Column
 
みなさまの心に少しでも安らぎが訪れるように祈っております。
そして、ペットロスの癒しになればと想っております・・・
どれか一つでも心に響きますように。
   出会いと別れ…
 この世で起こる苦しみのことを四苦八苦と言いますが、仏教語の一つであり四苦とは生・老・病・死のことであり、さらに「愛別離苦(愛する者と別れること)」・「怨憎会苦(憎い者と会う苦しみ)」・「求不得苦(求めても得られない欲望が満たされない苦しみ)」・「五盛陰苦(この世を構成する五つの要素から起こることに囚われる苦しみ)」を併せて四苦八苦と言います。
 
 この世の苦しみの一つに挙げられる「愛別離苦(あいべつりく)」とは、愛する者との別れであり、人間だけではなくパートナーとの別れも同様にとても辛く苦しいものです。
 別れはとても辛いことですが、もし出会わなかったとしたら、あの楽しい一時や喜びに満ちた時間を共に過ごすことができなく、どんなに寂しい人生を過ごすことになってしまったことでしょう。
 人それぞれの別れ方があり、それについて思い悩むことがあるでしょうが、どんな別れ方であれ、出会えたこと自体に感謝しなければならないのです。
 亡くなったパートナーたちは知っているのです。出会いがすべてであることを…。
 私たちに会いたくて、会いたくて、出会える肉体を見つけて生まれてきたのです。
 そうして出会えたからこそ、出会えたことに満足し感謝しているので、私たちが不甲斐なくても無条件で受け入れてくれたのです。
 出会わなければ、辛い経験をすることはなかったでしょうが、出会ったことでそれ以上の喜びを感じてきたはずです。
 そのことを別れで忘れてはいけません。
 
 仏教では会者定離(えしゃじょうり)と言って、会うことは必ず別れがあるという理で、夫婦であろうと親子であろうと、いずれは別れなければならない時がくるのです。
 でも普段はそんなこと考えもしないから、大切な一時をなおざりに過ごしがちになってしまいます。
 だから、一期一会とも言うようにこの出会いを、この一時を大切にしなさいと言っているのです。
 別れより出会いが大切なことであり、出会えたことがすべてなのです。
 
 この出会には人との出会い、パートナーとの出会い、物との出会い、時間との出会い、自分との出会いと様々な出会いがあります。
 そして、私たちはパートナーとの出会いと別れから色々な事を学び、様々なことを考え、内なる自分に出会う「気づき」の機会を与えられるのです。
 愛する者との別れは辛く悲しいことですが、この悲しみから何かに「気づく」ことで私たちの魂は磨かれ成長し、受け入れて感謝することが、彼らに報いることになるのではないでしょうか。
 生きていた時に感じる愛から、死そのものをも受け入れて愛してあげられる真の慈愛に目覚めて感謝の気持ちを持てるようになった時、別れは別れでなくなり、死は死でなくなり、これからも共に歩む共生になる。
 そして、生と死を越えて生まれる心の絆により、また生まれ変わり出会うことができる。
 この心の絆で結ばれた仲間は再び生まれ変わり、共に出会い、学びや成長を支え合うソウルメイトになるのです。
 
 またの再会のためにも、感謝の気持ちを忘れずに、すべての出会いを大切にしたいものですね。
更新日時:
2002/07/13
   地球環境問題について…
 最近、天袋の整理をしていたら、卒論が出てきたのでちょっと環境問題についてお話しましょう。地球環境の現状は皆さんもご存じでしょうから、現状や技術的な打開策については省略させてもらい、卒論の結論である最終章を要約し述べてみましょう。(全文120ページあるので、全文の掲載・要約は不可能なのであしからず)
 
地球環境問題では、森林破壊、砂漠化、海洋汚染、酸性雨、オゾン層破壊、地球温暖化、生態系破壊などがあげられる。これらの現状に対する技術的な打開策はあるが、思想的背景がないために進展しないのが現状である。この思想背景について考察してみよう。
 
 人類の歴史を大きく遡ると、東洋・西洋を問わず人類は自然を畏怖し崇めていた。しかし、人類が農耕・牧畜を始め、人工的に食料生産が可能になった頃から自然破壊の思想が始まった。
 人類は文明を発展しいく上で、自然界から天然資源を搾取しなければならず、自然を神と崇めていては不都合になる場合が多くなってきた。そのために、人間と動物・自然との間に明確な一線を引き、すべての生物の中で人間を上位に置くことで正当化しようとしてきた。そこで、登場してきたのが自然は人間のために作られ、動物や植物は人間に利用されるために生まれてくるという人間中心の思想・宗教が必要になってきた。
 そのような風土の元で培われた宗教観では、人間は神の似姿で他の動物を殺して食べる権利が与えられ、人間と動物(自然)の間に完全な一線が引かれた。
 そして、自然を搾取して文明を発展させていくにつれて、地動説や進化論といった科学が宗教と対立するようになってきた。科学の進展による利益享受の大きさから欲望を抑制していた宗教観から離れていった。
 
