つれづれなるままに
気まぐれな日記ですから、日記ではないのかも。。。
思ったこと、感じたことを、さらりと書いてみます。
 
だから、さらりと読み流してください。
(特に誤字脱字をね!)



 12月31日   大晦日
ついに本年も終わりですね。
大掃除も年々早く終わるようになってきまして、今年は16時には終わりました。
 
お寺に来たときは夜遅くまでやっていたり、新年になってもしていたものです。
 
日々していれば大したことありませんが、年末になって全部しようと思うと、けっこうあれこれあるものですよね!
 
今年も年末に教えを乞いましたね。
『そういうことは日々しておきなさい』
 
そして反省しては、
『来年こそは…』
と言っている私でした。
 
どうぞ、新年が善い年でありますように☆
 

 12月30日   私を見て!
今年もいよいよ終わりですね。
年越しをすべく大型ホームセンターに買出しに行きました。
 
ある程度の必需品を購入し、これから食材を買う頃になって、下の子2人が長い買い物に飽きてきましたので、私は店内にあるマクドナルドで子供たちと過ごし、妻は買い物することになりました。
 
あ〜ぁ、せっかく何か買ってもらおうかと思って一緒に来たのになぁー。
仕方がないですね。
 
とまぁ、がっかりしながら両手に子供たちの手を握りマックへとやってきました。
案の定、混んでいます。
みんな同じ考えなのですよね!
 
長蛇の列をならびポテトを2つ買って、座って食べさせようにも座席が空いて居りません。
正確には座席は空いているのですが、人が座っているのではなくて、物が置いてあるのです。
上着やら買い物品やらね。
 
ちょっと人を思いやり、みんなで詰めれば、けっこう座れるのですけどね。
 
とまぁ、落胆しながら相席にて子供たちだけ座らせてポテトを食べました。
その後は、隣に併設されているマックの遊具へとなりました。
 
靴を脱ぐ場所がメチャクチャです。
うちの子たちがしようものなら、私のピンタが飛ぶことでしょうし、遊ぶ資格なしとなり許されません。
 
そこから教育が始まるのですが、「それくらいのことで」なんて言われてしまうのかもしれません。
 
子供たちの遊んでいる姿を見て、いろいろな子供がいるなぁと思いましたが、子供たちはいろいろいるのですが、親の数が不釣合いのような気がします。
店内にあるマックで遊具施設が併設してあるから、子供たちを遊ばせている間に親は買い物をしているのでしょう。
 
だから、靴を脱ぐ場所もメチャクチャなら、遊びのルールもメチャクチャで、注意書きて書いてあることなど守ってもおりません。
 
別に子供が元気に遊ぶことは善いことなので、注意書きにあるようなことなど無視して大いに遊んで構いませんし、それくらいするくらいでないと子供とは呼べません。
矛盾しているようですが、そんな子供を注意して諭して、ルールを教えることが親の務めでもあるのです。
 
その親が不在です!(たぶん買い物しております)
気持ちは分かります。(私も買い物したかったから)
 
うちの子達は私が見ておりますから、何かあると私に手を振りますし、私の方を見ていたり、遊びの合間に寄ってきます。
ですが、そんな気持ちがありつつ誰からも見てもらえない子がおります。
そんな子達はたいてい、注意書きにあるようなことをしております。
注意する親がいないのですから、子供に罪はありません。
 
ちょっと特異なことをして周囲にいる大人なら誰でもいいのです。
誰かに見て欲しくてアピールしております。
だから、私は見てあげます。
その気持ちがビンビン伝わってきますし、何かあっては良くないし、危ないことがあるようなら駆け込めるような体制にて見ております。
 
そんな中ちょっと目を離している隙に、次男が頬を押さえてやってきました。
 
「どうしたの?」
「踏み潰された」
「なんで踏み潰されなきゃならないのさ?」
「オイラが下にいたのに、上からジャンプしてきたから」
ということでした。
 
うちの子は他の子供たちが散らかしたカラーボール(ネットの外に出さないで!と注意書きがある)をネットの中に片付ける遊びをしていたのですが、そのネットを支えるフレーム(危険だから登らないで!と注意書きがある)からジャンプした子の下敷きになったようです。
 
