合格への道 指導例
家庭教師 小野沢 
 
 20年余りのプロ家庭教師としての大学受験・高校受験・中学受験個別指導過程で、慶應義塾大学・早稲田大学・一橋大学・上智大学・学習院大学・明治大学・法政大学・立教大学・開成高等学校・慶應義塾女子高等学校・早稲田実業学校高等部・早稲田大学高等学院・青山学院高等部・豊島岡女子学園高等学校・明治大学付属明治高等学校・中央大学杉並高等学校・中央大学附属高等学校・吉祥女子高等学校・女子学院中学・駒場東邦中学・慶應義塾中等部・慶應義塾普通部・市川中学・吉祥女子中学・鴎友学園女子中学・洗足学園中学・大妻中学・国学院久我山中学・武蔵工大付属中学・田園調布学園中等部・共立女子中学・成城学園中学・栄東中学などの合格に携わっています。各ご家庭への思いは深いものがあります。ここでは、様々な桎梏を抱えながらも合格を達成したご家庭を中心に記述してゆくつもりです。
 塾予備校での一般授業を含めれば、灘中学・筑波大学附属駒場中学・開成中学・麻布中学・桜蔭中学・女子学院中学・雙葉中学・フェリス女学院中学・栄光学園中学・武蔵中学・大学医学部・医科大学合格指導にも携わっていますが、家庭教師としての指導は全てご縁ですので、今後、このホームページを通じて更なる合格への機縁とさせていただければ幸いです。
 また、夏期合宿・冬期合宿・夏休み特訓・冬休み特訓などの集中指導は合格への可能性を飛躍的に高めます。その指導例も今後記述してゆくつもりです。


 1   一橋大学
 高校一年生一学期から指導開始した男子生徒本人は、学校ではなく私の授業による大学進学を選択したのですが、全教科指導にはご家庭の能力に限界があり、英語・現国・古典・世界史・日本史で基本カリキュラムを組み、比較的得意だった数学・化学は自力では解けない問題だけをフォローする形にしました。
 受験まで二年半以上の期間があったので、英国社のオリジナルプリントを作成し、それをベースにした授業を進めました。
 国立文系は記述力が絶対要件なので、早い時期からその対策も含めた指導を行いました。
 英語は長文読解・構文理解と同時に中文を日本語で記述させました。すなわち、英語と日本語の言語的違いを認識した上で人間共通の意思を理解・表現する作業を通じて英和力を養成しました。
 国語は、私のオリジナル読解演習プリントと同時に国立過去問で記述練習を行いました。読解力は一定以上の教養を前提とすることから、教材内容を展開させながら深い理解に結び付けました。
 日本史・世界史は、各時代のトピックを中心とした知識・記述演習プリントを作成し、毎回の予習をさせた後に授業を行いました。時代の本質を捉える訓練を通じて知識を身に付けさせるという指針の下、自分なりに歴史を把握出来るようになり、記述力も高まったようでした。

 2   一橋大学
 学校の補習を頼まれたのが、生徒が高校二年生の一月でした。中堅の進学校での成績は学年で20番前後で、生徒本人は所謂マーチを目指したいということでした。東大・一橋は数年に一人か二人、早稲田には毎年実質ひとけたでの合格者を出している学校でした。
 中学受験での失敗を引き摺っていたのか、本人には積極的な向学心は有りませんでした。しかし、例えば政治経済の授業でGHQの占領統治政策についてやや突っ込んだ内容に展開すると強い関心を示し、それは英語・現代国語でも同様でした。また、かなり几帳面な性格でもありました。お父さんが一橋出身で当時最大手の銀行の支店長でしたので、「お前もどうせなら一橋レベルを狙ったらどうだ。一橋や慶應ならお前の好きな銀行員になり易いだろう。丸っきり馬鹿という訳じゃないんだからどうにかなるんじゃないか」と激励?しましたが反応は今一つでした。それどころか、「僕、銀行員にはなるつもりはありません。勝手に決めないでください」と反論されました。夏休みの合宿で同年代の私の生徒と交わる中、徐々に向学心を高め始めて来たのを確かめた後、一橋大学に連れて行きました。建物が気に入ったのか、何故かその気になり、一橋受験対策に集中しました。学校成績は30番以下に下がってしまいましたが、センター試験では学校内で一番でした。
 中堅レベルの進学校の学校考査試験対策授業だけでは一般入試での上位大学合格は困難です。授業機会が月60時間以上与えられれば両立は可能ですが、月精精40時間内ではどちらかに絞るしかありません。
 何故なら、一般校の中間期末考査などでは学校レベルや教師のレベルで内容が左右され、高得点するには、学校・教師への対策という遠回りのものが前提となってしまうからです(勿論、推薦入試を目指すご家庭にはその対策を行います)。
 月100時間を超える授業を希望するご家庭も稀ではありませんが、一般のご家庭の場合、現役合格を目指すならば二年生二学期の段階で推薦対策か一般受験対策のどちらかに方針を決定しなればならないでしょう。勿論、学校の補習イコール推薦対策ではありません。一般入試を選択した場合でも、学校授業での様々な質問を受けながら受験対策をするのが通常です。
 学校の成績が下がってまでも私の指導に付いて来ることが出来るご家庭にはそれなりの器が必要です。このご家庭の場合、ご両親が生徒以上に私の方針を理解してくださり、それが最終結果に結び付いたのだと考えます。ご両親とも受験の本当の厳しさをご存じだったということです。
 

