つれづれなるままに

 
気まぐれなるままに綴る
感じたこと思ったことなどを書いています。
 
感じ方は人それぞれですから、
適当に(さらりと)考えて、
ご自分の気づきや学びにして下さい。
2004/10/31    感謝。感謝。感謝。
地震があって、あっという間の1週間が過ぎ、家の中も片付いてきて生活も安定してきました。
ようやくホームページも作成できるようになり、遅くなりましたが、みなさまにお礼申し上げます。
 
震災直後から、みなさまにはご心配していただき、ありがとうございました。
救援物資(家族、寺猫たちに)を送ってくださった方、お見舞いを送ってくださった方、ご心配くださった方々、みなさまのお心とても嬉しく励みになりました。
心より感謝のお礼申し上げます。
ありがとうございました。
家族、寺猫に代わりましてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
 
日常の生活において気苦労されているのは皆同じなので、お見舞いなどは頂戴するにあたり心苦しく思いますが、素直に気持ちとして頂戴いたします。このお金は境内に至る道に亀裂が入り落ちてしまっているので、この道の補修に使わせていただくことに致します。
 
妻と涙しながら感謝の気持ちで、皆様の温かいお心を頂戴いたします。
 
 
まだまだ、日中は修復すべきことがいろいろあり、疲労や頭痛で夜になると、子供たちと一緒に寝てしまい、なかなかメール・掲示板への返信ができませんが、ゆとりが出てきたらゆっくりと返信させていただきます。
ご了承下さい。
2004/10/30    誕生日
午前中に東京の霊園で、合同慰霊祭の法要を勤めるべく予定がありましたから、昨日11間かけてやってきましたので帰る予定はなかったのですが、心配なのと家の片付けや応急処置をしたいのと、長男の誕生日でもあるので帰ることにしました。
帰りは高速バスが緊急車両扱いで高速道路を通行できることから、法要が終わり皆様が帰られると、急いで着替えて食事してバス乗り場に向かいました。
 
関越自動車道は地震による被害が大きく、あちこちで24時間体制の復旧作業をし、なんとか通行できるようになったようで、多くの若い人たちが実家に帰るべくバス乗り場に集まっていました。
復旧したとはいえ、バスの揺れはひどく高速道路とは思えない揺れようで、ちょっとしたアトラクションのようで、女性客はキャーキャー叫んでいました。
 
予定時間より少し遅れて到着し、妻と共に避難している学校や倒壊している被害の大きい地域を通り、誕生日会場でもある師匠のお寺に向かいました。
そこには、週末なので妻の弟妹が手伝いでやってきていたこともあり、とても震災地であるとは思えない賑やかな食卓で、先ほど通ってきた地域の方々のことを思うと…
でも、誕生日は誕生日だし、みんなが久しぶりに集う食卓は賑やかなものですから、みんなで楽しく食事をしました。
 
地震で怖がっているので、少しは楽しんでほしいと思い、先日誕生日プレゼントは贈っているのですが、さらにお土産としてプレゼントをしました。
このプレゼントだけでなく、弟妹からもプレゼントがあり、被災の最中、幸せそうな長男に私は心を試す質問をしました。
「地震のあったお陰で、にーにやねーねが来てくれ、誕生日プレゼントもいっぱいもらえて良かった?」とね。
すると、
「ん〜、誕生日プレゼントはいっぱいで嬉しいけど、地震は人を殺すからダメ!」
と言うのです。
 
答えが違っていれば私に諭されたことでしょうが、合格です!
 