フレームに登る子やループ滑り台を逆走する子を見ておりました。
他の子達と衝突して怪我しないようにね。
 
それなのに、ちょっと目を離した隙に、うちの子が被害者になってしまったのです。
理不尽です。
 
でも幸い怪我という程でもないので、
「大丈夫。それくらいなら。遊んでおいで!」
その子もいけないけど、見ていない親がいけないよねぇ」
と言って送り出しました。
 
好奇心や見てもらいたくてしてしまうことは自然なことですから子供を咎めませんが、私から“可哀想な子だなぁ”とか、“危なっかしい子だなぁ”とか、“がさつな子だなぁ”なんて、その子たちは見られたいのではありません。
そんな風にして見てもらうのではなく、家族の誰かに見てもらいたいのです。
 
可哀想に。
 
恵まれているお宅に居りながら恵まれていないのです。
不自由しないお宅に暮らしながら不自由なのです。
 
物には恵まれているのですが、心は寂しいと訴えています。
不自由なことはありませんが、自由に遊ぶことに集中しておりません。
 
買い物品よりも、子供たちを見てあげて!
 

 12月25日   クリスマス
うちはお寺ですから仏教徒ですが、ちゃ〜んとサンタさんがいらしたようです。
 
朝、下にいると2階で何やら子供たちの賑やかな声がします。
どうやら、今年は本堂ではなくて、寝室の枕元にプレゼントがあったようです。
 
長男には映画のDVDと野口英世の伝記
次男にはガンダムのプラモデルと絵本
長女にはさくらんぼちゃんのお家と絵本
 
長女のもう一つは期待通りではありませんでしたが、妻も知らないもう1品が添えてありましたので、ちょっとしたサプライズでしたね。
このみんなの笑顔を見ることができるのが、私への贈り物なのですね。
 
それにしても、サンタさんは一日で子供たちの夢を叶えるのですから大変ですね。
ご苦労様です。
また、来年もいらしてください。
 
 
それにしてもね。
クリスマスもドライになっていて、最初からサンタさんの存在はない家庭もありますから、それも夢が少なくて寂しいですし、最近の子供たちはクリスマスや誕生日といった特別の日にお願いする物が、だんだんと日常と同じようになってきて夢がないようにも思われます。
 
記念日に願う物も、お小遣いを貯めて買うのも同じ物で、何か特別の感が薄れているような気がして、寂しいですね。
 
生活は豊かになって国は潤っても、人の心から夢が少なくなってしまっては、ほんとうに潤っているのやら。。。
 

 12月24日   クリスマスプレゼント
お昼ごはんの時に、一番下の長女(5歳)から、
「サンタさんにもう一つお願いしたんだ!」
と、ニコニコしながら言われました。
 
今さら言われても。。。ねぇ。
 
なんとか最初の願いを叶えるべくおもちゃ屋をはしごして見つけたので安心しておりましたから、思わぬ一言に言い訳をする私。
「サンタさんはもうお家出ているだろうから、もう一つは間に合わないんじゃないの」
 
そうしたら、
「サンタさんは、飛行機よりも早くて何処にでも行けるから間に合うもん!」ですって!
 
もう一つは間に合うのでしょうかね?
 
 
ちなみに私の欲しい物はありません。
 
必要な物は自分で何とかして買いますし、自然と与えられます。
必要でない物はどんなに欲しても、自然と与えられません。
 
欲しいもので必要なものであれば、なぜが出会いますが、欲しいもので必要がないものだと、なぜか出会いません。
縁がないのです。
 
欲しいもので必要があれば、自分でお金を貯めたり、節約したりして買う訳ですから、自ずから努力して与えられることになります。
欲しいものでも必要がないのであれば、あまり努力しないでしょうし、望みも他人任せで浅はかなので、結果として与えられることがないのです。
 
