サルタンタワーリングの鍵

5    サルタンタワーリングの鍵 【X】
更新日時:
H20年7月13日(日)
 
 栗本麻雪はショーヤとともに、ジークに乗っていた。
 彼女の耳にはイヤリングがしてあった。
 動くたびに揺れる。
 フロントガラスから当たる太陽光線に反射してキラリと光った。
「どこへ行くの?」
「下目黒だ」
 ジークはグングンと車を追い抜いていく。
 スピード違反で捕まらないのだろうか。
 それにしたって、赤信号に一つも引っ掛からないのも不思議だ。
 だから、ジークは速度を落とすことなく、あっと言う間に景色が飛んでいく。
 脇道に、チラリと白バイが視界を通り抜けていった。
 サイレンが聞こえ始める。
 麻雪は後ろを振り返った。
 白バイが必死になって追い掛けてくる。
 ショーヤは平然とした顔で、なおスピードを落とす気配はなかった。
 所期の目的も果たさずに交通事故で死んでしまうのはイヤだ。
 それよりも、この時代で死ぬのはもっとイヤだ。
「止まってよ、ショーヤ」
「なにも心配することはないさ」
 執拗に食い下がる白バイは、車の間に見え隠れする。
 ジークは左へ折れた。
 ずっと後ろを見ていた麻雪は、白バイがそのまま真っすぐに行ってしまうのを見届けた。
 道を誤ったわけじゃない。
 見失ったわけでもない。
 白バイは車を視界に捉え続けていたはずだ。
「行っちゃったわ」
「カーナンバーを問い合わせて確認したのだろう」
 彼女は不審な面持ちでショーヤを見た。
「その筋の車だとわかったんだよ」
「どういうこと?」
 視線は前に向けたまま、彼は顔だけ少し麻雪に傾けた。
「政府が発令した免除車だ。その行動を妨げることなかれ。サイレンを鳴らせば、ジークも立派な覆面パトカーだ」
 彼は ははっ、と嘲笑に似た笑い声をたてた。
 車はある倉庫のような建物の前で静かに停まった。
 道幅が狭く、二台すれ違うのがやっとなほどだった。
 先に降りた麻雪の目の前で、彼は車をバックさせ、ピタリと壁際にくっつけた。
 ほとんど隙間がなく、神業のようだった。
 建物はレンガ造りで、道路にはごみ箱や生ごみ袋が無造作に置いてある。
 こんなところは昔の繁華街なんかでよく見かける光景と同じだ。
 もっと進化していると思った未来は、あんがい、一部分の町だけなのかもしれない。
 建物の間に挟まれたこの道は、陰気でカビ臭い気がする。
 たびきの吸い殻や、新聞の切れ端がいたるところに落ちている。
 煙突のような細道を、風が通り抜けて、散らばったゴミを舞い上がらせた。
 木造のドア脇に、看板があった。
 パブ・シンデレラ、と書いてある。
 顔なじみでなければ、きっと見過ごしてしまうほど遠慮がちな看板だ。
 たぶん、こんなところにパブがあるとは思わないだろう。
 ショーヤはドアを開けて彼女を先に行かせる。
 雰囲気はシンデレラかもしれない。
 裏部屋で虐げられていた彼女が寝起きするような店内だ。
 薄暗くて壁に小さな照明が灯っているだけ。
 倉庫のように広い空間に、テーブルや椅子が雑然と置かれている。
 床を踏み鳴らせばほこりが飛びそうな感じだ。
 二階まである天井には、古臭い換気扇が取り付けてあった。
 奥には演壇があり、一応、グランドピアノが置かれている。
 花瓶に生けられた花や壁に掛けられた額縁など、装飾品はいっさいなかった。
 人の気配もなく、場末のクラブ風様相だった。
 彼はドアをノックする代わりにテーブルを叩いた。
 数秒して、演壇の脇の扉から、のそりと大男が姿を現した。
 彼の第一印象は海坊主だった。
 二メートル以上もありそうな身長と、忍耐労働者のような体躯を誇って近づいてくる。
 まるでショーヤが子供のように見えた。
「まだ開店してないぜ。六時に出直して来な、坊や」
 その身体つきとは対照的な高い声の響きに、麻雪は目をぱちくりとした。
 もっと野太い声かと思った。
「ショーヤだ。情報があると聞いて来たんだが、テルミはおまえか」
 彼が両手をポケットに入れながら言った。