 その後、産業革命以降の科学技術・工業技術・細菌学の急速な進歩により疫病を克服し、自然に対する優位性が増してきた上に、分子工学・遺伝分子学が生物にも適用されてから、生物学の分野にも生気論を越えた機械論が勢力を増した。
 こうした科学技術の進歩によって、人間は自然を抑制できると錯覚して、地球上のすべての現象を数学的・統計的な基準に還元して、自然との密接な関係や命の慈しみといった絆が失われていった。 この感覚と絆を失った結果、人類は自然に対して、いや地球に対して、共同的な結合を断絶し回復を越えた開発を始め、地球規模の環境破壊を引き起こしてしまったのである。
 
 つまり、地球環境問題とは地球の病である。
 
 病は「治療よりも予防」、「病は気から」と言うように、治療する技術は持っているので、重要なのは「予防」である“教育”と「気」である“倫理・道徳”なのである。
 教育について言うと、知識注入型の教育では知識は増えて環境問題の現状は把握できるが、改善するための新たな知恵がないために対応しきれないことが多い。
 この教育下では、あらゆる事を数字や金銭的価値でしか判断することができなく、偏差値教育が示すように人間や生物の価値を数値でしか捉えることができない。
 よって、人間の個性や生き物の命は年収や偏差値、金額などに置き換えられ、命の価値を数値で計り競争するために地球との絆や命の感覚を失って、自分さえ良ければいいというエゴイズムを増長させしまう。
 これに対して、知識創造型の教育は変化を認識し、それに対応していく能力を養うことを目標としている。
 変化の認識とは、現実という真実に近づくために理性・知性という合理的な面と直観・感性という非合理的な面との組み合わせが必要であり、対応する能力とは「How」・「What」の教育で様々な体験を通じて自分の頭で考え、判断し、行動することである。
 この教育下では、知識を知恵に転換し、進展する科学文明と自然の恩恵との調和を図る新しい世界を創造(想像)することのできる人間を養うのである。
 そのために、教室の中だけでなく、実際に見て触るというような自然との体験的な教育を通じて、創造力(想像力)や豊かな感性、思いやりと自立心を育成してゆかなければならない。
 
 人間というホモ・サピエンスは何千万種という生物種の一種でしかなく、他の生物種なしでは生きられない地球上の生物の一種であり、他の共生者の生きる権利を尊重し、生物は単なる手段(道具的価値)ではなく、生命固有の価値を有している事を深く認識しなければならないのである。
 そして、この教育を支えるためにも、人間と自然との関係を正しく位置づけ、地球の未来を保つための倫理・道徳を認識しなければならない。
 この認識は人間の意識からしか生まれない。
 他者という意識は、自然からの生産物を強欲なまでに強奪し、自然を従属物と見なし痛めつけてきた。それは自然だけではなく、人種・宗教・思想が異なるだけで、同じ人間であるにも関わらず差別・虐待し、奴隷制度や身分制度、侵略戦争のような支配と搾取により、自己存在の優位性を求めるあまり血塗られた歴史を歩んできた。
 この意識が人間の残虐性を高め、悲惨なことに自己の生存すらも脅かすようになってきた。
 
 地球環境の危機に際して、持続可能な生存のために必要な価値観とは、他者という意識と全く正反対のものである。
 それは、地球上の他者を仲間と見なし、地球を、世界を、一つの共同体と考える共存・共生・共同・連帯というような価値観が道徳の中心になり、地球を支える柱になるのである。
 他者という心の障壁をどこまで取り除けるかによって、世界の国境はなくなり、自然との境もなくなり、人類の存続・地球の存続も決まってくる。
 今こそ、西洋的な知性と東洋的な感性を統合する一段階上のレベルで思考しなければならず、人間と自然、自己と他者、様々な共存を至高する心が必要なのである。
この世界は私たち人々の心の中にあり、人の心の創意(想像)が世界を現実にするのである。
 私たちは環境問題を解決する手段を想像し、現実の手段として創造することができる能力を有しており、求められているのは現実的な手段ではなく、地球を想う気持ちである。
 地球環境問題とは、私たち一人一人の心の問題であり、気持ち一つである。
 
