つれづれなるままに

 
気まぐれなるままに綴る
感じたこと思ったことなどを書いています。
 
感じ方は人それぞれですから、
適当に(さらりと)考えて、
ご自分の気づきや学びにして下さい。
2004/07/23    連鎖
今日は家族総出で裏山(お墓)の草取りで、大人は手に草刈機、鎌や熊手を、子供たちは網に虫かごを持って向かいました。
はりきって手伝うと言っていたものの、手にしているのは手伝う道具ではありません。
ん〜そんな子供を嬉しく思う。
 
子供は遊ぶのが仕事ですからね。
正確に言うと、遊びの中から何かを学ぶという勉強が仕事ですね。
 
草刈しているうちは、自分達で探しては捕まえておりますが、私も探してと周囲にまとわり付いて離れません。
だから、仕事と遊びを適度に分けて、草を刈っては生き物探し、見つけてあげるために草刈を?
だんだん、私もなんのために草刈をしているのやら…
 
トカゲ、カエル、カマキリ、バッタなどを捕まえたり、捕まえ方を教えたり、探し方を教えたり、いろいろな生き物を見つけては教えてあげました。
子供たちはみんな一緒の籠に入れようとするので、食物連鎖を教えてあげましたが、イマイチ分っていないようです。
だから、あきれて「一緒に入れれば」と言って、最初はかわいそうと思い止めさせていましたが、これも勉強と思い勧めてみました。
 
すると、
「わぁーカマキリがバッタを食べているよー!!」
「あー大きいカマキリが小さいカマキリ食べてる〜!?」
「お〜こんどはトカゲちゃんが大きいカマキリ食べちゃったーー!!!」
と、大興奮で自然の法則に驚いておりました。
 
午前中の草取りを終えて山を下りて留守番する妻に、いっぱい捕まえたことを報告する。
子供たちは、「お母さん見てー!!」etcと、あれこれ報告し、私も「いっぱいいたよ〜」etcと、楽しそうに報告しました。
すると妻は微笑みながら、
「で、草取りは終わったの?」
「で、子供たちは手伝ったの?」
と。。。(あっ、肝心なことは何も言っていないことに気が付きました)
 
 
午後の草取りを終えて本堂前の階段に座り、長男に私の子供の頃の生き物談義を話して聞かせてあげました。
 
もう、長男は大笑いのなんのって。
カエル事件とカマキリ事件にはね。
 
事件の詳細はともかく、我家でも同じようなことが起きていることに気が付き、食物連鎖もさることながら、親子も似るんだなぁと連鎖していることに嬉しくなりました。
また、自然と行いが受け継がれるのであれば、少しの助言と、多くの行動で、良いものを受け継いでほしいと思い自らの戒める。
 
2004/07/20    仏の御加護:その2
そうそう、前回のように記してしまうと、誤解を受けるかもしれませんので、仏の御加護についてちょっと記しておきますね。
 
例えば、今回の災害において、仏は見ぬ振りをしたわけではなく、力の及ぶ範囲において、それぞれの人生において、仏はすべての者を守っていたのですよ。
災害に遭わずにすんだ方も、被災された方も、「それくらいで済んだ」という仏の御加護があったのです。
もし、仏の御加護がなかったのなら、さらに最悪な事態になったことでしょう。
家族を失ったり、家を失ったり、途方に暮れたり、起こった出来事は様々で、被災から免れたから、そんなことが言えるとの意見は十重にお受けした上で、あえて尚、仏の御加護があったことを記しておきます。
 
でも、感情としては私も同じことを自分自身に想うことがあるのですよ。
なんで?どうして?こんなに?とね。
すごいいい人なのに?何であんな人が無事なの?と想うこともありますよ。
そう理不尽なことのように想う時には、必ず自分に言い聞かせる言葉があります。
それは、
「人生、人それぞれ。道に意味あってのことで、私の人生ではい。その判断は私には委ねられていない。ただ、あるがままを受け入れ、心で寄り添い、自分にできることをすることである」
とね。
 
