つれづれなるままに

 
気まぐれなるままに綴る
感じたこと思ったことなどを書いています。
 
感じ方は人それぞれですから、
適当に(さらりと)考えて、
ご自分の気づきや学びにして下さい。
2004/02/27    舞台
今日の夜は友人の舞台があったので、東京に滞在して舞台を見てきました。
あんまり、舞台や映画を一人で見ることはないのですが、今回の舞台のテーマが「絆を再生」というものでしたので、興味もあって見て来ました。
 
内容は最後に書いておきますが、
その中で、「いつでも想ってくれていて、いつでも戻れる場所があるというのは幸せだよ」という言葉が心に残っております。
 
そうですよ。
みなさんに想われている子たちは、幸せな場所をもっています。
迎えてくれる温かな心というものがあり、そこに帰ることができるのですから幸せだよなぁと涙してしまいました。
 
また、舞台の中では、雪の降る日に別れをする者たちは必ず出会える伝説があるということを言っていましたが、私もそうだと思います。
それは、雪の降るではなく、雨でもなく、涙で別れをする者たちはです。
涙で別れをする者たちは、必ず再会できる。
再会を願い、祈りが叶うのです。
それが絆のあるソウルメイトだから。
 
テーマは違っても、同じソウルがある舞台でよかったですよ。
 
もし、見ることができるようならと思い、一応宣伝しておきますね。
 
公演:The Skyworks 2nd Piece
題名:「Still Burning 〜その日、雪の音が聞こえた〜」
場所:六本木アトリエフォンテーヌ
日程:2月28日(土)13:00〜・19:00〜
    2月29日(日)13:00〜・18:00〜
料金:当日\2,800 全席自由/税込み
問い合わせ:The skyworks事務局/090−1793−1004
 
 
10年、人は10年もすれば様々なものを失い、そして様々なものを獲得し変化していくもので、高校を卒業して10年経った「今」の物語です。
変わってしまったもの、変わらぬもの。
日々無意識的に選択している「生きる」というものが辛く苦しい状況にあっても、生きなければならない現実があり、それを受け止め、どんな状況にあっても、命の灯火が消えるその瞬間まで強く「生きてゆきたい」と思えたら、というものです。
 
時間が合ったら見て下さい!!
 
2004/02/19    私の道は違う道
先日の御前様に会いに行った時に、妻との待ち合わせまでの時間がありましたので、お世話になった檀家さんのお宅に挨拶に行きました。
 
その時、私の顔を見るなり、
「あら〜晴正さんじゃないですかぁ」
と迎えてくれて、少しだけですがお話をしてきました。
 
その時の話の内容は公表できないようなことで、あってはいけないことなのですが、そういう現実が修行寺にあるということを教えてくれました。
そして、こういう話をできるのも私だけと、堰をきるように多くの内情を話し、私に
「晴正さん、戻ってきて。
 大栄寺に戻ってきなさって。」
と何度も訴えられました。
私に修行寺に戻ってきて、道を目指す僧侶たちの指導・育成をしてほしいとお願いされました。
だからといって、簡単にそうなる訳でなく、この方がそう言うからには、多くの人たちが或る方を望んでいたのですが。。。
 
私もまさか?という耳を疑うことですから、或る方がダメなら、私を望まれるというのも無理のないことかと思いましたが、私の道は僧侶の育成や指導には現在なく、私の道を追い求めているだけであって、修行寺をどうこうするというものではないのです。
もちろん、この方は私を知っているから、
「ごめんなさいね。晴正さんの道は違う道なんですよね。
 分っているんです。分っていても。。。」と。
私は何も言うことができませんでした。
 
私も人のお坊さんであるので、この道だって違わないのでしょうが、なんとも応えることができませんでした。
数十年も修行僧を見続けてきた檀家さんだけに、私のように志あって修行を自ら望む者は一目置かれるでしょう。それだけでなく、私は御山を下りる時には多くの檀家さんから餞別を頂いたくらいで、修行僧の中で、「このようにするのは、あんたが初めてだよ。お山下りても頑張りなさいよ」と皆さんに言われたくらいですから、他の方たちも私を望むのもあるのかと思います。
でも。。。
 
私なんかよりも大和尚はいくらでもいるでしょう。
私なんかよりも名のある僧侶はいるのでしょう。
私なんて僧の格も低いし、寺を構えているわけでなく、あるのは小さなお寺だしで、だから、寺院社会では認められないし、望まれもしないのです。
 