この心の成長が私にとっては嬉しく頼もしく、頭を撫で撫でしてあげました。
2004/10/29    行けるの?
昨日の大きな地震で、復旧した路線も不通になり、長岡駅は駅舎崩落の恐れから立入禁止になっていたし、駅までの道は隆起陥没と工事で、人の話によると駅まで3時間かかったそうで、本当に東京に行けるのだろうかと思いながら、とりあえず行ってみるしかないと10時に出ました。
駅には意外とすんなりと着いたのですが、駅周辺はどこも臨時休業しており、いつもならタクシーが20、30台いるのに1台もなく、人も片手で数えるくらいしかおらず、変な静けさでゴーストタウンのようでしたね。
改札に行ってみると、十数人は人がいて運行していることがわかり、新潟経由の東北経由で、東京の実家まで11時間もかかりました。
いつもと同じなのですが、新宿駅には多くの人がおり、笑顔でいろいろ話しているので、午前中の長岡駅とはあまりにも異なり、違和感から、「こんなことしている場合じゃないよ。早く避難しないと!」って言いたくなりましたね。
2004/10/27    余震??
余震も終息傾向にあり、気象庁の警戒でも震度5以上の余震の確率は10%まで下がったとの報道がありましたので、地震もこれで終わるかと思っておりましたら、その直後に震度6の地震がありました。
報道では大きな余震がありました。と言っておりましたが、この怖さを知らない人にとっては“余震”であっても、当事者の私たちにとっては“地震”ですよ。
だから、これが余震?って言いたくなりましたね。
 
この時もそうですが、家にいる時は警戒してみんなで離れずに居間にいるようにしており、ちょうど地震があった時も幸い一緒にいたので、急いで子供を抱き寄せて毛布をかぶせて、子供たちと妻の上になり、何があってもこの身ですべてを支える気持ちでしたし、そうできると何の疑いもなく信じていました。
この身で護ろうとは思っていても、しようとしてしたのと、自然と体がそう動くのとでは感覚が異なり、不思議な喜びを感じましたね。
地震の最中に思ったのですが、心から家族を大事に思っているだけではなく、体でも大事にしているのだなぁと、昔修行寺の先輩に言われた言葉を思い出しました。
 
それは、私たち新人の雲水が、いつもは気を引き締めているからできていることが、気を緩めていて出来なかったことがあったのです。
その時に先輩から、「おまえ達は慣れているだけであって、身に付いていないんだよ!もっと真剣に修行してみろよ!!」と言われたのです。
私は、この時に注意されたことから、私のできていると思っていることは頭で分っている程度ことであって、体から出来ていないことだということを反省し、身に付いた先には何があるのだろうと追い求めるようになったのです。そして、頭で思っていることが身に付いて、身に付いてきたことが習慣になって、はじめて心というものが培われるということを悟りました。
それは、慣れるだけでなく、身に付くだけでなく、さらに精進して、心に付くようになれば、外の出来事と私そのものが一つになり、自他同時の境地になれるのだと、修行することへの光明を見出したのです。
 
それはそうと、
家にいる時は車の中にいるのと違い、激しい揺れと音があるので、同じ震度でもより怖く感じるものですね。
 
この地震は本震に比べれば小さいものですが揺れは大きく、せっかく完璧に片付けて、メジャーで図りながら左右均等に配置したのに、ぜ〜んぶ振り出しに戻ってしまい、もう脱力感で何もする気になりません。
 
それと、今日から東京に行こうと思っていたのですが、復旧した線路もまた不通になり、交通手段が断たれてしまったので休むことにしました。
結局、1週間アルバイトを休んでしまいました。アルバイトというものは、こういう時に有給にならず、欠勤扱いだから困りますね。
2004/10/26    ようやく
昨夜まで余震を警戒し、車内に布団を持ち込み寝ておりましたが、余震回数も少なくなってきたので、そろそろ本格的に家の後片付けをして、今晩から家で寝ることにしました。
 
私は本堂を。妻は台所を。
子供たちは、余震に怯えながらも遊んでいます。
 
子供たちも遊びながら手伝いをしてくれ、夕方には生活するための1階部分の片付けが終わり、居間だけではありますがいつもの生活に戻りつつあります。
2004/10/25    天使祭
昨日は、次男の幼稚園で天使祭で、震災の影響により中止も予想されましたが、子供たちが一生懸命に頑張ったのと、楽しみにもしておりましたし、暗く沈んだ中で子供たちの笑顔はまさに天使の微笑みですから、余震も止まない中ではありますが開催することになりました。
 