 麻雪は吹き出しそうになる口元を押さえた。
 名前負けしている。
 いや、名前勝ちしている。
 なんて可愛らしい名前なんはだろう。
「誰から聞いた」
 一歩前に進み出た男は、ショーヤを見下ろした。
 カーキ色のシャツに作業着のようなズボンは、アメリカの陸軍兵を思い起こさせる。
「トロン長官だ」
「その女は?」
 大男はジロリと麻雪を睨んだ。
 おののいた彼女はとっさにショーヤの陰に身体を半分隠した。
「おれの仲間だ」
 ショーヤは親指で彼女を指し示した。
「オーケー」
 テルミはテーブルに半分腰を乗せた。
 ミシミシときしむ音が、静まり返っている店内に響いた。
「サルタン人がこの間、店に来た。カウンターに座ってブツブツ独り言を呟いていたな」
「なんと言っていた」
「さあ、よくは聞こえなかったが、あの女、ほんとに鍵を届けてくれたかどうとか言ってたぜ」
 ショーヤは彼を見据えたまま無言だった。
 鍵----。
 それはいったいなんの鍵だろう。
 テルミはポケットから幾つも鍵のついたホルダーを取り出した。
 チャリチャリと音が鳴り、上へ放り投げては掴む仕草を繰り返し始めた。
「鍵と言ったんだな」
 思案げに、ショーヤは首を傾げた。
「ああ、それは確かだ。最初に、ここの女は信用出来るか? と聞かれた。だから、店の娘っ子のことかと思ったんだが、いきなり怒り出して、この星の女のことだ、と怒鳴りやがった」
 苦々しげに顔を歪めて彼が言う。
「その男はどこへ行った」
「知らんぜ。店から出ていってそれっきりだ」
 ショーヤは内ポケットから二枚のカードを取り出し、魔術師のような手つきで見せびらかした。
 テルミがにやりとほくそ笑む。
「どんな格好をした男か教えてもらおうか」
「紺のスーツ姿で、平凡なサラリーマン風の男だったぜ」
「ああ、間違いなく探している男だ」
 ショーヤはカードを差し出した。
「暗証番号はトロン長官に聞いてくれ。男の足取りを掴めたら、もう一枚のカードも使えるようになるだろう」
 踵を返しいたショーヤの後ろに、麻雪はついていった。
 何気なく振り向けば、テルミがまだこちらを見ていて目が合った。
 あわてて前に向き直った彼女は、突然ショーヤが立ち止まったので、危うくぶつかりそうだった。
「どんな女か、男は何も言ってなかったか」
 期待もしていない様子で、彼は事務的に訊ねた。
「髪が長くて、年若い女らしいぜ」
 テルミはチラッと麻雪を見た。
 まるで、彼女のことを示しているような目付きだった。
「なぜ黙ってたんだ」
 ショーヤは不機嫌そうに言い返した。
「あんなが聞かなかったからさ」
 平然と大男は答えた。
 一瞥したショーヤは、憮然とした表情でまた歩き出した。
 たぶん、テルミは情報屋なのだろう。
 情報を提供して報酬を得ている。
 あのカードはきっとキャッシュカード。
 マイティカードとは違って残高ゼロになるにちがいない。
 一枚に、いくらの金額が入っているのだろうか。
「鍵を探しているの?」
 店の外に出てから、麻雪は訊ねた。
 ショーヤは腕を組んで、ドアに寄り掛かった。
 大通りから外れた横道は、人っ子一人見掛けない。
 隣の建物は工場で、太いパイプが張り巡っている。
 右側に見える大通りでは、車が高速に往来し、視界の狭いスクリーンに映った映画のようだった。
「おれたちも、サルタンも、その鍵を探し回っている」
「鍵‥‥」
 麻雪は意味もなく鍵を想像した。
 家の鍵だろうか。
 車の鍵だろうか。
 電子ロックの鍵、それとも単純なL字型の鍵だろうか。
 ショーヤはうつむきながら彼女を横目で見た。
「自爆発動装置の鍵だ」
「ええっ!」
 彼女は目が覚めたようにはっとした。
「あのサイコビームを爆破させることが出来る鍵がある。だから、サルタンも目の色変えて探しているんだ。それをおれふたちが先に手に入れたなら、サルタンタワーリングを消滅させることが出来る」
 情報を求めて探し回っていたものは、ほんの小さな鍵だった。
 でも、それは地球を救う唯一の命綱になる。
