受験指導ガイダンス
受験指導概説
受験対策概説
合格指導校
教科別指導方針
受験指導概説
2009年度受験生徒指導
志望校合格に向け、入試傾向とその対策に基づいた入念な指導計画を立てて実践します。
受験科目総復習と難問対応能力醸成を経て、合格を確実とする為の入試問題演習過程を完遂させます。
新年度指導
浪人生には新規の動機付け、現役受験生には夏〜本番への土台形成、進学・進級生徒には新学年に向けての予習など、春はまだ余裕の中で勉学に勤しみ得る貴重な期間です。
各医学部進学指導
医師を志す受験生には、人の命に携わる人として、学力と共に自らの気概をどこまで適切に示し得るか、すなわち、どこまで志望への動機付けが成されているかが問われます。ある意味で、教育の本質が問われる過程でもあります。
難度は年々加速しています。国民が医療現場への注目を高めている結果です。
東京大学理科三類・京都大学医学部・神戸大学医学部・東京医科歯科大学・大阪大学医学部・東北大学医学部・名古屋大学医学部・九州大学医学部・北海道大学医学部・信州大学医学部・三重大学医学部・弘前大学医学部・群馬大学医学部・慶應義塾大学医学部・自治医科大学・東京慈恵会医科大学・東京医科大学・日本医科大学・昭和大学医学部・順天堂大学医学部・独協医科大学・東京女子医科大学などの国立・私立の枠を超えて、各大学の入試問題にはそれぞれの個性が反映されています。記述中心か選択中心かという形式的のものだけでなく、特に理科科目の出題傾向には個別の対策が必須です。また、論文・面接も各校各様で、周到な準備を要します。
個別指導を特に必要とする進学過程です。
弱点克服
苦手科目・不得意科目が子供の学力向上の桎梏となっていたご家庭の指導にも数多く携わりました。苦手意識・不得意意識の原因が、それまで指導を受けて来た教師との相性だった、勉学過程における関門突破にたまたま失敗したことを引き摺ってしまった、などの、後で考えると余りに瑣末的なレベルであった、という無念は絶対に回避しなければなりません。諦めずに再挑戦する機会を設定しながら全体のバランスを図って合格に導くことも、全教科・全科目に対応するプロ家庭教師である私の役割であると自負しています。
指導教科・指導科目
中学受験・高校受験・大学受験(文系・理系・医学部受験)・高卒認定試験(大検)・編入学試験・転入学試験の全教科に対応します。私の生徒の合格校のほとんどは受験全科目(数学TUVABC・英語・物理TU・化学TU・生物TU・現代国語・古典・漢文・日本史・世界史・政治経済・小論文・算数・国語・理科・社会)を担当した結果です。
合格特訓指導
過去問と類題演習による集中特訓指導を行います。補完すべき弱点と同時に何を為すべきかを詳細に明示して、合格指導を実践します。各教科・各科目・論文の個別集中授業によって、実力アップと同時に不得意分野・不得意科目克服を達成し、合格を確実なものとすることを目指します。乾坤一擲のチャレンジとして、ご家庭に気概が有れば、それに応えます。特に、夏休み・冬休みの集中授業は私の経験からも飛躍的実力アップが期待出来ます。今まで気付かなかった弱点などの補完を達成します。
大学入試センター試験には、情報の処理能力開発を目指した対策指導を実践します。
学校・塾・予備校補習
筑波大学附属駒場中学校・筑波大学附属駒場高等学校・開成中学校・開成高等学校・麻布中学校・麻布高等学校・桜蔭中学校・桜蔭高等学校・女子学院中学校・女子学院高等学校・慶應義塾中等部・慶應義塾普通部・慶應義塾高等学校・慶應義塾女子高等学校・雙葉中学校・雙葉高等学校・早稲田実業学校中等部・早稲田実業学校高等部・早稲田大学高等学院・河合塾・駿台予備学校・代々木ゼミナール・サピックス(SAPIX)・日能研・四谷大塚・市進学院・栄光ゼミナールなどの学校・予備校・塾での成績向上を目指したフォロー授業も行います。
合宿
ご希望のご家庭には、特別指導合宿を行います。
箱根・修善寺・伊豆長岡・清里・網走・日高・十勝・釧路・層雲峡・札幌・函館・河口湖・相模湖・秩父・みなとみらい・鎌倉・銀座・浅草などで、夏期特訓合宿・冬期特訓合宿を計二十回以上無事故で完了させて来ました。山荘・寺院・ホテル・旅館などで、時には自炊も交えた時間を過ごすことで密度ある指導を達成して来ました。
指導生徒達
この数年は、国公立学校生徒の他、早稲田実業学校中等部・早稲田高等学校・城北高等学校・豊島岡女子学園高等学校・栄東高等学校・大妻高等学校などの私立学校生徒指導に携わっています。
