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『ありがとう。また逢えるよね。ペットロス心の相談室』四季社より1,480円にて発売中!
・10月5日13時半より東京都現代美術館にて出版記念講演会を行います。
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![]() 私が心の絆を共にしてきたソウルメイトたちとのエピソードです。
楽しい思い出もたくさんありますが、ここでは別れについての話しをします。
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| Episode:1 | 記憶にある最初のお別れは文鳥です。
でも、今では名前を思い出してあげることができません。
いっぱいの子供を巣立たせたシロ文鳥のお母さんで、朝起きて挨拶しようとしたら巣にこもったまま亡くなっておりました。そして、それを入り口から静かに見守るつがいの桜文鳥の姿を覚えています。
その光景がとても印象的で心に残っておりますが、可愛がっていたものの死はショックで、私は思い出してはいつまでも泣いておりました。
小さい頃から動物に囲まれていて、特に鳥がいっぱいいて、文鳥、インコ、オウム、九官鳥、十姉妹、四十雀、鳩、雀、ひよこ、尾長鳥、ムクドリ、ヒヨドリ、ツバメ、カラスなどを保護したりで共に暮らしてきました。
いっぱいの鳥に囲まれて暮らしていたので、それだけ多くの別れを経験してきました。涙と共に、いつも心から“天国で幸せにね”とお別れをしてきたのです。
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| Episode:1α | この桜文鳥(オス)の姿が、死というもの、悲しみに沈む心、呆然と立ち尽くす喪失感、愛する者を喪う思いに動物も人も違いがないと、幼い心に感じさせてくれました。
この共感により、動物たちの心にあることと私の心にあるものが一緒であることを知りました。
そして、この思いというものは私だけにあるのではなく、動物たちにも同じくあり、すべての生き物に心というものがあると思い、感じはじめ、命あることの大切さ、相手の立場になり動物たちの心の痛みを思い、傷ついた野鳥を小さい頃から保護するようになりました。
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| Episode:2 | この頃の実家(自営業)は、家の中は鳥、縁の下で猫(家が食品を扱っているので、家の中では飼えず、飼い猫だけど外猫?)というような状況で、猫たちはみんな捨てられていた子やなぜか寄り付いてきた子ばかりでしたので、動物が絶えることの家でもありました。
そのような環境で育ってきたので、猫たちは交通事故で亡くなることが多く、いつも誰かの死で私は泣いておりました。
交通事故はいつもすぐ裏の交通量のある早稲田通りでした。
近所の方から連絡を受けて遺体を引き取りに行くとき、いつも心臓が止まりそうな感じで、その遺体の状況を見ると辛くて辛くて胸が張り裂けそうになります。
それなのにもかかわらず、道路に横たわっている猫がうちの子でないと判ると、可哀想で辛いことには変わりないのだが、心のどこがで安心している自分が許せなかった。
人なら誰かが助けてくれるのに、動物は見過ごされ放置され、いつも自動車によって殺されてしまったと思い、自動車を、社会を、大人を、人間を憎んでおりました。
そんな私も同じ人間であることが嫌いでした。
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| Episode:2α | 事故で亡くなる鳥や猫たちは、自然のままに暮らしているだけなのに、どうして死ななければならないのか?どうして殺されなければならないのか?なぜ人は傷つけるのか?という疑問をいつも心に抱いておりました。
昔からあったはずのみんなの自然を奪い、道を道路で遮り、大きな力で小さな命を殺める大人という社会に疑問を感じておりました。そして、私も子供ではあるものの同じ人間であることがすごく嫌で、同じ力をこの体の中に秘めていると思うと嫌悪感を抱かずにはおりませんでした。
どうして仲良く暮らせないのか?と自分に問うておりました。
それと同時に、私も同じ人間なのだから、他人がしたことであっても、同じ人間のしたこととして心から謝ろう!うちの子じゃなければいいのか?と自分が恥ずかしくなり、うちの子でなくても、うちの子と同じ命として最後を看取ってあげて、「ごめんね」と謝まるようになってゆきました。
幼い私には心から謝ることと泣くことしかできず、いつも自分の力の無さを思い知らされ、大きな力を欲しがっていました。
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| Episode:3 | 大きな動物たちだけでなく、他の生き物も大好きでしたので、家の中や外は飼育ケースがいっぱいあり、様々な生き物がいました。学校に行く前にただ餌をあげるだけで、1時間はかかる程でしたから。
コイ、フナ、ドジョウ、クチボソ、ザリガニ、サワガニ、イモリ、ヤモリ、カメ、カエル、ゲンゴロウ、ヤゴ、カブトムシ、クワガタ、鈴虫、カタツムリ、カマキリ、てんとう虫、謎の幼虫、アリジゴク、アリ、など何でもありの生き物好きでした。
当時の夢は、動物学者、昆虫博士で、欲しいものは大きな鳥かご、飼育ケースという少年で、行きたい所と言えば動物園とペットショップでした。
そんな少年でしたから、寄り道や道草だらけで学校から家まで素直に帰ることはなかったですし、籠と網を持って日が暮れるまで昆虫採集などをしておりました。
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| Episode:3α | そんな生き物好きとは正反対に、いろいろないたずらや好奇心から小さな生き物(昆虫)を殺してもきました。今思えば、何であんなことしたんだろう、どうしてあんなことができるのかと思います。もちろん今では解っています。相手の立場になって考えることの想像力の欠如や他者を想う心の欠如から、人間という生き物は時に酷いことができる動物であることなどなど…。
そんなことをして時、友達から言われた「かわいそうだよ。虫だって生きているんだから」の一言から、小さな虫たちだって自分が愛してきた子たちと同じ命なんだ、私が泣いている子たちと変わらず命があり、命に大小違いはないのだと初めて気がつきました。それまで気がつかないのが不思議なくらいの驚きでした。
自分が同じ立場になったらどんなだろう?自分が同じことされたらどうだろうか?と、小さな生き物たちから思うことが増し、生きていること・生きることという不思議なことを考えるようになり、動物達の心をより察するようになり、一緒に過ごせる『いのち』というものが、とても大切に思えてきました。
さらに、生きているって凄い!自然って何?命がいっぱいある地球って面白い!と、さらに生き物好きに傾いていくのでした。
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| Episode:4 | 初めて自宅で生まれたインコの雛がおりました。まだ、飛べないこの子をみんなで可愛がっていたのですが、籠から出して遊ばせているのを忘れて、母親が掃除機をかけ始め、誤まってインコを踏んでしまったのです。
そして、そのまま死んでしまいました。私はインコが死んだことを離れた小学校で感じました。亡くなった時と同じ時間に、まだ飛べないはずのあの子が私の心に飛んできたのです。感じたというか、イメージしたというかで、この不思議なことを、休み時間に兄にを伝えに行くと、兄も同じく感じたそうで「きっと死んじゃったんだよ」と同じ学校の異なる階の異なる教室で、同じ時間に同じことを感じ取っていたのです。
ウソであって欲しいと思いながら帰ると、やはり亡くなってました。何時ごろ亡くなったのか聞くと、私と兄が感じた時間と同じでした。
何で死んでしまったのか理由を聞き、動転している母に私は「ママが殺したも同んなじだ」と言って大泣きしました。もちろん、母だって非常なまでの罪悪感で自分を責めていたのに、私は心無いことを言ってしまったことを今でも反省しております。
“おかあちゃんごめんなさい”
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| Episode:4α | このことから、魂とは離れていても想いのある心にやってくることを経験しました。今では、多くの経験や知識からも、時間や空間を越えて想いのあるところに移動できること、同じく分化して多くの心に宿ることを知っていますが、この頃はそんな知識もないのに感性として感覚として知ったのです。
この出来事がその後、理性と感性の両方から悟らせることになるのですが、想いのある者同士は死してもなお魂で心で繋がっており、同じ想いは同じ心に宿り、同じ波長が引き合わせてくれることを知るきっかけになったのです。
そして、想いあることが大切で、想いがあれば共に生きていけることを教えてくれましたから、道路で亡くなる子たちにも“私と共に生きようね”と言ってあげられるようになりました。
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| Episode:5 | いつも真直ぐに帰ってこれない寄り道くんも何度か素直に帰ることはありました。
それは、うちの猫が行方不明になったときです。
すぐに帰ってきては玄関にランドセルを放り投げ、餌と缶詰持って暗くなるまで探し、暗くなってからは、母親に同行してもらい一緒に探していました。
