『ありがとう。また逢えるよね。ペットロス心の相談室』四季社より1,480円にて発売中!
 

Q&A
メールなどで寄せられた質問についてQ&Aにしました。
 
ここにある答えは私の思想です。
みなさんがパートナーたちに
何をしたいのか?何をしてあげたいのか?
いろいろあるでしょう。
 
すべては、そこに“想い”があることが大切です。
自分のしてあげたいことをしてあげましょう。
1
家から遠いのですが納骨できますか?
遠方からでも他園の火葬でも納骨することはできますよ。
 
実際に、長福寺の納骨堂には県外の方々が納骨していらっしゃいます。
供養に訪れた際にお骨を預かることもあれば、十分に梱包して送っていただいてお預かりすることもあります。
愛するペットの大事なものだから、手元に置いておきたいという気持ちはあるが、このままでは…、いつかは…、きちんと…というように思うことがあり、いつまでも手元に置くのではなく納骨して供養してあげようとなったときに、どこかいいところはないかとインターネットで探してみたら、このお寺に行きついたという人が納骨されております。
 
その方々曰く、「年に1回お参りに行けるか行けないかというような距離で遠いとしても、こちらであれば安心して預けることができるから」「お参りできる・できないではなく、遠い・近いでもなく、安心できるかどうかなんです」と言うことで、私のお経が日々聞こえるところでとお願いしますと頼まれることが多いです。
 
お写真と一緒にお骨を納骨して供養してほしいという人もいれば、お骨自体は他の霊園にて合同埋葬したが写真を飾って納骨棚にて供養してほしいという人もおりますし、お骨は遠いので近くの霊園で納骨してお参りするけど供養はそちらでしてほしいのでお写真だけでも納骨棚において供養してほしいという人もおりますし、納骨やお参りは近くの霊園でするので日々そちらでお経を挙げてほしいので永代供養をしてほしいという人もおります。
 
私たちは目に見える現実の世界で生きておりますので、いろいろな事情がありましょうし、距離というものにも制約を受けることでしょうが、心の想いに諸事情や距離は関係ありません。
 
こうしてあげたい!という想いが大切なのであって、距離や事情ではなく、心の想いを大切にしてください。
そのようにして想われることが供養というものであり、嬉しいことでしょうからね。
 
近いからといってお参りに来ないこともあれば、遠いからといってお参りに来れないわけでもありません。
想いが浅ければ近くでも忘れているくらいなもので、想いが深いのであれば事情や用事があって来れないことがあるのであって、そのお気持ちはいつも届いておりますよ。
 
だから、家からの距離ではなく、あなたがどのようにしてあげたいのか、どのようにしたいのかですよ。
 
あの子の魂はお骨の中に宿るのではなく、あなたの想いの中にいるのであって、あなたの心といつも共にあります。
出逢うために借りてきてくれた大切な遺骨だからこそ、大事にしてあげたいのでしょうから、私の元でということであれば、長福寺にて納骨していただき、ご供養させていただきますね。
 
更新日時:
2007/12/01
2
遺骨の置き場所に方角はありますか?
特にありませんので、ここがいいなぁと思うところに安置してください。
 
手を合わせやすい静かなところもいいですし、みんなが見える賑やかな場所もいいですし、大好きだったところもいいでしょう。
夜は寝室で、朝はリビング、出かけている時は窓辺で、というように一日のうちで場所を変えたっていいでしょう。
 
場所や方角ということに囚われずに心で思ってください。きっと、いい場所があると思います。
 
よく人の時にも相談されたりしますが、今のご時世ですから家の作りに応じていいと思います。
また、宗教や宗派によって向きは様々です。
西方浄土だからということで西に置くのがいいという者あれば、西方浄土だからそれでは背を向けることになるので東に置いたほうがいいという者あり、いいや、お釈迦さまは北枕で寝たから北に置いた方がいいなどと言われはいろいろです。
 
それに、我が家の西は隣のうちの東になってしまいますし、西にずっとゆけば東からやってくることになりますので、どこまでが西なのかわかりません。
日のあたる窓辺は日焼けしてしまうので北に置くと言われても、南半球と北半球では窓辺の方角が反対になりますから、北というだけでは住む地域によって異なります。
 
だからという訳ではありませんが、いろいろあっていいのであって、「こうしなければならない」「こうであるはずだ」というように囚われない心が大事なのではないでしょうか。
 
それでいうなれば、あまりお骨自体にも囚われないでほしいと思います。
お骨はあなたに触れ合うために必要であった借りてきた姿であって、その子の命はあなたの命の中で共に生きておりますから、いつまでもお骨の方ばかり見ないで、心の中を見てほしいと思います。
 
そうして、あなた自身の命と共に心の中で生きていることがわかると、もうお骨は借りてきた大地に還すことになりましょうから、方角にこだわることがなくなりますよ。
 
更新日時:
2007/11/22
3
身代わりってありますか?
あると言えばあると言えるし、ないと言えばないとも言えます。
 
よくペットが亡くなる時に言われたりしますよね。
「ペットがあなたの身代わりになって…」
その人のことを思って言っているのでしょうが、私たちは言われて嬉しくないし、辛い気持ちになるだけです。まして、身代わりになれるものなら、自分の方が代わりになってあげたいと思っているくらいですから、ペットが亡くなった後にそのようなことを言われると人を追い込むようなもので、辛くさせるだけです。
 
身代わりになって良い命ってありますか?
 