  『Think Globally Act Locally』
  −地球規模で考え足元から行動する−
 
 というのが卒論の結論(要約)です。
 この第三章は「過去・現在・未来」と題し、28ページにわたるもので、西洋と東洋の自然に対する思想の潮流と両者を統合する未来の思想について、2節に分けて論じたものです。
 しかし、第一章の地球環境破壊の現状と、第二章の現状と原因のパラドックス〜その対策について〜、は教授の評価は抜群でしたが、第三章は意味不明とされ評価はよくありませんでした。
 私は第一、ニ章なんて本を読んだり、考えれば誰でもできることで、自分の意見のみの第三章を否定された私は当時すいぶんショックでした。
 8年前に思想(卒論)していたことが、現在の源流になっており、さらに5年前に思想(卒業作文)していた反映であり、その原点はさらに10年前の「猫の死」からである。
 この感性を失いかけている現代で、伴侶動物の存在は非常に高まっており、無垢な魂を持つペットたちは人間と動物、人間と自然、人間と地球、といった関係性を回復させるべく使わされた天使(天の使い)なのではなかろうか。
 
  普段はとぼけているけど、実は重要な使命を帯びて舞い降りた天使なのです。
更新日時:
2002/07/13
   お正月…
 本年最後のコラムとなりました。そこで、お正月についてちょっと!
 お正月とは、今年一年の行いを振り返り、自己を反省してあるべく姿に修正する月ということで、正しくする月「正月」と言います。
 私自身いろいろと反省することが多く、さらに修正していかなければならないと思っております。
 この反省すべき出来事に遭遇するのも自分のためにあることで、感謝すべきことなので、すべて正面から受け入れて、自己を修正してさらに高めて生きたいと考えています。 すべてを正面から受けたら辛いのではないかと考える方もいると思いますが、私はプラス思考をモットーにしているので、このように考えます。
 マイナスの出来事を一つ掴んだら、もう片方の手でマイナスの出来事を掴み自分に取り入れます。するとマイナスとマイナスはプラスになり、さらなる自分を生み出す事になる。プラスはそのままプラスにして、マイナスは更なるマイナスでプラスに変換していくためには、何でも正面から受け入れなければなりません。
 修行寺で可愛がってくれたおばあちゃんに御山を下りる挨拶をしに行った時に、「あなたは何でも正面から受け入れなさい。そして、思うように生きなさい。世界はあなたの思うようになるから、自分の夢を叶えなさい。あなたに起こる出来事は何でも自分の糧にしなさい。あなたにはその力がある。」と励ましの言葉を頂きました。
 辛い時にいつも誰かが励ましてくれ、応援しくれるのです。HPを見てくれる方々、メールをくださる方々、霊園にいらっしゃる方々、その他大勢の方々のお陰で一歩を踏み出す力を与えて貰っております。
 いつも感謝しておりますが、改めて応援してくださった方々のお陰で、今の自分があると思っております。
 本当にありがとうございます。これからも精進してゆきますので、どうぞ宜しくお願い致します。
 私のお正月は、自らの行いを修正するのと、正しい方向へ導いてくれる皆様の声援に改めて感謝する月にしたいと思っております。
 何らかの形で関わりをもった全ての者に感謝し、皆様にとって良い年が訪れることを心よりお祈り申し上げます。
 
PS:伝えたいこと、思っていることがまだまだいっぱいあります。
   いくらコラムにしても足りないくらい想いがあります。
   来年もいっぱいコラムを書くぞ!
   あと、こんなテーマで書いて欲しいと言う要望などありましたら、教えて下さい。
 
更新日時:
2002/07/13
   クリスマス…
 今日はキリストさんの生まれた日ですね。私の慕う方々の一人で、祝福の日であります。
 私は仏教に属していますが、うちではクリスマスをします。キリストさんの誕生をお祝いしたっていいと思うし、子供たちには生まれに関係なくクリスマスがあっていいと思うから。
 もちろん、お釈迦さまの誕生祝いがあるようにね。好きな人の誕生日を祝いたいと思うことは、別におかしなことではないですからね。
 
 商業主義的なものはあまり歓迎しないですが、子供にとって「想うこと」の大切さや喜びを与えてあげられるのなら、大いに歓迎することです。(おもちゃを与えることだけが喜びでないですけど)
 私の子供はカトリック系の幼稚園に通っています。ちょっと驚かれる方もいるでしょう。同じ宗派の幼稚園も近所にありますが、キリスト教の幼稚園に通わせています。
 それは、子供にはいろいろな選択肢をできるだけ与えてあげたいと思っているからです。
 一つの価値観がすべてなのではなく、異なる価値観を経験して、様々なものがあることを知って、自分に合うものを選べるように選択肢を増やしてあげたいのです。
 その中で掴んで欲しいことが一つあります。
 それは、異なる価値観があることを容認できる、対立する価値観すら内在できる、一つ上の思考をして欲しいと父として思っています。
 例えば、人間と動物と分けて対立構造で思考するのではなくて、人間と動物は同じ生き物であるというように一つ上の思考(上位概念)ができる大人になって欲しいのです。
 「生き物」とは、生きとし生けるすべてのものであって、人間・動物・植物などすべてを内在しており、違いを容認し、どれかが欠けてもいけないというように、常に一つ上の思考を志して行けば相違や対立を調和できるようになるからです。
 