いなくなって1週間のうちに事故を含め見つからなければ、どこかいい家を誰かいい人を見つけたことにしてなるべく泣かないようにしておりました。そして、いつも“元気でいますように☆”と神様にお祈りすることにしていました。
でも、小学3年生の時のあの出来事だけは願いが叶わず、あの日から神様は私の中から姿を消しました。
当時、飼い猫ですら“動物病院なんて…”という感覚でしたし、縁の下で飼っている外猫では尚更で、酷い体だからと思い、禁止されていましたが家の中に猫を入れ世話していると、入れてはダメだと叱られて、ならばと外に毛布を敷いて一緒に寝ていれば、そんなところにと毛布を敷いたことと一緒にいることを注意され、側にいてあげたいから一緒にいたいのに学校に行かなくては怒られて、小学生の私はとても無力でした。
だから、祈ることと一緒にいることをすべきだと思い最後を共にしたのです。
私は子供の自分の無力さを感じ、将来、大人になったら動物たちの為に何かできる人になろう、彼らの気持ちを大切にできる人になろうと思ったのです。
最後の言葉を受け取ってから、いっぱい涙しました。もしかしたら、この涙で生き返るのではないかと思い、溢れる涙とは別に搾り出すかのようにも泣いたりしました。
現実はアニメやファンタジーのようにはならなく、膝に抱えたままずっと泣いていました。
その後のことは覚えていないのですが、気づいたら布団で朝を迎えていて、目が覚めると夢ではないかと思い急いで外に行ったが現実はもっと辛かったです。
さっきまでの記憶では、温もりや力がなくても柔らかかったのに、体は硬く目に潤いもなく、苦しそうなままの姿がそこにあったからです。
その死と苦しみ、悲しみと無力さ、犯人と願いを聞いてくれない神への怒り、傷の痛みやどんな思いでこの数日を過ごしたのかと思うと頭はグラグラするし、胸は張り裂けそうだし、涙が溢れて止まらないし、咳や鼻水で呼吸はできないしで、自分がどうにかなりそうでわからなかった。
それから、半年くらいは亡くなった同じ時刻(夕日を見ると)になると同じような症状で長いこと泣いておりました。頻度は少なくなるものの1年くらいは泣いてばかりで、泣くと決まって夕食は食べずに泣き明かしていました。
そんなだから、母親に「いつまでも泣いてばかりいても仕方がないでしょ!」「男なんだからメソメソ泣くもんじゃない!」と言われて、注意されたことで更に泣き、2重に泣くものだからピンタされ、叩かれたことで更に泣くという悪循環をよく繰り返していました。
この虐待からの別れは思い出す度に泣きまくり、とりあえず思い出しても涙が出なくなるまで10年以上の歳月を必要としましたし、誰かに話せば涙を堪えることができないので、話すことも少なくなってゆきました。
でも、この出来事から家の中で猫を飼ってもいいことになりました。
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| Episode:5α | この虐待されて殺されてしまった小さな命から、死とは何か、生とは何か、世界や宇宙とは、この世やあの世とは、始まりや終わり、生まれてくる意味、命について常に思考することとなり、寝ても覚めても考えてばかりで普通の小学生とは思考を異にしておりました。
これらのことは、友達や大人に話しても理解されないし、哲学的・倫理的・宗教的なことは友達では役不足だし、大人では「そんなことより勉強しなさい」と取り合ってくれなかったし、沈んでいると心配されるので、話してはいけないものと思い、心で思い悩みつつも明るく振舞っておりました。
だから、自分だけで世の中を見つめ、現象をよく観察し、体験したことを思考し、命とは心とは何なのかと思考と思想を廻らせて真実と本質を追究するようになっていったのです。
私は高校卒業まで読書なんて一切してこなかった(両親は心配してマンガでもいいからと買い与えても読まなかったほど)のに、小学生の時から経験してきたこと、考えていたこと、感じてきたこと、思想していたこと、求めていたことが、実は宗教書や哲学書などの多くの本に書かれていることと同じであることを知り、知識としてではなく、経験として知ってきたことに気がついたのです。
私の世界観や宗教観は本で学んだ知識ではなく、猫の死をきっかけに命を通して世界を観てきたものであり、体験という経験と感性に加え、知識や思考の両面から創られてきたものです。
先立つ命が私を育て、喪われる命が私となって、私を人にしてくれました。
今でこそ、すべての出逢いと、すべての命たちが、私のこれからのためにと、予め出逢うようになっており、出逢う前から絆ある者で、いつの時も私と共にあり、それらすべてが私なのであると分かるようになり、私と私以外も共に同じであり、何も違いがないのだと。ようやく分かるようになってきましたが、まだまだ悟りへの道のりは遠いようです。
いつも猫が教えてくれました。
命の大切さ。
命の教え。
命の素晴らしさ。
優しさ 強さ 思いやり 感謝 想い 祈り
私の人生を大きく変えた出来事で、私の人生はここから始まったのです。
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| Episode:6 | 初めての家猫は2匹の捨て猫で、学校の帰りに連れて帰り母親を説得して飼うことになりまた。
それから2ヶ月が過ぎた頃に初めて外に出して遊ばせていたら、いくら呼んでもまだ外にいたいみたいなので、ちょっとそのままにしておりました。そうしたら、いくら呼んでも返事がないし、いくら探しても姿が見えない。探していると近所の人が、「さっき黒い猫を抱っこして歩いていた人がいたよ」と教えてくれました。返してもらおうと必死に探したのですが見つからなく、初めて家の中で暮らすようになっってすぐに別れを経験することになってしまいました。
死んでしまったのではないが、ずっと一緒にいればこんなことにならなかったのにと後悔と自責と悲しみで泣いてばかりでした。
連れて帰った人が良い人ならまだいいけれど、そうでなかったらまた虐待されて殺されてしまうのではないかと心配でたまらなく、涙と胸の痛みが治まることはありませんでした。
悪いことばかり考えていては辛くなるばかりだし、そうなってしまっては嫌なので、なるべく良い事を考えてあげるようにして、幸せを想い、幸せを祈り、幸せを願うことにしました。
幸いなことに、臆病の茶トラは玄関からあまり離れなかったので、連れて行かれることはなかったのがせめてもの救いでした。
それでも、私のショックはとても大きく、行方不明もまた大きな悲しい別れ方であり、「外に出さなければ…」「ずっと一緒にいれば…」と後悔や自責も深いことを知ったのです。
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| Episode:6α | 否定的な気持ちになったり、悪いことになっているのではないかと思ったりして、後ろ向きな気持ちになったりもしたが、そうなっては良くないと思い、何でも悪く考えないで、良いことを考えるようになってきました。辛い自分から逃げるための言い訳なのではないかとも思いましたが、そうではなく、せめて私が信じてあげなければ誰が信じるのだと思い、持ち前の明るさに加えて、思うことを信じるというポジティブな思考を持ち始めたのです。
そして、願いを叶えてくれる神様は存在しなくても、祈りや願いは叶うことと信じ、姿も見えない、見たこともない神という第三者に祈るのではなく、その子のためにただ純粋に祈ることとなっていったのです。
きっと、想いは届く、願いは叶う、と信じて祈るようになったのです。
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| Episode:7 | 小学6年生の後半、いじめられたり無視されたりと、とても辛い孤独な時期を過ごしていました。そんな中でも、家に帰ると静かに迎えてくれる1匹の友達がいたので、助けられたし、支えられたしで、何とか過ごすことができました。彼は猫なので言葉を話すわけではないですが、辛くて泣いているときなどは側にいてくれて、話し相手もしてくれたし、私を癒してもくれたのです。ある時、私は包丁を手にして死のうと思いつめたことがあって、その時に彼が私の側に来たので、泣きながらお別れの挨拶をしました。すると、黙って"膝の上に座りたい"と言うので、最後だからと思いそうしてあげたら、シッポをフリフリしながら私をトントンしてあやしてくれたのです。そうしたら、生きようとして亡くなって逝った子たちがいたことを思い出し、与えられている命を自分から絶つことが恥ずかしくバカバカしくなって、「死ぬ」という勇気があるなら、「生きる」という勇気もあるのではないかと思えてきて、動物たちのためにもより強く生きようと思ったのです。この彼は猫です。猫のたまは私の命を救ってくれた命の恩猫でもあり、自分は自分でいいと教えてくれ、自分らしく生きることを教えてくれたのです。あの長いシッポであやしてくれなかったら今の私は存在していません。
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| Episode:7α | いつものポジティブな姿勢からネガティブな考えに落ち込んでしまい、出口の見えない迷路から自殺しようと思った自分を、無条件に受け入れてくれる愛が私を救ってくれたのです。
「例え嫌われていても、性格に欠点があっても、外見がどうであっても、思いのままにならなくても、そのままの君が好きだよ。目の悪い僕を、模様が変と言われる僕を、野良猫だった僕を、そのままの僕を素直に愛してくれたように…」
と猫は優しく語り掛けるかのように、シッポであやしてくれて、私は救われたのです。
そして決めました。強く優しくなろう!