まぁ、信仰者としては何か不幸なことがあっても、最悪の事態から比べたら、それくらいで済んだと、何者かに護られていることを、周囲の支えあってのことと併せ、お陰さまと、ただただ感謝し手を合わせ祈るのみです。
信仰ある者は、こうして何者かに祈る心と感謝の心を忘れないので、同じ出来事であっても心の有り様は変わってくることでしょう。
 
これに対し、信仰のない思考はこの反対で、何か事があったら、良いことや普通のことから比べるので、同じ事態であっても信仰ある心の有り様とは変わってきますよね。
また、この後も、祈ることも、感謝することも少ないでしょうから、さらに物事の捉え方において違ってくることでしょう。
 
こうして、同じ出来事でも捉え方が違ってきますので、人生における幸不幸の分量が同じであっても、分量の違いが出てきます。
信仰と言うと何かありげと思いますが、最近の言葉に言い換えると「ポジティブシンキング」なんですよ。
 
2004/07/19    仏の御加護:その1
天気予報によると、ようやく新潟地域の雨足も治まるようで、一時的な豪雨はあるものの、降り続く豪雨は終わりのようです。
雨は終わっても、地盤は水分を含んでいるので土砂崩れの危険がありますから、注意はしなければなりませんが、今のところ裏山の土砂崩れはなく、お寺(我家)は無事です。
 
これも、皆様のご心配や祈りのお陰さまと思っております。
 
お寺の周辺ではすべての道の斜面が土砂崩れにあっているという状況(隣の坂は2箇所で通行不可、隣の坂は家を飲み込み、その隣も2箇所で崩れ、家を飲み込み、その隣では家が全壊)でありながら、幸いにしてお寺の裏側(他の道では崩れましたが)だけが崩れなかったのです。
土砂崩れの箇所と状況を見ると、“なんでお寺の裏山だけ?”と不思議でなりません。
 
このことを皆様にお話すると、「動物たちに守られているから」「仏の御加護」「日頃の行いの賜物」などなどと言われますが、私はそれらの言葉に対して、
「ただただ幸いでした」
「皆様のお陰さまです」
とお応えしております。
 
心の中では、素直に動物たちや皆様の想い、仏様の御加護、家族の日頃の善行などと思いますし、思いたいのですが、そうしてしまうと、被災した方々が、“そうではなかった”ということを暗に言うことになってはいけないので、自分の想いは別にして、言葉にする際は、「幸いでした」としか言うことができません。
 
ほんと、ただただ幸いであったのです。
 
そして、幸いであったことを感謝して祈るばかりです。
また、被災された方々のお見舞い申し上げると共に、今後の道の興隆をお祈り致します。
 
また、私個人としては、被災したのは人だけではないでしょうから、多くの動物たちの幸せも祈りましょう。
 
2004/07/17    避難勧告
さっき、19時前に避難勧告が出て、市役所の方が長福寺にいらっしゃいました。
大丈夫だとは思いますが、一応、わざわざいらしてくださったので、指示に従い市の体育館に避難することにしました。
 
ここ数日は大雨の影響で家にいるので、夕食の料理は私が作っており、避難勧告を聞いた時、ちょうど1時間かがりの煮豚ができ上がったところでした。避難すれば、おにぎりくらいでるでしょうが、せっかく作ったので、煮豚とサラダとご飯をタッパーに詰めて、避難の用意をしており、なんだか?避難というよりもピクニックというような装備になりました。
 
避難してきたにも関わらず、マットや敷物、食事に飲み物、長座布団*2、タオルケットを車に積んできたので、お泊りの用意まで整えてしまいました。
体育館に到着すると、周囲の方々は軽装で、食事もまだとのことで、私の煮豚は周囲のてまえから披露できそうにないので、配給まで待つことになりました。
配給された後でも、皆さんはおにぎりと沢庵を手で食べているのに、我家は煮豚とサラダ、配給のおにぎり、箸にフォーク、麦茶にコップセットでしたから、それでもちょっと違和感がありましたね。
 
