つれづれなるままに
気まぐれな日記ですから、日記ではないのかも。。。
思ったこと、感じたことを、さらりと書いてみます。
 
だから、さらりと読み流してください。
(特に誤字脱字をね!)



 2月10日   回復の兆し
病気が随分良くなってきていて、予断はできませんが回復の兆しです。
近場であれば車の運転もできるようになってきましたし、短時間であればスーパーでの買い物もできるようになってきました。
また、めまいにならないように予め休むよう体調管理もできるようになって、徐々にですが日常生活を取り戻しつつあります。
 
まだまだリハビリ状況ですが、いつまでも仕事をしないでいては、生活が成り立ちませんし、お客様の心は鎮まりませんから、東京の仕事を請けつつ、新幹線をフルに使って往復するような生活で、いちおう東京の撤収は無くなりました。
 
3週間ぶりに東京に行く時に、バス停まで車で送ってもらったのですが、妻は涙ながらに私を見送り、遠距離恋愛の恋人のように手を振っておりました。
家に帰ってからも泣いていたそうで、私の脱いだ服を抱きしめては涙していたそうです。
 
私がいない週末は子供たちを両親に預け、静かにお寺で過ごしてリハビリです。
 
寝込んでいた時は私の監督下にあり弱弱しく思えましたが、だんだん回復するにつれて、私が尻に敷かれ始めて監督されるようになってきました。
 
何をもって回復の兆しとするかはありましょうが、後者のことが我が家の兆しでしょうね。
 
 

 2月4日   普通です
だんだんメニエールであることが知られるにつれて、“旦那さんすごいね”“偉い人だね”“お父さん立派だね”“なかなかできることではないよ”などと言われるそうですが、私にとってはいたって普通で、凄くも偉くもありません。
 
肉体的に除雪・仕事・家事・育児ができるのも、昔から体を鍛えてきただけで、もともと備わっているバイタリティーですからね。
 
心理的なことについても、もともと楽天的な性格で明るいことに加え、カウンセラーと僧侶という資質を備えているだけですからね。
 
料理は昔からできることで、お弁当を買いに行く方が面倒くさいくらいですから、なんてことありませんし、修行寺の食事当番で随分と鍛えられましたからね。
 
愚痴を言わないことや怒らないことについても、愚痴を言っても仕方ないし、怒るなんて無意味だし、仕方ないことや無意味なことはしたってしょうがないからしないだけですからね。
 
仕事についてもそうです。なかなか男の人は仕事を切り捨てることはできませんが、私は何が大事かを知っているだけで、それは多くの動物たちが私に『後悔』ということを通じて教えてくれていて、この心と体で知っているのです。
 
このことについては、病院に行く車中で話をしました。
 
妻「東京の会社と仕事のこと大丈夫なの?」
私「さ〜ぁね。他人が判断することだから、気にしてもはじまらないさ。自分が気にしていないことまで、気にするのは欲張りというものですよん」
妻「でもいいの?全部引き揚げちゃって?」
私「いいんじゃないの。もともと無かったことと思えばいいし、あると思うから執着するんだから、無くしてしまえば気にしないでいいでしょ。それに、私は何が大事かをこの体で、この心で知っているんだ」
妻「私っていうこと」
私「そうね。正確に言うと、命って言うのかな」
「動物たちの命から、いっぱい後悔することがあって、何で後悔しているかといえば、一緒に居るときに居なかったことや、しようと思っていてしなかったことで、一緒にいることができたのに小さな用事を優先して、大きな命をおろそかにしてしまって後悔しているし、思っていることがあっても、いろいろなことを考えてしなかったことで大きな命をおろそかにしてしまって後悔しているからね」
「この身の中に多くの命が宿っていて、今すべきことを教えてくれているんだ。共に生きる命がね。愛する者と一緒にいなさいってね」
「それに、したくてもできないこともあるけど、今回は時の縁がそれを許してくれているんだから、見えないけれども護られていることに甘えてもいいんじゃないの」
「お互いにゆっくりしようよ」
妻「・・・涙」
 
 

 2月1日   いいかげん
そんなかんなで、ずっと主夫もしております。
お寺が忙しい時は家族は後回しで、手を抜いて楽しておりますが、それでも妻には、毎食作る私が一生懸命に見えるようで、
 
妻「そんなに一生懸命しないで、適当でいいんだよ」
私「あ〜大丈夫だよ。ダメな時は出来ないし、出来る時は出来るだけで、別にどおって事ないよ」
妻「そんなこと言って。はるちゃんは頑張り屋さんだから無理して倒れないでよ。それを心配しているの」
私「はー。心配されている人に心配されたくありませんね〜(笑)」
妻「あ〜そうだった。でも本当に適当でいいんだからね」
私「はい。でも大丈夫です。もともと“いいかげん”な人間ですから、ご心配には及びませんよ」
妻「また〜そんなこと言って、人を気遣うんだから」
私「いやいや、漢字にすると分かり易いんだろうけど、“いいかげん”でもあるけど、お坊さんとして“好い加減”をも弁えておりますので、ご心配には及びませんよーだ」
 
私はいいかげんな人間ですから、「〜しなければならない」「〜でなきゃいけない」というようなことからも離れておりますし、僧侶としても好い加減な人間ですから、決まりきったものがあるのではなくて、比較的に自由に物事を捉えていて、すべてを時に任せているところがありますので、どちらの意味でも「いいかげん」な人間なんです。
 
その加減ができないから、人は苦しむのですよね。
 
 


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