 もしも、サルタンが先に探し当てたなら、もう成す術もなく、地球は彼らに乗っ取られてしまうだろう。
 サルタンタワーリングは人間を拒絶する。
 入口はあのタラップだけなのに、人間を排除しようとする。
 万が一、潜入できたとしても、出口のないメイズを手探りで行くことになるだろう。
「でも、どうしてその鍵が塔から持ち出されたのかしら」
「どこの世界でもアンチ・テーゼはいるものだ」
 彼の眼がジークに釘付けになった。
 車に背を向けていた麻雪は、ショーヤの腕時計に視線を向けた。
 どっちも赤く点滅を始めている。
「リークされたか----」
 右から三人の男たちが横一列にやってくる。
 左から五人の男女が道をふさぐように歩いてくる。
 警戒心を深める彼に、麻雪はちょっと戸惑いをみせた。
 確か、あの時も赤い点滅をしていた。
 地下駐車場で、サルタン人が姿を現した時、彼の腕時計が警報するように光っていた。
 だが、道行く彼らの姿は日本人とまったく同じだ。
 黒い髪に黒い瞳、普通のスーツ姿だ。
 女性も三人三様の個性をしている。
 シートカットもいれば、ロングヘアのひともいるし、ミニスカートの人もいれは、パンツスーツの人もいる。
 どの人も仕事をしている会社員風の出で立ちだ。
『ショーヤ』
 腕時計から声が聞こえた。
「来い、ジーク」
  車は勢いよく彼の前に進み出てドアを開いた。
「動くなよ、マユキ。動けば一斉に赤外銃を発射させられるからな」
「サルタン人なの?」
 麻雪は彼らがエナジーを求めて、集まってきているわけではないとわかった。
 狙ってるんだ。
 明らかに、命を狙いに来たんだ。
 なぜなら、じっと目が合致しているのに、彼らの瞳は赤くならない。
 深層心理を引き出して、心を惑わそうとしていないのだ。
 もっとも、そんなことをしてもショーヤには通じないことを、たぶん彼らは知っているのかもしれない。
「合図を送ったら、車に飛び乗るんだ」
 彼は唇をあまり動かさずに囁いた。
 ドクン、ドクン、ドクン、と血液が流れる音が聞こえる。
 内から聞こえてくるんだ。
 助手席はこちら側だけど、運転席は向こう側にある。
 彼はどうやって乗り込むのだろう。
 聞きたいけど、唇が乾いて動かない。
 サルタンはゆっくりだが確実に迫ってくる。
 時間が経てば経つほど、彼らは至近距離へと近づく。
「GO!」
 背中を押された彼女は、転げ込むようにジークの中へ入ると、ドアがパタンと勝手に閉まった。
 挟まった黄色のコートを、彼女は夢中で引っ張った。
 赤外光が網目模様のように、車の外で飛び交った。
 銃を発砲する轟音ではなく、ピュッと唸る光線に、背筋がぞっとした。
「ショーヤ!」
 車の屋根の上を誰かが滑る。
 弾みで車が左右にかしいだ。
 リアウィンドウから、猛烈な光が破裂して見えた。
 麻雪は姿を見せた彼の紫のジャケットを掴んだ。
 焼け焦げた臭いがする。
 彼は開いたままのドアから、銃の引き金を引いた。
 同時に車は発進し、後方で光が四方に散った。
 光で目が眩み、どんな状況になったのかわからなかったが、おそらく彼らは腐食していく。
 まともに光線を受けたんだ。
 あの女性のように錆びた金属と化している。
 ジークは目前に来たサルタン人をなぎ倒した。
「きゃああああ!」
 麻雪は両手に顔を伏せた。
 彼らはボンネットを転がり、フロントガラスにぶち当たってドサリと道路に落ちた。
 とっさに振り返った彼女は、散乱して倒れているサンタン人が、段々と小さくなっていくのを見た。
 まるで惨殺死体の様相だった。
 悪夢を見ているのだろうか。
 きっと、これは夢なんだ。
 目が覚めたら、自分のアパートのベッドに寝ていた。
 よかった、夢だった。
 なんてすごい夢を見たんだろう。
 そんな風に言える。
「きゃっ! なんなのこれは----」
 フロンドガラスに銀白色の汚れが付着している。
「サルタン人の血液だ」
 ショーヤはスイッチを押しながら答えた。
 上から洗浄液が流れて、ワイパーがキレイに拭き取る。
「なにも、轢き殺さなくたって‥‥」