死んでいった者たちのためにも、代わりに生きようと!!
それからは、無条件に受け入れてくれる愛情というものが、いかに心を救ってくれることかと知ったので、時は死後であっても、道路の猫ちゃんたちの状態がどうであっても、直視することに耐えなくても、ここに命があったことを無条件に愛してあげよう、想ってあげよう。きっと、救われる何かがあるはず、心からの素直な想いがいかに大切で、心から供養することが亡くなった子たちの救いになるだろうと思い、自分と一緒に生きようと自分なりの弔いをするようになっていました。
そうして、心からの供養を自分なりにしていても、お経というものに何がしかの力があるのなら…と、お経というものが心の中で静かにうっすらと姿を現してきたのです。
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| Episode:8 | 中学生の時に夜遊びをしていて、道路で亡くなっている猫がいました。いつものようにしてあげたいが仲間の手前、恥ずかしくてそれを言い出せなかった。でも、このままではまた轢かれちゃうし、自分のしようとしていることは恥ずかしいことではなく、正しいことなのだからと勇気を持って行動しようと思いました。
そうしたら、仲間のうち2人が快く手伝ってくれたのです。
この猫ちゃんがいたから、私は自分の思っていることを、自分が正しいと思っていることを貫ける力を持てるようになりました。
おかげでバイクや車を止めて道路脇に移動してあげる時など、他人から冷たい視線を浴びたり、手や服などが血で赤く染まろうとも、自分のしてあげたいことを貫けるようになったのです。
心の中では「自分じゃないよ!」と叫んで言いたくなることもありますが、別に私が撥ねたのだと思われたとしても、亡くなってしまったこの子は理解してくれているし、自分は正しいことをしているのだから、できるだけ気にしないようにすることにしました。
他のことに囚われて行動できなくなるのではなく、そこに命があったことを素直な心で見れるようになってきたのです。
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| Episode:8α | このあたりから私の心には「他人の意見は素直に聞き入れ、自分は自分流に、自分を汚さないで生きていく」という信条が芽生え始めておりました。
そして、「他人からどう思われようとも、社会的に間違ったことでなければ、自分が正しいと思ったことを、いつかはわかってもらえる日が来ると信じて貫こう」と、自分という心強い存在を感じ、信じられる拠り所が身近にあることを知ったのです。
周囲からどのように見られるのかという評価から離れ、自分に今できることをすることが大切であり、人から評価されなくても、自らの信じる心から評価できる自分になろうと自分創りをはじめるようになり、さらに心を大切に想うようになってきました。
そうなると、私を私にしてくれた多くの命たちのことを思うことになり、心を教えてくれた命たちのためにも、私は何かをすべく生まれてきたのではないか?と思うようにもなり、うっすらと人生の目標が見えてきました。
動物たちに関わる仕事をしたい!
人と動物がよりよく暮らすために、この命があるのではないかと!
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| Episode:9 | この頃は猫と保護する野鳥ばかりで、何でインコの雛が我が家にやってきたのか覚えていないのですが、私を親だと思っていたのかすごく懐いていました。この子は眠くなると私の側に来て、肌を合わせるようにしてよく寝ていました。
私は高校受験を控えて机に向かっているのですが、勉強している振りをしてインコと遊んでいることが多くて、親が来ると引き出しに隠して勉強している振りをしていました。まじめに勉強している時でも右手にはペンを、左手には参考書ではなくインコを抱えて勉強していましたので、机にいる時はほとんど一緒でした。
ようやく羽をパタパタするようになった頃、手のひらで寝ていたので巣に戻そうとすると、嫌がり鳴いてはやって来ようとするのですが、たどたどしいのと妙に擦り寄ってくる感じで何か変な気がしました。何度も戻そうとしても同じで、仕舞には動かずにしきりに鳴く声もか細くなってきました。
おかしいと思ったので勉強をやめて両手でずっと抱いていたら、吐き始めて苦しみだし、あっという間に力尽き亡くなってしまいました。原因はわかりませんが、思い当たる節としては、目を離すと消しゴムのかすやジュータンの毛玉を突っついていたので、自分のミスだと思っています。
あの時、「なんか調子が変だよ〜」、「ねぇ抱っこしてよ〜」と擦り寄ってきたと思うと涙が止まりません。それなのに、勉強に集中するために籠に戻そうとしていた自分を悔やみます。
いつまでたっても、多くの命を看てきても、別れの後は悲しみと後悔ばかりで、「ありがとう」より「ごめんね」しか言えない不甲斐ない飼い主で、私は動物と共に暮らす資格などあるのだろうか…と信念が揺らぎがちでした。
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| Episode:9α | 手のひらで眠る幸せな様子を思うと、小さくても、短い間でも、確かに交わした愛情はあるし、包まれるような愛情をあげることもできたのだから、心から信頼を寄せてくれて頼ってくれ、不甲斐ない私であっても、愛を交わすために生まれて、縁あって出会えたのだから、悲しくて辛くて泣くことも多いけれども、出会えたことに感謝しよう!
至らぬ自分をも受け入れて、それが嫌なら、もう後悔しないように自分が変わろう!
いつも辛く悲しい涙で泣くのではなく、喜びと感謝の涙で想いを伝えようと泣くようになってきたのです。
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| Episode:10 | 高校生の時にバイクで宅配便のアルバイトをしていた時のことです。その時に配達したあるお宅で、私を見るなり目をずっと見て「君は将来きっと成功する」と話し掛けられたのです。その人は神社の神主さんで、易学・人相や遺伝・免疫学などを研究している方で、目は何かを語るのか?と薄っすら思っていた頃に、プロフィールにある仔猫と母猫に出会ったのです。
道の真ん中で撥ねられた仔猫が横たわり、自分の子がそこにいるから車に怯えながらも側を離れない母猫を見かけたのです。そして、仔猫がまた轢かれないようにしてあげたいし、お母さんの側でゆっくりしたいでしょうし、怯えることなく我が子を迎えたいだろうと思い、いつもと同じように道路の脇に移動して、同じ人間の過ちとして、いつものように謝っていました。仔猫を綺麗にし終わると母猫がずっと私を見ているので、母猫にも心から謝まりました。そうしたら、母猫と目が合い、目を通じて心に直接"ありがとう"と語りかけてきたのです。この不思議な感覚の言葉は、以前にも経験したことのある、あの時に受け取った感覚の言葉と同じでした。懐かしく切ないけれども温かい、あの言葉でした。
砂だらけの目を開いて語りかけてくれたあの時と同じで、心と心は通わせることができるんだ!種族や習慣などが違っても心を通い合わせることができるのだ!と、想いがこの世のすべてなんだと分かったのです。
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| Episode:10α | 迫り来る車にたじろぐもののその場から離れようとしないのは、恐怖心よりも想う心が強いからであることを全身に電流が流れるように感じました。
そして、共通点とは"優しさという想い"であることを母猫と仔猫が教えてくれたのです。
この素直な心から想う優しさは、何ものにも負けない強い力を備えており、“優しさは強さなんだ!”ということを教えてくれました。
当時の私は強さを求めており、小学校では厳しいというサッカー部に入り、中学では鬼コーチがいるからバスケ部に入り、高校では陸上の格闘技と呼ばれるハンドボール部というように自分を鍛えるべく、常にその学校で一番厳しいものと思われる部に入るようにしておりました。
それは、別れの度に泣いては後悔ばかりしている自分は心が弱いからであると思っており、優しさは弱さなのではないかという不安もあり、鍛えることで強くなろうと思っていたからです。
また、優しく素直なことが、だんだん恥ずかしくなり、みんなの前でふざけてばかりで悪さしたり、不良ではないものの悪い生徒であったし、強さを求め強がっては悪ぶっていたりしており、自分でない自分を演じていたところがあり、していることと、思っていることが乖離しておりました。だから、成績は下がるし、トラブルはあるしで、生きるということを見失いかけており、享楽的なことばかりでいろいろでした。
そんな時に、仔猫と母猫に出逢ったのです。
そして、素直さ、優しさ、想い、これらを心に抱くのは弱さではなく、弱さから泣くのではなく、想いがあるから泣くのであり、心に抱けるぶんだけ生きる強さにもなることを、母猫は私の人生というものに投げかけてくれ、仔猫の命は私の人生というものに生きている・生かされているということを投げかけてくれたのです。
この時点から私は変わりました。