 3   駒場東邦中学校
 算数が苦手という生徒を六年一学期から指導しました。 
 前半は、四谷大塚の予習シリーズで四年五年の総復習と入試に向けての応用発展演習を行いました。
 最上位校入試では初めて見るような独創的問題にその場で対応出来なければ合格は不可能です。勿論、基本は完全にマスターさせておかなければなりません。夏休み中にそれを終了させ、難関校の入試過去問を選んで演習授業を行いました。型にはまった解法では太刀打ち出来ない問題には様々な角度からのアプローチが必要です。良問を選んでじっくりと考えさせるという指導方法には当然時間が必要です。生徒は根気よく私の授業に付いて来ました。
 算数の難問には所謂センスというものも重要ですが、限られた期間においても焦らずに地道に思考の段階を踏む訓練に臨むという忍耐力によっても十分太刀打ち可能であるということです。
 慶應義塾中等部一次にも合格しましたが、第一志望の駒場東邦に進学しました。

 4   静岡聖光学院中学校
 弟子の上智大学の学生に懇願されて引き受けた生徒は、当時小学六年生で、四年生までご両親の仕事の関係でフランスに育った男子でした。帰国後もリセに通い、ほとんどフランス語が母国語という状況でした。お母さんはそれでも寮制の有る静岡聖光学院への一般受験進学を希望しました。六月下旬でした。
 他に何人も生徒があったので授業機会が限られていましたが、私が週三回を受け持ち、残りは慶應・上智・東京外大の学生に指示し、知識分野はお母さんに手伝ってもらいました。
 弟子が助けを求めてきた理由が、子供が横暴で手に余るということでしたので、物事のけじめをはっきり付けさせることから始め、お母さんにもその方針を認めさせた上で、徹底特訓をしました。
 日本語に馴れる為に、国語だけでなく算数・社会・理科教材をしっかりと読み取る訓練を旨としました。焦れる子供に、甘えを許さないという姿勢で指導しました。
 自尊心が非常に強い母子でしたがよく従ってくれました。合格後も親しくお付き合いを続けました。

 5   東京女学館中学校
 夏休み明け、四谷大塚の校長をしていた友人から六年生の女児の個別指導を頼まれました。気性が激しくて集団授業には馴染み難く、なかなか成績が上がらないということでした。
 授業をしてみると、性格の真っ直ぐな素晴らしい生徒でした。周辺の評価や模擬試験の結果などとは関係無く、第一志望校合格は十分行けると考えました。
 女学館は所謂中堅校でしたので、期間も限られているということもあり、合格の為の最低限の学力を必要十分に身に付けさせることを旨とした授業を行いました。すなわち、予習シリーズの練習問題レベルを確実に正解させることを冬休みまでの課題にしました。
 しかし、中堅校でも難問は必ず一問は出題されるので、所謂解法に頼るのではなく基本に戻って様々な角度からアプローチする思考方法の練習も行いました。要するに、難問には執着はしないがチャレンジはしてみよう、という方針です。
 十二月下旬、お父さんが重篤となりました。生徒はお母さんと交代でお父さんの看病もすることになりました。そして、私の授業と見事に両立させました。勿論私も生徒の心の状況を汲み取りながらも、勉強に精進させて合格に結び付けることが最高の激励となることを前提に、予定通りの授業を完遂しました。
 合格結果は、手術に成功したお父さんが自ら一時間以上掛けて学校まで出向いて確認し、私に伝えて来ました。
 生徒は、先生に言われた通り最後の一問まで諦めずにチャレンジしました、と嬉しそうに試験時の状況を報告してくれました。
 その後、大学受験の際も、私の引っ越し先の埼玉県の大宮に往復四時間以上掛けて通って来たりし、早稲田大学理工学部に合格しました。
 個性が強すぎて周辺からはやや疎んじられながらも、自分を信じて目的に邁進するという精神力は男女を問わず尊敬に値するものです。
 



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