それに子供たちはポケモン人形を持参していたので、周囲の子供たちと遊んでいて、まさにピクニックですね。
でも、避難という状況なだけに、子供たちが無邪気に遊んでいる様子は心が和みます。
 
さて、市長の登場です。
避難勧告の経緯に、今後の状況などの説明を受け、長福寺のある平地区と他1地区を除く地区以外は、雨が小康状態となり勧告解除で自主判断により帰宅できるようになりましたが、私たちは土砂崩れの恐れがあるので勧告は解けませんでした。
多くの方々が帰宅するのをよそに、我家は
泊まる用意で持参したものを広げて寝る準備です。
 
21時には消灯になりましたが、興奮気味なのか、いつもと雰囲気が違うからか、子供たちはいっこうに寝る気配を見せません。
だから、私は日記を記しています。
 
2004/07/14    被害状況
昨夜、近くのお寺で土砂が崩れ、寺が崩れたとのことで、師匠のお寺では公民館に避難したから、「あなたたちも話し合いなさい」と連絡がありました。
裏山から下山してきたので、ある程度様子もわかっていたので避難はせず、下には近寄らず2階で過ごすことに。
疲れからかぐっすり寝ており、気づくを朝に。
 
朝になって周辺状況を確認しにゆき被害が明らかに。
土砂崩れで家が崩壊、道は寸断、土砂だらけ。
河川氾濫で床上・床下浸水、至る所に漂着物の残骸、道路が割れてゆがんみ、水は至る所から染み出ている。
学校は休校、離れ離れの家族あり、電話は混乱して通じないし、復旧のめどはたたない、そんな状況です。
私は夜に東京に行かなければならないので、各道路が封鎖されているものの道はあるだろうと、迂回・回り道・Uターンしながら、道を探し駅に向かおうとしましたが、ついには全方位が土砂や冠水で市内から出れないことを知り諦めました。
 
そんなで、現在も栃尾市は陸の孤島です。
だから、ニュースの映像はないでしょう。
そして、陸路は寸断されているので、ヘリが大活躍しているようです。
 
栃尾市の中でも平地区(長福寺周辺)は被害が甚大で、下の周辺の家は水害で、同じ高台の家は土砂崩れで被害が大きいのに、我家の被害は何もなく、幸いにも家族みんな一緒で無事で、運がいいのか、何者かに守られているのか、とにかく幸いです。
 
私が早朝に帰ってきていたこと。
駅まで迎えるために車を出したこと。
たった、この1時間の差が、家族を一つにしてくれました。
そうでなければ、私は駅から市内に入れずにいるでしょうし、妻と長女は家から出れず、長男は小学校に泊まり、次男は幼稚園に泊まることになったでしょう。
また、夜の避難の連絡などにより、さらに状況は異なって、連絡も取れずに不安な一日を過ごすことになったと思います。
 
家族みんなで感謝です。
 
それが、午前中に猫ちゃんの火葬があるということで、すべてが(お客様にはご迷惑をおかけしましたが)運良く導かれ、やはり猫と縁が強いようですね。
 
今までとこれからのみんなに感謝です。
 
ちなみに、寺猫たちの昨日は、朝からご飯をもらえず、様子を見に戻った時には、いい子に猫長屋の上にみんな並んで空を眺めていました。
(ひどい雨だね〜。どーするよー。って感じで)
そして、私を見るなり、大合唱。
(「生きてたかー!!」ではなく、「腹減ったー!!」でした。)
 