慶應義塾高等学校・早稲田高等学校・立教高等学校・白百合学園高等学校・香蘭女学校高等学校・東京学芸大附属小学校中学校・慶應義塾中等部・慶應義塾普通部・早稲田実業学校中等部・立教女学院中学校・精華小学校・晃華小学校・東洋英和女学院小学部・さとえ学園小学校などの国立・私立学校生徒の内部進学・外部受験や、フランス・アメリカからの帰国子女指導にも数多く携わって来ました。また、不登校生徒指導など、学校教育課程枠外指導も行います。
受験対策概説
詳細は、「私に出来ること」に記述してあります。
大学受験
東大・京大・一橋大・東工大・阪大・東北大・北大・九州大・名古屋大などの国立大学や慶應大では記述力が求められます。制限時間・制限字数内で的確に取捨選択する能力が絶対条件です。単なる文章力ではなく、限られた条件下でどこまでインテリジェンスを必要十分に提供出来るかが問われるのです。勿論、何を求められているのかを長文の設問から瞬時に把握する能力が前提となります。また、英語・国語・物理・化学・生物・日本史・世界史それぞれに固有の対策が必要です。私の授業ではそれらを総合した能力構築を目指し、実践します。
早稲田大・上智大などでは、詳細な知識の処理能力が求められます。ただ知識を増やしても、それを的確に活用する能力が無ければ宝の持ち腐れです。私の授業では、問題演習を通じて知力を養成・鍛錬します。
大学入試センター試験については、国立大学受験と私立大学受験それぞれに適合した対策指導が必須です。国立大学上位校受験の場合、センター対策はあくまで二次記述試験への過程的なものに過ぎないという心構えで臨まなければなりません。勉強の比重を二次試験対策に置きながら、択一試験であるセンターをもクリアするだけの選択問題処理能力・直感的速読能力が要求されます。一方、センター試験利用上位私立大学では、九割の得点を目安にしてセンター入試対応能力養成に努めなければなりません。私立大学一般入試対策とは重点の置き処がやや異なります。教科書・資料集・標準問題集をベースとして知識を堅実なものとし、かつ、ミスを犯さない集中力が要求されます。各事情に対応した個別対策授業を行います。
高校受験。
開成高校・早稲田高等学院・早稲田実業高等部・慶應高校・慶應女子高校・筑波大附属駒場高校・学芸大附属高校などの私立・国立難関高校の入試は中学課程を遙かに超えているという延長線上で更に難化傾向を加速させています。英語は知識・読解力共に大学入試レベルの対策が必要です。数学は受験算数の柔軟な思考能力を前提とした直感力・スピードが必須です。国語にも、読解力・記述力のみならず、センターレベルの選択能力は最低限のものとして求められます。
勿論、大学受験レベルの指導をただ行えばよいというものではありません。例えば数学では、微積や数列・順列組み合わせの公式を覚えるという作業ではなく、逆に公式を自ら作成するだけの数的処理能力を養成することを目指す指導が前提となります。また、大人並の知識教養という観点ではなく、少年から見た世界の事象への率直な認識をどこまで真摯に表現し得るかが問われると考えるべきでしょう。
公立高校受験では、入試問題には難問は有りませんが、限りなく満点に近い得点力が求められます。学校での内申対策は日頃から心掛けなければなりません。進学に向けての方法論としての指導を行います。
生徒の陥り易い自意識過剰を生活指導も含めて修正しながら、プロ個別指導教師として個性の発揮を旨とし、同時にその能力を結果の出るレベルにまで実力養成指導をいたします。難関高校受験に対応出来る能力養成を果たします。
中学受験
灘中学・開成中学・麻布中学・駒場東邦中学・武蔵中学・桜蔭中学・雙葉中学・女子学院中学・筑波大附属駒場中学・筑波大附属中学・フェリス女学院中学・聖光学院中学・栄光学園中学・ラサール中学・渋谷教育学園渋谷中学・渋谷教育学園幕張中学などでは、詳細な知識と同時に深い洞察力が必要です。当り前と思われていることに、何故そうなるのか、と問い掛ける探究心が自然界と同時に人間社会に対しても求められます。これらは子供が自力で身に付けられるものではありません。日頃から意識・感性の向上を惹起する環境が必要です。学校・家庭・地域社会における学習過程、すなわち、全人格的な教育という当たり前の、しかし非常に高度なものが付与されなければなりません。