それだけ、寺院社会というものは一般的な人の望む人柄とかけ離れてしまっているのですね。
 
下りてからも想われる僧侶であることは嬉しいことですが、悲しき現実も知り、悲しみと含めて複雑な心境になります。
 
2004/02/18    昨日は
昨日は御前様にお経を挙げに行き、ゆっくりとお別れできたこともあったので、心地よくありました。
この気持ちになれたのは、それだけではないのです。
 
昨日の予定では、私は東京にいるから東京のお客様と会うことにして、同時刻に予定していたお客様には妻が車で猫ちゃんを迎えに行くことになっていたのです。
それが、御前のこともあって急きょ予定を変更して、東京はスタッフに一任し、私は妻と一緒に猫ちゃんを迎えに行き、そのまま大栄寺に行くことしたのです。
そして、お客様のお家で、猫ちゃんにかかっていたタオルを取ってみた時に、今日のすべてを悟りました。
その猫ちゃんは違う猫ちゃんですが、修行を終えた時に出会った猫ちゃんと同じような子なのです。
私が修行を終えた時には、“連れて帰ってあげれないから”という思い残しを、同じ様な子をきちんと棺におさめてあげて、同じ所を通ることで代償させてくれるんだなぁと感じたのです。
そして、猫ちゃんを看取ったところを通ったところで妻に、「今日の猫ちゃんはここで看取った猫ちゃんと同じなんだよ」って話をして、御前のことがあって予定が変わり、偶然にお迎えの猫ちゃんが同じ子で、そのままここを通ることで、私の気がかりが無くなり、この嬉しさから御前に経を捧げられるように、すべての出来事は偶然にも一致していて、私にとっては必然なのかもね。ということを話したのです。
そして、晴れていた空は御前に経を挙げて終わってから雨になり、その雨からまた感じたのです。
あの時と同じような雨の中を、同じ子を連れて帰ることで、また私の想いをクリアにさせてくれるのかとね。
 
昨日の、御前の死、予定変更、猫ちゃん、同じ道、晴から雨、妻に話せたこと、すべては偶然のことでも、それぞれのことにおいてはある日常であるのですが、私においてはすべてが特別な日常になってくれたのです。
 
誰にとは云わず、ただ“ありがとう”です。
 
2004/02/17    大栄寺にて
久しぶりの修行寺:大栄寺専門僧堂にやってきました。
 
お寺までの道のりは、私が卒業した日に歩いてきた道なので、妻に思い出を話しながら行くことができました。
その所々で、ここでは雪が酷くて数分で黒い衣が真っ白になったこと、ここで食事したこと、ここで道に迷ったこと、ここで草鞋を履いていないことに気づいたこと、ここは工事中で砂利道になっていて足に石が刺さったこと、この橋は風強くて凍えながら渡ったこと、ここの田んぼ道は遮るものがなくブリザードみたいで辛かったこと、ここで合掌している手が固まってしまって動かないことに気づいたこと、ここで卒業祝いで飲んでいる仲間たちからメールがあったとか、このラブホテルで泊まろうかと思ったとか、この道でタクシーに乗ろうかと手を挙げそうになったとか、ここの自動販売機で休んだとか、当時のいろいろなことを思い出しながら楽しく話していた。
中でも、ここで猫ちゃんと出会って、そこでお経を読んだことを話し、その子が今日の猫ちゃんとほとんど同じ柄である偶然を話しました。
(この話は、また明日)
 
早く御前様に会いたいというか、顔を見せたいというかで、気持ちが高揚していたのだが、いざ近づいてくると反対になってきて、その心の様変わりを妻に話しながら、車中で衣に着替え、境内の中の駐車場でなく、参詣者用の駐車場で降ろしてもらい、1時間くらいしたら、ここで待ち合わせとして妻と別れました。
 
寺の門をくぐると自然と涙が出てきて、悲しみなのか?懐かしさなのか?とにかく涙が止まらなくなってしまった。
涙のまま、玄関に入って木版を鳴らすと、時期は違うものの懐かしい先輩が出迎えてくれた。
そして本尊様に挨拶しに本堂に行くと、すべてが白い布で覆われ密葬の用意が整っており、本尊様に「御前様を宜しくお願いします」と手を合わせ祈ってきました。
すぐに御前のもとに行けばいいものの、何だか行きづらく、応接間や台所で集まっている檀家さんたちに久しぶりの挨拶をしている私を客観的に見ている自分がいた。
 