  (ちょっと道が外れそうなので、子育て論・父性論などはまたいつの日にか)
 
 私はサンタさんを信じていますよ。
 本来のサンタクロースである聖ニコラウスさんでなくて、おとぎの話にでてくるサンタさんをね。
 夢や希望は幾つになっても失ってはならない大切なものの一つですから…。
 それに、人々の「想い・思い」が集まった「総意(創意)」が現実を生み出しているのですから、多くの子供たちが夢や希望を見失わない限り、この世界は存続してゆくことができます。
 大抵はおもちゃが欲しいと願うかもしれませんが、その願いを親が代わりに叶えてあげたとしても、願いが通じたという経験は現実になります。
 大人たちから見ると小さな願いのようであるけれど、子供たちにしたら大きい願いであるのです。(子供の願い、大人の願い、願いの大小などと対立構造するのではなく、相手の立場にもなれる一つ上の上位概念で思考すると、願いに違いはありません。)
 
 願い(想い)が叶う、想いが通じるという経験をして欲しいのです。
 この経験がいつか必要な時に叶うように…たとえ叶わなくても生きる力になるように…。
 この先、嬉しいことだけではなく、辛いことや悲しいことなどいろいろ経験するでしょうが、様々な心の経験をすることで、より豊かな、より優しい人間になってゆけるように見守ってゆきたいと想う父です。
 
 街行くカップル、家族、友人、動物、植物などすべてに訪れるサンタさんからの贈り物。
 “今日という一日”
 思うこと、考えること、様々な心の経験をさせてくれることが、私へのプレゼント。
 いや、子供の笑顔が何よりのプレゼント。
 
 ほら、信じるものにはサンタさんからの贈り物があったでしょ。
 
 亡くなったパートナーとの再会だって信じていれば、必ず叶うものになりますよ。
 
 人は言葉だけでは変わりません、感動が人を変えるのです。
 言葉や行動、出来事から得られる感動が心を動かし変えるのです。
 感動には喜び悲しみなど全ての心の動きを内在し、この経験が魂の成長を促すのです。
 パートナーとの出会いと別れにより、私たちは変われるのです。
 後悔したような自分を変えることができるのです。
 そんなチャンスは、めったにないことですから、彼らが与えてくれたチャンスを無駄にしないで下さい。とサンタさんに祈ろうかな!
更新日時:
2002/07/12
   たまには詩を…
心の水面(みなも):Haru
 
夜空に映えるきいな月よ、優しい光が私を照らす。
水面に映る夜空の月よ、内なる光が私を癒す。
あなたを想い涙する、心に佇む涙の水面。
水面の不思議は、想うと叶う神秘の泉。
一緒にいたいとあなたを映す。
 
 
 夜空に輝くお月さんは手の届かないところにあるけど、自然なるもの、美しいもの、真実なるものが持つ、その優しい光が沈んだ心を照らしてくれる。
 亡くなったパートナーも同様に手の届かない近くて遠い世界にいる。手は届かないけれど想い出という優しい光で、あまり向き合うこのとない自分自身の心(魂)を照らして対面させてくれる。
 それは、澄んだ水面に映る月のように、彼らも心の水面に想い出を宿しています。
 思い出すことで泣いてしまうけれど、内側から徐々に心を癒してくれる。
 涙とは魂を磨いたときに洗い流されたものが溢れることなのであろうか?だから切ないのであろうか?
 涙となる前に心に佇んでいるこの水面には、とても不思議なことが起こる。
 澄んだ水面は、想うと願いが叶う神秘的な泉となる。
 「もっと、一緒にいたい」、「もう一度会いたい」と想うとき、この願いを叶えてくれる。
 それは、澄んだ心の水面に姿を映し、生きることを一緒にさせてくれるのである。
 私たちが想いを寄せるだけ、ずっと一緒に人生を歩ませてくれる。
 想いが叶う神秘の泉、それは心の真否が願いを決める。
 
 亡くなってしまい現実的には出会えない、触れられない、と思う否定の心。
 
 亡くなってしまったけど、心の中でいつも一緒にいられるという真実の心。
 
 あなたの泉は現実と真実のどちらの想いを映しますか?
更新日時:
2002/07/12

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