運命、宿命、立命、などと、いろいろな用語があって、何が何なのか分らないことと思いますので、ちょっと中国の古事を。
ある青年が易者に将来を占ってもらった。すると、何歳でこうなり、何歳でああなり、何歳で死ぬ、と一生を手に取るかのように占われ、自分の運命がどのようなものかを知った。
こうなると、何をしたところでどうなるかが決っているので、意欲も湧かないし、努力も、悩みも、苦しみすらも阿呆らしくなってしまい、ある意味で人生を達観し澄ました様相を呈していた。
それを見た僧侶が、この青年に運命というものを説いて聞かせた。
その者の運命がどういうものかを見るのが易ではない。
「易」とは本来、変るという意味であり、変らないことを「不易」と言う。
運命は変るものである。
変えられるものである。
己の運命を知り、それをどう変えていくかを考え、実践してゆくのが易学の意義なのである。
このように僧侶に説かれて、青年はなるほどと思い、一念発起して人生に望んだ。
すると、易者の見立てでは不可能とされたこともでき、死ぬと言われた年齢にも達し大成功することができたそうです。
そうなんですよね。運命は変えられるものなんですよね。
与えられた運命に流され埋没すると「宿命」となり、
与えられた運命を変えようと努力すると「立命」となる。
易者に占われた運命は、その時点では当たっていたのもしれない。
だが、運命を受け入れて、変える努力をしたから占われた運命は変った。
運命を変えるのは自助努力はもちろんですが、出会いという縁がそのきっかけになることがあります。
あなたは、自分の人生を生きていますか?
あなたは、人生に訪れる縁を大事にしていますか?
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