 麻雪はゆったりと座席の背に体重を預けて、両手で顔をおおった。
「死んじゃいない。人間よりも再生能力が数十倍あるから、こんなことぐらいで死にはしないさ」
 彼女はゆっくりと両手を下した。
 車に轢かれても死なない。
 人間ならば即死に近いダメージのはずなのに、サルタン人は生き返るんだ。
 だから、彼らは怖れずに車に向かってきた。
 赤外銃を発射させながら飛び込んできたんだ。
 ひょっとして、痛みとか病に対して無感覚なのかもしれない。
 再生能力がいくら優れていても、誰だって痛い思いはしたくないはずだ。
彼らを倒すには、ショーヤが持つ銃だけがその対抗策なのだろうか。
 ジークがカーブを猛スピードで曲がったため、麻雪は彼に押しつけられた。
 焼け焦げた臭いが漂う。
 そういえば、さっきから臭っていた。
 何か、化繊を焦がしたような臭いだ。
 以前、彼女はブラウスにアイロンを掛けていて、ばっちりと焼け焦げを作ったことがある。
 その時の臭いに似ている。
「ショーヤ! あなた‥‥」
 右腕のジャケットが焼き裂かれている。
 よく見れば、細かな焼け跡が服に刻まれていた。
 麻雪は身を乗り出して、彼の頬に触った。
 右側の頬に一筋の火傷を負っていた。
「つっ‥‥」
 ショーヤは痛そうに片目を細めた。
「退いてろ! 前が見えん」
「腕の火傷がひどいわ。病院へ行きましょう」
 彼女は懇願するように彼の横顔を見つめた。
 でも、ショーヤは知らん振りをしているのか、黙々と運転に専念している。
 あれだけの赤外光の中、無償でいられるわけがないんだ。
 いくら、訓練を積んだ人間だって、不死身のはずはない。
 車は大きく迂回して、大通りへと戻ってきたが、ひどい渋滞になっていた。
 彼が割り込もうとしても、誰も道を譲ってくれる運転手はいなかった。
「くそー‥‥」
 苛々した様子で、彼は車をバックさせようと後ろに振り返ったが、後方にも車がつまって身動きとれなくなっていた。
 ショーヤは無理やり車を大通りへ突っ込ませた。
 ビビーッとクラクションが鳴る。
 ショーヤは心の中で毒づいた。
 大通りの流れに入ったのはいいが、三十キロ速度のノロノロ運転だ。
 疲れたように、彼は運転を自動に変えて、座席で緊張を解いた。
 顎に手をあてて考え込んだショーヤは、チラリと隣に座っている彼女をうかがった。
「テルミがリークしたとは思えんな。あいつはトロン長官の配下にあたる」
 麻雪ははさっと彼を見た。
「わたしを疑っているの?」
「いや‥‥」
 そう言いながら、疑惑が彼の瞳の中にあった。
 どの世界にもアンチ・テーゼはいる。
 サルタンにもいたなら、人間の中にだっているかもしれない。
 いや、多かれ少なかれ、必ずいるにちがいない。
 だいたい、出会いからしておかしかったじゃないか。
 記憶喪失のフリをして、2008年から来たと言い張った。
 ひょっとして、サルタンはショーヤの素性をすべて知っているのかもしれない。
 だから、母の面影のある彼女を差し向けたのだろうか。
 今まで、マンションにサルタンが近づいたこともないし、あれほど大勢に囲まれたこともない。
 いや‥‥。
 もう一度、心の中で否定した彼は、妄想を振り払うかのようにかぶりを振った。
「わたしを追い出してもいいのよ。いつ、元の世界に戻れるかわからないし、いつまでもあなたの世話になっているわけにいかないものね」
 麻雪はうつむいて、手持ちぶさたにコートの裾をもてあそんだ。
「‥‥おかしかっのは、タイミングよくサルタンが現れたことではなく、あいつらが明らかにきみを狙っていたことだ」
「わたしを?」
 ショーヤが力強く頷いた。
「視線の先がきみに集中していた。おれを通り越して、マユキを目標にしていたんだ」
「どういうことなの」
 その答えはショーヤにもわからない。
 もちろん、麻雪にも思い当たることはなかった。
 この世界に来てまだ二日しか経っていない。
 サルタンに会ったのも、昨日が初めてだ。
 麻雪は首筋を両手で触った。
 あの時、何か情報を洩らしてしまったのかもしれない。
