ス-パ-ス-ジ-とは・・・
そもそもス-パ-ス-ジ-とは 改名前はキャナマル・グットフエロウ・カムティ−ンズで
そのまた改名前はミドル・バウンドその前が ツッカケ?
その前がハイヒ−ル?
私(桃)はミドル・バウンド時代に入会?入部?バンド入りしたので
ミドル・バウンド以前の歴史については 詳しくないので ミドル・バウンド以前の歴史については 他のメンバ-からまた 紹介してもらうことにしよう。
私(桃)がバンドに入ったキッカケは
某所にてのドラムのマコやんとの出会いから 始まるのである
彼は自分がバンドをやっている事を話し そして 自分たちのバンドの音源を聞かせてくれた普通なら
すげ〜!と 感動すべき場面であろう・・・
しかし音楽の世界からあしを洗って居た私的には 別段とりたててめずらしくもなく
へぇ〜〜てな感じで その場は終わり・・・
後日彼らのスタジオ見学になんとなく行き そして某所にてのライヴに なんとなく出かけることになったのである・・・
以前江坂の 某ライヴハウスに「ハウスバンド」として 出ていた経験の ある私にとって ライヴ自体も めずらしくはなかったが・・・
当日のライヴハウスに来ていた観衆の多さに まず驚かされ すげ〜〜〜!!!
ナンジャこりゃ〜?!
このバンドって・・・!?
と思いつつ(多分口空いてた) 席についた。
いよいよライヴが始まり 忘れていた音への思いを呼び覚まされ
魂に火を付けられる事になったのであったのでR(ア−ル)・・・
桃のバンド入りその1の巻き・・・
当時(かれこれ もう6年程前の話)
ボ−カルは二人 私とRさん Rさんが7割ぐらいを歌い私は 残りの2.8割ぐらいとコ−ラス?みたいな・・・あとは メンバ-・・・。
キャロルについては あまり詳しくはなかった私・・・どちらかと言うと聞いてたのはク−ルスの方だった。
でも誰と誰がク−ルスのメンバ−なのかとか そんなことは全く興味がなかった・・・
基本的に 私自身 歌う事は好き でも曲の好き嫌いは とても激しいので好きな曲ができると その曲を 一日中聴いて居たい方だ でもそれ以上のことはあまり感知しない 誰のなんという曲か?とか何回きいても忘れる・・・
だから人との会話で「だれだれの ***って言う曲いいね〜!」とかいう会話は ほとんど成立しない・・・
話が横道にそれてしまいましたが・・・
Rさんが居たころは ほとんどの曲のコ−ラスができたので 結構よかったな〜(コ−ラス好き?かも・・・)
それに私の苦手なMCも ほとんどRさんが してくれたし・・・MCは 未だに苦手分野です。
誰か代わってくれ〜!(心の叫び)
そういや「愛の叫び」って歌があったよな・・・
あ〜あこんなに〜 やったかな?
何年たっても 歌と題名がいっちしません。
まあ 大体ボ−カルいうたら そんなもんやな〜。
とにかくバンドメンバ-は入れ替わり「ミドルバウンド」は わけあって解散。
そして
「キャナマル・グットフェロウ・カムティ-ンズ」
は なんと1回のライヴ解散という 超レアレアバンドとして幕を閉じたのでR
その後・・・
ドラムのMAKO やん ギタ-のSIGEちゃん ボ−カル桃(サイドギタ-OSAMUさんは兎に角 多忙でなかなか来れなかった・・・ので)
そして
バンドジュニア部の「Y」この 3.5人での奇妙な練習が始まったのだった。
「Y」がドラム担当 ギタ-はMAKOやん ベースはSIGEちゃん ボ−カル桃 この3.5人による練習だった。
何でやね〜ん!!!
と言う突っ込みは誰もしなかった。
だってべ-スがなかなか見つからなかったので どうにも仕方がなかったのだから・・・。
そして スタジオの隣の会社会長のY.Tさんに連れられて ジャズのライヴ(アコペッカ)に行ったり・・・
そして
「社会人バンドのオ−ディション」にでる話や 海外でのレコ-ディングの話
そして
韓流に乗っかり逆輸入的に 「$uper $uzie 」がメジャ-になる話等々を 語り合い盛り上がった。
しかし
MAKOやんの表情は暗くなっていくのに私は気がついた。
「どないしたん?」
と聞くと
「俺・・・飛行機無理!」
とMAKOやんはいった。
そう言われると 私は飛行機は好きやけど ツア-とかで出かけた時に 他のメンバ-は(男子)二人部屋で泊まれるけど 私は一人になってしまうという事に気がつき それは 無理やな〜・・・(極度の怖がりで海外でも恐怖体験があった為)と思ったのだった。
がSIGEちゃんが曰く
「そうなるころにはマネ-ジャ-とかスタッフが居るから大丈夫やで」
との事で 少し安心した。
が次に困ることは フォ−カスとかスク-プの心配だ。
あまり有名になると 結構困る事って多いもんね〜・・・
だってその辺の居酒屋とかバ−とかで お酒呑んで酔っ払って多重人格なったり 暴れたりしてたらすぐに記事にされるし
立ち呑みとか行っても記事にされるし クラブで朝まで酔っ払って踊ってても記事にされるし
何かと自由がなくなりそうで・・・ア〜〜〜〜!心配!!!
そんなこんなの話を していると 「桃ちゃんて 落とし穴作ったら 一番先に 落ちるタイプやな〜・・・」と 言われた が 「どういう意味?」か 真剣にわらない。
ニホンゴムツカシ・・・
そんな事を何ヶ月も繰り返しながら 私たちは 「バンドに べ−スが入ります様に・・・」と祈願する日々(神頼み)を過ごしていた。
「H*Mクラヴ」(仮免)・・・
そう簡単に べ−スは見つからない。 取りあえずと言う事で 昔々 T君が唄っていた頃に ギタ-をしていたKACHUMIさんが 練習に来てくれる事に
しかしバンド入りをするかどうかは まだ決まっていなかった。
決定するまでの間 時間が かかったが
なんとか私たちの要望を受け入れてもらい「H*Mクラヴ」(仮免)が 結成されたのだった。
「H*Mクラヴ」(仮免)はその後 なんの断りも無くすぐに 「$uper$uzie」に 吸収されることになった。
メンバ-は
サイドギタ-OSAMU*K
リ−ドギタ-SIGE*M
ドラムMAKOTO*T
べ-スKACHUMI*H
ボ-カルMOMO*O
の5人で 2006.10月に正式に結成され 同月HPと名刺等の 作成
そしてラジオゲスト出演
兵庫県の一部三木市内に 「$uper $uzie」の音源が 流れ出したのだった。
そして
2006年12月30日スーパ-スージ-としての初ライヴが行われた。
この日は 元のミドルバウンドの メンバ- そして キャナマル グット フェロ- カムティ-ンズのメンバ-も 駆け付けてくれて 過去最高の ライヴとなったのだった。
色んな人間模様の中
ステ-ジから映っていたのは 元ボ-カルの キャロルのナンバ-を 口ずさむ姿
そして 元メンバ-のライヴを 盛り上げようと 踊りまくる姿
そして懐かしげに 席から見守る姿だった。
みんな 来てくれて本当にありがとう!!!
この日の ライヴは
メンバ-それぞれの激動の1年の総決算として メンバ-全員 色んな意味で 深く心に刻まれるライヴに なったのでR。