|
必要か必要でないかと言われたら、「必要はないです。」と答えますね。
お経を挙げないと成仏しないということはありませんから安心していいですよ。
お経というものは愛情表現の一つであって、必要なものではありません。
では、人の場合は?と聞かれたとしたら、今度は必要ですと答えます。
人は多くの煩悩を抱えていますから、どんな善人であって悪いことや罪悪の一つくらいありますからね。
お経が必要でしょう。
でも、この子たちは、何か悪いことをしましたか?
私たちにとって悪いことであったとしても、動物たちは悪いことをしていませんからね。
だから、動物たちには必要ないと言えるのです。
そう答えてしまうと、私の存在が薄れてしまいますから、私の想いを話しましょう。
心からの供養がすべてと思っていても、歴史の重み消えることなく今尚あるお経には、供養する何らかの力があると思っているので、私はお経というものに重きを置いています。
このお経に供養する何かがあるのなら、プラスになるのなら、愛するパートナーたちにしてあげたい!という愛情表現の一つとしても捧げたいと思うのです。
それに、交わした愛情が人に対する愛情と何ら変わることなくしていたので、亡くなった時も人と同じようにしてあげることで、その命の重さを証明してあげたいと思っております。
天国への橋渡しになるのなら、想いを伝えられるツールになるのなら、できる限りのことをしてあげたいからするのです。
また、あちらの世界に行って帰ってきたわけではないので、詳しいことはわかりませんが、お経や供養というものが、あちらの世界での幸せであるなら、してあげたい!というのがこの世に生きている私の気持ちですね。
私にとっては必要であったからこそ、多くの命に導かれてここまで至ったので、否定することは、みんなの命を否定することになるので、お経は必要ですね!
ということは、必要と想った人には必要なもので、不必要と想った人には必要ないものなのでしょう。
|