大方丈の間への足取りは重く、すれ違う御寺院方に合掌し、御前のもとに集まってくれることを嬉しく思い、心からの感謝を合掌に込めて有難くさせてもらった。
徐々にお経の響きが大きくなり、廊下で着替えをしている姿が見えて、これでは一人でゆっくりとお別れというわけにはいかないなと諦め、共に会話を交わすでもなく合掌し、私も支度を整え中に入ると、お経も終わり、着替えの人たちは帰りの支度をしている方々で、偶然にも御前と二人になることができました。
 
三拝を終えて顔を見ながら声を掛けました。
「お久しぶりです。人生という修行お疲れ様でした。晴正はこんなになりました。
まだまだですが、今までありがとうございました。また、これからも宜しくお願いします。
共に修行ができたことを感謝すべく、下手な経を挙げに参りました。お聞き下さい。」
 
きっと御前のことだから、お経の間、いろいろ言っているんだろうなぁと想いながら、感謝すべく経を唱えました。
お経の後も私一人でしたので、ゆっくりと穏やかな顔を見て話すことができ、そろそろかと思い退出する時には多くの寺院方で混みあってきて、御前様が時を計らってくれたんだなと感じ、いい別れができました。
 
それから帰り支度をして、御前様いた部屋から庭を眺めると、庭も静かに息を潜めているようで、さっきまでの晴れは嘘のように雨が降り始めてきました。
 
2004/02/16    訃報
新潟から東京に向かう直前に人生お世話になった方の死を聞いた。
 
修行寺の同期の友達から久しぶりに電話があり、
友「御前様が今朝、変化しました。」
私「へんげ?って?」
友「今朝亡くなりました。今、お寺に帰ってきていますが」
私「ほんとに?  そうか。。。。」
友「19日に密葬だから、顔を見るなら今のうちだよ。」
私「ありがとうね。予定を調整して行くようにするね。これから大変だろうけど、よろしく頼むね。」
 
急きょ予定を変えて、明日顔を見に、顔を見せに行ってこよう。
 
年齢が95歳だから素直に受け入れるものの。。。
 
移動中、夜勤のアルバイト中ずっと思い出しておりました。
 
緊張して面接したっけなぁ
いっぱい叱られたなぁ
よく小言を言われたっけなぁ
お経の補習をさせられたなぁ
鐘の音を褒めてくれたなぁ
動作・諸作を褒めてくれたなぁ
日和のいい日には庭を散歩したなぁ
付き人はもちろんだが、よく一緒にいたよなぁ
私を認めてくれたよなぁ
あれこれあったから、寂しいなぁ
いろいろあったけど、御前様の近くにいることができたことに感謝しに行こう!
明日は、“こんなになりました”って、未熟ながらも顔を見せに行こう!
お経を挙げに、久しぶりに大栄寺に行くか!
 
御前様の外出の時にはいつも廊下で正座して見送り迎えたっけ。
寒さに凍えながら合掌したなぁ
 
散歩の時に疑問に思っていることを聞いたっけ。
おじいちゃんに、ひ孫が“なんで〜”って聞いている感じだったよなぁ
 
階段や段差で手を差し伸べると、その手に体を預けて信頼してくれたっけ。
他の者が気づいて手を差し伸べても、その手を取らない時に、ちょっと優越感で嬉しかったなぁ
 
誕生日のお祝いをしたら、すごい喜んでよく笑っていたっけ。
贈ったさるずべりの樹で、余計な仕事が増えたよなぁ
 
植物のことを熟知していたから、いろいろと呼ばれたっけ。
意見を求められる時は聞いてくれるのに、意見をすると「そんなんええ!」と一喝されたよなぁ
 
社会についても詳しかったから、株のことでは意見を求められたっけ。
NTTドコモのことを「コドモ」って、よく間違っていたよなぁ
横文字の時は、何を言いたいのか察して先に言葉を用意していたよなぁ
 
食事のことで注意を受けるときは、私の当番の時だったっけ。
付き人の作る料理と私がみんなに作る料理の差があって、
御「なんでワシより、おまえさんたちがええもの食っておるんじゃ」
私「いえ、頂いたもので、御前様にもご報告いたしましたが。。」
御「そうだったかのう。それでも見てみい。これじゃぁワシのは鼻くそじゃぁ」
って言い切ったよなぁ。
この一件以来、調理師免許を持っている付き人が食事を作るようになって、私たちの食事は調理法までをも報告・連絡・相談するようになったっけ。
でも、料理で食べる食べないでなく、その日の当番で一緒の物を食べるか決めていたけどね。
 