今回のクリスマスプレゼントで、子供の物は探し回って見つかりましたが、妻への物はいくら探しても見つかりませんでした。
 
探し回って足が棒になって疲れてきて、時間も夕方になってきたので諦めかけましたが、努力しないこと、思ったことを行わないことは後悔になりますので、まだ閉店には時間があると場所を移し移し探しましたが、どこへ行っても見つかりませんでした。
 
ということは、必要がないものなのです。
それを買うことは、お金の無駄使いになることですよ!と私を護る者たちが見えないところで取り計らってくれているのです。
 
確かにそういうものなのです。
 
妻曰く
「みんなが元気でいることが私の幸せだし、先月(結婚記念日)も贈り物貰ったし、満たされているから何もいらない」
というのです。
 
だけど喜んでほしくて、あれなら買ってもいいかもという物があるのですが、貰えば笑って喜んでくれましょうが、あまり使うものでもないのですよね。
 
だから妻には、この気持ちを贈ります。
 
ちなみに、
私の何よりの贈り物は『出逢い』です。
 
さて、今夜みなさんのもとサンタさんは来ますかな?
 

 12月22日   望むことと起こること
人生思うようにならないことばかりですねぇ〜
と誰かに言われたのです。
 
そう。人生は思うようにならないことはありますが、思うようにならないことばかりではありません。
 
そのように思う人は、思うようにならないことばかりを望んでいたから、思うようにならないという現実が叶っただけで、起きた出来事は間違ってはいない。
起こった出来事は現実であり、間違ってはいなくて、望んだ分の現実可能な分だけが目の前に現れて、望みは叶っているのですよ。
 
ただ、望み方が間違っているのではないでしょうか?
ただ、思いようが間違っているのではないでしょうか?
 
望み方や思いようが間違っていれば、起こった出来事と違うのは当たり前のことになります。
起こった出来事が間違っているのではなくて、起こっている出来事は現実ですから、望んだあなたが間違っていたのでしょう。
 
人生は思うようになることばかりです!
心で思ったことが言葉となり、心で言葉になったものを口に出し、口から発したことを行動にすれば、思うようなことが訪れます。
 
自分でしないのに、自分に起こってほしいと望むのですから、いつまでたっても自分には訪れないでしょうね。
 
『果報は寝て待て』
 
考えているだけでは何も変わりません。
寝ていながら思っても変わりません。
 
やるだけやって、後の結果を天に任せましょう。
それが、果報は寝て待てですよ。
 

 12月15日   緑が減っている
空気が冷たく澄んだ冬空が好きなので、東京で時間があると散歩をする。
そして、自分が生まれ育った街を見て歩いているのですが、だんだんと緑が失われております。
 
今まで見てきた木がいないのです。
私が知っている木がおりません。
私を知っている木がおりません。
 
公園だって環境整備の目的で大改造されてしまって、自然は人工化した擬似的なものになっております。
 
生産緑地として保全されてきたところも、地主さんの事情もありましょうが、大型店舗やマンションになってしまい、緑が消えてしまいます。
 
大きな屋敷にあった木々も土地を切り売りしてしまい、いつの間にかいくつかの住宅になっています。
 
緑が減っているなぁ。
緑豊かな杉並区だったはずなのに。
 
これは都心に限ったことではありません。
長福寺のある地方だって同じです。
 
日本の人口が増えているなら理解できますが、人口は減っているにもかかわらず、緑も一緒に減っているのです。
 
緑が失われ動物たちはその棲家を追われ種が断たれることもあります。
 
私たちも同じ動物であるはずなのです。
緑と共にある生き物なのです。
忘れてはいけません。
 
人間は動物です。
 

 12月11日   35歳
見た目年齢・体力年齢20代後半な私も、今日で35歳です。
四捨五入すると40になってしまう年になりました。
 
体力測定では若いとしても、病気に対する抵抗力が弱ってきたのか、風邪をひかない人であった私が、誕生日前から風邪をひいているのです。
市販の薬を適当に1つ2つ規定量より少なくて治ってしまう私が、規定通りに薬を飲んでも長引くようになってしまいました。
 
