だんだんメニエールであることが知られるにつれて、“旦那さんすごいね”“偉い人だね”“お父さん立派だね”“なかなかできることではないよ”などと言われるそうですが、私にとってはいたって普通で、凄くも偉くもありません。
肉体的に除雪・仕事・家事・育児ができるのも、昔から体を鍛えてきただけで、もともと備わっているバイタリティーですからね。
心理的なことについても、もともと楽天的な性格で明るいことに加え、カウンセラーと僧侶という資質を備えているだけですからね。
料理は昔からできることで、お弁当を買いに行く方が面倒くさいくらいですから、なんてことありませんし、修行寺の食事当番で随分と鍛えられましたからね。
愚痴を言わないことや怒らないことについても、愚痴を言っても仕方ないし、怒るなんて無意味だし、仕方ないことや無意味なことはしたってしょうがないからしないだけですからね。
仕事についてもそうです。なかなか男の人は仕事を切り捨てることはできませんが、私は何が大事かを知っているだけで、それは多くの動物たちが私に『後悔』ということを通じて教えてくれていて、この心と体で知っているのです。
このことについては、病院に行く車中で話をしました。
妻「東京の会社と仕事のこと大丈夫なの?」
私「さ〜ぁね。他人が判断することだから、気にしてもはじまらないさ。自分が気にしていないことまで、気にするのは欲張りというものですよん」
妻「でもいいの?全部引き揚げちゃって?」
私「いいんじゃないの。もともと無かったことと思えばいいし、あると思うから執着するんだから、無くしてしまえば気にしないでいいでしょ。それに、私は何が大事かをこの体で、この心で知っているんだ」
妻「私っていうこと」
私「そうね。正確に言うと、命って言うのかな」
「動物たちの命から、いっぱい後悔することがあって、何で後悔しているかといえば、一緒に居るときに居なかったことや、しようと思っていてしなかったことで、一緒にいることができたのに小さな用事を優先して、大きな命をおろそかにしてしまって後悔しているし、思っていることがあっても、いろいろなことを考えてしなかったことで大きな命をおろそかにしてしまって後悔しているからね」
「この身の中に多くの命が宿っていて、今すべきことを教えてくれているんだ。共に生きる命がね。愛する者と一緒にいなさいってね」
「それに、したくてもできないこともあるけど、今回は時の縁がそれを許してくれているんだから、見えないけれども護られていることに甘えてもいいんじゃないの」
「お互いにゆっくりしようよ」
妻「・・・涙」
|