今まで心に抱いてきた優しさは軟弱ではなく強さであり、素直さは脆弱なことではなくしなやかさであり、想いは臆病ではなく勇気であり、これらすべてが揃うと、柔軟な強靭さになることを心の底から目覚め、私の心の中にある想いは、今までのみんなから贈られた宝物で、これからの人生で必要なことを贈られていたことに気がついたのです。
この出来事から私は素直に生きよう!まっすぐ生きよう!と人生に誓ったのです。
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| Episode:11 | 次に気づきを与えてくれてのは、井草八幡のお祭りで人相占いをしていた人でした。
お祭りの帰り際に、その人の前を通ると「あなたの後ろには動物がいっぱいいる。興味があるからいらっしゃい」と、全く私を知らないはずの第三者から言われたことが、たとえ私には目に見えなくても、心で思っている想いは現実なんだと、信じることができるようになったのです。
目に見えるもの、目に見えないもの、どちらを見るにしても素直な心から見なければならないことを、先の二人の易者が教えてくれたと言っても過言ではありません。
私はこの件と2度目の“ありがとう”から変わりました。
それまでは、まじめなこと・素直なこと(思想・信条)や動物たちに対する想いを恥ずかしく(異常なのか?)思っており、生来の性格である明るい面に加え、ちょっと悪ふざけをして「お笑い芸人」を目指していたくらいで、不良ではないが良い生徒ではなかったのです。
そのため、先生の評価と自己評価には大きな開きがあり、思い悩むこともありました。
今までの経験から動物たちとは後悔しないように付き合ってきたにもかかわらず、それ以前の自分とは素直に向き合っていなかったのです。そして、自分に素直でないことを恥じて、“人生を素直に生きよう!”“人生をもっと真剣に生きよう!”と自らの生き方に覚醒したのです。
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| Episode:11α | この第三者の目により、生きている時も亡くなってからも心を通じて想いを共にすることができると確信に至たり、今まで通ってきた道はいろいろあっても間違いではなかったと気づいたのです。
心の天国でみんなが一緒に生きていて、一緒の人生を共に生きていることを知り、こうして生きているのもみんなのお蔭であり、私が生きているということは一人ではない、みんなの命を受け継ぎ生きているんだと気づいたのです。
みんなの命を受け継いだ、この命は私だけのものだけではなく、みんなのものだから大切にすることが、みんなの命を大切にすることにつながる。私の命というものは、みんなの命の代表として人生を歩んでいるのだから、命ある限り真剣に歩んでみようと志すようになったのです。
そうして、自分の生まれ、性別、容姿、性格、出来事、過去・現在・未来、自分の歩む道のすべてを受け入れ、自らの命あることを心の底から有難いと愛せるようになったのです。
この命は多くの者たちに支えられており、命を代表して生かさせてもらっているのだから、私が幸せになることで、みんなを幸せにしようと願うになり、そのためには、みんなの命から教えてもらったことは、この命に活かすことで、死を無駄にしないようにしようと決めたのです。
みんなのように、自分を受け入れ生きることが素直な生き方であり、素直な生き方は気楽で疲れずに自らを愛せ、自らを愛せるから他者をも愛せるようになり、心から愛せるようになるとより周囲から愛されるようになってきて、幸せは外からやってくるのではなく、外にあるものと思っていたけれども、幸せは自らの内にあり、みんながいるこの心そのものが幸せであると、命あることが幸せなのだと気づくようになったのです。
人生にしては早いのか?命の数からしたらようやくなのか?この時、私は『幸福の扉』を開いたのです。
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| Episode:12 | 人生が大きく変わった時からクラシックのファンになり、大好きなクラシックのコンサートに行こうとバイクを飛ばしていたら、道路に小さなネズミがいたのに気が付いたのですが、コンサートに間に合わなくなってしまうので、心で謝りながら通り過ぎてしまいました。
駅までの道のりで、「大好きな指揮者の来日コンサートだし…」「バイトして貯めたお金で買ったプレミアムチケットだし…」「ちょっとでも遅れると映画と違って中に入れないし…」と自分の都合ばかりを並べて自己正当化しようとしていたのです。
そうして私は、自己正当化してネズミちゃんを見捨てようとしていた自分に気が付き、『素直に生きる』『真っ直ぐに生きる』という命から教えてもらったことを無駄にしようとしておりました。みんなの命を無駄にしてはと思い直し、そこに命があることを見据え、コンサートに遅れたって死ぬわけではないが、“あの子は死んでしまったのだ!”、“私が気づいたのだから、私と出会ったのだから私が看取らなくて誰がするのだ!”と戻ることにしたのです。
なぜか、とても気持ちよく戻ることができました。
そして、いつものように供養してからコンサートに行きました。開演には間に合わず、遅れてしまいましたが、あの子のおかげで、みんなの命のおかげで、私は人生のプラチナチケットを手に入れたのです。
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| Episode:12α | あの子に会えたから、みんなに会えたから、そのお陰で「気づくことあり」「学ぶことあり」があり、そのお陰で今の自分があり、出会いから自分が作られたことに気がつき、“お金じゃない!大切なことは心からの想いである!”と、素直に生きることを実行し、想いを行動にするという実践から、言葉や思考だけからは得られない、とても素晴らしい生き方を手に入れることになりました。
すべての始まりは出会いからもたらされることにも気が付き、今までも、これからも、人生は出会いと選択の連続で、それを選べるのはいつも『生きている今』なのだということを知り、今を生きるということに気がづいたのです。
この「出会い」というものは、とても不思議なもので、いつも必要な時に、様々なことに出逢い・出遭うのであり、“あの時あの場所で”というような必要から出会いにより、気づきや学びを与えるために縁があり、その出会いはいつも予め与えられているけれども、その時にはそれが何かは解らない。いつもその時点においては、なぜ出会うのか?どうしてこのなことが起こるのか?と解らないけれども、必要があって出会うのだから、気づきや学びのために起こるのだから、与えられる出会いや出来事を大事にしてゆかなければならないのではないのか。その内容が、幸不幸に関わらず、まずは受け入れてみようと思うようになりました。
人生に必要なことはいつも与えられていることを知り、ただその与えられた出来事から学ばなかった自分、逃げていた自分がいたことを知ったのです。
だから、これからは未来のことを気にせずに、必要なことはきっと自分の人生が与えてくると信じられるようになり、漠然とではあるのですが、命というものへの信仰が芽生え始めたのだと思います。
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| Episode:13 | 今まで多くの外猫や家猫たちが交通事故で亡くなってきました。
目の前で車に撥ねられ、私の元まで飛び跳ねながらたどり着き、亡くなるという辛い経験もあります。
また、同じ交通事故であっても奇跡的に生還した子もおりました。
下半身を撥ねられて引きずりながら帰ってき、歩くたびに聞いたことのない叫び声をあげ、その痛みのほどが心に突き刺さるほどで、見るに耐えない聞くに堪えないほどでした。すぐに病院に行って検査・治療と手術となり、骨盤にはプレートが、足の骨にはパイプや針金を埋め込み、ヒビの入っているところにはリベットで繋ぎ止め、下半身はサイボーグのように金属だらけになってしまいました。下半身は金属片でゴツゴツとしてしまいましたが、交通事故から助かった唯一の子で、助かっただけでも本当に良かったと思っています。
長期の入院と数回の大手術で、お金がかかるであろうと思い貯金を全て下ろし、翌日から更にバイトを始めたのです。日給の高い仕事である建築現場のガラ運びとハウスクリーニングを掛け持ちで猫の手術・入院費を稼ぐために昼夜働きまくりました。
バイトの面接では、「猫の手術・入院費を稼ぐためにバイトさせて下さい!」の一言で、どちらもすんなり決まり、各現場でも一生懸命働くものだから、親方や先輩に「何でそんなに働くの?」と聞かれ、「猫の〜」と言うと、「珍しいのもいるもんだ。がんばれよ!」とみんな応援してくれました。この応援が私にとってはどんなに心を支えてくれたことか…。
仕事と仕事の合間を縫って毎日病院に行っておりました。面会に行くとき会える思いから気分がいいのですが、手術の後やらチューブだらけで見るのが痛々しく涙を抑えるのが大変で、帰る時には動けないのに動こうとして、私も猫も辛い切ない想いを共にしてきました。
3回の大手術と3ヶ月の入院と諸々で費用が相当なものとなりましたが、様々な人の声援や家族に励まされて費用のほとんどを自分で賄うことができました。