もちろん、熱があるから、風ひいたからと言って養生しないからなのでしょうけどね。
 
私にとっては、風邪なんてものは休む理由になりませんし、熱があっても熱があるのは生きている証だからと言って普通にしているからいけないのでしょうね。
 
いつまでもスーパーサイヤ人(ドラゴンボールという漫画の主人公)ではいられないのでしょうから、そろそろ人になろうかな。
 
このサイヤ人というあだ名は、大学生の時に武道・格闘技していた頃の話で、40度の熱があっても本山合宿したり、骨折していても夏合宿の首座を務めたり、雪降る学内を上半身裸で湯気を湛えて歩いていたり、苦しい時も辛い時も人には隠して笑顔でいたことから後輩に、そのように言われておりました。
 
おっと、昔話をするようになってきたとは、ほんと〜に歳を取っている証ですね。
 
今までよりも、明日のことを語る人でありたいものですね。
 

 12月5日   差別する者
私はペット霊園、僧侶の他に、生活をすべく皆さんと同じく会社勤めもしております。
 
求人広告の会社に勤務しているのですが、その会社で表現として「元気な方」「明るい方」というような表現は差別になるからとのことで掲載に際して変更依頼するようになりました。
本当に差別なの?
普通のことじゃないの?
広告主は明るくて元気な人を募集したいでしょう。
 
みなさんだって経験しているはずですよ。
どこかで応対の悪い店員さんに出くわしたとき、ちょっと不愉快な気持ちになるでしょう。
それを考えるとお店側としては、明るく元気に対応してくれる人を募集したいものです。
 
仕事してお金をもらうのですから、性格的に暗い人であっても、体力的に元気じゃない人でも、そのような仕事をするのですから、郷に入りては郷に従う。
その労働力の対価として賃金をもらうのですから当然のことであって、性格的なこととか身体的なことを差別して門戸を閉ざしているのではありません。
それを求人に際して差別になるからといって表現を排除しても意味がない!
だって、結局は採用されないか、辞めてゆくかなんですから。
 
子供の頃に言ったはず「バカって言ったら、言った人がバカなんだ」ってね。
 
実は差別を気にする者が差別をしているのです。
差別はいけませんが、差別が差別を助長することがあるのです。
差別を是正する公正な会社をPRしたいのでしょうが。。。
 

 12月1日   未納
最近は何でも未納なのですかね。
NHKの受信料未納、年金未納、国民保険未納、給食費未納、・・・etc
 
最近では学校の給食費の未納が増えているようで、ニュースでも特集を組んでいることが多々ありますが、よく堂々とインタビューに答えられますよね!
テレビに映りたいという欲が、お金があるのに払わないという恥に勝るのですよ。
信じられません。理解不能です。
私と妻は一緒に見ながら憤りを感じずにはいられません。
 
払わないことももちろんですが、そんな親が子供を育てていることが許せないのです。
家庭こそが子供の教育の第一の現場なのに、その親がそのような姿勢では子供の純粋な心がおかしくなってしまいます。
子供の前で平気でいろいろなことを平気で言っているのでしょうね。子供はちゃんと聞いているのですよ。
意味は分からないとしても、その中にある心はそのまま伝わるものですから、そのような心を持った親が子を育てれば、子供に悪影響を及ぼします。
もちろん、私のように親を反面教師にして育てば、いいのかもしれませんが、気づかなければ問題になります。
 
いや、もう問題だらけですよね。
学校は・・・先生大変ですよ。
 
そんな親の子供を躾けろ!って言われてもね。
子供は親の鏡です。
 
給食費の未納もさることながら、当ペット霊園にも未納があるのですよ。
お金が無いから後日にしてくださいと火葬だけして、お金を払わない人がいるのです。
仕方が無いので応じますが、払ってくれた試しがありません。
人がいいのに付け込まれ、前回の分も支払ってもらっていないのにまた来る人もおります。
知り合いの呑み屋さんではありません。
 
ほんとに無いの?
携帯電話使って、好きな物買って、倹約せずに欲望が先にたって義務を疎かにしておりませんか?
 
順序や段取りが間違っていませんか?
 


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