筑駒・灘・開成・麻布・桜蔭・雙葉では、全科目において非常に高度な自己表現力が求められ、合格の絶対条件となります。塾で示されたマニュアル的な記述模範解答を繰り返すだけでは到底合格には至りません。詳細・厳密な理解力・読解力・知識力に基づいた上での、的確で過不足無い解答力が要請されます。
その力は集団授業では獲得か困難です。特に国語・社会では、一言一句も疎かにしない個別詳細授業が必須です。
公立中高一貫校が注目されていますが、入試傾向・出題傾向・指導方針はまだ確定していません。また、将来どれ程の教育実績が達成されるかも未定です。しかし、この制度は今後主流となることは確かでしょう。対策としては、現在のところは国立私立中学校受験の準備で十分ですが、公立だから問題が易しいだろうと考えるのは禁物です。
優れた中学校では、試行錯誤を重ねながらも、優れた生徒を得る為に様々な工夫を実践しています。それらは入試問題にも反映されます。子供の六年間の主要な環境となる学校の有り様をしっかり把握した上で受験させなければなりません。
ご家庭にとっては、受験期のお子さんは扱いが非常に難しい存在となっていることが通常でしょう。ベテラン教師として子供の自意識を育みながら徒に野放図には走らせない個別指導・個人指導を実践いたします。難関中学受験合格に向けた教育過程は高い知力の養成過程でもあります。知力と人格のバランスを図った指導を目指します。
合格指導校
東京大学・京都大学・東京医科歯科大学・東京工業大学・一橋大学・大阪大学・東北大学・北海道大学・九州大学・名古屋大学・東京外国語大学・国立大学医学部・自治医科大学・東京慈恵会医科大学・昭和大学医学部・東京医科大学・日本医科大学・順天堂大学医学部・ICU(国際基督教大学)・筑波大学附属駒場中学校・筑波大学附属駒場高等学校・筑波大学附属中学校・筑波大学附属高等学校・お茶の水女子大学附属中学校・お茶の水女子大学附属高等学校・東京学芸大学附属中学校・東京学芸大学附属高等学校・灘中学校・灘高等学校・開成中学校・開成高等学校・麻布中学校・桜蔭中学校・女子学院中学校・雙葉中学校・フェリス女学院中学校・ラサール中学校・ラサール高等学校・栄光学園中学校・武蔵中学校・慶應義塾高等学校・慶應義塾志木高等学校・早稲田実業中等部・早稲田中学校・白百合学園中学校・浅野中学校・桐朋中学校・桐朋高等学校・海城中学校・海城高等学校・浦和明の星女子中学校・浦和明の星高等学校・青山学院中等部・学習院中等科・学習院女子中等科・立教女学院中学校・成蹊中学校・成蹊高等学校・巣鴨中学校・巣鴨高等学校・渋谷教育学園渋谷中学校・渋谷教育学園幕張中学校・渋谷教育学園幕張高等学校・立教新座中学校・立教新座高等学校・立教池袋中学校・立教池袋高等学校・攻玉社中学校・国際基督教大学高等学校などの難関国立大学・国立大学医学部・私立医科大学・難関私立大学・難関国立私立中学校高等学校への合格指導・進学指導に、プロ家庭教師として具体的な個別対策を立案して十全の対応をお約束します。
勿論、浦和高等学校・浦和第一女子高等学校・日比谷高等学校・西高等学校・国立高等学校・戸山高等学校などの県立・都立高等学校への合格指導・進学指導、都立・区立・公立中高一貫校への合格指導・進学指導もお受けします。
一般生徒・教科別指導方針
各科目の受験対策や小学生については、「私に出来ること」に詳述してあります。
ここでは、概論的に述べさせていただきます。
高校生
数学
多くの生徒が中学数学から高校数学への切り替えに苦労します。両者の次元の齟齬が原因です。三角比という新概念・論理論証の数学的新文法・場合の数の記号処理・図形証明の代数処理(チェバの定理など)・頂点が原点から移動する二次関数などが連続し、それらの理解を大前提として、さらにU・Bで一気に上昇気流的に進展してしまうのです。生徒に暗雲が垂れ込めるのは仕方が無いのかもしれません。V・Cに行き着くのは至難です。
私の授業では、正解への道筋で様々なアプローチが可能な良問に一生懸命チャレンジさせる過程を通じて数学の楽しさを体験させながら基本概念の理解を深め、センスを磨きます。
センター試験利用入学試験には、満点を前提とした集中指導を行います。
国語
一般教養を高めた上での読解力養成を目指します。設定文をただ読んでそれなりに理解することで済ますのではなく、そこで得られる知識を何倍にも膨らませる創造力・想像力を身に付かせます。
古典は、日本語が他の言語に比べても文法的に優れたものであることを知らしめながら、その美しさをも体験させます。「源氏物語」にもチャレンジし得る能力獲得を目指します。
大学入試センター試験で必要とされる速読対策も行います。
