私は死者に報いる方法を知っている。
それは、
自分が幸せになること!
今を一生懸命に生きること!
である。
泣くだけ泣いて、悲しむだけ悲しんだら、
後は死者の分まで今ある命を生きるだけ。
生きるということは幸せになること。
死という今世での別れが、今の大切さを教えてくれるのだから、今を生きること。
祖父は私を最後まで心配していた。
最後の数日は痴呆がひどく、
「私にお金を借りているから返さなければならない」
と言っていたそうだ。
その金額も数千万〜数兆円にまで上がっていったそうです。
実際は私がお金を借りているのです。金額も全然違いますけど。
ペット霊園を始める資金がなくて祖父にお金を借りたのです。
当時のやりとりを正確に言うと、
祖父は「遺産として先渡しするとから返さなくていいよ。お経を挙げてくれればそれでいい。」
私は「遺産は遺産として頂きたい。このお金は借してもらい返すつもりです。だから、お金返せるようになるまで生きていてね。私の今後を見なくちゃいけないんだから、なかなか死ねないね。」
といつもの口調で長生きしてくれることを伝えていた。
私は昔からそうなのである。
結婚する前は「結婚式に出てね。いっぱい包んで!」と、
結婚すれば「ひ孫見てね。抱っこしてね。」と、
ひ孫が男だから「女の子生まれるまでダメだよ」と、
こういうようにして、いつも生きていてくれることを願い照れ隠ししながら話していたのです。
今回も私の僧侶の道を見てもらうべく生きていて欲しかったのと、お金を返すことで成功の証としたかった。
それが叶わなく逝ってしまったので、私の中には悔いが残っている。
生前に出来なかったことは、それを叶えることで生前に遡ればいい。
食べさせてあげたかったら、誰かにあげてもしいし、自分が食べて美味しさを感じてもいい。
どこかに連れて行ってあげたければ、自分の目を見て見ればいい。
こうして想いを抱くことが祈りになって、伝わることを知っている。
いつか報いればいいことを知っている。
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