この経験は肉体的にも精神的にも私を大きく成長させ、やればできる、願いは叶う、想いは実現させることができる、というような様々なことを体験させてくれました。
そして、自分のこととなると弱いくせに、動物たちのためなら…と、こんなに強くなれる自分を知って、自分という者に、思っていることに、自信が持てるようになったのです。
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| Episode:13α | この時に声援してくれた人たちが、心から「猫の〜」を馬鹿にしないで、素直に受け入れてくれたことを本当に有難く思いました。
それらのお陰で猫を救うことができたことに感謝しております。
この経験から、真っ直ぐ生きることの清々しさ、素直に受け入れてくれることの安心感を学び、優しさは心を支える大きな力になり、この優しさは人に与えることで、その人の力になれることを知りました。
優しさというものは誰のものでもなく、お互いに共有するもので、お互いのためにあるという不思議な感覚になってゆき、優しさほど支えになるものはないと教えてくれました。
そして、優しさは心に響く言葉であり、魂に届く言葉であることを知り、想いは願いを伝え、想いを叶えるために必要な強さは素直な心からであるという、人として大切なものが何であるかを更に深めてゆきました。
心の中にあった大きな力は、自らの想いの強さと素直さが願いや祈りとなって、想い表現し、その身で実践することで、願いは叶う姿を現し、今まで想っていた神は遠い世界にいるのではなく、命の中にいることを感じ始めたのです。
その命が私の中にも、他の人にも、多くの動物や植物の中にも、亡くなった命は魂として姿を変え、想いを抱く者の心に姿を映し、一つの命の中で一緒になっているから、心の中から大きな力が涌き上がってくるのではないかと感じつつありました。
どこか遠くにいた神仏は、命の中にこそあり、すべてにあることを知り、神仏の像を崇めるのではなく、生命への信仰という求めていたものを見つけました。
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| Episode:14 | 大学受験で浪人しているのにも関わらず、ぜんぜん勉強する気が起きなかった頃、命の恩猫が亡くなろうとしていました。もう長くないだろうから、ずっと一緒にいることで最後を看取り、命のすべてを受け止めることが、私のできる最大の感謝のしるしだと思い、勉強しなければいけないのでしょうが、ずっと一緒にいることを選びました。
勉強もしないで猫と寝てばかりいるので両親からは叱られたものですが、「絶対大学受かるから、この数日は俺の自由にさせて!」と約束し、信じてくれた両親がいたからこそ、最後の瞬間まで片時も離れず別れを迎えることができたのです。
最後は安らかなものではなく、とても苦しみながらで、苦しい声で鳴いて痙攣する繰り返しでした。そんな中、私は見守ることと声を掛け、撫でることしかできず、とても無力でした。
でも、それが私にできることでした。
ちょうどその時に、ラジオから流れてきた曲がチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出」という曲で、とても悲しい旋律が私の涙をさらに誘いました。曲の旋律と共に想いを馳せては、さらに泣きました。精一杯の感謝を込めて泣かせてもらいました。
この子は私にとっては偉大な教師であり、死を思い止らせたあのシッポの振りは芸術以外の何ものでもなく、その尻尾は指揮者の指揮棒のようでもありました。それに相応しい題名の曲が偶然にも流れてきたことにちょっと嬉しさを覚え、悲しい別れの曲なのですが私にとっては珠玉の名曲になったのです。
私は彼がいなくなってから抜け殻のような生活をしており、食べる気も、寝る気も、まして勉強する気も、何もする気がなくボーと毎日を過ごしていました。
このまま勉強しないで大学に入れなかったら、猫の死のせいにされてしまうと思い、命を与えてくれた猫のためにもがんばることにしたのです。
すると不思議なことに、偏差値38(言うのも恥ずかしいです!)に満たない私が、たった2ヶ月間で60を超え安定するようになったのです。
そして、自分には合わない・できないと思っていた勉強も、やればできるということを知ったので、勉強することには価値がなくなり、“どんな大学に入る”のではなく、“大学に入って何をするか”となって、自分の好きな動物たちがいる動物園に近い大学で部活と読書をする時間を得るためとし、さらに自分を鍛えたいという理由から大学に進むことにしたのです。
PS:試験はバッチリできたのですが、面接で素直に「動物園が近いから」と志望理由を述べたら落とされました!(面接の教授と今後の経済予測と価値観の変容について見解が異なり論争となったのも一因であると思いますが…)
そこで同大学の他の学科を受けることにして、面接では猫を被ってマニュアル通りの受け答えですんなりと入学できました。猫様さまです。
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| Episode:14α | 何事も適うように努力すれば何とかなると信じられるようになり、その結果が叶う叶わずに関わらず、今できることを精一杯することで、後悔の少ない生き方ができることを知りました。私は今まで、自分が一人で生きてきたように思っていましたが、実は私は周囲の力によって生かされていることに気づき、生きていることに感謝できるようになり、周囲にも感謝できるようにもなりました。私の人生には悲しいことも多くあるけれども、『ありがとう』と思えることが身近にあることを、猫が命をもって教えてくれました。
さらに、ちょうど浪人していて時間の自由があったというように、いつもなぜかという時があり、いつも時に導かれ助けられていたことに気がつき、目には見えないけれども、時という縁を通じて、いつも誰かに護られ助けられてきたことを思い出しました。そうして、時がある度に誰かが導いてくれたと、誰かは分らないですが、ただ感謝するようにもなりました。時や運、ラッキーなどの時の縁は私自身の力ではなく、私に何かを与える導きであり、その縁を与えてくれる誰かがいつも傍にいることを感じ、大きな安心に包まれていること気づきました。
人生は、いつも何かを与えてくれおり、将来に必要なことを何らかの形でもって、不思議な時でもって、幸不幸、苦楽でもって力を貸してくれることを知り、人生というものを全面的に信じられるようになったのです。
姿こそ見えなくても、縁を通じていつも共にあり、私の幸運は心に宿りし者たちからの贈り物なのではないかと思え、自然と多くのことに感謝するように変わってゆきました。
そして、いつも出来事には時があり場所があり、その時を通じても、その場所を通じても、「あの時あの場所で」という縁の不思議さは導きでもあり、生きている時も十分に愛情を交わし、亡くなってからも心を交わし、死を含めて生のすべてを愛せるようになってきたのです。
そして、うちの子・そうでない子、共にした時間が長い・短い、人間・動物の種族の違い、出会いと別れ、生と死など、超えられなかったことなどを受け入れることができるようになり、生と死を超えて、この命ある限り、魂はいつも私と一緒なんだ!私と共にあり続けるのだと思ったのです。想いという絆で繋がっていることを縁が教えてくれ、時に導かれる度に共にあることを教えてくれ、目に見えることがだけがすべてではないと、私は多くのことを受け入れ愛せるようになってきたのです。
いいことがあれば、みんなの命が与えてくれた。
悪いことがあれば、これで済んだと守っている。
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| Episode:15 | 我が家に出入りし始めた猫で、妊娠している三毛猫がおりました。2階でフードを盗み食いしていたのですが、お腹の赤ちゃんのためにも知らない振りして食べさせていました。
その子が馴れてきて抱っこするようになってから、2日目のことでした。
その日はやけに側に寄ってきては、変な声で鳴いていて、何度か吐いたりしたので、様子が変なのは分かったものの、うちの子ではないのと夜も遅いこともあり、明日になったら病院に連れて行くことにして、一緒にベットで寝てしまいました。
朝になって布団にいないので、探しに階段を下りると、外に出たかったのか玄関で亡くなっていました。仔猫だけでも何とかと思ったのですがすでに手遅れでした。
何で気づいてあげれなかったのか、何で早く病院に連れて行かなかったのかと後悔しまくり、玄関で苦しんだと想うと罪悪感と混じり心は張り裂けそうで、いっぱい泣きました。昨日、調子が悪いよ〜って言っていたのだと思うと、何もしてあげなくて見す見す死なせてしまった自分を責めました。もし、病院に行って治療していれば、何とかなったかもしれないのに。せめて、赤ちゃんだけでも…。
悲しみと後悔が自分を責め、堂々巡りの停滞した時を過ごしました。