30年間誰もしなかった墓地地図と管理者名簿を作成したら、すごい褒めてくれたっけ。
私「御前様、私このようにものを作ってみたのですが」
御「なんじゃ、これは」
私「墓地の地図で、位置と規模と管理者を示したものであります。日々の業務の中で私自身困っていたことなので、勝手に作成してみました」
御「よくでかした!これで墓地からお金を徴収できるなあ。ほっほっほ」
って、何を褒められたのやら。
御「それにしても、おまえさんにはそんな時間はないじゃろ」
私「はい。でも1日僅かな時間をも作れない者はいませんから。時を見計らい毎日足を運びました」
御「そうか。ご苦労じゃったな」
って、一言で報われた気がしたよなぁ。
半年間の私の休憩時間を使い、雪の日も1足を25cmで測量した墓地地図と過去帳を世代ごとに追って作ったんだもんなぁ。
 
愛用の眼鏡がないって、みんな大騒ぎで手分けして寺中を探し回ったっけ。
隣の部屋で付き人たちがドタバタし、廊下を行ったり来たりしているので、どうしたのかと聞くと、
付「御前様の眼鏡が見つからなくって探しているんですよ。晴正さんも探すの手伝って」
と探し手は徐々に増えてゆき、総動員で探しても見つからず、御前自ら出てきて、
御「お前さんたちは探し方が悪いんじゃ。どこかにあるはずじゃ。探せえ!」
私「御前様、失礼かと思いますが袂とかにございませんでしょうか?」
御「そんなとこ探したわ!」
私「失礼致しました?」
付き人に
私「以前もさぁ、眼鏡がないって言われた時に頭にかけていたんだよね(笑)。だから、着物のどこかにあると思うんだけど、調べるわけにいかないじゃん。これだけ探して見つからないということは、移動しているあの体のどこかにあるんだよ。きっと。」
付「でも、どうやって調べますか?」
私「そりゃぁ、そちらの仕事でしょォ」
付「俺できないよ。晴正さんやってよ」
私「何言ってんだよ。俺だってできないよ」
思案のあげく
私「裾が綻んでいるとか言って、着替えを勧めてみたらどうかな」
在籍中始まって以来の大騒ぎも、案の定御前様の袂にあったんだよなぁ。
 
作務の時に筋トレを兼ねて重い物をよく一人で運んでいたのですが、たまたま御前様それを見て、
御「あの小さい和尚が一人で運んでいるのに、お前さんたちは何で二人で運んでおるのじゃ!」
僧「ああ見えても、晴正さんは意外と力がありまして」
御「そんな訳ないじゃろ。おまえさんたちも一人で持たんか!!」
僧達「。。。」
なかなか丸太が運ばれて来ないから戻ってみると、
御「おまえさん、一人でこれ持ってみろ」
私「はい」
持つのはきついので、いっきに肩に担ぎ上げらた
御「おまえさん、無理じゃないのか?」
私「はい。担いでしまえば」
御「おまえさん降ろせ。ほら見ろ。この和尚にできるのだから、もう1回やってみい」
何度やっても結果は同じで、それを説明しても分ってもらえず、
御「なんでじゃ。おまえさんより大きな者が持てないのに、なんで持てるのじゃ??」
さらに体の大きさではなく、筋肉の質の違いを説明したり、アルバイトや販売の時の経験を話したりしたのですが、
御「おまえさんたちみんなで、ワシをからかって楽しんでおるんじゃろ」
ってさぁ(困)、どう説明していいのか困ったよなぁ。
 
大法要の時はいつも動きのある目立つ役目をさせてくれたっけ。
あるとき背が低いことで高台の上に届かないことがあって、それを補うべく私たちでは高台に乗せる役だけ他の者にしたら、
御「そんなのだめじゃ。勝手なことをするじゃねえ。おまえさんがせえ。」
私「でも私、どうしても届かないのですが」
御「背伸びしてもか?」
私「はい」
御「身長なんて一日で伸びるじゃろ。明日まで伸びんのか?」
私「いえ、いくら御前様に仰られても、これだけは。。」
御「牛乳やるから、それで大丈夫じゃろ」
私「いえ。。それでも。。無理かと。。思いますが。。」
後ろに控えている付き人に
御「そうかのう」
付「はい。」
ってこともあったなぁ。
御前様が去ってから大爆笑したっけ。
 
