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Q&A
メールなどで寄せられた質問についてQ&Aにしました。
 
ここにある答えは私の思想です。
みなさんがパートナーたちに
何をしたいのか?何をしてあげたいのか?
いろいろあるでしょう。
 
すべては、そこに“想い”があることが大切です。
自分のしてあげたいことをしてあげましょう。
15
手紙の書き方?
特に書式などはありません。
お好きなように自由にお書きください。
 
・供養したい子宛の手紙
 封をして個別にしてもいいし、便箋のままでもいいです。
・祈祷して欲しい写真
 返信の際に間違わないよう裏に氏名を記入しておいて下さい。
・返信用の切手など
 供養カードを添えて写真と共に返信いたします。
*一緒にお供えして欲しいものなどがありましたら、
  郵便でなく宅配便にて一緒に送って下さい。
  大好きなものは嬉しいですからね。
 
・供養する方の氏名、住所、電話番号、メールアドレス
・供養する子の名前、亡年月日、年齢、種類
・供養を希望する日時など(時間は希望に添えないことがあります)
 を明記の上、書式自由にて思いのままに手紙を記して下さい。
 
今も愛しているから、心から供養するのであり、その意味では「供養」というよりも
愛する子への「ラブレター」になるのでしょうね。
 
寺院は“想い”を届ける郵便局で、
僧侶は“想い”を届ける配達人です。
 
 
*返信には時間がかかる場合がありますので、ご了承下さい。
更新日時:
2005/03/01
16
手紙で供養して欲しいのですが?
いつでもいいですよ。
 
遠方では参詣するのも大変でしょうから、合同供養祭の手紙供養以外にも、個別に手紙の供養を致しますよ。
49日や命日などの希望日があれば、その日に供養するようお経を挙げます。
そうでなければ、手紙が到着してから、個別に時間の取れる時に供養のお経を挙げます。
 
私の気持ちとしては、朝の読経で一緒にするのは気が進まないので、きちんと個別に供養してあげたいと思います。
お手紙はご自身の代わりに参詣しているのですからね。
心を込めて手紙を書いてください。
そうして、心でお寺に参詣してください。
 
写真などありましたら一緒に送って下さいね。
写真に守護の祈祷をして、あなたを守る『お守り』となるよう願をかけますから。
そうすれば、どんな立派な神社仏閣のお守りよりも、あなたをよく知る守護者として見守ってくれるでしょうからね。
その写真を大切にして欲しいと思います。
 
また、一緒に添えて欲しい供物などありましたら、手紙と一緒に宅配便などで送って下さいね。
きっと喜ぶと思いますよ。
 
いつでもいいですからね。
手紙を届けたい時に書いてあげて下さい。
お待ちしております。
更新日時:
2005/03/01
17
どうしても後悔の塊が解けません?
人それぞれ後悔や罪悪感から解き放たれるには時間がかかると思われます。
 
どのようなことから、その後悔や罪悪感が解けないのかは、人それぞれですから、一緒にお話しましょ。
 
急ぐことではないので、受けるべきものは受け止めてあげなくてはいけないのですが、多くの方々が必要以上に自分自身を責めています。
必要以上に責めていると、その思いから解き放たれません。
通常は時や縁が心を癒してくれることでしょうが、気持ちの分かる人と話をすることにより心を癒されることもあります。
一人で思い詰めている視点がすべてではありませんよ。
打ち明けられない想いを、分かる誰かに話してみると良いかと思いますよ。
 
愛する者を喪えば、愛している故に後悔や罪悪感は必ず伴ってくるものです。
決して異常なことではありません。
伴侶動物たちの命の全権を飼い主さんが担っている以上、その選択肢に伴う思いがありますからね。
選択した過去に後悔することもあり、できなかったことに、してあげれなかったことにに、罪悪感が伴うのは当然のことですよ。
これは、あなたが責任感のある愛情ある人だからですよ。
愛していた、愛している、これからも愛している証ですよ。
 
あなたを見守る小さな仏さまは、すべて分かってくれていますよ。
あの時のこと、そうしてしまったこと、その時のできることをしてくれたことを、その時の心の様子を分かってくれますよ。
心から謝って許されないことはありません。
大丈夫ですよ。
あなたを見守る小さな仏さまは、あなたを認め許してくれていますよ。
命は過ちを償う気持ちから許してくれるもので、許していないと思うのはあなたの心だけです。
 
そうして自分で自分を雁字搦めにしているので、一人で悩まずに気持ちを分かってくれるであろう人に想いを打ち明けて話してみて下さい。
そうすると、自分で縛ってしまった縄の解き方を思い出すかもしれませんよ。
また、時間がかかることかと思いますが焦ることはありません。
心は電子レンジのように解凍できるものではありませんから、ゆっくりと時間のかかるものです。
心の塊を解くのは愛情です。
「ごめんね。」と謝るのも、「ありがとう。」と感謝するのも、同じ愛情の表裏です。
いろいろな供養の仕方があるかと思いますので、してあげたいことをして想いを表現してあげて下さいね。
 