数日後、近所の家で猫を殺す薬を使ったから野良猫が死んでいたという噂を聞きました。それを使用した日と様子が変な日が一致しているのですが、証拠はないのでどうすることもできませんでしたし、どう突き止めていいのか分らないし、当人にしてみれば迷惑であったのだろうとか、でもそこまでしなくてもとか、いろいろ思いつつ、何もできない、何もしない自分へも苛立ち、薬を使った人への怒り、薬があることへの怒りを覚え、これを鎮めるのがやっとだった。
ここの住人は、私が挨拶しても返事をしてくれないおじさんで、動物が嫌いな盆栽好きでした。もしかしたら、猫が嫌いで迷惑を被っているから愛想が悪いのかと関連付け、会う度に怒りを抑えたものでした。
とても嫌な別れを経験したし、疑いから怒りを抱く自分も嫌でした。
命を殺める人間を恨みますが、そんな私も人間なのだと、自分は善い者であると偽善者ぶっているだけで、私だって命を頂き生きているし、私だって誰かに迷惑を掛けているだろうし、だからと言って殺していいのかというジレンマで、とても後味の悪い思いとして心に抱いております。
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| Episode:15α | ずーっと前から人間であることが嫌でした。猫であったらいいなぁとか、動物であったらいいなぁとか、よく想っていて、なんで人間なんかに生まれてきたのだろう?何で地球に人間がいるのだろう?と自問することが多かったです。
どうして私は人間に生まれ、何をすべく命あるのか、どうして人生でこのようなことが私の身には起こるのか、もし神がいるなら神は私に何をしろというのか、と想うことの多く、誰に聞いても応えてくれないので、小さい頃から一人で考えていましたが、答えは見つかりません。
人間に生まれてきたのには何かしらの意味があるだろうと小学3年生から考えてきたことが、ようやく分かるようになってきました。
『人の力は、命を奪いもするし、救いもすることができる。』
今回のこのようになことがあるのは、自分と他人の立場や視点の違いを知ることや、立場や視点が違えば考えることも感情も異なり、さらには伴って行動も変わってくる。私はそうしないが、私が同じ立場であったら、そうするかもしれないし、しないとは思うが、それは分からないことであって、怒りという感情を外に向ければ同じく命を奪う力があることを、そういう力が悔しいけれども自らの中にもあることに気づかせるためだったのではないかと思ったのです。
小さい頃から思っていた、どうしたって人間であって、どんなに大人や社会を憎んでも、どうせ私もいつかは大人になるんであって、大人になったら同じような人間になってしまい、動物たちの命のこと、子供たちが想う素直な心を忘れてしまい、私が嫌っていたような大人になってしまう可能性があるから、人生は私にそうならないようにと、辛く悲しい出来事から私に何かを伝えようとしているのではないかと解りはじめたのです。
人生には私を護っている何者かがおり、その者が私が嫌と思うことをするような者にはなるな!同じ人間としての力があるのだから、その力をより良い方向へ使え!そのためには多くのことを自分の頭で考え、自分の体で経験し、痛みや悲しみ、優しさや強さ、楽しみや苦しみ、幸せや不幸といったことを、私に教えるべく出会いや出来事があるのではないか、小さい頃から誰に聞いても答えを与えられなかったのは、相手の立場や自由な視点により、素直な心から多くを学び感じるようにと、答えを与えてくれなかったのではないか、すべてはこういうことなのかと思うようになったのです。
だから私の人生には、今までのようなことが何故か起こり、あの時はあの場所で、あの時にあの出来事が、遅くもなく、早くもなく、私の学びと成長に合わせて、人生が私に課題を与え、その答えを見つけるべく捜し求め、捜し求めた結果、自由な視点で物事を見たり、立場を変えて物事を考えたりできるようになり、自在であるためには素直な心と、向上しようという真っ直ぐな気持ちが必要で、必要だから人や動物たちとの出会いや、物事との出来事などがあり、出会いや出来事というものは、見えない何者からのメッセージであり、それが誰から与えられたのかと想えば、それは今までのみんな、先立った者たちからの時を超えたメッセージであり、予め過去に与えられおり、これからの未来にも同じく与えられるであろう。
今までのすべてのことは、誰かのものでもなく、避けようが逃げようが、すべては私の人生であり、それが私という生き方であり、いろいろなことが起こるけれども、すべてを含めて私なんだ!!
過去も現在も未来も、出会うみんながみんな私であり、私を大事にされたいように、出会うすべてが大事であり、いろいろ含めてすべてがかけがえのないものであり、どんな出来事も私という人生からは欠けてはならないことなんだ!!
今までのみんなも私と共にあり、これからのみんなも私と共であり、いつも一緒にあるのだから、つべこべ言わずに生きて生きて、人生を大いに信頼して生きて、後のことは大いなる者に任せて前向きに生きてみよう!!
この与えたれている命を大事にして輝くものにして、先立った者たちへの私からの感謝の証しとしよう!!
命の尊さを命でもって、その身でもって、その姿でもって、私に教えてくれた者たちに感謝しよう!!
と、私は目覚めたように、明るい世界が見えるようになったのです。
では、どうすれば人と動物たちが調和して共存できるのだろうか?命ある地球で共に生きるためには何をしてゆけばいいのだろうか?と思索が始まり、今までの経験や感覚を活かして、体こそ小さくても大きな人間になって、将来、会社を設立して、その利益で動物救済や自然保護など救済活動を支援することができるのではないかと思ったのです。
そして、自分は動物たちのために何かをすべく生まれてきたのだと思うようになり、これまでの経験もその道しるべなのではないかと思うようになってきたのです。
人間と動物と自然が調和して、命を育む地球で暮らすには、経済と社会を知り、その社会で影響力のある人物になることで道が開けるのではないかと思い、大学に進み、経済・経営・社会・心理を学び、夢である理想を現実に即して、叶う努力をすることで夢を叶える道を見出し、人生の一歩を踏み出したのです。
遅いか早いかはともかく、ようやく人生と呼べる生き方を見つけ、自分という者を見つけた気がします。
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| Episode:16 | 大学も決まりましたので、入学まで引越しのアルバイトをしている時でした。バイト先の倉庫に居ついている野良猫で近所のOLさんたちなどにも可愛がられていた子で、お昼を会社で過ごす時には弁当を残してあげたり、一緒に日向ぼっこしたりしていた猫ちゃんがおりました。
この日は朝が早くて5時出勤でしたから目を擦りながら歩いていると、道路で見たことのあるような猫が倒れていました。まさかとは思って近づくと、やはりあの子でした。
いつものように看取ろうと歩道を出たら、後ろから猛スピードでタクシーが来たので私は避けたのですが、猫は避けれるはずもありません。タクシーも避けようとせずに、そのまま猫を轢いて行ったのです。
私は、引かれた勢いで無残にも遺体が浮かび上がるのを見て、体中から漲る怒りが行き先をなくし、その矛先は隣にあった電柱に向かい奇声を発して殴ってしまいました。
怒りと悲しみと右手の痛みから体がブルブル震えるなか、痛みを堪えて街路樹の下に移動して慰めて撫でていました。
「最初に撥ねられた時だって痛かったろうに、亡くなってからもまた引かれるなんて辛いよね。その痛みや辛さはこの手の比じゃないだろうけど、君の痛みを分かち合うから少しでも安らかにね。僕の心においで、いろんな友達がいっぱいいるから寂しくないよ。これから一緒に生きよう!もし、いい人に出会えたら最後を看取ってもうんだよ。そうでなければ、仕事が終わったら迎えに来るからね。一応お別れだね。バイバイ。」とお別れをして去りました。
殴った右手は見る見る腫れて蒼くなり、手首は異常な形をして酷く痛むのですが、それ以上に心はもっと痛くて涙が止まらなかった。
泣きながら出勤するものだから、みんな心配してくれたのですが、「大丈夫、何でもないです」と言って、仕事までトイレでいっぱい泣きながら手を冷やしていました。
朝の出来事は何も話さず、ガムテープで手首を固定し、タオルで縛り隠して何事もなかったように振る舞い、迷惑をかけてはいけないと、いつもと同じように仕事をしました。
箪笥や冷蔵庫を運ぶ時には手が使えないし、腕で支えて運ぶものの、手首に激痛が走り、異常な汗と自然と涙が出ます。
“こんな痛みあの子の痛みに比べたら、それに今まで看取った子たちはみんなこれ以上の痛みをして死んでしまったんだ!生きている俺がこれくらいの痛みを乗り越えなくてどうする!?”と目に涙を浮かべながら、気合と根性のすべてを使い果たし、何とかその日の任務を果たしました。
仕事を終えて事情を話し、明日から仕事ができないことを告げてから街路樹の元へと急ぐと遺体はそのままになっていました。きっと優しい人に会えたかもしれないのに、一緒に帰りたいのかな?待っていてくれたのかな?と思いタオルで包み、電車で一緒に連れて帰りました。
いつもそうなのですが、私自身は決して強くはないのです。でも、亡くなった子たちのことを考えると強くもなれるし、いくらでもパワーが湧いてくるのです。そうでなければ、右拳の指4本の打撲・捻挫と手首の骨が2本出ている異常な状況で引越しなんてできるはずもない!