23日の夜、長岡市内から帰ってくる時に、幼稚園の横を通ると御堂に電気が点いているのを見かけましたので、避難する前に幼稚園によって神父さんの様子を伺いに行くと、幼稚園の被害は少なく、明日の天使祭は、各家の片付けなどもありましょうから、少し早めに終わるにしても開催しましょうということになりました。
お寺も家の中も、いろいろな物が落ちて壊れており、教会の御堂も同じであるにもかかわらず、子供たちの作品が一つも壊れることなくあったのは、とても嬉しい不思議なことでした。
幼稚園に立ち寄る前に、私たち夫婦はお寺の様子を見に交替で戻り、その際に大事なものだけ持って避難しようと話し、私は懐中電灯と毛布、妻は会長さんということもあり天使祭の書類などで、
「普通はお金とか通帳・印鑑とか、貴重品と呼ばれる物を持ち出すんじゃないの?」
と話すと、
「そうだよね。でも、貧しいからそういうのないんだよね〜。だから、持ってきたのがこれらなんだよね。」
と笑い合い、その後に続くお互い言葉が同じで、
『それに一番大切なものは、もう車に積んであるからね。(寝ている子供たちとお互いを見て)』
 
そんなで、昨日は余震続く中、一部食料品は届かないものの天使祭は開催され、みんなで行ってゲームをしたり、子供たちの作品を見たり、ご飯食べたり、憧れの先生に会ったり(おっと妻に刺されそう)と楽しんできました。
 
夜が明けて中越地区各地での被害状況が明らかになりつつあり、深刻な状況になっておりますが、その中にあっても、いや、その中でもあるからこそ、子供たちの笑顔は私たちに大人に力を与えてくれました。
 
その名のごとく、まさに天使祭でした。
2004/10/24    被害状況
大きな余震が何度もあり、揺れて無くても揺れているように感じるくらいで、心落ち着かないまま車内で夜を明かしました。
 
空が明るくなってきたのでお寺に帰ると、被害の状況が明らかになってきました。
報道では各地で電気・水道・ガスのライフラインは断たれていたようですが、栃尾市街は大丈夫でした。
 
まずは本堂からかな。
本堂にあったものはすべてが落ちており、いろいろなものが壊れたり、散乱しておりましたが、須弥壇最上段に位置する本尊様である3体の仏像だけは微動だにしておらず、とっても不思議なことでした。
また、納骨堂は写真たてや置物などが落ちておりましたが、お骨はみんな無事でよかったです。
納骨堂に飾っていたお気に入りの風水猫ちゃんは壊れて割れてしまいましたが、身をもってみんなを護ってくれたことと想います。
 
次に境内・墓地についてです。
参道の亀裂は深くて、大きな余震の度に徐々に広がってきており心配ですが、何とか車は通れる状態なので当面はなんとかなります。この亀裂も含め、境内のひび割れを、山水を流す冬季までには修復しないと消雪ができなくなってしまいますし、前回の水害で山水の水路が潰れた上に、多少の土砂が崩れ水路を塞いでおり、早めに修復しないとと思うと気が重くなります。でもその反面、私の体は引き締まることと思います。
心配していた合同供養碑は無事でした。
倒壊して斜面を落ちていたら、下の家にぶつかる可能性もあり、とても心配していました。壊れるだけなら、私の問題で済みますが、そうでなければ大変なことになりますからね。
裏山の墓地は被害のないお墓はないと言っていいほど倒壊しており、お墓の被害の程度も様々なのですが、供養碑をお願いした墓石屋さんの建立したものは被害が少なくて、こういう時に業者の良し悪しが判ってしまいますね。
ちなみに、この石屋さんを選んだ理由は、『人柄』です。
 
次に母屋です。
外観はガラスが割れた程度でほとんど被害がないように思われましたが、微妙に家が傾いたみたいで、床にビー玉を置くとあちこちで転がるようになり、その軋みで障子や襖などの扉類が歪んで開け閉めがしづらいくらいで、その歪みでガラスが割れたことが判りました。
住むには別状はないのでしょうが、真冬の雪の重さでも、扉類の開け閉めはしづらくなるので、これからが心配ですね。このことは豪雪地帯の被災地の共通の心配事です。
家具類はズレてはいるものの倒れることはなく、中にあったものが落ちて壊れたりして、ガラスや陶器製の破片が散らかっていたりで足の踏み場がない状況でした。
こういう時って、お気に入りの物ばかりが壊れるようで、“がっかり”なんですが、何だか笑っちゃいますね。幼稚園の奥様方も同じことを笑って言っていましたからね。
 
