平成20年7月31日 木曜日
庄川町金屋の石工 |
庄川町で金屋石を切り出し加工していた石澤氏宅へ、志部谷氏・斉藤氏と出向く。石工採掘と加工について聞き取りをし、石工道具を頂く。
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平成20年7月30日 水曜日
昨晩k氏、今夕源田氏 |
高岡桜馬場の献上桜が、庄川町周辺からのものだと言う新説を発表しようとしているk氏が来宅。大胆に行けばどうかと助言をする。源田氏が10月に安城市から当市へ来るのでその段取りをしているので、その計画を相談する。
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平成20年7月29日 火曜日
大福寺住職 |
今日南砺市の豪雨で、大福寺住職等が小院瀬見などを災害見舞いに行かれた。その後我家に来宅され、となみ詰所の現状や法蔵菩薩などのことなど話す。
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平成20年7月28日 月曜日
FMとなみ番組審議委員会・瑞泉寺太子伝絵 |
午前11時より北日本新聞砺波支社ビルでFMとなみの番組審議委員会が行なわれた。ラジオ図書館・法話の番組について議論された。少ない職員で少ない予算で大きい仕事をされていることに敬服している。
午後1時より妻と、井波瑞泉寺の太子伝絵に参る。昨夜高橋史料調査員が、ぜひ来てくれとのお誘いもあり出向く、展示変えもされ力の入った内容となっている
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平成20年7月27日 日曜日
北陸石仏の会例会 魚津市 |
北陸石仏の会37回例会が魚津市の片貝川と早月川周辺の石仏探訪に出る。福井県・石川県・富山県の会員13名が参加した。小川寺千光寺周辺などに庚申様(青面金剛)が多いのに驚く、金沢の滝本氏の説明も感動的であった。県内に大雨警報が出ていたが、散策中は雨には遭わなかった。
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平成20年7月26日 土曜日
かなざわまち 博 |
朝7時ごろに小泉氏が自宅まで迎えに来てくれた。7時40分には金沢駅に着き、受講者を待った。今日、添乗員は私と宮西氏二人だけだという。このツアーを計画した小泉氏・南砺市観光協会健名氏などは乗らないという。宮西氏は砺波市のことはまったくわからないから、最初からマイクを渡された。始めは夢の平散居村展望台、ややくもってはいたがスケールの大きさに驚かれた。散居村ミュージアムでは館長の懇切丁寧な解説に喜ばれ、昼食は福光の梅原那荘でホンコサマ料理を食べ、城端のむぎや会館で、民謡の鑑賞。若干時間があったので、番外の中野の石仏を紹介し、入道家に入る。当家では当主の出向いをうけ、参加者一同感激された。大きい家、ゆったりとした庭に金沢の人等は感動された。南砺市ではこのような観光が成立しているが、砺波市ではまだまだ受け入れ態勢が整っていない
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平成20年7月25日 金曜日
かなざわまち 博 |
明日、午前7時30分に自宅へ日の出屋製菓の小泉氏が迎えに来てくれることになった。8時30分には金沢駅前まで行かなければならない。今日そのレジュメ作りと、頭の整理を行なう
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平成20年7月24日 木曜日
散居村廻り |
昨日、日の出屋製菓の小泉氏から電話が入り、26日に金沢市で展開している「かなざわ・まち 博」の行事の一環で、散居村とアズマダチ見学会を開催するから案内人になってくれという。実は大福寺住職太田浩史氏が解説を行なう予定であったが、法事が入ったという。急遽お鉢が廻ってきた。都市環境マネジメント研究所の主任研究員宮西氏が関係しているということで、断れなかった。今日入道家と散居村ミュージアム館長に会い、協力を願い快諾された。総勢40名が参加され、応募数は100名以上であったという。抽選で選んだといわれ、金沢の人にとって、砺波は魅力的な所だと言う。26日には私は金沢までいかなければならない。
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平成20年7月23日 水曜日
金毘羅祭り |
今日太田金比羅社の祭礼である。昨日氏子会の世話役メンバーに金比羅社のいわれや由緒について話す。
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平成20年7月22日 火曜日
旧家橋本家当主 |
砺波市宮村の旧家当主橋本氏が来宅。散居村で民泊について話し合う。橋本家は明治の宮大工藤井助之丞と関わる今堀大工が作った家である。そこで都会人に民泊をしてもらうことを計画している。
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平成20年7月21日 月曜日
昨晩出村夫妻来宅 |
昨晩出村夫妻が、久しぶりに夕方来宅された。散居村での民泊についてや土蔵の会NPO法人化などを話し合う
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平成20年7月20日 日曜日
別所と鉄に |
土蔵の原稿で、別所と鉄についての資料を整理を行なう。
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平成20年7月19日 土曜日
安城市 |
安城市から十名弱の町づくりメンバーが10月に来るという。2日間市役所のバスを借り受けて、案内したいと散居村ミュージアム館長と相談する。源田資料館主任も快諾している。
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平成20年7月18日 金曜日
民具カード |
先日、庄川町の元石工石沢さん宅を訪ねた際に、多くの石工道具がありそれを寄贈したいとのことであった。資料館等々で預かり、後の資料としたい思う。その際の調査カードを、資料館と同様のものが良かろうと思いカード見本を頂く。
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平成20年7月17日 木曜日