英語
一定の語彙力を前提として、文法の理解を深めることにより、英文の微妙なニュアンスまで楽しめる英語力養成を目指します。
生徒のレベルに適合した教材から始め、最後は一流メディアの英文コラムにも対応させられたらと考えます。
英語は漢文同様、「箴言」の宝庫です。英文学はシェークスピアやハーディなどの劇作家・小説家だけではなく、様々な分野の名文家による文章から成り立っているのです。ご希望であれば、私のオリジナル教材での授業もいたします。
大学入試センター試験利用入学試験では、速読の他、短文処理能力が要求されます。
理科
高校課程では物理・化学・生物・地学各分野に分かれますが、自然科学という総合的観点から授業を進めます。
理科学習は理解・記憶分野と計算分野に大別出来ます。素粒子というミクロから宇宙というマクロに至る自然界の現象を客観的に把握する過程で原理・法則を学びながら具体的な事象の数的処理を通じて科学を実感させてゆきます。
人間も自然界の産物であることを考えれば、人文科学・社会科学との区別はありません。理科は、人間を客観的に捉える基礎学習でもある、ということを分かってもらえたら本望です。
また、京都大学の山中教授達によるES細胞を一気に凌駕したiPS細胞の培養成功でも証明されましたが、細菌・免疫分野などとともに日本の再生医療分野の研究レベルは世界最高水準に在り、メカニズムの詳細な理解が生物では要求されます。ノーベル賞級の学者を目指す気概の有る生徒指導を期待します。
大学入試センター試験利用入学試験にも万全の対策指導をいたします。
社会
現代社会・歴史・地理は、人間という生き物の営みをその物的環境との連関過程を理解した上で空間的・時間的にダイナミックに捉えることを目的とするものです。
すなわち、人類は、環境との相関関係の中で文化を育み、それが個性的であるがゆえに衝突を繰り返しながら興亡を重ね、進化を遂げて来ました。そのダイナミズムを教授します。
中学生
数学
文字式・方程式・関数・図形証明などが、単なる処理作業の対象なのではなく、将来の展開可能性を持ったものであることを示しながら、問題を解くという楽しさを学ばせます。すなわち、高校数学の入り口であることを踏まえた授業をします。
国語
思春期とは、他者を客観的に意識し始める社会的自覚の入り口です。しかしまだ、彼らが住まう世界は余りに狭く、場合によってはそこに閉じ籠ってしまいます。自らの殻に逃げ帰って世界との遮断に陥ることもあるでしょう。自分の考えを持ち始めるはよいのですが、他に耳を貸さないというのでは困ります。
居心地のよいだけの範疇からより広い世界への人生展開の端緒のひとつとなるのが活字による文章です。客観的視野に立った評論文、イマジネーションの宝庫でもある古典的文学、そして深い考察・洞察に誘う専門分野の文章。哲学でも歴史学でも宇宙論でも、最初はよくは分からなくとも、その先に何かがあるということを感じさせることが中学課程の国語教育の基盤だと考えます。
英語
中学課程の英語は余りに中途半端で、多くの生徒には記号羅列的な意味合いしか感じられないのではないでしょうか。国語の習得もままならぬ中、どうして外国語に苦しめられるのか、子供にとっては理不尽でしょう。
深い思考は言語でなされるということを前提とすれば、日本では日本人は日本語で考えるのが通常ですから国語に力を注ぐべきでしょう。
しかし、国際言語としての中心的位置付けにある英語を疎かにする訳にはゆきません。
英語に親しむという意味で、基本的な文法・語彙で十分楽しめる教材はあるはずです。英語圏の文化を学ぶ良い切っ掛けともなるでしょう。
日本語と言語構造の異なる英語の面白さを体験させながら、人類というレベルでは日本文化と共通の基盤を持ちながら多様に展開した他民族の文化の存在を知らしめるのが、私のこの段階での仕事と言えるでしょうか。
理科
社会とともにやや軽視されがちですが、総合的に自然科学を捉える端緒として非常に重要な教科です。
例えば、惑星の軌道が恒星と異なるのは何故か、惑星はそれぞれどのような構造・環境なのか、そもそも星の光はどこから来ているのか、太陽は何故燃えているのか、地球では何故生命が発生したのか、などなど、物理・地学・化学・生物に関わる内容を偏ることなく把握するよい機会として指導してゆきます。
社会
人類社会を時空的に大局理解するよい機会です。興味のある分野は詳細に、しかし、全体的視点を見失わない、という指導をします。
