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| [53] 裏千家の「今日庵」命名の由来。(P) | ||
1646年、千宗旦(千利休の孫)は屋敷や茶室・不審庵などを二男、宗左に譲って、北隣に隠居所を構え二畳敷き(一畳台目)茶室を作った。裏千家には、この茶室をめぐって次のような逸話が伝えられている。
宗旦居士は茶室披きの日、参禅の師・清巌宗(い)和尚を招いた。しかし待っていても和尚は現れず、所用のあった宗旦は「明日おいでください」と伝えるように言って外出、直後に和尚が訪れ、つかつかと新席に入って、しばらくして帰った。
戻った宗旦が茶席を見ると、腰張りにまゆ墨で「懈怠比丘不期明日」と書かれていた。なまけ者のわしやから明日と言われても、来られるかどうかはっきりいたしませんーーという意味だ。
宗旦居士はそれを見て、また一つ悟りを開き早速、清巌和尚の所へ行って「今日今日と言いてその日を暮らしぬる明日の命はとにもかくにも」の歌を呈し、不明をわびた。宗旦はこのことから茶室を「今日庵」と名づけた。
十六世坐忘斎千宗室家元はこの逸話にふれて「隠居するということは、いっぺん死んでもういっぺん生きること。宗旦居士は、自分の中に残された時間をいかに新たに、有意義に自分のために使っていくかという覚悟の上で庵を建て、参禅の師をお招きした。ならば、その一日はそのためになくてはならない一日。なのに、他の用事を入れたのはその覚悟ができてなかったということではないか、と気付かされたのです」と語っている。(京都新聞「茶の宇宙ー京」から)
そう思って周辺を見渡すと私をを含め、一部の例外を除いて友人知己はみな、隠居またはそれに近い身の上です。その中に果たして何人、いっぺん死んでもういっぺん生き返り、残る時間を有意義にと生きる、宗旦のような人がいるかどうか?たかが茶の湯、されど茶の湯。実に哲学的で禅味に満ちた話ですね。
時代もちがい環境がいかに激変したとはいえ、この宗旦と清巌和尚の禅味豊かな逸話を読むと、何だか羨ましい気持ちになってきます。ということは今も、濡れ落ち葉や世間のお荷物にまでは至らず、まだ多少は見込みがあるということでしょうか?
それにしてももし、この茶室披きの日に和尚がさっさと来るか、宗旦の方に他の用件さえなければ、「懈怠比丘不期明日」は存在せず、「今日庵」の命名も多分なかったでしょう。そう考えると、この世はいかに偶然の積み重ねで出来ていることか、と不思議な思いにかられます。(げんや)
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| [54] 昔は「なんば歩き」が普通だった?(コラムから) | ||
明治になるまで日本人は、なんば歩きが普通だったといわれる。なんばとは右足と右手、左足と左手を同時に前に出す歩き方だ。昔の絵を見れば、そういう歩き方や走り方をしている人が目立つ。ちょうど佐川急便の飛脚マークのような形である。
今も歌舞伎の六方や能の所作、相撲のすり足や武術に残り、もとは農耕作業から身に付けた、と見られるこのなんば歩きは、明治になって西欧式軍事教練が導入されると、軍隊や学校を通じて何時の間にか、現在の西欧式にすり替えられてしまった。
すっかり体が西欧化してしまった今となれば、なんば歩きは何とも歩きにくい変な感じもする。しかし体を捻らない分、ムダのない動きが出来ると、すでにバスケットの指導に採用されたり、スポーツ界の各所で注目されだしたことは見逃せない。
中でもパリの世界陸上で優勝した末続選手が、練習でこの「なんば走法」のタイミングを取り入れ、「終盤で疲れてくると、手足の動きのタイミングが微妙にずれてきます。それを修正するのが目的でした」というのは特筆に価する。
そして日本選手権で日本記録を出した走りでは、終盤の20メートルでその練習時の感覚が生きたという。世界の最速を競う場で、すっかり忘れられていた日本人の、伝統的な身体感覚が甦り、モノをいったのだとすれば愉快である。(毎日新聞「余録」から)
歌舞伎や相撲の世界に、妙な手足の出し方があるのは、何となく知っていました。しかしそれが「なんば歩き」と称される、古来の伝統的な歩き方であり、明治までは皆さん、そうして歩いていたとは、恥ずかしながら全く知らずにいました。
明治期の日本人は和魂洋才をモットーに、西洋のいいところだけを取り入れ、日本古来の伝統に接木したはずなのに、どうして「ムダのない伝統的な、なんば歩き」を追放してしまったのでしょうか。
いくら日常の世界からは排除できても、やはり伝統的な古典芸能や相撲・古武道などから、根こそぎには出来なかったのですね。そして、それが今また再評価され、どうにも劣勢な日本の陸上短距離界に、みごと貢献することになるとは、実に嬉しい話ではないですか。
ところでテレビ、映画の時代劇で、出演者の皆さんは、ちゃんと「なんば歩き」で演技しているのでしょうか?あまり気にして見たことがないので、何とも言えないけれど、もし今風の歩き方をしているなら、ちょっと問題ですね。
それにしても「なんば歩き」とはどういう意味なんでしょう。広辞苑には「南蛮」の項に、普通とは逆の歌舞伎や舞踊の演技、とあるだけで詳細は不明です。(げんや)
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