次に猫たちです。
家の様子を見に行った時には誰もいなく、翌朝に戻ると、一番小さな子であるみーちゃんだけが淋しそうにしており、子供を置いて大人たちはどこかに行ってしまったようです。
猫達は、毎日誰かしらかが帰ってきて、4日後にはみんな勢揃いしましたので、みんな無事でした。
 
ということで、家や家族もみんな無事でした。
今回も水害の時と同様に、災害の時に家族一緒にいることができた幸いに、皆様の心配と祈りと、何者かの御加護により、不幸中の幸いであり、すべてに感謝です。
2004/10/23    大震災
ご存知のとおり、本日の夕方に新潟県中越地方において震度7を記録する大地震がありました。
 
この大地震で被災された方々、動物たち、
心よりお見舞い申し上げます。
一日も早くいつもの生活に戻れますよう、
祈るしだいであります。
 
この日、私たち家族は被害の大きかった長岡市街におりましたが、幸いなことに家族みんな一緒に車の中におりました。
駐車場を出ようとしていたら、体が宙に浮くほど急激に車が上下し始め、うちの車だけが故障でポンピングしているのかと思ったのです。
だから、エンジンを止めるように妻に言うと、もの凄い音と共に電柱が大きく左右に揺れ、正面の店舗の照明が落下し、人が外に避難しうずくまって頭を抱え、周囲は騒然としていて、車の中にいても恐怖を感じるほどのひどい揺れでした。
その直後にも大きな地震があり、街が柔らかい物質のように波打っていて、想像や理解を超える光景が目の前にありました。
 
あまりに大きな地震だったので余震を警戒し、周囲に倒壊する建物の少ない大きな駐車場に避難すべく向かっている時にも、追い打ちをかけるように、さらに大きな地震が来て、市内は光が消え全域で停電になりました。
 
その後も、大きな地震が何度も何度もやってきて、止むことのない大きな揺れに家族の恐怖感と周囲の人々の様子は尋常でなかったです。
異常な揺れに私は地球がどうかなってしまったのか?
ゴジラのような怪獣が地の底にいるのではないか?
と得体の知れない不気味な感じがし、これが“恐怖”というものだと思い知りました。
 
地震があってからテレビをつけて情報収集をしていたのもありますが、あまりの揺れの激しさと止まらぬ地震で1時間があっという間に過ぎ、このまま駐車場で避難していても状況は変わりそうにないし、お寺も心配なので帰ることにしたのです。
 
渋滞の道を帰るにつれて被害の大きさが徐々に明らかになってきました。
家や店舗のガラスは割れ、家の中はひっくり返ったように散乱し、倒壊した家や塀、傾いた電柱を避けるように人々が家の外で避難しており、道路は隆起陥没し、市内停電のために大渋滞になっていました。
その間も何度も大きな地震があり、密集しているだけに逃げ場がなく子供たちには怖い思いをさせてしまいました。
市内の光景を見ていると、お寺も大変なことになっているのではないか、猫達はどうしているのかと心配で道を進んで行ったのですが、栃尾方面は意外と被害が少ないので、家族みんな無事に帰ってくることができました。
 
お寺までみんなで帰るのは危険なので、近くの安全そうな所に車を止めて、まずは私一人で様子を見に行くことにしました。
暗い中、携帯電話の明かりを頼りに、お寺に向かうと、お寺の下の家の納屋が崩れ参道を塞いでおり、参道上方には幅広にした部分に長く大きな亀裂もありました。
墓石などが壊れておりましたが、お寺は無事でありました。
心配であった火葬炉と供養碑も無事で、ひとまず安心です。
 