我家も、のんきですが、寺猫たちも、のんきみたいです。
 
2004/07/13    集中豪雨
本日、新潟県の中越地区は集中豪雨で、長福寺のある栃尾市は一日で430ミリという最降雨量でした。
 
我家は家族一緒でみな無事です。
安否や心配、お見舞いのご連絡ありがとうございます。
 
被害の様子はニュースなどでご覧になっているとおりですが、大変な状況になっております。見附や三条の様子はニュースにありますが、栃尾の状況はニュースに流れておりません。
なぜなら、大雨の影響により、主要幹線道路や各道路で土砂崩れで道が塞がれ、陸の孤島となっておりますので、映像が入らない状態です。
 
この日、私は午前中のお客様に応対するため東京から戻ってきており、長岡駅で9時に妻と待ち合わせをしておりました。
家を出るときから雨足が酷く、家の近所では水が道路に冠水している状態だったそうです。
駅で合流し家に帰ろうとするものの、家に通じる道が濁流となっており、水位は膝上まであり、様子を見に行く大人ですら足を取られ前に進めないな勢いで道路が川と化しておりました。
近所の方が外に出ており状況を聞くと、とてもじゃないけど通行できないし、下水の蓋が流れていて危ないとの事でした。
仕方なく濁流脇の高いところに車を止めて様子を見守るも、一向に治まる気配はなく、いろいろな物が流れきて、むしろ悪化しているようでした。
 
お客様から濁流になっていて市内に入れないから、一旦家に戻りますとの連絡があり、要件がなくなったので、私たちは近くのスーパーの駐車場に退避・待機することにしました。
市内の至る所で道路が冠水してしまい、メイン通りが川になってしまい、車が渋滞してゆくのが車内から見えました。
車内で過ごすこと3時間、お昼になりましたのでスーパーでお昼ご飯を買い車内でランチです。
お昼になって幼稚園と小学校に連絡を取り、幼稚園は早迎え、小学校は集団下校と。小学校には市内の現状を伝え、集団下校は不可能なので対応を検討してもらいました。
 
次男を迎え、長男を迎え、家族皆揃ったところで家の様子を見に行くと、近づくことすらできないほど、長福寺の一帯は河川氾濫・道路冠水でしたので、諦めて再度スーパーの駐車場へ。車内で過ごすこと8時間、雨も少なくなってきたので家に戻ることにしました。
家の近くまで行くものの、道路にはいろいろな物が流れ着いており酷い状況で、未だに家の下の道は濁流が酷く誰も近づけない状態でしたので、反対側の道から進入しようと行くと、さらに河川の氾濫はひどく、民家は濁流に飲み込まれ、塀は倒れ、流され、道路の真ん中に横たわり、その上を水が行くので、さらに水は跳ね上がり酷い状況です。
長福寺は高台にあるので水の心配はないものの家に入れないので、反対がダメなら山からと思い行くものの、各道路が土砂崩れで封鎖されており通行できません。
いろいろな道を行き、墓地のある裏山まで到着し、まずは私が一人で裏山を下り様子を見ることに。
裏山の道は小川のようになっていましたが、下りれないわけではないので、車を放棄し、子供を抱え、家に帰ることにしました。
 
夕方になって無事に家に帰ることができ、みんなで「やったー!家についたぞー!!」と勝ち名乗り。
 
それから長男と下の様子を見に行く。
 
下の地域一帯が腰まで濁流に飲まれていたようで、みなさん公民館に避難しておりました。
近所の方と無事の確認をし合い、様子や状況を聞くと、恐ろしかったとのことです。
濁流と共に多量の土砂や漂流物があり、こんなものが?というものまで流れ着いており、濁流の勢いが伺えました。
 
様子を見に行った私と長男は、そんな中、道路に打ち上げられている魚(ハヤとドジョウ)を見つけて、喜び帰って来て、妻に様子を聞かれ、
「見てみて、魚捕まえた!」(喜びながら)
「なにしに行ってきたの?」と笑われました。
 