毎月ある説法する信者さんの会に指名されてよく行ったっけ。
この会ではお酒が振舞われるのですが、断りきれずに飲んでしまい、真っ赤になっていたので、どのようにして御前様に帰寺の報告をすればと思い、少し戸の影に隠れながら報告すると、
私「御免下さい。失礼致します。御前様只今戻りました」
御「そうか。おまえさん、ずいぶん日焼けしておるのお」
私「はい、日差しが強いものですから。。」
分っていて冗談で言っているのに、怒られたらどうしようとドキドキしていたから、真に受けてつい言ってしまったんだよなぁ。
 
玄関に巣を作って子育てしているツバメを気遣って、御前様は当番よりも早く扉を開けていたっけ。硬くて重たいのに。
それに気づいてから御前様より先に扉を開けていると、
御「わしらの都合で閉めてしまっては可哀想じゃからのう。せめて早く開けてやらねばな。」
私「これからは私が責任もって扉を開けますので、御前様は無理をなさらないように」
御「そうか。ほっほっほ」
ってことがあってから、当番でなくても早起きすることが楽しくなったよなぁ。
それから毎朝二人でツバメを見ては、無言の会話をよくしたっけ。
 
私は金庫や帳簿も管理していたので、毎月の帳簿締めの報告で、事細かに経費の説明を求めらたものだっけ。
あるとき電気代の説明で、
御「最近、電気代が少し高いとは思わないか?」
私「そうでしょうか。少しずつは上がっておりますが、日が沈むのも早まっていることでございますし」
御「そんなことでねぇ!おまえさんたち内緒で夜起きておるのではないか?」
私「いえ。。寝ていると思いますが」
御「思うじゃないじゃろ。一緒に禅堂で寝ておって気づかんのか?」
私「あぁ、はい」(考え中)
私「最近の境内の補修の際に大工さんが使っている電動工具のためではないでしょうか」
御「そうかのう。。」
ってことがあって、自分も起きているのだか、みんなにも注意するようにしてもらった。
ある時、御前の寝つきが悪かったらしく、夜に一人で見回ってきて、注意された者たちがいた。私はたまたま疲れて寝ていたので免れたが。
御「昨夜、衆寮で電気をつけて起きておった者たちがおって、そんなだから電気代が上がるんじゃ。」
御「おまえさんも夜起きておるんか?」
私「はい。正直申しますと、私は夜に事務作業や業務改善の思案などしておりますので一人で典座寮でしておりますし、衆寮でみんなでお茶を飲むこともありますし、電気がついているから本を読んでいることもあります」
御「仕事は仕方ないが、本は蛍を捕まえてきて読まんか」
私「蛍でございますか。捕まえてきて瓶か何かに入れてということでしょうか」
御「そうじゃ。昔は月明かりや蛍の光で書を読んだもんじゃ」
って言われたなぁ。
 
一緒に座禅しているときに、先輩僧侶に遠慮して叩けない当番に、
御「居眠りしている者は先輩であっても遠慮する事はねえ。叩いて直してあげることがええんじゃ。それはワシも同じじゃ」
御「それが宗門じゃぁ!!」
って言っていたよなぁ。
御前様に私の責任でなくて、理不尽なことで怒られることがあって、
付「晴正さん、大丈夫。あれはないよね」
私「そうだよ!俺は知らなかったんだから。それでも俺のせいになるの?何でも俺が悪いの?」
付「いや、おかしいよ。まったく聞く耳持たないからね」
なんてことがあると私はいつも、
私「座禅の時叩いてやる!だって、宗門だからね」って冗談にてい笑う。
でも、実際に御前様が居眠りしていても叩けなかったよなぁ。
だって、かわいいんだもん。
 
御前様が寝た後に、部屋の掃除を手伝いながら、付き人と『御前ごっこ』などして遊んでいたもんなぁ。
お互いに御前役になっては、理不尽なことを真似して遊んだよなぁ。
 
あ〜
一緒に過ごしたのは1年ちょっとなのに、長い人生を共にしたように、いっぱい、いっぱいの思い出があるなぁ。涙。
御前様は私をずっと見ていてくれた。
そして、最後に
「おまえさんは、来る前から僧侶じゃった」
って言ってくれた。
「気骨ある者は久しぶりじゃのう」
って嬉しそうだった。
 
