先日電車に乗って本を読んでいると、斜め前にお腹の大きなカップルを見つけたので、その妊婦さんに席を譲りました。
でも、その時に、ちょっとした違和感を感じたのです。
「どうぞ」と席を譲ると、若い夫婦は何も言わずに、当然のように奥さんが座りました。
十歩譲っても、奥さんは会釈をしたようにも見えますが、旦那さんからは何もありませんでした。
別に、感謝されることを求めているわけでもないので、不満になることも何もないのですが、感謝の気持ちを示さないというのが不思議に思えたのです。
その後、妊婦さんが座り、正面には旦那さんが立ち、その隣に私が立っている状況で、奥さんの隣が空いたんです。
すると、当然のように旦那が座り、二人でぺちゃくちゃとおしゃべりを始めました。
私は心の中で、
別に求めるわけではないけど…と前置きした上で、
なんだ、妊婦さん話せるんじゃん!それもいっぱい。
それに、席を譲った人を差し置いて、普通座るか?旦那さん。
と思いました。
そうそう、これはどうでもいいのです。
別に何も求めているのではないのですから。
それに、私の心の方向は、この夫婦には向いていないのです。
そう、私は、妊婦さんに席を譲ることを通じて、
いつぞやか妻が妊娠している時に、席を譲ってくれた方に感謝しているのです。
言葉ではなく、行動で示すことで、いつかの、誰かに、今、感謝の気持ちを伝えようとしているのですから。
その場に一緒にいれば、言葉と態度で席を譲ってくれたことに感謝しますが、私のいないところであっては、私は妻から話を聞き、その際に妻を通じて感謝を述べることはできますが、譲ってくれた方に直接には感謝を伝えることができません。
その方に感謝の意を示すには、同じ行為を通じてこそ、感謝の意になると思っているので、その方の為でもありながら、同時に、ある方に感謝する為でもあるのです。
与えられた幸せは、止めてはいけないのです。
与えられた幸せは、分け与えなければならないのです。
そうすることで、幸せはループになり、幸せがこの世に広がってゆくのですからね。
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