Mes Journaux
3/5/2008

Avec Rameau et.............

Comment allez-vous aujourd'hui ?


 31/10/2006   『MOZART』
 
去年の、モーツアルトの命日、12月5日(1791年。215年前)から読み始めた伝記です。すでに読み終わっていますが、最近また読み始めました。 一回読んではいましたが、2回目に読むと、読みが深まって、ああ、ここはこういうことだったんだ!ってなことがわかるものですね〜。
時間があれば読み進む日々が続いています。寝る前に読むことがほとんどですが、休みの日は、もう少し多めに読んでいます。読みやすくて、面白い!
 
 
彼と同じ時代を生きた、ドイツ人、イタリア人作曲家への評価も非常に面白く、興味の惹かれる記述があります。意外に思ったのは、モーツアルトの気前の良さが彼を貧乏へ追い詰めたという話には、あまり信用できない面がある、という記述です。ロホリッツとかいう人物は、彼の金離れの良さについて書いています。
(ただ本著には、引用、出典についての付録がほとんど省略されていることは残念です。原典には2000以上(!)の出典の詳細があるそうですので。)
 
ここまでの著作の内容についての要約は非常に困難です。この本は、本編だけでも800ページ近い大著、しかも、かなりレオポルトについて書かれている前半などは、要約などよりも、是非機会があれば、皆さんにも読んで欲しいところばかりでした。もちろん神童としての彼の側面も詳しく書かれています。でもそれは、われわれが既に知っている範囲を大きく出るものではありません。
ただ、音楽旅行の一部始終が詳しく書かれていて、ここだけ読んでもたいへん面白いです。
 
もうひとつこの本を読んでいて重要だな、と思ったことは彼の家庭内関係についてです。
父のレオポルトは、(ウォルフガングもそう望んでいた節もあるようですが)、何かにつけ、彼の行動を監視し、批判し、自分の思い通りにしないと気がすまない質だったようですし、ウォルフガングも、父にかなり精神的・金銭的?依存していた面がかなり見受けられる、ということ。それと姉のナンネルのことは、他の伝記ではあまり触れられているものが少ないのですが、この本では、父=姉、対ウォルフガング、という構図をくっきり浮き立たせて、ザルツブルクを捨て、ウイーンへ行ってしまった息子(弟)は、いつもめちゃくちゃに手紙などで叩かれたりしています。パリへ就職旅行のため同行した、母、アンナ・マリアも、レオポルトと意識は同じであって、母親ですから、ある程度のとりなしはあったようですが、ウォルフガングの家庭内での孤立、また疎外ぶりが非常に気の毒でもあり、気ままに生きた(ように思える)彼の生き様が、彼の一家にとっては煙たい存在になっていく過程がよく描かれています。昔、「積み木くづし」というドラマがありましたが、かなり不良しているように、一家からは見られていたようですね。自由な創作を行って、その音楽人生に幕を下ろした天才児は一家からみれば、「世間様の恥」になってもおかしくない、そんなやんちゃな人物像だったことを新しく発見できます。
もともと、モーツァルト家は宮仕えの家でしたし・・・・。
 
詳しくは書きませんけど、従姉妹の「ベースレちゃん」こと、アンナ・マリア・テークラ・モーツアルト(1758〜1841)とのいちゃつき関係も、さもありまん、で興味津々で、女性週刊誌のノリで読んじゃいました。(「ベースレ」って、極私的な思惑なんですが「あばずれちゃん」(死語)っていつも聞こえるんです。
 
びっくりした、というか、へえ〜、と思ったのは、神童時代に稼いだ金がどうなったか・・・ということ。
ネタばらしになってしまうのでここでは「あえて」書きません。事実、ほんとに?と思いますよ。
 
『MOZART』、メイナード・ソロモン著、石井 宏訳、新書館、1999.