以下の記述は付随的のものです。印刷の際は、気を付けてください。
各ご家庭の最寄り駅とその周辺にはそれぞれに深い思い出が有ります(地域の人々・旨い蕎麦屋定食屋居酒屋日本料理屋洋食屋・店のマスター女将・神社仏閣公園・図書館などの公共施設などなど)。私の生活の一部がそこで過ごされました。蛇足かも知れませんが、ご参考までに思い出すままに記します。
浅草駅(七福神のひとつに数えられる寺での授業や合格祝い・観光などで数百回訪れています。隅田川沿いの桜にはやはり目を見張ります。山谷地区にも近く、正に雑踏・雑多の街というべきでしょうか)・上野駅(黄昏時になると何故か郷愁を感じます。周辺は正にレトロです。わざわざこの駅で降りて、小一時間掛けて生徒の家まで歩くのを楽しみました)・九段下駅(九段会館は随分利用させていただきました。皇居周辺も考えてみれば趣ある地域でした)・市ヶ谷駅・四谷駅(私の弟子達の母校が在り、周辺の飲み屋を連れ歩いたものです)・御茶ノ水駅(三省堂・古本屋)・自由が丘駅(旨い麦とろの店が在り、明け方まで親友と語り合ったものです)・表参道駅(私には場違いとも言うべきアンデルセンという店にはお世話になりました)・駒場東大前駅(近隣のホテルには特訓授業の際随分お世話になりました)・中目黒駅(旨い鰻屋蕎麦屋が在りました。目黒川の桜は印象深いものでした)・広尾駅(中華・トンカツ屋の結構旨い店が在ります)・白金台駅(意外に素朴な商店街が在ります)・渋谷駅(かつての地元でした。現在は雑踏の極みですが、東口は混沌として不思議な雰囲気を醸し出している空間でもあります)・新宿駅(現在では駅周辺を歩く気力さえ湧きません。人間の吹き溜まりといったところでしょうか)・横浜駅(埼玉県民としては、海が在るというだけで大したものです)・鶴見駅・能見台駅・金沢八景駅・関内駅(近隣の中華街・みなとみらいへは合格祝い・合宿などで何十回も訪れています。駅近くには食べ放題の良い店が在ります)・蒔田駅(安くて非常に立派な料理を出してくれる小さな中華料理店が在ります。初老の女将さんは上品な方で、職人さんも一流でした)・戸塚駅・綱島駅(旨いトンカツ屋が在りました)・日吉駅・菊名駅・初台駅(この周辺はかつては地元でした。それなりのラーメン屋などが在りました)・笹塚駅(場末の定食屋が気に入っていました)・代々木八幡駅(かつて合格祝いに利用した安くてそれなりに旨いしゃぶしゃぶ屋が在りました)・幡ヶ谷駅(かつての最寄り駅でもありました。居酒屋・酒屋・床屋・スーパーなどなど、随分お世話になりました)・東北沢駅(味の有る女将やマスターの日本料理屋やステーキ屋によく通ったものです)・下北沢駅(旨い蕎麦屋とパスタ)・梅ヶ丘駅(美味しいパン屋と羽根木公園)・豪徳寺駅(団子など)・経堂駅(にごり酒の居酒屋と、女将が親切だったステーキ屋)・成城学園前駅(かつての地元で、安い酒屋と高い喫茶店が在ります。少し歩くと緑地となり、農家が野菜を直売したりしています)・調布駅(深大寺が有名ですが、残念ながら蕎麦屋に行く機会がありませんでした)・国領駅・仙川駅・狛江駅・喜多見駅・三鷹駅・吉祥寺駅(様々な店が目白押しです。井の頭公園には生徒達を連れて花見などで何度も訪れています。また成蹊大学周辺もよい雰囲気で魅力ある街です)・国分寺駅・荻窪駅(残念ながらここでラーメンを食べたことはありません)・立川駅(非常に雑多な街でした)・西国分寺駅(頑固親父で評判の蕎麦屋が在りました)・小平駅・青葉台駅(新興住宅地の代表)・三軒茶屋駅・池尻大橋駅・氷川台駅・桜上水駅・明大前駅(とにかく学生が多い)・久我山駅・中野駅・中野新橋駅(それなりに旨い手打ち蕎麦屋)・田園調布駅(等々力渓谷)・恵比寿駅(近年内側は一変しましたが、外側の雑多も面白い街です)・赤坂目附駅・原宿駅・五反田駅・品川駅・田町駅(東京タワーとラーメン屋?)・泉岳寺駅(赤穂浪士)・西馬込駅・鶯谷駅・千駄木駅(慶應の学生達と日々を過ごしました)・日暮里駅(頑固お婆さんと仏閣。下町の鏡。学生達とよく鉄板焼き屋に行きました)・西日暮里駅・田端駅・王子駅・東十条駅・上中里駅・高田馬場駅(とにかく学生だらけ)・日吉駅・浅草橋駅・田原町駅(店は目白押しでした。