今日は次男の幼稚園の運動会でした。
今年は年長さんなので、最後の運動会ということもあり、ものすごく張りきっておりました。
体こそ小さいものの、行進や入場の時など、一生懸命に手を振り上げ、足を上げていました。その勇姿に親バカですが、子供の成長を見て感動で涙です。
今日は子供たちから、「一生懸命」ということを改めて学びました。
だから、子供と並んで一緒に入場する時に、私も手を肩まで水平に大きく振り上げ、しっかりと足を上げて、“いい大人が”という心を抑え、子供たちと同じ素直な心で、次男と共に歩みました。
他の方々は、恥ずかしいのか、面倒なのか、適当に歩いておりましたが、私は子供たちの勇姿に対して、一生懸命な心に対して申し訳ないし、親が子供に寄り添ってあげずして何たるものかと思い、二人で元気に行進しました。
その後のオセロゲームに勝って喜ぶ次男の素直な心に、自然と涙が出てきて、愛しくてたまりませんでした。
こうなると、親バカですね。次も勝って連勝してあげようと思い、頭脳プレーを活かし真剣にゲームしちゃいました。
でも、最近の運動会には、集団競技には勝敗があるのに、個人競技には順序のある勝敗がないのですよね。
大人が考える配慮なんでしょうが、子供たちは本当にいいものなのでしょうか?
子供たちは真剣になって勝負しているのです。
なのに、勝敗がないのでは、努力した喜びを知ることなく、負ける悔しさを知ることなくで、事なかれ主義は心を育む大事な要素を、子供の成長から取り上げてしまいます。
それが如実に表れたのは、卒園生によるリレーでした。
赤と白に分かれた1年生から6年生の混成チームで、勝負は引き分けとなったのです。
大人は、事なかれ主義で、平等である引き分けで終わらそうとするのですが、子供たちは真剣で、勝つか負けるかの勝負に意義を見出しており、走ったからといって何もないのに、勝負をつけたいと言って、「もう1回コール」で、大人に要求しています。
その熱意に押され、再度リレーが行なわれました。
またも、私は子供たちから「一生懸命」を学びました。
私たちは子供たちよりも偉い大人でおりますが、つい損得勘定で物事を計りがちです。そんな大人のどこが偉いのか?と、子供たちの真剣さと一生懸命さの前では、恥ずかしくなります。
それを褒め称えたくて、私は恥ずかしさを捨て、子供と共に、大手を振って、一生懸命に、真剣に、そして親として温かく子供を見守りながら行進しました。
ちなみに、私は親のリレーで、今年もアンカーを走ることになりました。
あ〜、膝とアキレス腱が痛い…
|