災害の最中でも、のんきな我家です。
 
2004/07/07    涙です。
今日は七夕です。
小さい頃、笹の葉に短冊に願いを書いてつるしましたよね。
 
それでね。
うちの次男が幼稚園で書いたお願いが、
「みんなが怪我しませんように」
なんですよ。
 
あー、書いていても、涙が出てくる。
 
5歳ですよ。
自分の我欲優先でいいのに、みんなが怪我をしなければ、みんな楽しく過ごせるからって、七夕のお願いが「みんなが怪我をしませんように」なんですって。
 
あ〜、親ばかでもいい。
いい子だ。
 
次男は本当に優しい子で、妻や先生を、幼いながらも広く優しい心でよく泣かします。
 
 
ちなみに、ちいちゃいくせに女の子にもてるようで、7人の子に結婚を言い寄られているそうです。
それを聞いて私が、
「仁くんは、誰と結婚したい?」って聞くと、
「僕は誰とも結婚しない!」って言うんです。
「何で?好きな子いないの?」って聞くと、
「だってさぁ〜、誰か一人に決めたら、他の子泣いちゃうでしょ。可哀想じゃん!だから、僕は結婚しないことにする」
って言うんですよ。
5歳児が。
 
七夕ですね。
皆様の幸せがいつも心と共にありますように☆
横田晴正
 
2004/07/05    譲る譲られる
今日は都内を車で走っており、感じたことがありました。
 
狭い商店街を通り抜ける時に、車は歩行者や安全ポールなどにより、譲り合わなければ、お互いに通り抜けられないのです。
そんな時に、後ろに車もいないので、私が端に寄せて車を譲っていると、最初に人もお礼なく、次の人も、また次の人も、どんどん入ってくるではありませんか!
相手が道を譲っているのだから、運転手のマナーとして私はサインを出すことだと思いますが、それができない人が多くいるもんですね。
相手が道を譲っているのをいいことに、スピードを上げて突っ込んでくる者もあり、何を考えているのかと思考を疑います。
 
道を譲っているからか、車はどんどん入ってきて、歩行者が渡ろうとしていることなんてお構いなし。
いったい何なのだろうか?
車って偉いの?
 
私も道を譲るのにも限度がありますが、幸いに後続車がいないので、突っ込んでくる車までみんなに譲ってあげました。
でも、誰からも挨拶はありません。
???
 
そして、車が横断するものだから、自転車で渡れずに待っていた少年を先に譲ってあげました。
すると、少年は車が先に行くものと思っているようで、私が譲られているではありませんか。差し出す手の合図に躊躇してか、微妙な時間の差があり、自転車を押しながら少年は丁寧に頭を下げて、迷惑を掛けまいと急いで渡るではありませんか!
 
私は車内から、「頭を下げるは私たち大人であって、君はいいんだよ!ごめんね!」
「でも、その気持ち忘れずにね!!」と言いました。聞こえませんけどね。
 
こうして、譲ること少ない大人を見て過ごせば、譲っている自分は損しているように思い、いつかは、我先にという大人になってしまいやしないかと心配になってしまいます。
 
少年よ。その気持ちを忘れずに大人になってくれ!
と素直な心に祈らずにはいられません。
 
私たち大人が、素直な子供の心を伸ばせない社会にしてしまっているのですね。
私もまた、小さい時に嫌いだった大人になってしまっているのかもしれない。
気を付けよっと!
 

PAST INDEX FUTURE
| ホーム | プロフィール | エピソード | 長福寺 | 東京分院 | 新潟:火葬料金 | 東京:火葬料金 | 新潟:料金表2 | 東京:料金表2 | ペット用メモリアル用品 |
| 供養&カウンセリング | 合同供養祭 | 祈り場 | 新潟:連絡先 | 東京:連絡先 | 講座・講演について | ペットロス | ペットロスと教育 | やすらぎへの道 | アルバム |
| コラム:T | コラム:U | 言葉の贈物 | Q&A | 日記:2007〜 | 日記 | 日記 | リンク集1 | リンク集2 | お知らせ |

Last updated: 2005/2/1