とんかつ、しゃぶしゃぶ、八つ目うなぎなどなど)・大森海岸駅(それなりの韓国料理屋が在りました)・平和島駅(蒲焼き)・大森駅・蒲田駅(旨いとんかつ屋が在りました)・日ノ出町駅(面白い女将の居酒屋があり、客の人生相談に私も付き合わされました)・黄金町駅・弘明寺駅・上大岡駅・三ノ輪駅(安い定食屋)・大塚駅・綾瀬駅(蝙蝠が飛び交っていました)・小岩駅(味のある飲み屋)・新小岩駅(旨いとんかつ屋とお好み焼屋)・青砥駅・亀戸駅(旨い焼肉屋)・亀有駅(団子屋)・両国駅・金町駅・市川駅・本八幡駅(人情味ある商店街)・目黒駅・戸越銀座駅(商店街)・池ノ上駅・国立駅・赤羽駅・池袋駅・大宮駅・さいたま新都心駅・北大宮駅・七里駅(30年前から贔屓にしている旨いラーメン屋が在ります。さっぱりしたスープ・手もみ麺とボリュームある餃子の店です)・日進駅・南古谷駅・北上尾駅・上尾駅・所沢駅(好きな街です。周辺が緑である故か、全体が大らかで、親切な人々との触れ合いも楽しい思い出です)・宮原駅・土呂駅(何も無い街です)・東大宮駅・大宮公園駅(周辺は心の余裕に比例して様々なものを与えてくれる地域です)・加須駅・久喜駅・蓮田駅・白岡駅・本庄駅・熊谷駅・児玉駅(安くて旨い蕎麦屋が二件あり、せいろは何度食べても飽きませんでした。塙保己一のことは地元の人はあまり知らないようでした)・伊勢崎駅・春日部駅・八木崎駅・岩槻駅・東岩槻駅・越谷駅・北越谷駅・吉川駅・浦和駅(埼玉県の文教都市です。埼玉県の中心地としての構えには欠けますが、好きな街です)・武蔵浦和駅・与野駅・与野本町駅・蕨駅・柏駅・北本駅・鴻巣駅・桶川駅(駅からやや歩くと、宿場町としての風情が少し感じられます)・朝霞駅・北朝霞駅・入間市駅・狭山駅・新狭山駅・新所沢駅・清瀬駅・飯能駅(少し歩くと川原があり、車が入り込んでいました)・東飯能駅(昔は風情があったのであろうと惜しまれます)・川越駅(鰻・天婦羅・芋懐石・焼き団子・仏閣など)・本川越駅(近隣の寺の住職の子供を指導する際、菓子屋横丁や川越城跡周辺を散策し、また天海や家光で有名な喜多院もそれなりに風情があり、良い街でした)・東松山駅(吉見百穴・比企丘陵・こども動物自然公園にも近く、好きな地域でした。特に物見山からの景色は印象的でした)・西武園駅など。
「逍遙記」(書き掛け)
私の簡単な経歴を記述しました。お暇な時にでもお読みください。
家庭教師としての人生が20年を超えてしまいました。埼玉での13年間は、専業プロ家庭教師一筋ということになるのでしょうか。
映画「荒野の決闘」で、クレメンタインに片思いするワイアットアープが酒場の老いたバーテンダーに、「おいバーテン。お前、恋をしたことがあるか」と問い掛けると、「わしはバーテン一筋だ」と、胸を張って切り返したシーンがしみじみ思い出されます。
二昔前、群馬県南牧村(台風被害や高齢化率日本一、無医村危機などという負の要素で有名になってしまって、複雑な心境です。親切だった村人達のことを思うと心が痛みます)の最標高地区のさらに奥地(熊も出たことがあるそうです。狸との遭遇は度々でした)から東京世田谷に移って間も無く、頻繁に訪ねて来る学生達が、「小野沢塾を開きましょうよ」などと言って、勝手にチラシを作って近所で配ったりしていましたが、反応が殆どゼロで、生きてゆく厳しさを改めて皆で?実感したものです。
上智の学生達は、私の仕事を手伝ってくれていた上智大学院生の友人がテキサス大学のドクターコースに公費留学することになり、その代わりとして後輩の院生を紹介してもらったのが機縁で、その後二十人余りが私に付いて来ました。慶應の学生は、たまたま千駄木の学習室で知り合い、何故か私に従ってしまいました。
彼らはなかなか優秀な学生でした。慶應法学部の学生は非常に真面目な青年で(お父さんはゼネコン最大手の専務で、居間に飾ってあったという高級ブランデーやウィスキーを何本もくすねて?持って来てくれました)、成績もオールAだったのに、自宅の在る柏から定期を作って私の居所に通って来ました。まだ二十歳そこそこでしたが、自己の精神向上への執着は大変なもので、親鸞の悟りの境地に深く感銘して浄土真宗系の寺で半年余りの修行も経たという、私の方が何時も叱られてしまい、困った弟子でした。上智の学生達も純情と言ってもよい程の子供で、最大の英語サークルの部長や幹部でもありました。
その後彼らは、大学教員・読売新聞社・NHK・第一勧業銀行・キャノン・三菱重工・住友商事などに巣立ってゆきました。
何の資格も有さず、学生達に高邁な理想を垂れるしか能の無かった私でしたが、暫くすると幸いなことに?家庭教師の依頼が相次ぎ、やっぱり教えるのが好きだったんだな、と、今頃になって自分の本性に気付き始めています。