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| Episode:16α | この経験から私は気づきました。
今までのみんなは私が想い(魂)を引き入れてきたから、今も心の天国で一緒になって生きて(活きて)いるのだ。彼らのことを思うと力が湧いてきて何でも出来るのは、想いという力がみんなに届き、私の中にいるみんながそれに応え力を与えてくれるから、内側から力が湧いてくるように感じるのだ!
決して一人では何も成し得ない弱いはずの私は、人生を素直に信じ、想いを受け継ぎ、命を受け入れ、一人ではない人生を代表して歩んでいるから強くもなれるのだ!
いつも一緒なんだ。一緒になって生きているんだ。私になって生きているんだ!
見えないけれども、いつも蔭ながら応援してくれているんだ!
だから、運よく事が運ぶんだろう。
死んでしまって現実には会うことはできなが、心の中でいつも一緒に生きているのだ!
だから、あの易者さんのように見える人には見えるのだ。(私には見えないけど)
そう、
大切なことは目に見えない。
心の目で見ることがいかに大切なことなのかを理解したのです。
そして、見ることだけではない、感じることが大切なんだと…
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| Episode:17 | 病院での別れもありました。
ちょっと様子が変で寝てばかりいるし、フードも食べないし、下腹部がタプタプしているので腹水かと思い病院に連れて行きました。
診療時間終了ギリギリに駆け込み診てもらったのですが、「時間も時間なので一晩預かって明日検査しましょう」と言われ、私はいつも観察している様子や下腹部の異常から腹水を指摘しているにも関わらず、獣医さんは素人判断は避けるべきと取り合ってくれず、すぐに死ぬこともないからと言われたので預けることにしました。
翌朝に一本の電話があり、とても不吉な予感がしました。母親に電話が誰からかを聞くと、病院から猫が亡くなったとの連絡でした。
診療時間前に迎えに来てくれと言われていたので、自分で運転して母と一緒に迎えに行ったのですが、病院に入る時はだた母の後ろをトボトボ歩いているだけで、二十歳になる大学生なのに挨拶の一つもせずに、猫の遺体を抱いて医師の「腹水が原因で〜が変化し〜が異常な数値になって、〜したが朝気が付いたら亡くなっていた」という話もろくに聞かず、会計を母に任せすぐに病院を後にした。
「ごめんね気づくのが遅くて。行きたくなかったのに連れてきてしまって本当にごめんね。ひとりにしちゃってごめんね。ちょっと遅いけどお家に帰ろう。一緒に帰ろう。」と車まで泣きながらお話しをしました。
翌日に亡くなるのであれば、どうして一緒にいてあげなかったのか!と後悔してばかりで獣医の話など関係なかった。
それに、原因が何であろうと亡くなってしまったことに変わりはなく、私の意見を聞いてくれなかったことなどに対する獣医への怒りより、自責と後悔ばかりで他のことはどうでもよかった。
このあたりから、いっぱい泣くもののある一線を越えたような気がして、あまり深い悲しみにならなくなっていました。
それは、電話の前に猫の魂を薄っすらと感じていたからです。
朝起きると、私のベッドで寝ているように見えたというか、そう感じたのです。でも、そういえば病院にいるんだよなぁと現実に戻ると、電話があったので不吉な予感となったのです。
さんぽは病院で亡くなったけれども、散歩好きなことからある名前の如く、ちゃんと私の元に帰ってきてくれていたのです。
だから、離れていても離れていない、亡くなってからも心で生きていること、離れ離れではなく死ぬまで一緒に人生を歩めること、家と病院が離れていても心の想いは常に一緒であったこと、などなど悟りはじめていたので今までの悲しみとはちょっと異なり、安らかな悲しみをも経験するようになっておりました。
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| Episode:17α | 精神は肉体を支配し肉体は精神に影響を与え、さらなる想いは心を養い精神と肉体を統制すること、努力や継続により想いや願いが叶うこと、ひたすらに努力すれば結果は後から付いてくること、枠を破ると広い世界が待っていること、心からの想いは現実になること、様々な宗教はすべて同じであること、信仰も無宗教も想いは同じであること、等など少林寺拳法や空手、読書や思想、出会いや別れから学び、すべてのことは自分に必要だから出会うのだと悟り、学生生活において自己を鍛え養い、みんなの魂が宿るこの自分という器を磨くことにし、大きな心になることで心の天国を優しさの想いがある居心地のいいところにしてあげようと、今という時を大切にしながら、天から与えられている命を一生懸命に精一杯に歩みました。
今までの苦しいことや辛いことなども、すべて自分のためであって、これから先にもいろいろあるだろうが、必要なことはきっと人生が与えてくれるから、逃げずに避けずに多くの今を受け入れて、命の有難さに感謝しつつ人生を謳歌しようとなったのです。
そうして、自己を磨き、心を養い、共に生きることに喜び、出会いを大切にし、すべてのものに感謝して生きるようになってから運命が変わりました。
そう、運命は自分で変えられることも知り、自分を変えることができたのです。
この大学生活の4年間は社会人猶予期間として、多くのことを学び、経験し、学業だけではない勉強をきっちりしてきたので、堂々とした私の青春時代とも言えるでしょう。
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| Episode:18 | 卒業後はペット用品の販売をし、動物と人間がよりよく暮らせる為に仕事に就き、転職後は広告代理店で動物と人間、自然と人間の広告を世の中に広めることで、心に想いを抱いて欲しいと仕事に就きました。その間も別れはあり、すべての別れから、“心からの想いがすべてである”と思っていても、“世に言うお経に何か力があるのなら彼らのために読んであげたい”との思いから僧侶になろうと志し、広告代理店を辞めて修行することになったのです。
この時点では修行寺を卒業してからペット霊園をしようとはっきり思っていませんでした。ただ、いつも、死を看取っているときに「お経」というものが心のネックになっていたので、きちんと供養する者にならないと一生心残りになるので、その思いだけで会社を辞めて僧侶となったのです。そして、修行が終わったらまた会社勤めをしようと思っていました。そうであっても、動物たちの命から後悔しないように生きることを学んだし、思ったことは今しないと後悔することになることも教えてもらったので、「動物たちのためにお経が読みたい」という想いが心にあるのだから、思っているだけでなく表現しなくては行動しなくては叶わないのだから、“今、会社を辞めて僧侶になろう”と素直に心に従って生きてみようと思ったのです。
そう、実家の猫たちが続けて亡くなったことを手紙で知りました。(修行中は下山不可の連絡は手紙のみ、手紙も上山してから3ヶ月はダメの音信不通状態)
亡くなったこともショックなのに、会いに行くこともできないし、亡くなったことすら知らなく修行していたなんてとんでもないショックでした。ただでさえ辛く陰鬱になることもあるのに、ふたりの死は私の心に重く圧し掛かってきました。私を知る妻はショックで修行の妨げになってはいけないと思い留まったったそうですが、ちゃんと知らせないと私の後悔が大きくなると思い真実を伝えてくれたのです。
修行中はプライベートなスペースなど時間的、空間的にもないので外の釣鐘の下で手紙を読んでいっぱいすすり泣きました。
その日は途中から釣鐘を叩く当番を代わってもらい、心からの想いを鐘楼の鐘音に託して、天国まで響けとばかりに鐘を叩きました。そして、鐘の音にかき消される間は声を出して泣きました。(声を出して泣けるのはことのきしかないのです)
そして、翌朝のお経で彼らへの感謝と供養を心に誓い、私のすべてから祈り経に託し唱えました。
