今日本は周りから狙われている。戦後、米国の傘の下で、我が子のように大切にされていると思い込んで、雑踏の中を親にはぐれまいと後を追いかけていた日本という子どもは、大人になっても自立できないようになってしまった。大切な国土や国民の命や財産を守れずに米国という育ての親に「何とかして…!」と泣きついている人間のようである。周りの国々から自分の持ち物を奪い取られても、自分では何も自分を守れない。最後には「お金や品物を上げるから友達になって!仲良くしてよ!」と相手に媚びている始末である。そのくせ内弁慶で、国民には物価高騰や増税を押し付け、国家公務員の犯罪行為の国民年金掛金の使い込みや記録漏れなどなど取り上げれば枚挙にいとまがない。
戦後60年を過ぎ、米国も本心は「もうこれ以上の足手まといはごめんだ。自分の力で何とかしろ!」と言いたくて口先まで出かかっているのではないかと見て取れる。朝鮮半島非核化の六カ国協議の推移など見れば、米国の心は日本よりも、極東アジアにおける政治や経済をいかに米国優位に展開できるか、つまり今後の巨大マーケットのシェアをにらんだ国家戦略に「今の日本は魅力がない。」と味の無くなったチューインガムのように吐き捨てたがっているのではないかと危惧するのである。賢明な宰相もおらず、家臣は自分の地位や収入だけを守ろうとしている末期的政府の様態を呈しているように思えてならない。
島根県の竹島が日本の領土であると教科書に書けば、日韓友好のイベントやムードが壊れると反対する人もいるようだが、そんな目先の実のない「えせ」の友好など何の価値も無いのだ。もしも隣の人が自分に家に侵入してきて、「ここはオレの家だ。」と主張して自分を追い出そうとしたら、にこにこして家を明け渡す愚か者はいないであろう。当然、侵入者を追い出して自分の家を守ろうとする。守る義務と権利がそこにはあるのだ。ましてや、日本の将来を託す今の子どもたちに「竹島は日本の領土だ。」と教えておく義務が今の大人にはあるのだ。
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