大学受験はともかく、もともと中学受験・高校受験とは無縁の人生を送って来た私には、特に中学受験での開成中学・麻布中学・武蔵中学や桜蔭中学・雙葉中学・女子学院中学が御三家と呼ばれていたことや、小学生でありながら高校受験生顔負けの知識や計算能力・記述能力を要求されているなどということは知る由もありませんでした。中野に在った中学受験専門塾とたまたま関わり、四谷大塚の予習シリーズなどで一年掛けて中学受験のノウハウをマスターすると、算数や理科は、数学・物理・化学・生物・地学の本質的部分からのアプローチの端緒であることを実感して大いに感動したものです。中学受験には様々な問題点も存在しますが、その学習内容を経験することは大事なことです。
もともと一つの処に住まう気質を有していなかったので、同時に医科歯科系予備校の教務主任などをしながら、何時の間にか受験全科目の指導を行うようになっていました。プロ家庭教師としての自覚も自然に高まって来ていました。
東京在住時は、プロ家庭教師の傍ら、様々な予備校・塾にも関わって来ました。数多くの生徒達を相手に熱弁を振るうのも楽しいものです。
良い意味で印象深い塾は、自由が丘の創研学院という公文のいわゆる実験校です(東京神奈川中心に他に何校も在ります)。何かの切っ掛けで採用試験を受け、しかし家庭教師の依頼も相次ぎ、最初は断っていたのですが、非常に熱心に誘ってもらったので、週一度だけ非常勤講師として授業することになりました。公文の社員が校長・教師も担当し、さらに四谷大塚や日能研の有名講師もいて、面白い塾でした。特に、私より二つ年長だった校長とは直ぐに意気投合し、毎週の授業後、駅近くで老夫婦が営む麦とろのめっぽう美味い居酒屋で二時三時まで大いに語り合ったものです。
その塾は、開成中学・麻布中学・武蔵中学・桜蔭中学・雙葉中学・女子学院中学はもとより、灘中学・ラサール中学・栄光中学・聖光学院中学・浅野中学・フェリス女学院中学・桐朋中学・筑波大附属駒場中学・筑波大附属中学・学芸大附属中学・慶應中等部・慶應普通部・早稲田中学・早稲田実業中等部・青山学院中等部・駒場東邦中学・学習院中等科・学習院女子中等科・白百合学園中学・立教女学院中学・鴎友学園女子中学・海城中学・城北中学・巣鴨中学などに生徒を毎年合格させていましたが、その総責任者としての激務にもかかわらず、また奥さんと子供もありながら、毎週明け方まで私に付き合ってくれた校長は只者ではありませんでした。何時しか、後に四谷大塚の横浜の教室の校長になる同僚も参加するようになり、横浜中華街などにも出向いたりもしたものです。話の中心はやはり教育に関するもので、様々なヴィジョンを語り合い、その校長は着実にそれを実践しています。
逆に後味が悪いだけの結局は瑣末的な人生経験の場となった予備校もありました。そこは、当時現役の厚生大臣や郵政大臣が顔写真入りで推薦者となっていた、予備校としてはかなりの老舗でしたが、その経営者は良く言えば女傑で、口八丁手八丁の人物でした。生徒の親達も政界財界の大物で、一年半余り、それなりに面白い日々でした。残念だったのは、前任の早稲田大学助教授の後釜として教務主任となった後、私の弟子達をアルバイト講師として使ってしまい、彼らには大きなカルチャーショックを与えてしまったことです。まあ、世の中の裏事情の汚さの一端を垣間見たということでは、良い経験になったことでしょう。私はと言えば、その女傑とのやり取りを楽しみながら、最後は縁を切りました。
女傑と言えば、多くの立派なお母さん方とお付き合いして来ました。また、家庭教師という仕事上での関係に限れば、一目置くべき親御さんとしては、お母さんの方が随分多かったように思えます。冗談抜きで、母は強し、ということです。
予算も含めた授業計画を、子供を最優先にしながらもしっかりと事務的に取り仕切ることの出来たお母さんには、私も平身低頭するしかありませんでした。お父さんに同情すら覚えたものです。
印象深いお母さんとして、国務大臣と知事をお兄さんに持って、自らも実業家として活躍なさっている、私より十年程年上の方がいらっしゃいます。弟子に懇願されて千代田区のホテルのロビーで面談すると、その場で私を信頼し、全面的に子供を任せてくれました。その、人を信じる力・度量は尊敬に値します。授業後の、まる一日掛けた心のこもった料理は、さすがフランス帰りの、一流シェフ顔負けのものでした。実は私は好き嫌いが激しく、タマネギ・ピーマン・ナス・キャビア・フォアグラ・アワビ・イクラ・ウニ・カキなどの高級料理には欠かせない食材はほとんど駄目でした。ご親切な?お母さんは先ず私の苦手なものを聞き、必ずそれをたっぷりと料理してくれたものです。お陰で、好き嫌いは随分と減りました(食べなければもうお食事は出しませんよと脅されました)が、タマネギだけは何とか勘弁してもらい、現在もパスタ・ピザやチャーハン・サラダはタマネギ抜きを注文しています。牛丼ならタマネギを分けられますが、ハヤシライスは食べたことがありません。