 心の奥深くにあった、ショーヤの情報を奪われた。
 でも、彼のことはほとんど知らないと言っていいほど、わずかな情報しか持っていなかった。
 どこで生まれたのか、地下組織がどこにあるのか、何を求めて動き回っているのか、あの時は全然知らなかったんだ。
 ただ、彼が韮崎俊一郎に似ているということだけが、その真実だった。
『ショーヤ! 聞こえてるか、ショーヤ!』
 いきなり、小型スピーカーから切羽詰まった声が聞こえてきた。
 ジークのものではなかった。
 動揺したその声の主は、聞き覚えのあるトロン長官だった。
「どうしたんです」
『サルタンタワーリングの点滅が消えた!』
 ショーヤはゆったりしていた身体を急に起こした。
 アンテナの先にあるライトの点滅が止まった時、閃光が走る。
 それは何度目かの攻撃を受けてきづいたことだ。
 点滅が止まってから、五分で街が消えてしまう。
『逃げて! ショーヤ! 目黒から脱出してえ!』
 女性が必死になって叫ぶ。
「ほんとにスラッチャー狩りが始まったのか?」
『ショーヤ! 狙いは目黒よ!』
 それは金切り声に近かった。
 麻雪はただ茫然と聞いていた。
 これから何が起きようとしているか、危機感だけは肌で感じる。
 サルタンが狙いを定めたのは、この目黒だ。
 でも、逃げようにも渋滞にはまって身動きが取れない。
 このまま消滅してしまう。
 逃げて!
 何度も叫ぶ女性の声が、耳の中でこだまする。
 きっと、彼女はショーヤを心から愛しているんだ。
 姉が弟を思う心ではなく、異性として彼を愛している。
 その想いを彼女はショーヤに任せているんだ。
 本来の愛に気づくまで、たぶん彼女は待つのかもしれない。
 彼がサリナを愛していると自覚するまで----。
「ジーク! 電磁フェンスを張れ!」
 そう言いながら、彼は並んでいるボタンを暗号を告げるように押す。
 彼はシートを後ろいっぱいまで引き下げた。
 窓ガラスに虹を見た。
 いや、シャボン玉の中に入り込んだように見えた。
 キラキラと様々な色が混合されて動いている。
「こっちへ来るんだ!」
 ボーッとしていた麻雪は、いきなり彼に抱き寄せられてどきりとした。
「目を瞑って、顔を伏せていろ! 絶対におれがいいと言うまで目を開くなよ」
 頭を手で押さえられた彼女は、ショーヤの胸に顔をうずめた。
 これから何が起きようとしているのだろうか。
 確かめたいけど、彼がそれを許さない。
 ただ、心臓がどきどきと高鳴って、彼にされるがままだ。
 そうしなければ、きっと助からないにちがいない。
 ショーヤはレーダーウォッチをカチッと開いた。
 その瞬間、ピシュンと何かが飛び出す。
 ピタッと何かが彼の両目を覆った。
 まるでサングラスのようだが、それは閃光から目を護るレイブレイカーだった。
 もう一度、彼は右手に触った。
 ヴィィーンとかすかな機械音が麻雪の耳にも聞こえた。
 彼女はただ音だけを頼りに想像するしかなかった。
 陽炎のようにゆらゆらとしたオーラが二人を包んだ。
 二重ディフェンスをしたのだから、彼女も助かるだろう。
 一人用にしか作られていないオーラバリアだが、きっと‥‥。
 もちこたえてくれ----。
 祈るような気持ちで、ショーヤは麻雪を包み込むようにぎゅっと抱き締めた。
 彼女はフワリと身体が浮くのに気づいた。
 それは高速エレベーターに乗って上昇した時の感覚に似ている気がする。
 いったん身体が下へ押しつけられるように感じ、そして地からフッと浮く。
 次の瞬間、ものすごい重圧を感じてシートの背に押さえつけられた。
 凄まじい光束が一面に炸裂を起こした。
 それは普通の光より数十倍ものルーメンに達するほどの勢いだった。
 たとえば、太陽を至近から見つめるのと同じくらいの光度だ。
 周囲は光の海に包まれて見えなくなった。
 その光の中でジークは霞んでいった。
 



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