倶留尊山登山

土地の人が語る
山の話を実感しながら
倶留尊山登山

 曽爾高原ですすきを楽しむだけなら高原下まで車で入れる奈良県側がよいと思います。しかし高原と山を楽しむ登山者には三重県美杉村中太郎生から、朝の高原、午後の高原、倶留尊山、三つ岩をたどるコースが最高。四季それぞれ楽しめる、このコースをお勧めします。

 登山口
 名張駅前発のバスで美杉村南出口バス停下車 バス停前に丸八酒店があります。この店には非常に珍しいカヤの実のお菓子「榧太郎生」があります。土地に根付いた銘菓です。登山情報はこの店で。
 店の後ろから清らかな流れにそって東海自然歩道を歩きます。100メートル程先の左は三国屋旅館。この地が伊勢・伊賀・大和の境であったことを今に伝えています。右は室町時代に中森数馬之助の居城があった城山。
 倶留尊山は3月末に雪が降ることもあります。
 人家を通り過ぎ途中に墓地のある杉林を抜けるとそこは「清水平」。名の如く倶留尊山からの清水が田に恵みをもたらす平。
 左道は倶留尊山。直進は西浦峠。雨量観測所から振り返ると棚田の上に大洞山が重なっています。その右に尖っているのが三重県飯高町の名山「局が岳」。
 この棚田は整備されて大きな田となっていますが以前は小さな田が積み重なっていたとのことです。
 村史に「丸八酒店から倶留尊山に向かう山道に中太郎生泥岩層が好露出している」とありますが残念ながらそれがどこか分かりませんでした。ところが、2003年10月谷口光雄さんに現場に案内してもらいいろいろ説明していただきました。それは墓地のところから少し登った右側斜面に見られました。
 水飲み場のある坂を登ると「朝の高原 池の平
 
 池の平高原の入り口に「滞在型市民農園」の項で書いた花畑がありました。かって池の平は湿原でした。歩道の両側に今も池の跡のくぼみが残っています。高原から倶留尊山を中心とした山々を見ることができます。倶留尊山腹に「お茶窪」が見えます。画像の倶留尊山から三つ岩の稜線の西側(向こう側)が「論所」です。四季それぞれに花が咲き動物もたくさんいます。休日ともなれば自然歩道をたくさんの登山者、ハイカーが通ります。
 丸八酒店から3.1キロで登山者に懐かしい「くろそ山荘」があります。
 この山荘の桜の素晴らしさに人が集い、たくさんの大阪の少年がこの山荘で野外訓練を受けました。山荘の中には訓練協力の感謝状があります。
 この山荘が装いを新たにしてハイカー、登山者、山遊び、野遊びの人を迎えることになりました。
 春ともなればカッコー、ホトトギスが鳴き、山荘のまわりは山菜でいっぱいになります。
 春夏秋冬、山の味が味わえる。とくに冬のいのしし鍋が最高です。
 山荘は貸切、素泊まり、自炊も可能ですから利用するのに便利です。
 
 くろそ山荘から200メートルで亀山峠への登り口。
 東海自然歩道のある杉林の斜面はかつて峠の向こうの曽爾高原と同じように一面にすすきが生い茂っていました。
 峠へは九十九曲。途中に県境があります。
 40分程で亀山峠。その下は「午後の高原 曽爾」。峠から見ると季節ともなればすごい車と人の波で驚くほどです。
 すすきが美しい「午後の高原 曽爾」に「お亀池」があります。お亀池は長年月の土砂の堆積で湿地化した池で植物の宝庫です。この池は太郎生で育った三国一の器量よしのおかめのいるお亀池へ夫が子どもを連れて乳を飲ますために雨の日も風の日も登った伝説の池です。
 同じような伝説が三重県側の朝の高原にもあります。主人公はやはり「おかめ」。池は今はくぼ地となった池の平。ここのおかめは龍となって昇天し池は沼となりました。
 倶留尊山をはさんだ両地域の結びつきを感じさせる伝説です。
 ひとしきり休んだら謎の北緯34度32分の倶留尊山へ。途中の鰯の口(二本ボソ)は絶景です。倶留尊山を越えて「三つ岩」へ。ここへ寄ることを絶対忘れないようにしよう。この岩のよさは唯一倶留尊山を支える柱状節理の岩壁を横から見ることができることです。また画像のように池の平高原の光景も見ることができます。論所は日神渓谷の源流地帯。
 三つ岩から西浦峠へ。さらに清水平へ。清水平から南出口のバス停までは1.7キロ。時間があればバス停への道の途中の左にある「滞在型市民農園 城山クラインガルテン」を訪れてみましょう。

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