そのお母さんに紹介された方も立派でした。お兄さんがかなり有名な男優・タレントで、娘もよくマスコミで話題になっていながら、自らは有名病院院長夫人としてやりくりしている方で、料理は三十品を超える懐石という、人物共に大変なものでした。
また、直木賞なども受賞され、川端康成や三島由紀夫などとの交遊でもかなり高名な作家であるお母さんも、私の国語の授業を傍らで聞きながら、その後、美味しい手作り料理を振舞ってくれました。
要するに、私は、立派なお母さんは料理も超一流だったということが言いたいのでしょうか?現在はご家庭での食事は原則としてお断りしています。
料理と言えば、下北沢界隈で行き付けの日本料理店の女将も印象深いお母さんでした。創研学院の校長など、私の友人達を毎晩のように伴って馴染みになっていた店で、五十嵐淳子そっくりの九州出身の女将がてきぱきと切り盛りしていました。閉店間際、友人を駅まで見送った後、店に戻ると、カウンター席にどう見ても女子高校生としか思われない子供が女将の旦那さんの横に座っていました。高校三年生の娘だと紹介してくれました。もう十一時を過ぎていましたが、金曜の夜は、閉店後、旦那さんも交えて飲み明かすのが常になっていました。旦那さんは大学の先輩でコンピューター会社の起業家でした。両親に娘の大学受験を指導してほしいと頼まれて、快く引き受けました。その後からは娘の先生ということで、更なる御馳走が待っていて、お母さんは授業よりもそちらを重視していたようでした。日本女子大学の学生にも手伝ってもらって、志望校に特待生で合格し、皆の胃袋は大いに満たされました。娘さんの学校の夏期合宿を利用して、私とご夫婦で北海道に出掛けたことがあります。自然の中で、朝から三人で飲み続けて、幸せこの上無い旅行でした。
私自身はグルメとは全く無縁の人間です。西洋料理のフルコースでも、平然と大きなフォークでオードブルを食べ始めて、最後に、サラダ用の小さなフォークでステーキを突っつく羽目になる様なこと度々です。しかし、弟子や生徒達に旨いものを食べさせるのが趣味で、毎月のように何人も引き連れて、私自身は初めてのグルメ料理を彼らが美味しそうに食べる様子を見て楽しんでいます。
やはりお母さんの次はお父さんです。
頻繁に飲みかわす間柄になったお父さんは何人もいらっしゃいます。
横浜のご家庭のお父さんは、授業後毎回自宅で酒席を設けてくれました。お祖父さんは世界的な大企業の社長だった人で、課長だった慶応出身のお父さんもその器の人物と見ました。しかし、仕事を離れると腹蔵無く語り合える非常に誠実な人でした。逆に言えば、料理を作った後別室に下がっていたお祖母さんやお母さんには頭を下げるしかありません。本当は皆さんと歓談したかったのですが、各ご家庭にはそれぞれの文化が在る、ということです。
私より五年年長のさいたま市のお父さんは、東大医学部大学院で教鞭を取られている方で、傍らに私の生徒の大学生・大学院生を侍らせながら、一度飲み始めると話が二人で五時間六時間間断無く展開するのが常で、飲み疲れも忘れて大いに満喫しています。上野・浅草まで出張することも度々です。素粒子物理学の第一人者で、高速増殖炉の開発にも携わっている方です。彼のレベルになると、学歴や肩書を超越しています。
勿論酒は飲めなくとも立派なお父さんはいらっしゃいます。
かつて、世田谷で高校受験の兄と中学受験の妹を指導した後、お母さんが毎回、日本・欧州だけでなく、東南アジア料理なども振舞ってくれて、私と子供二人とお母さんで食卓を囲むという構図になっていました。物心付いた頃から朝も晩も独りぼっちで食事するのが常であった私には家族団欒とはこんなものかと、仄々とした幸福を味わわせてもらったものです。ある日、お父さんが早めに帰宅しました。世界でもトップブランド企業の人事部長をなさっており、お忙しいのか、お会いする機会はあまり無かったのですが、さすがに鈍感な私でもお父さんの感情を察しました。しかし、全く意に介さないご様子で、その後、弱いという酒も飲み交わしました。受験後も、合宿や旅行・会食に何十回も子供達を誘い、お付き合いは今も続いています。