家屋の損傷はほとんどなく、家の中のものが散乱していて、ガラスや陶器のものなどの多くが割れているので、家では寝ることができないので、今夜は近くのスーパーの駐車場(水害の時と同じ)で夜を明かすことにし、明るくなってから家に帰ることにしました。
2004/10/13    人との交わりの中で
私たちには個性があり、人それぞれだから、相性のいい人、相性の悪い人、というように得手不得手がありますよね。
そのようなことから、相性のいい人とはよく付き合いますが、相性の悪い人は苦手な人となって近づかないようにしてしまいがちです。
 
相性がいいのは同じような価値観を持つ者や、同じような性格だからであって、あまり疲れることはないですよ。
でも、相性の悪い相手ですと、どっと疲れたりしますよね。
何でなんでしょうね?
 
あなたは価値観や性格が違うということを個性として、自らの個性は認めて欲しいと思っているにもかかわらず、相手の個性を違うことを認めず、自分の思う方向に相手を変えようとしていませんか?
 
このようにして、相手のあるがままをそのまま認めずに、自分の思うように変えようとしてエネルギーを消費しているにもかかわらず、何も変らないから、どっと疲れるのですよ。
変らないものは、変えようとしても変わりません。
なぜなら、そのものを認めて受け入れていないからです。
 
なんでもそうですよ。
まずは認めてもらわないとね。
 
言葉の上で認めていても、心がそうでなければ、なんとなく反発してしまい、いい方向にも変れないのですよ。
変ろうとしていてもね。
 
それに、相手を自分の思う方向に変えてしまっては、あなたと同じになってしまい、あなたは大切なものを見失ってしまいますよ。
あなたという個性をね。
 
あなたを見るには相手が必要です。
自分と同じところ、自分と異なるところ、人との交わりの中で、自己という個性を認識し、他人と比較することなく、今度は自分で自分を受け入れる。
そうして、自分という者を受け入れていけるようになれたら、同じように他人を認めて受け入れてあげるのです。
そうすると、嫌な面や欠点があっても、それは、その人の個性の一面であって、良いところを見出せるようになるでしょう。
 
煩わしいといって、自分から人との交わりを断っていませんか?
 
私たちは関係性の生き物なのですよ。
(この話はいつかしますね!)
2004/10/10    供養祭
今日は東京分院での合同供養祭でした。
心配していた台風も過ぎ去り、開催することができました。
関東各地からみなさんお越しいただき、距離を越える想いに尊敬と感謝の念を抱きます。
 
みんなで祭壇を素敵に飾り、それぞれの想いを一つの祈りにかえて、供養することができました。
ありがとうございました。
 
天にいるみんなに代わってお礼申し上げます。
 
供養の後にお話(法話とでも言うのでしょうか)をするのですが、いつも、何を話そうか?と考えてしまいます。初めての方も居れば、毎回参加される方もいらっしゃいますからね。
だから、いつも直前まで決っていなく、供養が終わってインスピレーションで心にあるものを話すようにしています。
 
いくら語っても語り尽きぬほど、心にはいろいろな想いがありますので、これからも供養祭での法話や、日記で語って行きたいと思います。
ちなみに、供養祭での話は、天国のありかと、今を生きるということでした。
 
2004/10/03    供養祭
今日は小雨降る中、長福寺で合同供養祭を行ないました。
多くの方々に集まっていただき、それぞれに想いを馳せて、祈りを共にし、一緒にみんなの幸せを願いました。
 
お足元の悪い中参詣くださった方々、参詣できないけれど読込をされた方々、お手紙にて参詣された方々、みなさんお集まり頂き誠にありがとうございました。
 
天にいるみんなに代わってお礼申し上げます。
 
私はお経というものに、目には見えないけれども供養する何がしかの力、いわゆる功徳があると思っているのです。
その目には見えないものをあると信じ、私だけでなく、他の人も同じく思ってくれることが、どんなに嬉しく心強く有難いことか。
 
来週は東京分院での供養祭です。
時のご縁がある方はどうぞお越し下さい。
共に祈りましょう。

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Last updated: 2005/2/1