いよいよ今日という日がやってきた。本人たちはニュージーランドで2003年の7月に婚姻届を出していたが、永住権が取れるまではと正式に親戚縁者には披露をしていなかった。
9月に永住権獲得の知らせを受けた時はヤレヤレと思ったもののちょっと複雑な思いがした。 が、そうとなった以上は早めに両家にケジメを着けることになっていたのでのんびりはしておられず、どこからどう始めたらよいのか混乱した。
マレーシアのご家族も日本側も同じであちこちの会場を「仮押さえ」したのだった。
初めは親戚にお食事をしながらのご披露ということだけだったが結局マレーシアのご家族のご好意で「せっかく日本からお越しいただくのならマレーシア風の結婚式も見ていただこう !! 」ということでお式から披露宴までのフルコースをすることになった。
前日ジョホール・バルのウェディングのお店にみんなで行った。 日本でもしているように2人は事前にいろんな衣装を着て前撮り写真を撮っていたらしい。
でも今日は当日着る物をチャント決めて試着し、お嫁さんに渡すブーケや新郎が胸に付けるコサージュなど受け取って来た。
その晩は明日持って行くお祝いのいろいろを確認し写真も撮った。
“おかもち”の様な3段重ねの塗りの容器の中に日本からの祝い菓子・果物(オレンジは必須)・肉の缶詰・マレーシア風の祝儀袋(勿論中身の入ったもの)・指輪にブレスレットにイヤリングなど言われた通りに入れ、また日本酒とブランディーも・・・。
その他に長〜い赤いローソク2本と紙製のドラゴンとフェニックスの印刷されたものが2枚づつ入っている細長い赤い袋。 それらは結婚式の当日に花嫁さんの家に届ける。
紙製のドラゴンとフェニックスは両家の玄関に飾っておくのだそうな。来客がそれを目にして「ここのお嬢さんはもうお相手がいるんだな〜」と。また男の方も「もうこの家の息子さんにはお嫁さんがいる!!」 思うためとか。
当日の朝コンドミニアムに迎えの車が来て我々と新郎なる我が息子は二台の車に分かれて乗った。
新婦の家でのあれこれは本来なら男の親は参加しないという。今回は特別に許されるらしいが、でも手も口も出してはいけないとのこと。 娘(新郎の姉)だけはサポーターとして昨日用意したお祝いの “おかもち” ローソクやフェニックス・ドラゴンなどを持って家には入れると言う。
実際には我々夫婦もみんな部屋に入ってソファーで成り行きを見ていたのでした。
コンドミニアムから新婦の家まで車で15分くらいかな? 家の近くまで来たところで車列が大きな音のクラクションを一斉に鳴り響かせて走った。
それが聞こえると“いよいよ”と新婦側は思うとか。 お盆にオレンジを載せて待っている人にお嫁さんをもらいに来た旨を告げてご祝儀を渡す。
それではと中に入れてもらえる。しかし花嫁の友人たちが多勢で花嫁をガードしていて、簡単には会う事が出来ない。
ガードしている友人たちはドアの向こうから花婿に向かって、「愛していると3回言って!!」とか「腕立て伏せを100回して!!」とか様々の要求を言うらしい。 息子の場合はマレー語で「愛している」を3回言ってなどといわれていた。 花嫁の部屋の前には親戚のおばさんやいとこたちが多勢今か今かと笑いながら待っている。
娘の旦那も孫のコーチャンもドアを叩いて大きな声で早く出てくるように言う様、事前に打ち合わせ
があった。
日本の厳粛な結婚式とは違ってておかしくっておかしくて皆で笑ってしまった。
こんなんで良いのかな〜。と思ってしまう。
そんなこんなを約30分位してやっとドアが開いたがもう一つドアがあってそこでもなんだか言っていたようだがすべてをクリアしてやっとバラのブーケを渡せた。
そして靴を片一方履かせて花嫁の手を取り部屋から出てきた。
マレーシアでは靴をプレゼントすると彼女が逃げて行くので靴はプレゼントしてはいけない。
結婚の時にはじめてプレゼントして履かせるとか・・・
晴れて2人並んで部屋から出てくると次は2人で神棚に向かってお辞儀をして手を合わせる。雅楽が鳴り出して神主さんが祝詞を挙げて幣を振るシーンは矢張り日本の神式だけのよう。