すると不思議なことに、この日のお経はそれまでのものと異なり、とても清らかで安らかでいて、切なくあるものの何故か心地よく温かかったのです。
この日以来、いつも修行させられていたとの思いから辛いこと(坐禅や作法、作務や日課など)、字面を追っていただけの経などのすべてが変わったのです。自分から好きで修行(好きでする者などいないので、変わり者と呼ばれる)に来たのに、いつの間にか寺に流されて時間が過ぎることをしていただけであったような気がしてから、日々瞬間のすべてが修行なんだと思い隔離された空間の今を精一杯修行するようになれた。そして、修行を楽しむようになったのです。
そうして今を生きていると、いろいろなものが輝きを放つようになり、自分を取り囲んでいる世界が美しいものへと変わっていったのです。
それからの毎日は発見の連続で、人生経験を豊かにする材料に事欠かないほど、いろいろなことを学び吸収していきました。
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| Episode:19 | ペット霊園をしよう!動物のお坊さんになろう!と決めた出来事が二つあります。
一つは猫が亡くなったのでお墓に埋葬してくれないかと電話があり、それを御前様に伝えると墓地には入れることはできないが、墓地の脇に土葬することならできるというので、その旨を伝えて参詣してもらった。
そして、誰が供養に当たればいいかを確認すると、「そんなの誰でもいいよ」と言われたので、一人は私がしたいので見つかったが、先輩順に聞いて回るが、「俺やだ、誰にさせろ、お布施もらえるの」などで、一番下っ端と私で供養することになった。
この件で、人の葬儀や法事では動く人たちが相手が動物だとちっともその気がないことを知ったのです。
檀家さんの前では聖職を志す者の素振りをしているのに、動物たちにはその欠片もないことを、裏と表の顔があることを知ってしまったのです。
もう一つは、みんなで托鉢(笠に托鉢箱、片手合掌と鈴を鳴らしながら経を唱え街中を歩く修行)している時に、道路の真ん中に雀が倒れていました。
どう見ても分かるはずのこの遺体に、気づいていて無視しているのか、全く気づいていないのか、どちらか分からないが誰一人として何事もなかったかのように通り過ぎるのです。
ちょっと意地悪なのですが、誰かが気づきアクションを起こすかを見てみようと思い見ておりました。多くの僧侶がいるにも関わらす、誰も(私の後ろに2人いたのだが)何もしないので私が駆け寄りハンカチに包んで袖の袂に入れて、お寺に帰ってから供養してあげるからねと話しかけて連れて帰りました。
托鉢中に喪中の家があれば、お布施には関係なく全員集まって経を唱え供養するのですが、小さな命は気づかれることすらない悲しい僧侶の現実を知ったのでした。
仏教というものが動物と人間を分け隔てている現実を、上山するときに理由を述べた時や仲間と話している時に、否定されたり、馬鹿にされたり、いじめられたりで、修行寺ではお寺を継ぐためと言って過ごしてきたのですが、修行中の僧侶ですら命に違いがあるのだから、私は命に違いのない僧侶になろう!人の僧侶でもあるのですが、敢えて動物のお坊さんになろうと思ったのです。
ペット霊園でお経を頼む人もいるし、合同供養といった際には僧侶が経を唱え、お寺でも霊園を経営しているのは知っていたが、修行中ですらこのような有り様では、一般に戻った僧侶たちがビジネスではなく、本当に心から経を唱えているのかが疑わしくなってきてしまったのです。
もちろん坊さんだって人間で、職業としてお寺を継ぐために嫌々修行しなくてはならないこともあるでしょうし、副業としてペットの供養をすることもあるでしょうが、形ばかり見繕っても心が伴わなければ意味がないし、施主や供養される方も嬉しくないから、下山したら会社勤めなどせずに自分で独立してペット霊園を経営しよう!私が動物のお坊さんになろう!そして悲しみや痛みを分かち合える人としての僧侶であろう!と決意したのです。
そして、修行を終えてから準備を始め、半年間という短期で霊園を開園することとなったのです。
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| Episode:20 | 私は「僧侶だって人間である」という言い訳をするのではなく、「僧侶だって人間である。でも僧侶を志した時点に、人間以前に僧侶なんだ」という副住職の言葉を胸に修行をしてきたので、卒業式の日に昔の修行僧がしていたように、托鉢しながら歩いて長福寺まで帰ろうと決めていました。
その許可を取ろうと御前様に許しを乞いに行ったが、「今は道は人のものでねぇ。車のもんじゃ。あぶないから止めとけ。」、「わしゃ、お前さんが寺に帰るまでの責任がある。危険なことはできん。」と言われたのですが、最後の大修行として歩いて帰ること、お釈迦様も歩いて方々を説法したこと、良寛さんだって新潟をいっぱい歩いたこと、大地に力を蓄える願いを持つお地蔵さんに経を唱え回ること、その大地に蓄えられたものを自分の足で感じ取るためにも、草鞋で歩いて帰ることが今後の自分のためになることなど、いろいろな話をして説得したが、「何を言ってもダメじゃ」で、最後は「どうしてもお願いです」の繰り返しでした。
そうこうしているうちに、御前様が「久ぶりじゃのう。托鉢しながら帰るヤツがおるなんて。何十年ぶりじゃの〜気骨のあるものが現れたのは…」と言って昔の話を懐かしそうにしてくれて許可してくれました。
そして雨の中、経を唱えながら歩いていると、プロフィールにもある猫が道路で亡くなっていました。いつものようにしてあげたいが連れて帰れないので、道路脇の空き地に移動して、資格証明書を得た正式な僧侶として初めて挙げるお経が道路の猫ちゃんだったのです。私の志の原点は道路で亡くなる子たちを供養してあげたくて、死後でも何かできることをしてあげたくて僧侶になったので、この出会いには導きと縁を深く感じます。
猫ちゃんの供養をし終えて、後に出会う心優しい人に最後を託すべくポケットティッシュの裏紙にメッセージを書き残して、その場を去ろうとしました。
雨の降る寒い夜で、メッセージを書くにも手がかじかんで思うように書けないほどでした。
私にできることはこれくらいかなと思ったのですが、雨から資格証明書を守っているタオルがあることに気づいたのです。一瞬タオルをかけてあげることに躊躇したのですが、寒いだろうからとタオルを巻いてあげました。
この時に私の頭をかすめた躊躇とは、辛い修行を乗り越えて手にした僧侶としての資格を証明する大切な証書が濡れてしまうことでした。
僧侶としてこの先の段階を進むにあたり、証書を提出しなければならないのに、その時に字が滲んでよれていてはマズイし、何を言われるかわからないと思ったからです。
でも、このタオルをかけてあげたことで、私は本当の僧侶としての資格を得たのだと思います。
執着という心を離れて、心からできることを親切にするという布施の心、そこに命があったこと、想いがすべてと志していたこと、見えない本質など、僧侶として大切なことを私に教えてくれたのです。
証明書を得るために努力してきたと言ってもいいような大切なものでしたが、証書はただの紙切れです。
それよりも大切なことは、心からの想いであって、囚われという執着から離れることを修行してきたのに、証明書の云々に執着していてはそこら辺の衣の色を気にする葬式僧侶と一緒になってしまいます。
動物たちのためにお経が読みたい!きちんと供養できる僧侶になりたい!と思い修行をしてきた最後の集大成が、この一枚のタオルだったのだと思うのです。
これにより、見た目ではない、心からの、僧侶として資格証明をしてもらったような気がします。
私に“気づき”と“学び”を与えてくれてみんなありがとう。
これからもずっと一緒に生きて行こうね。
みんなの分まで堂々と生を歩んでから再会するからね。
“みんな大好きだよ。本当にありがとう。”
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