あ〜涙が溢れて止まない。
 
2004/02/12    小さな幸せ。大きな幸せ。
今は携帯で気軽にメールができるから便利になりましたよねぇー。
 
私が修行に行っている頃(当時2人の子供がいて出家)は、その日の出来事をすぐに伝合うことができませんでしたからね。
唯一の通信手段は手紙ですから、お互いの一日を日記に記し、そのコピーをお互いに文通して、離れていても、お互いの目を通じ合って、お互いに日常を感じあうようにしておりました。
お互いの見るものを我が目と思い、自らの見る目よりも正しくものを見ていると思っているので、修行中は離れていて寂しいものの、お互いの存在を近くにも感じあうことができ、離れ離れでも育児に参加しておりました。
 
今では東京−新潟と離れているときでも、携帯で日常のささやかなことをメールできるからいいですよね。
そんなささやかなことですが、幸せだなぁ〜と思うことがよくあります。
 
朝の天気に、目覚めの様子、お昼の出来事、夕食のメニュー、子供達の食べっぷり、その後のお風呂や寝る準備、本を読んで寝かしつけること、などなど。
ほんとにささいなメールですが、幸せを感じてなりません。
 
「幸せな日常だね〜」とメールを返せば、「そうだね。幸せだね」と返事がある。
その背景にある諸々を語りだせば、些細な幸せは、どこか遠くへ飛ばされてしまう。
小さな幸せでも、それを素直に感じあえることは幸せである。
 
離れていても、近くに幸せを感じることができる。
小さな幸せでも、幸せの中に浸ることができる。
 
幸せを感じるのは距離だけではない。
幸せを感じるのは大きさだけではない。
 
遠くのことでも近くに感じる心に。
小さなことでもその中で満たされる心に。
ささいな日常の出来事であって、ドラマのようではないけれど、
幸せを素直に幸せって感じることができる心が幸せの大きさを決める。
 
大きなものばかり求めないで、小さなものでも素直に認め、そこにある幸せを感じてごらんなさい。
きっと、あなたの側にも、あなたの日常にも、いっぱいの幸せの粒があると思います。
 
あれこれ言わずに、大きい小さいはこの際比較せず、幸せは幸せ。
長い時間に小さな幸せが一つでもあれば、その長い時間も、幸せは幸せ。
 
あなたは小さな心で大きな幸せを収めようと無理していませんか?
私は小さな心でも、小さな幸せで心を埋め尽くします。
2004/02/08    猫は魔物?
メールや会話で誰かにこう言われたということが多いのですが、人は無責任にいろいろなことを言いますよね。
 
今回あったのは、猫ちゃんを火葬する際に祖母から「猫は魔物だから気を付けなさい」と言われたそうで、お経の前にそのことを聞かれました。
その経緯は、猫を埋葬しに行った帰りに事故にあって亡くなった子がいるからとのことで、祖母からお寺に来る前に言われたそうなのです。
その経緯の関係性に何があるのか詳しく聞いている訳ではないので分りませんが、猫も含め動物たち(人を除く)は魔物でありません。
 
猫は魔物ではありません。
魔物は私たち人間の心の中にこそいるのです。
 
猫もそうですが、動物達はみんな我が子を想い、身を挺してまでも守ろうとします。
私は動物達が自殺したり、殺しあったりすることを知りません。
生きるための縄張りを守るために争っても殺しはしません。時には傷から命を落とすことはあっても、殺すまで争うことをしません。
 
しかし、人間ときたらどうでしょう。
私は毎日のようにニュースで魔物を見ます。
 
子供を虐待する親、弱いものを賤しめる者、愛憎から命を殺める者、同族で殺し合う者、自ら命を辞める者などなど。
これこそ、魔物ですよ。
 
2004/02/06    小さな争い
映画館とか電車やバスにある肘掛って、いったいどっちに座っている人のものなの?って思うことありませんか。
 
私は遠慮がちなせいか使わずにいるのですが、そうすると、肘掛を使われるのですが、たいてい肘はそれを越えてくるのですよね。すると触れ合いたくないから、私はさらに窮屈な思いをするわけですよ。
そうなって少しすると、私も心が狭いので、ちょっとずつ肘掛に近ずき気づいてもらうようにするのですが、そういう人って気がつかないのか、強情なのか、より肘を張ってくるんですよね。
 
こんな小さなことで争いたくな〜い。
バカみたいだし、そんなつまらない人に時を盗られたくな〜い。
なのに気になる。あ〜私もバカみたい。
 
それでも最近は肘掛が二つあるのですが、くっ付いているから結局は一緒なんですよね。
二つになっていることが見えないのかなぁ?
 