更新日時:
2005/03/01
18
合同火葬でお骨がありません供養はどうしたら?
お骨が無くても、あなたがいます。
あなたの心には、多くの想いがあります。
 
写真などもありましょうから、写真があればいいのではないでしょうか。
たとえなくても、生きているあなたがおりますから、想ってあげましょう。
 
魂はお骨だけに宿るのではありません。
想いにこそ宿るのです。
あたなの心が
多くの想いのある心が
温かい居心地のいい心が
魂の居場所です。
 
帰るお家があるから旅に出れるように、帰るべく家がないのでは、旅ではなく放浪になってしまいます。
帰るべく心があるから、旅に出れるのですよ。
帰ってきますよ。
 
お骨が無くても大切にできる心はあるし、
褪せるのではなく一つになっていく想いがあるはずですよ。
 
供養することにおいて
お骨が無くても、
写真が無くても、
何も無くても、
共に過ごした幸せの時はあるでしょうし、
あなたの心には思い出や想いがあるはずです。
その想いを手紙やカードに書けば供養することはできますよ。
精神的なものは物質よりも同じ性質の精神的なものに宿ります。
それが心です。
心があれば、その他の物は何もなくても供養はできますよ。
 
心が何よりですよ。
更新日時:
2005/03/01
19
お経は誰が読んでもいいのですか?
いいですよ。
誰が読んでもいいですよ。
お経はお経です。
さらに、想いのある人が読むのは、とてもいいことです。
 
仏教では「仏・法・僧」のことを『三宝』といって、まず第一に敬われるべきものは仏で、二番目に法で、三番目に僧となるのです。
 
まず一番敬われうべきものは「仏」である亡くなった者、その者に想いのある遺族などで、生者と死者の両者の“想い”がとても大切なことであるのです。
だからこそ、私は「してあげたいことをしてあげましょう」と言っているのです。
それこそが供養であり、常識や仕来り、義務や強制されるようなものではなく、気持ちが大切なのです。
 
次に敬われることは「法」で、お経そのもので、お経にある教えを大切にし重んじているのです。
私は「仏」である“気持ち”を大切にしているので、お経が供養としか考えていないし、「お経を挙げないと報われない」という僧侶にはならないのです。
 
三番目に「僧」である人の資質が問われるのです。
この僧侶の資質が問われていて、多くの人は葬儀や法事などで、その資質に疑問を持っているから、宗教や僧侶というものを避けるようになるし、葬式仏教と揶揄されるようになってしまうのですよね。
 
とにかく、誰かの為にお経を読んであげたいと思うことは、「仏」と「法」を満たしているのですから、とてもいいことだと思いますし、亡くなった子も喜んでくれることでしょうね。
お経に、修行した修行しないも、上手も下手も、誰に彼にもありません。
そこに“想い”があるのが何よりです。
 
ちなみに私は、「動物たちのためにお経が読めたら…」との想いから「仏」と「法」を満たし、「きちんと供養できる者になりたい」と「僧」を志て道を歩み始めたのです。
そして、人の心も、動物の心も分かる、命を大切にできる人になりたいと思っているのです。
そうして、よりよく生きようと実践することが僧侶の志であり、私なのだと考えます。
 
他が為に何かしたいと思う気持ちが大切なことです。
 
更新日時:
2005/03/01
20
ロケットに分骨するにはどのお骨を?
どこでもいいですよ。
でも、想いのあるところが一番いいですよね。
 
例えば、握手していた手や握ったシッポ、爪や歯などの分骨したいところのお骨にすると、小さいからペンダント型やロケット型に入ると思います。
もちろん、みなさんは専門家ではないから、どのお骨がどこの部分かは明確でないにしても、立会い火葬した方ならお骨の説明は受けているでしょうし、そうでなくてもだいたいは分かりますよね。
 
もし、お骨上げの際に説明などなく、どこがどこのところか分からないのであれば、私が探しますから、連れて来てください。
 
どこでもいいですからね。
想いはいつも共にあります。
更新日時:
2005/03/01
21
行方不明の子の居場所を捜せますか?
正直に申しますが、そのような霊力はありませんし、霊媒師ではありません。
 
私は皆さんや彼らの想いの中に日々おりますので、伝えたい想いなどはメッセージとして感じることはありますが、居場所を捜したり、あの世の者を呼び出すようなことは、できません。
 
私にできることは、供養すること、祈ることです。
だから、帰ってくるように祈祷することならできます。
 
帰ってくることもあるでしょうし、他で幸せを見つけていることもあるでしょう。また、亡くなっていることもあるかもしれません。
状況がなんであれ、その子の幸せを祈ってあげることはできますよね。
その幸せを祈ることなら、生きていれば祈りとして、亡くなっていても供養になりますから、どちらの幸せでもあります。
 
帰って来ることはもちろんですが、幸せを祈ってあげて下さい。
その想いに引かれて帰ってくることもありますから、祈りましょう。
更新日時:
2005/03/01

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