太田金比羅社 |
7月23日が太田金比羅社の祭礼である。前日の22日に金比羅社の歴史について話をせよと、氏子会長の依頼があった。そのレジメを作成する。
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平成20年7月16日 水曜日
昨晩砺波商工会議所 |
昨晩、商工会議所で会議があり出席する。何年ぶりか懇親会があり、大いに盛り上がる。今日、地元の宮腰さんの系譜について調べる。数年前に北海道からの問い合わせがあり、少し調べてはあったので助かった。
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平成20年7月15日 火曜日
八尾町水谷長寿会で講演会 |
八尾町水谷の公民館で、当地の長寿会総会で石仏講演会を平井氏と行なう。総勢50名ぐらいの出席者があった。文化年間の地蔵と明治期の弥勒石仏がありそれについて、若干述べた。
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平成20年7月14日 月曜日
土蔵の原稿 |
間馬氏が庄川の江戸彼岸桜について原稿を書いているという。私も安川城つまり鬼ケ城と別所、般若野荘について整理中である。
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平成20年7月13日 日曜日
富山市の最勝寺・丸十 |
瑞泉寺のアーカビスト高橋氏と富山市の最勝寺に出向く。9月にまほろばの宴と称して、中世史研究の久保氏、大窪大福寺住職太田氏等とシンポジュームが開かれるので、若干の調査を行なう。後に経沢氏の経営する割烹丸十で食事をする
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平成20年7月12日 土曜日
金屋石の調査 |
金沢城研究所から2名の方が庄川町へ来られ、金屋石採掘場所や石工さんへの聞き取り調査をされ、斉藤譲一氏と志部谷知則氏が同行した。当方も多くのことを御教示を得た。有意義な一日であった。
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平成20年7月11日 金曜日
ふるさと文化財 |
砺波市文化財審議委員会でふるさと文化財の小委員会が行なわれ、出席した。100件ばかりにリストから30物件を選び出し、委員会に提出したいと思っている
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平成20年7月10日 木曜日
大澤雅休生誕120年 |
大澤雅休が2010年で生誕120年を記念して、砺波市内で遺墨展を開催しようと思っている。雅休は戦中戦後にこの太田に疎開し、書の道を究めて人である。現代書の父といわれ、前衛書を起こした人でもある。
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平成20年7月9日 水曜日
図書館 |
「北陸石仏の会研究紀要」9号を砺波図書館と県立・国会へと贈呈した。資料館にも1部贈呈。
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平成20年7月8日 火曜日
資料館 |
金沢城研究所の富田氏が12日に、庄川町に来られるということで、金屋石採掘場所の古い地図を見せてもらう約束を資料館にお願いした。今のうちに金屋石と石工について調査をしておかなければならないであろう。このチャンスに、古文書や石工道具の調査整理を行なっておきたい。
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平成20年7月7日 月曜日
庄川支所・金屋石 |
文化財審議委員会で話題に上がった。ふるさと文化財の候補目録を教育委員会へ持ち込む。その後斉藤譲一氏の紹介で、石森石材で、金屋石のことなど聞き取りをする。
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平成20年7月6日 日曜日
北陸石仏の会研究紀要9号発刊 |
2年ぶりに北陸石仏の会研究紀要9号が発刊された。郵送の準備を行なう。平井氏や金沢の滝本氏も来てくれた。
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平成20年7月5日 土曜日
福光町歴史探訪バスツアー |
福光町観光協会主催(会長川合声一さん)で、観光ボランティアーグループ「麻のれん」とあけぼの会が共催して行なわれた。知源寺・宇佐八幡宮・随順寺・荊波神社などを回った。
夕方には梅原那荘であけぼの会が出版した「福光町のお寺とお宮」の出版記念会が行なわれた。川合さんが会長をつとめられている。楽しい会であった
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平成20年7月4日 金曜日
「日本の石仏」126発刊 |
「日本の石仏」126発刊された。日本の石仏学に多大に貢献された大護八郎氏の追悼号となっている。何回かお手紙をいただいたりした巨星であった。拙著のことも若干述べてある。
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平成20年7月3日 木曜日
北國新聞文化部 |
午後から金沢市の北國新聞文化部の方が来宅。毎週月曜日に連載されている悠々自適欄に、団塊世代の地域デビューについての取材である。私は石仏と共に生活していることなど話す。来週月曜富山新聞にも掲載されるという。
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平成20年7月2日 水曜日
ふるさと文化財 |
砺波市文化財保護審議委員会では「ふるさと文化財」を設定しようとしているが、その候補として約100件ほど選び表にして書き出してみた。砺波教育委員会に出向こうと思っている
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平成20年7月1日 火曜日
「万華鏡」198号来る |
夕方写真家風間氏が「万華鏡」198号を持参される。今回は「百年の家」を特集される。夕方富山市の民俗研究家経沢氏が来宅。鉄の民俗を話す
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