すべての命は尊いものですから、代わりはありません。
代わりがないから、命はすべて尊いのです。
 
あなたがお腹空いている時、誰かが食べているのを見て、お腹いっぱいになりますか?
あなたがトイレに行きたい時、誰かがあなたの代わりトイレにいって、スッキリできますか?
 
代わりにできることはあっても、その身を代わってあげることはできません。
 
例えば、車やバイクが好きな人を事故から護るために、「身代わりになって死んでくれた」というようなことから言われることがありましょうが、代わりに事故に遭ったからといってそれで代わりができるのでしょうか?
 
そうではなくて、与えられてきた命の寿命が尽きる時に、あなたが交通事故に遭わないように事故によって時を迎えることで、大好きな者に注意を喚起することはできるものです。
交通事故でなければ、不慮の事故で亡くなるだけで、命の時間は短くも長くもなりません。
最初から与えられた時間通りです。
 
それであれば、事故を通じて大好きな人の事故を防止する方がいいでしょうから、最後の時の迎え方を事故にすることで、「安全運転して事故に気をつけなさいよ」「突然の事故で亡くなることは大好きな人を悲しませることになるからね」というようにメッセージを託して、大好きなあなたのためにその命を活かし、あなたの中で生きるのであって、それは身代わりではありません。
 
時の定めとしてその身が亡くなるとしても、生きた教えとなってあなたを活かし、あなたの心と共に生きるのであって、その身が無くなっても消えた訳ではありません。
あなたが生きておりますから。
 
それが入り混じって言われる時には、「あなたの身代わりになって…」という言われ方をされるものです。
これは、事故に限ったことでなく、病気や不幸というものもありましょう。
 
そうして、仏の世界に逝く者たちは、あなたへの感謝の恩返しと、あなたを生かし護る仏としての役目を果たすべく命の節目を通じてその身を変わるのです。
 
つまり、見えている肉体という姿から、見えにくい仏として姿を変えるのであって、この身が変わることを『身変わり』というならありましょう。
その体や命を変わることはできても、代わることはできませんので『身代わり』ということはどうなのでしょうね。
 
 
更新日時:
2007/11/22
4
安産祈願や子宝に恵まれるそうですが・・・
子宝に恵まれず不妊治療などもしております。知人が横田さんにペットの供養をしてもらった後、妊娠したことを聞き子宝祈願や安産祈願などできるのでしょうか?
 
 
子宝祈願や安産祈願ということであればできますが、その後のことは時の縁にお任せすることになりましょう。
 
たしかに、動物のご供養をした後に、「不思議なことに子宝に恵まれました」とか、「ずっとできなかったのに、妊娠したんです!」とか、「命日や誕生日が予定日なんで、きっと生まれ変わってきたんだと思います」などというお話を、毎年何人もの方々から連絡を頂くことがあります。
 
供養などでお話させていただき、その時のお話などから、こんなに愛情豊かで優しい方たちなのに、子宝に恵まれない・お子さんがいらっしゃらないことがあります。
そんな時には、生まれ変わりの話などもしますし、こういう方のもとにお子さんが産まれればいいのに、と思うことはよくあります。
その後に、妊娠や出産の報告を頂くので、いつも喜んでおりますが、それが供養したからとも言えませんし、私が願ったからとも言えませんので、たしかなことは言いえません。
 
ただ、ご祈祷ということであれば、私は人のお坊さんでもありますから、ご祈祷させていただきますよ。
 
 
ちなみに、私たち夫婦は3人の子供に恵まれ、3人とも100%の確立で妊娠し、不思議と子宝に恵まれておりますが、それはお互いの相性もありましょうし、時の導きもあるかと思います。
お寺には子安観音さまが居りますが、観音様のお力か、私の祈願力か、皆様の願力か、どのようなお力からかはわかりません。
ただ分かっているのは、産まれる縁があったということだけです。
 
更新日時:
2005/09/29
5
お骨を自然に還してあげたいけど・・・
お骨を自然に還してあげたいけど、どこに散骨すればいいのかわかりません?
また、何も形がないのは寂しいから、どうすればいいですか?
 
