出会いや気づきや学びなどから与えられた雫を心の器に入れようとしても、いつも満ち溢れている状態だと心に納まらなくなってしまうので、こんどは器の大きさを変えるようにしています。
そうして、いいと感じたら自分も真似してみよう、いいと思ったら自分もしてみよう、いいものを感じたら自分の中に取り込んでみようとなり、少しずつですが心の器の許容量を変える様に努力してゆきます。
すると心の器はさらに大きくもなれば、深くもなり、出会いの数だけ、学びの量だけ、感動のたびに心の器は豊かなものを蓄えられるようになってゆくのです。
それから、また心の底から湧き上がってくる雫が満たされると、より広いものたちに見返りを求めることなく、溢れる雫を与えることができるようになってきます。
そうして器の大きさや深さを変えられるようになってきたら、この心の器をより素敵なものに変えてゆくようにします。
私自身そうですが、より綺麗な方がいいですし、より素敵な方がいいので、心の器の質を高め、心の器の姿を整えてゆくようにします。また、貰うほうだって、綺麗で素敵な器から溢れ出た雫の方がいいでしょうから、私のためにも他のためにも器の質を高め磨いてゆくことはいいことなのです。
さて、器の質を高めたり、器の姿を整えたりするにはどうしたらいいのでしょうね。
心を見つめるしかありません。
そのままの自分を。
あるがままの自分を。
人それぞれに個性があるように、心の器も人それぞれであり、その形、その質も異なるのであって、まず心の形質を知らなければなりません。
その形質を知らずに、合わぬものを着けてみてもて剥がれるだけで、よく見せようと塗ってみても剥げたり、悪趣味になったりしてしまいます。
だから、心の器の個性を知り、どうなりたいのか、何が必要なのか、何をすればいいのか、どのようにすればいいのか、と思考し行動してゆくうちに、器は磨かれ素敵な輝きを得るのです。
どの器も、それぞれに個性があり、形も質も大きさもいろいろで、その形質に性質が生かされている心の器のことを、“個性溢れる豊かさ”というのであって、そういうものに心惹かれるのであって、それが綺麗なのであり、それが素敵なのです。
私は素敵な器に、みんなからもらった雫を溜めておきたい。
そして、素敵な器から溢れる想いの雫を分けてあげたい。
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