修武台記念館




修武台記念館全景
昭和13年建築。昔(^^)の小学校を彷彿とさせる。舎前の植え込みは見事であり、隊員が剪定師ばりの腕前で手入れしている。
修武台記念館全景

車寄せ。玄関はサッシに替えられているものの、他の窓枠は当時のものと思われる。2階中央ヒサシ下には十六花弁の菊の御紋があったらしい。
玄関前
玄関前

航空兵の像
玄関を出て正面から斜め左手(南東方向)に、航空機エンジンをバックに雲の遙か彼方を見上げる若鷲の凛々しいモニュメント。彼の目に映るものは?米軍進駐前に土中に埋めたものを掘り返したもの(後出)をモデル。
航空兵の像

元々は現在の東京家政女子短大の敷地内にあったもの。(現在の入間基地の敷地面積は当時の半分以下)若鷲の精神修養の場でもあったらしい。米軍進駐前に御神体が搬出され、以後国内を転々とする。
航空神社
航空神社

上原大尉自刃の碑
館の南西、卒業期別記念植樹の間にひっそりとたたずむ。大尉は、所謂『玉音版事件』に関与したとされ、映画『日本の一番長い日』にもポツダム受け入れを拒否し徹底抗戦を主張する気鋭の青年将校区隊長として描かれている。森近衛師団長斬殺シーンは印象深いが、大尉の区隊学生(教え子)の作家  飯尾憲士氏がルポ小説『自決』で真相解明を試みている。
 
 
上原大尉自刃の碑



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