民芸館に出向く
今年庄川民芸館の館長となった高原氏を訪ねる。民芸館の所蔵品や今後の方針など模索されていた。
平成20年5月1日 木曜日      千光寺の会報原稿依頼の
先日千光寺の文化財を守る会総会で話をしたものを、会報に載せたいから、原稿を書いてくれと名越会長から電話があり快諾した。源田さんからも電話があり、出版記念会の状況を話してくれた。

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Last updated: 2008/10/9