 12/10/2006   ピアノ・フォルテのこと。
 クラヴサン(チェンバロ)は数百年の長きにわたり欧州で演奏されていました。
よく、現代のピアノのご先祖さんと、世間では喧伝されていますが、これは間違い。
クラヴサンとピアノは全く違う楽器です。たぶん形状が似ているために、そう思われているんだろう、と思います。決定的な違いはどこなのでしょう。
 
ピアノは、楽器の中に張られた弦を、鍵盤を弾くことにより、その先に付いている「ハンマー」が弦を打って音が出る楽器です。クラヴサンは中に弦が張られているのは同じですが、鍵盤を弾くと鍵盤に連動して動く「ジャック」という部品が作動して、弦をはじく仕組みになっています。
乱暴に言ってしまいますと、ピアノは弦を打つので打楽器系に近く、クラヴサンは琴とかギターに近い楽器と言えます。クラヴサンは指で音を出す弦系の楽器に鍵盤がくっついている、というとわかりやすいかもしれません。
 
わたしのクラヴサン(2003年)の製作者、久保田 彰氏によって、このほどバルトロメーオ・クリストーフォリ(1655−1731)のピアノ・フォルテ(正確に言うと「グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(強弱のつけられるチェンバロ」)が復元されました。
世界に3台のみ残っているという「クリストーフォリ」。
そのなかで、1726年製のオリジナルを持っている、ライプツィッヒ大学楽器博物館から設計図を取り寄せて製作されました。
 
 
日本には浜松市楽器博物館がヤマハに発注して製作されたレプリカなど2台ですが、東日本でコンサート用に借りることのできるレプリカはありませんでした。久保田氏の30数年のクラヴサン製作の経験から、昨年6月より復元に取りかかり、9月には完成。楽器の完成は口コミで伝わりコンサートで使用したい、という連絡が数十件入ったそうです。
 
「クリストーフォリのピアノも、チェンバロも完成された楽器です。『未完成の魅力』と言われているがそうではありません。僕は現代のピアノに対して懐疑的です。現代のピアノは、一度に何百人という聴衆を集めようとして、音量を上げた商業主義の結果だからです。」(久保田氏談)
 
このピアノの音量はとても小さいのです。クラヴィコードとチェンバロの中間くらい。喩えていうと、ささやきと、普段の会話の真ん中くらいの音量といえば、だいたい検討がつくでしょうか・・・。大きさも現代のコンサート・グランドの半分にもなりません。1726年製の楽器のスペックは長さで2.4m、鍵盤の全幅が80cm、鍵盤部分の側面は20cm程度です。鉄骨構造はもちろんありません。重量も5〜60sほどでしょう。構造は華奢で、弦を打つハンマーは羊皮紙を筒状に丸めて固め、弦に触れる部分に皮の小片を取り付けただけの簡素な部品です。たぶん、現代のピアノのタッチで弾くと、壊れてしまうでしょう。
弾き方も、力の加減で、木材同士が触れあい、雑音を生じたり、音が出てくるまで時間差があったり、非常に弾きこなすことの難しい楽器のようです。
クラヴサン曲集を4巻出版した、フランソワ・クープランでさえ、曲集の序文で、「チェンバロに強弱を付けることのできる楽器を発明してくれる人がいるならわたしは神に感謝するだろう。」と書いているほどです。当時はチェンバロよりも、多少とも強弱の付くクラヴィコードのほうが、多くの人々に愛用されていたということです。安価で、小型のクラヴィコードは練習に、合奏にもってこいだったのでしょう。
 
 
久保田氏はまた次のようにも語っています。「クリストーフォリが30年以上改良を続け、鍵盤楽器に新しい歴史をもたらしたかれの楽器に倣いたい。」と。
 
温故知新、古きを訪ねて新しきを知る、の精神で今後もご活躍してほしいと思いますし、現代においては、コンサートの数こそ多いけれども、「音楽」そのものが行き詰まってきている、また「音楽」を「聴く」という行為自体の意味合いが変ってきつつある時代に、新しい風を吹き込んで欲しい、そんな思いで見守っていきたいと感じました。
 
 
(おまけ)
ちなみに。
ピアノの原型となった18世紀の楽器の音が聴けるそうです。
ケータイで、左のSTコードを読み取るか、auのEZ「着うた」、ドコモiモーション対応機種でhttp://emkn.com/fbiへ
アクセスするとよいそうです。STコード対応機種は、auの
W21シリーズ以降、A5500,A1400シリーズ他、ドコモ900i、901iシリーズ(一部を除く)※STコード読み取りアプリ「STコード★リーダー」はhttp://emkn.comからダウンロードできるそうです。
これ、書いてて、ケータイを持っていない自分には、なんのことやらさっぱりわかりません。もし聴くことができましたら、
おめでとうございます。


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