 
まずは、お骨を自然に還してあげたいという気持ちがあるのですから、そこから叶えるといいでしょう。
“でも、寂しくて、それができないのです”と思っているようですが、それはあなた自身のことであって、あなたの心が第一に想ったことは、お骨を還すことであるはずです。
 
そうではなくて、寂しくてお骨を還すことができないと想うのであれば、あなたの心が第一に想っていることは、できないと言っているのであって、きちんと心の声に耳を傾けましょう。
 
どうしてあげればいいのかは、他人には分かりません。
分かるのは、知っているのは、あなただけです。
それは、あなたが愛しているからです。
 
散骨または埋葬の場所ということであれば、私有地であればどこでも埋葬・散骨することができますから、ここがいいと思えるところがありましたら、そこがいいと思いますよ。
そこに記念の樹を植えてもいいし、花を植えてもいいですし、モニュメントとして何か墓標を用意してあげることも素敵なことと思います。
 
私有地であればどこでもいいでしょうが、眺めのいい場所とか、思い出の土地などとなりますと、公共の場所ということもありますから、そのような処への埋葬や散骨は難しいですね。
法律上は違法投棄ということになってしまいますからね。
 
もちろん、お勧めするわけではありませんが、お骨を粉末にして、そ〜と撒いたり、そーと埋葬することであればいいのでは?
 
 
また、何も形がないというのは、お骨がないことを言うのでしょうから、ちょっとだけ分骨することでもいいでしょうし、分骨への抵抗があるようでしたら、お位牌などを用意することで、手を合わせることはできると思いますよ。
 
何もお骨や位牌に囚われず、写真だっていいし、形見の品でもいいのですよ。
そもそも、今は形のある世界にいるのではなく、精神世界にいるのですから、形に囚われることはありませんよ。
 
心に沿ったことを想いの表れとして、形にすることや、行動にするといいと思いますよ。
 
更新日時:
2005/09/29
6
成仏していないと言われました。本当ですか?
嘘でしょう。
成仏しないことはありません。
 
それは誰から言われたことなのでしょうかね。
そう言う人には、何らかの誘導したい事柄があるのだと思います。
あなたを苦しめたいのか、嫉妬しているのか?
あなたからお金が欲しいのか、敬われたいのか?
 
何かは相手によって変わってくることでしょうが、そこには何らかの利益誘導が隠されており、大した事柄ではありませんので無視していいと思いますよ。
 
「もし、心配でしたら、私のもとにいらっしゃい。私が見てあげますから。」
なんて言うと、それこそ怪しげな霊媒師になってしまいますね。(笑)
 
私の元には、この手の相談事がよくあります。
霊が見えるだの、成仏していないだの、家族に不幸が訪れるだの、・・・etc
といった輩から、ああだの、こうだの言われて、高額な除霊料や祈祷料を支払うことになったとか、これを持っていると不幸から免れると高額な商品を買わされたとか。
 
そうして私のところにくるのですから、そのような方たちの言う事は偽物なのでしょう。
本当にそれで成仏したのであれば、なぜ、あなたを護る小さな仏さまは、私の元へと導くのでしょう?
 
まったく困ったことです!
見えない者を勝手に利用して、人の悲しみ苦しみに付込んで、不安を助長してから、安心させてお金をせびる者が多いこと。
人を信じられなくなってしまいますよね。
 
成仏しないことなどありませんよ。
テレビの構成上のことであって、フィクションですよ。
 
肉体という最大の囚われから解き放たれたら、悩まされる事柄からは解放されるのですから苦しむことなどありませんし、肉体という隔たりが無くなって、より多くのことを解るようになり、許し、愛し、助けようとする仏さまになりますから、成仏しないことなどありません。
 
あなたは後悔するほど愛しています。
あなたは罪悪を感じるほど愛しています。
あなたは後を追いたいほと愛しく思っているのです。
 
あなたは涙するほど愛しています。
あなたは悲しいほど愛しています。
あなたは切ないほど愛しています。
 
あなたは感謝するほど愛しています。
あなたは幸せを感じるほど愛しています。
あなたは気づき学ぶほど愛しく思っているのです。
 
そのようにして愛されたなら、
そのようにして泣いてもらったら、
そのようにして想ってもらったなら、
成仏しないはずがありませんって!
 
仏さまは、後悔も罪悪も、悲しみも苦しみも、幸せも感謝も、ぜ〜んぶ解ってくれています。
なんといっても、仏さまに成っているのですから。
だから、成仏って言うんでしょ。
 
安心してください。
あなたの愛する者は、すでに仏さまになっておられますよ。
 
 
霊が見えるだの、未来が見えるだの言われたら、気をつけてください。
更新日時:
2005/07/05
7
好きな物を供物すると迷ってしまう?
そのようなことを言うお坊さんというのがいるのですね。
もちろん、人づてですから、真意は定かではありません。
 
それはともかく、好きな物を供物としても迷うことなどありませんよ。
 
すでに仏となっている魂は、悟っていますから迷いはありません。
 
迷いがあるのは私たち生きている人間です。
 
どうぞ、生前好きだったものや、これなんかどう?とあげてみたいものなどを供物としてください。
そういう気持ちが今もあるということが、伝わる祈りになるのであって、そういう想いがあるということを行為にして示すことが大事なのですよ。
 
愛というものは、頭で思っている概念ではなく、愛というものは実践です。
思っているだけでは伝わらず、思っていることを伝えようとしてこそ、伝わるものに変わるのです。
 
あなたが、こうしてあがたい!と思ったら、それをしてあげてください。
想いを抱いてくれるあなたからしてくれることは、すべて嬉しい有り難いことですよ。
 
 
更新日時:
2005/02/26

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