小さなことに心配りができるようになれば、人生が変わるのになぁ〜
きっと、多くの小さな幸せを逃しては、大きな幸せを求めているんだろうなぁ〜
 
2004/02/03    命は誰の手に
死と背中を合わせ生きようとする人もいれば、生きたくても亡くなる者もいるのに、生きられるのに死んでしまうことは、一生懸命に生きようとしている者たちに失礼でもある。
 
自殺するほどの辛さや苦しみが分るから、自殺を否定をしません。
でも、理解はできても、言いたい事はある。
 
与えられた命とは、いったい誰の手にあるのでしょうね。
神が与えた命なら、委ねた命の行き先が理不尽なのはいったいどういうことなのか?
 
生きたい者が殺され、死にたいと言う者が生きながらえ、一生懸命に生きる者の命の灯火が細く、いいかげんに生きる者の命が長いのは。。。
 
そういう試練であったり、今回の生の課題であったり、その期間でも幸せがあったり、より一生懸命に生きることができる喜びを知ったり、学ぶ期間として必要な時間であったり、いろいろな宗教やソウルの摂理や理屈は十分に(まだ浅はかですが)知っていても、理性では分っているつもりでも、私の感性?感情?は治まらぬものがある。
 
私は浅はかにも妻によく言う。
「神の与えた平等は理不尽の名のもとにおいてのみ平等なのかもしれない」
 
そうでもないと分っていても、
そう言いたくなることがこの世には多い。
 
私は、
澄まして悟った振りする僧侶でなく、
悟ったようで何も感じない僧侶でなく、
分っていても納得できないこともあるような、理性と感性の狭間を悩み迷いする悟らぬ僧侶。
 
いったい、命とは。。。
 
2004/02/02    自殺
同時期に修行していた先輩僧侶が自殺したことを聞きました。
確かに辛く苦しいことはいっぱいあり、どうにもならないこともあり、それを誰も助けるすべを持っているわけでなく、持っていたにしても、命の選択は本人自身の尊厳だから、私は自らの命を絶つことを否定はしない。
 
だが、事は別である。
 
ここで詳細を記すことは死者への冒涜になるから書きませんが、この者のためにどれだけ多くの僧侶を志した者達が挫折に追いやられたかと思うと、この苦しみの選択を私は素直に受け入れることができない。
修行中には公にならない暗闇が多すぎます。
表の修行の厳しさに耐えられない者は僧侶にならないでいいのですが、裏のことに耐え切れず挫折を余儀なくされた者たちの人生を考えると、多くの人の人生を踏みにじっておいて、自分は自殺を選択するとは納得がいかないのです。
 
私はその最たる被害者でもありますが、私は気合と根性が口癖の体育会系ですから、あまりの悪行であっても、これも修行と覚悟を決めて、それだけの障壁があろうとも僧侶になりたかった情熱があったので何とか乗り越えてきました。
 
私の修行中にあったことを公にしたら、皆さん驚くでしょうね。
というより、社会が驚くことでしょう。
妻と私しか知らないことで、修行中に妻と交わした手紙を公開したら、私の修行が如何なるものか、どれだけの苦に耐え抜いてきたのか知るでしょう。
 
その反面、私は彼の本当の心を少しではあるが知っており、その心を察する故に、哀れと想い、私が受けることで気が済むならと、あらゆる悪行にも、ぎりぎり耐え抜くことができたのですが、知っているが故の哀れみもあり、この自殺が納得いかない。
 
“あれだけのことしておいて、ちっとは根性みせんかぁー!!”
と、殴ってあげたい。
 
人間のあらゆる側面を教えてくれた反面教師として感謝しているし、奥底にいる怯えた小さな心を知っているから、慈悲をもって矯正するためにも殴ってあげたい。
それが手を合わせるよりも、心ある冥福の祈り方と思うから。
 
そして、死に至ることのないようになんとかしてあげたかった。
 
とても複雑な心境です。

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Last updated: 2005/2/1