「衣食足りて礼節(栄辱)を知る」という古事がありますが、これは、「物質的な不自由がなくなって、はじめて精神的な面にも心を向けるゆとりができる」という意味ですが、現代は、「衣食足りすぎて、礼節(栄辱)はどこへやら」となっていることは、周囲の状況を見れば思うこともありますよね。
今日会社でもありましたよ。
トイレに行くと、トイレットペーパーの端切れが落ちているし、無くなったトイレットペーパーの芯が倒れて放置してありました。
特別に、私のいる会社が礼節に欠けているということでもなく、他でもそうなのではないのでしょう。
私はサラリーマンを6年ほどして、転職も経験しましたから、概ね似たようなことはありましたし、修行寺でも似たようなことは、日々ありました。
いったいどうしてなんだろう?って思います。
トイレのペーパータオルにしても、使い切るとそのままになっているし、ゴミ箱がいっぱいでだと山積みにして落ちても気にしない。
会社で紅茶を作って、たまには砂糖でもと思い戸棚を開けると、瓶には砂糖が入っておらず、その奥にある袋から使っている形跡がある。
どうして、そのままで平気なんでしょうか?
トイレットペーパーの切れ端なんて自分が使ったんだから拾って流せはいいのに。
トイレットペーパー替えたのなら、芯はゴミ箱に捨てればいいのに。
砂糖をわざわざ袋から使うなら、瓶に詰め替えておけばいいのに。
ペーパータオルなんて、洗面台の引き出しに入っているのに。
ペーパータオルなんて、いっぱいの様に見えても、押せばまだ十分入るのに。
み〜んな自分勝手ですよね。
自分がしているのに何もしない人あり、自分がしていないからと何もしない人在り。
私はいつも、紙切れ流し、芯を捨て、ペーパー替え、ゴミ箱を整え、砂糖を瓶に詰めているような気がします。
こんなに大勢の人間がいて、みんな何もしないの?
なんで私がよくしているの?
礼節も何もあったものでありません。
つい言いたくもなりますね!
衣食足りて礼節を知るのなら、礼節がないのは、これでも衣食が足りないのかもしれませんね。
そうであったら、人の抱く欲望は恐ろしいですね。
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