その後「敬茶」と言う儀式。 これもオママゴトのように小さなお茶碗にお茶を入れて新婦側の親に飲んでもらう。
日本の三・三・九度は本人たちが飲むがマレーシアは新郎新婦の入れたお茶を親が飲む。
書き忘れたがお嫁さんが部屋から出た頃だったと思うが外で爆竹が派手にはじけて更にお祝いムードが高まったのでした。
*ここより披露宴
以上までは新婦の家で行なわれた新婦側のセレモニー。同じ事を新郎側もするそうなのだが、新郎は家が日本なので披露宴会場のホテルで「敬茶」の儀式を行なった。そこには新婦側のご両親や親戚は参加されない。 その後お友達やいとこが来られバイキング形式のお昼を共にした。 夕方6時30分のウェディングディナーまでは自由時間となっている。
ホテルは5星のリゾートホテルと聞いてはいたがその凄さには感激!! Yahooのアルバムにも少し載せたが・・・かなり広〜い部屋にバーカウンターが、また部屋から延びた螺旋階段を上がるとベットルームと本棚や机のある書斎がありバスルームはシャワー室が別になっていてトイレも一階と二階にある。
眺望も抜群。 遠くにゴルフ場のグリーンが・・・樹木は南国らしいココナッツ椰子。ブーゲンビリヤも咲き名前のわからないランもあちこちに見えた。
一泊ではなんとも惜しい。 日本円に換算するとナント6000円ちょっと。 それも外国だから一室の料金。 安〜い!!
さて着物を着せに向かいの娘の部屋へ。 のんびりし過ぎて時間が・・・
「誰もわからないから大丈夫!!」 「でも〜写真に写るよ・・・」 と言いながら何とか。
矢張り時間がたつうちにちょっと着崩れてしまった。 それでも着物姿は皆の目を引くようで孫のコーちゃんは大モテで一緒に写真を撮ろうと引っ張りだこだった。
肝心の披露宴は1テーブル10人でナント19テーブルも。と言うことは190人の大パーティーだった。 新郎側はたったの5人。後は新婦の関係となる。 スゴイ!!
日本と違うのはマレーシアでは “お家のお祝い事だからと兄姉弟妹もそれぞれ10人のお友達や関係者をお呼びする” と言うことかもしれない。 幼友達のテーブル・高校時代のまた大学時代のお友達と、それぞれ多勢来て下さっていた。
日本では自分の結婚式に友人50人は普通は集まらないと思う・・・と娘と話していたけどどうでしょうか?
披露宴の様子は日本と殆ど同じだが新郎新婦のいわゆる2人だけの高砂席はなく新郎新婦は両家の両親と一緒の「VIP席」と言うところに座っていた。 「VIP席」と言うのは日本では特別な上司などが座るお席と思うけど矢張りそこも違う・・・
途中お色直しの時にスクリーンが下りてきて2人の幼い頃から現在に至るまでの
写真を見たり・・・そういえばケーキカットもあった。 次々運ばれるご馳走(中国料理)をいただきながら歓談し最後の方で私が中国語でスピーチを。
私のスピーチは上手く言えたらしいけど、それを証明するはずのビデオの音声が
何故か雑音でわからなくなっていた。 皆さんが拍手してくださったし、彼女もお母様も褒めてくれたので『良し』とすることにした。他の方のスピーチはなかった。
日本のキャンドルサービスの代わりのような事で、親も一緒に新郎新婦と各テーブルを回った。 そのテーブルに行くと「ヤ〜〜〜〜ム・セイ」とグラスを上げて乾杯をする。 「カンパ〜〜イ」と同じ意味かと思ったがそうでもないようだ。 漢字で書くと「飲勝」とか。 元気の良いお友達のテーブルに行くと「ヤ〜〜〜〜」が長くなかなか「セイ」にならずに終わらないのがまたおもしろかった。
全部終わったのが夜11時近かったと思う。シンガポールのユミさんやナオコさんまたボルネオからのお友達は無事に帰れたかしら?
なんだかとっても陽気な楽しい南国の結婚式と披露宴でした。 2人の部屋にはその後もお友達が来ていた様だったが、ピッタリ12時には帰って行く声がしていた。
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